芽生えた気持ちⅠ
「ん?なんて?」
私はお弁当を食べながら話を聞く。
「だーかーらー、体育大会の競技さ。どうするの?」
鈴ちゃんがフォークに卵焼きを刺したまま話した。卵焼きがフォークから外れそうで心配である。
私と鈴ちゃんは学校の屋上でお昼を食べてた。アリスちゃんたちは食堂でお昼を買いにいっている。そして、屋上には私たち以外、誰もいない。
つまり、二人っきりである。
「体育大会ねぇ…」
私はそう呟き空を見上げた。鳥が空を飛んでいる。
私たちの学校は体育大会が五月後半にある。体育大会といっても、女子校なので激しい競技はあまりない。リレーや二人三脚や借り物競争などなどある。
私はお箸を置き鈴ちゃんを見る。
「そう言う鈴ちゃんは何にするの?」
私が尋ねると鈴ちゃんはフォークを置き、口の中の物を飲み込む。お弁当の具材は同じだが、鈴ちゃんはお箸を使うのが嫌らしい。
「私はねぇ、リレーのアンカーがしたい!小学校の頃はねぇ、リレーのアンカーをよくしてたんだ。」
鈴ちゃんはニコニコしながら、私に話してくれた。口元に付いている、卵焼きの欠片が気になる。
「鈴ちゃん、陸上部でもないのに足早いよね。」
私は鈴ちゃんの口元に付いている卵焼きを、指で摘まんだ。鈴ちゃんは「わっ」と小声で言った。
そして、その卵焼きの欠片を私が食べると、鈴ちゃんは頬を真っ赤にした。私は首をかしげる。
この一ヶ月で、私は鈴ちゃんのいろんなことを知った。そして、たまに頬を赤く染める。何があったのか訪ねても、鈴ちゃんは「何でもない」といつも言う。心配症の私は気になって仕方がない。
…それにしても、お母さんの卵焼き、美味しい。
欠片なのだが、味がしっかりしてる。お仕事も忙しいのに頑張ってくれている母親を、私は尊敬している。
鈴ちゃんは少しモジモジしながら、私に声をかけた。
「足が早いのは昔からだよ…中学校のときは、陸上部の子より早かったし…」
私はその話を聞きながらご飯を食べた。やはり、美味しい。
「そうねぇ…出来るだけ激しい運動はしたくないな。」
「どうしてなのぉ、琴美?」
…運動が苦手だからだよ。
私はとりあえず鈴ちゃんに笑顔を送っておいた。
そこからは鈴ちゃんが体育大会でしたいことをたくさん話した。「応援がしたい。」とか「とりあえず、たくさん動きたい。」とか。いずれにせよ、私には到底できっこないことである。
…にしても、応援か…
私の中学校では、応援がなかった。クラスの子が競技をしている人に声をかけるぐらいであった。
「ねぇ?琴美ぃ…」
いつもは威勢がある鈴ちゃんが弱々しく私を呼ぶ。弱々しく、私の名前を言うときは大抵…
「キス…してもいい?」
…ですよね。
鈴ちゃんは入学式のあの日以来、私にキスを要求してくる。強引にキスをしたことはない。
私自身、鈴ちゃんと初めてキスをした時は幼稚園にいた頃なので、キスなんてものは軽いものだと思っていた。
けれど…
「…キスなんて、幼稚園の頃の話だよ?今は違うの。今は…その…」
私は次の言葉を言おうとしたがそこで詰まってしまった。
「キスはね…大事な人とするものだよ?」
思春期真っ盛りの私はキスは大事な人、つまりは彼氏とキスをするものだと思っている。鈴ちゃんは一人の女の子。だから…
「私、琴美のこと…好き…だよ?」
頬を赤く染めた鈴ちゃんが私に詰め寄って言った。目がトロンとしている。可愛いけれど…けれど…
私は詰め寄ってきた鈴ちゃんの口に、デザートのリンゴを突っ込んだ。
「っんぁ!?」
鈴ちゃんが変な声を出した。
「なら鈴ちゃん。こういうのはどう?」
私は鈴ちゃんに尋ねる。鈴ちゃんは口の中のリンゴをハムスターのように食べている。
「もし…もし鈴ちゃんがリレーをトップで戻ってきたら…キス…してもいいよ?」
私がそう言うと、少し強い風が吹いた。私の黒髪と鈴ちゃんの金髪が揺れる。その風は数秒間吹き続けた。その間、私たちの間には会話はなかった。
入学式以来、鈴ちゃんとは行動を共にしている。共に行動しているうちに、幼い頃の記憶が少しずつ戻ってきている。覚えていることもあるのだが、小学校前のことだ。記憶もかなり飛んでいる。
鈴ちゃんとの記憶の中には、確かに鈴ちゃんとキスをした記憶がある。けれど、入学式のような濃厚なものではない。唇と唇が触れあうぐらいのものだ。だから、いきなりあんなキスをされると、私は…私は…私は……
……………………………………………………
「本当、何であんなこと言ったんだろ……」
私は服を脱ぎながら呟く。家に帰ってからずっとこの調子である。独り言を呟き、ため息ばかりする。
私は下着を畳み洗濯機に入れ、お風呂に入りシャワーからお湯を出す。その場に立っている状態でシャワーを頭からかぶる。お湯が足の先まで流れているのがわかる。
私は目を開け、鏡を見る。そこには鏡に写る自分の姿しか写っていない。
「私って……一体、なんのために……」
私はまた呟く。
私は私が嫌いだ。自分にいつも嘘ばかりついている。鈴ちゃんがキスをしようと言われたとき、実際のところ…嬉しかった。
…って何言ってるの、私は!?
私の頬が一気に赤く染まる。私は何だか恥ずかしくなり、シャワーを顔にかける。
「おねぇちゃん…タオル置いとくよ。」
洗面所で琴葉の声が聞こえる。
「あぁ…うん、ありがと。」
私はシャワーを止め、髪を洗う。シャンプーからローズの香りがする。
私は髪を洗いながら考えていた。
体育大会はあと三週間ほど。競技は明後日までには決めないといけないらしい。鈴ちゃんはリレーのアンカーになりたいと話していた。多分、鈴ちゃんならリレーのアンカーは余裕でなることができるだろう。
問題は私だ。私は運動が苦手だ。体力テストは五本の指に入るほど悪い。足の遅さは学年トップである。つまり、普通に競技を行えば、私には勝ち目はほぼない。
…やっぱ借り物競争かな?
私は髪の泡をシャワーで流す。目に少し入ってしまい、目がしみる。私は目を擦る。
顔を洗ったあと体を洗い、私はお湯に浸かる。肩まで浸かると同時に少し長めのため息をつく。
「鈴ちゃん…」
ふと私はそう呟く。そして、鼻が当たるか当たらないかぐらいまでお湯に浸かる。
鈴ちゃんは今、家にいない。と言っても、体育大会の練習で近くの公園に行って走り込むとか言っていたので、そろそろ帰ってくるだろう。まぁ、私とのキスのために頑張ってると思うと、正直他のことに頑張ってほしい。
けど…嬉しかった…
私のことを大事にしてくれているのが何よりも私は嬉しかった。小中学校ではこんな経験はないに等しいからだ。
だから正直なところ、鈴ちゃんにはリレーをトップで戻ってきてほしい。けれど、キスはあまりしたくない…
私はまたため息をつく。すると…
ガチャ…
そうお風呂場のドアが開く。琴葉だろうかと思ったが…
「あれぇ?琴美いたの?」
タオルを巻かず、全裸の鈴ちゃんが入ってきた。髪は下ろしている。
「!!」
私は全裸の鈴ちゃんを見て恥ずかしくなる。私よりか小さいものの、それがまた鈴ちゃんを引き立ててくれる。
「り、鈴ちゃん!せめてタオル巻いて入ってよ!!」
私はそう言い、そっぽ向く。そう言う私もタオルを巻いていないのだが…
私の言葉を無視して、鈴ちゃんは体を洗いだす。
私はお湯から出て、ドアに向かう。
「私は先に出るよ。」
そう一言だけ告げ、私はお風呂場から出た。そして、琴葉が置いてくれたタオルで体の水分を取る。
「ねぇ、琴美?」
鈴ちゃんがお風呂場から私に声をかけた。
「どうしたの、鈴ちゃん?」
私は反応する。
「…私ね…頑張るから…」
照れながら鈴ちゃんはそう言っているのだろう。声のトーンからしてだいたいわかる。
「私…一位で帰ってきて…琴美の唇…う、奪うからね。」
その台詞を聞いた私は、胸が張り裂けそうだった。とてつもなく、私はキュンキュンしている。けれど…
「鈴ちゃん何かが一位で帰ってきても、ぜ、全然嬉しくないし…」
ついつい私は鈴ちゃんにツンツンする。自分の気持ちを表に出せない私の癖だ。
私は鈴ちゃんに聞こえないようにため息をつき、その場を去った。
その後、私が着用した下着が鈴ちゃんのものだと知り、再び洗面所に向かった。




