私にとって、本命は。
二月十四日が例えバレンタインだろうと、当然のように朝からみっちり部活であり、中学時代ですら経験したことない怒濤の練習量に、私の全身とメンタルはズタボロであった。
そのような状態でチョコが大量に入った段ボールを抱え夜の雪山を歩くなど、世の現役女子高生でやってのけるのは私ぐらいだろう。
「ダンスもある種の運動だぞ?何でバレー部やテニス部同様午前練じゃないんだよ。それに、何だよこのチョコの量。嬉しいけどよ、食べきれないっての!」
近くに立ってある木を思いっきり蹴りつけるが、木はびくりともせず、逆に私の死にかけの体に負荷をかけてしまった。「痛ってぇ!」と叫んでも良かったのだが、塗装されていない山道だとその後の静寂に耐えれないことを経験しているので、声を無理に抑え込んだ。
両手に抱えた段ボールを下ろし先ほど蹴りつけた木にもたれ掛かり、はぁと吐いた白い息をぼぉーっと眺めながら、痛みがとれるまで休息をとった。
「…何してんだろな、私…。」
私二葉愛の実家は山奥の一軒家。登山マップに表記されてある山道のとある分岐点を左に曲がり、更に十五分程度のところに立地されている。両親が自然が好きだからと言って建てたらしいが、私と妹の舞にとっては迷惑な話であった。何せ最寄りのコンビニまで軽く四十分はかかる。物が不足すればかなりめんどくさいことになる。
舞と二人で高校近くで下宿してもよかったのだが、両親は共働きで家に帰ってくることが殆どないため、家の管理をと彼処に住んでいる。
「っと、これでよしっ。さて、もう一踏ん張りするか。」
シューズの紐を少しきつめに結び、私は再び段ボールを抱え込むと、身震いをしながら歩き始めた。
雪は私が山を登り始めたごろから降っていたが、今はかなり治まっている。さらに嬉しいことに、いつもならば携帯のライトを使用しなければ暗くて危ない夜道も、雪が奇跡的に山道に沿って積もっているため付ける必要がない。
それでも若干心配だったが、いつもの分岐点に着くなり、私は左に曲がると軽い足取りで帰宅した。
郵便ポストの中身を確認しようと段ボールを地面に置いたタイミングで妹の舞が家から出てきた。最寄り駅に着いた際に帰宅すると連絡したが、まさか出てくるとは思ってもみなかった。
「お姉ちゃん、お帰りぃ。郵便取ってあるから大丈夫だよ。」
私の前でしか出さない大きな声で私を呼んだ舞は、エプロン姿のまま私の元にとことこと走ってきた。
「ただいま、舞。別に玄関で待ってればいいのに。そんな格好だと風邪引くぞ。」
長袖半ズボンの体操服にエプロンを着用している舞に指摘するが、正直私が言えた口ではない。今でこそウィンドブレイカーやマフラーを装着しているが、部活中は薄着でよく練習している。
あと、舞が着用してあるエプロンの前ポケットが歪に盛り上がっているのが凄く気になる。
「だって、早くお姉ちゃんに会いたかったの。朝見送れなくてゴメンね。」
私がエプロンのポケットに興味があることを知らない舞は、そう言って頭を下げ、私の足元にある段ボールを見るなり「犬でも拾ったの?」と首を傾げる。大きさからしてそう考えるのが妥当だろう。アリスと鈴を除いては。
「ほら、今日はバレンタインだろ?で、貰ったって訳。にしても、量が多いよな、これ。」
苦笑いを浮かべ私は蓋を開け段ボールの中身を舞に見せると、舞も少し顔を歪める。去年までバレンタインにチョコを貰うことがあっても多くて十個程度。それが今年は数倍の量と、かなり迷惑なぐらい貰っている。二桁を越えた辺りで断りを入れたのだが、「妹ちゃんと食べたら大丈夫っ」と自信満々に言われたので、致し方なく受け取ったのだ。今思えば、何故あそこまで自信満々だったのかが不思議だ。
「お姉ちゃん、これ今日一人で食べるつもり?」
「さすがの私でも、この量を一日で食べたら死ぬぞ。ってか、匂いで死ぬ。」
帰りの電車内ですら、包装紙越しにチョコの匂いが充満していたのだ。自部屋であれば致死レベルだろう。
「…まぁまず家に入ろ。考えるのはお鍋つつきながらでも出来るしね。」
身体が震えている舞は「っくしゅ!」とくしゃみをするが、「へへっ」と私に笑顔を向け段ボールを担ごうと試みる。だが、貧弱な舞が持てるはずもなく、着用していたウィンドブレイカーを舞の肩にかけると、足元の段ボールを持ち上げた。
「私が持つんだから、お姉ちゃんは先に家に入っててよ。」
「寒そうにしている妹にこんなモノ、運ばせるわけにいかないだろ。舞こそ、早く家に入ってろよ。」
「でも、そしたらお姉ちゃんが寒くなるじゃん。そもそも、何でそんなに中薄着なの?いつも言ってるじゃん、ちゃんと中も温かくしてねって。」
帰宅するまでウィンドブレイカーを脱ぐ予定が無かったので、私はうっかり大きめの薄い黒のトップスであったことを忘れていた。おかげで舞の代わりに、今度は私がくしゃみを一つ。
「ほら、言ったそばから。私はさっきまで温かい部屋でお鍋作ってたから大丈夫なの。お姉ちゃんなんて、一時間も外で歩いてたじゃん。凍死してもいいの?」
「このぐらいで死ぬんだったら、今まで何回死んでんだろ私…。」
油断した私の口から出た言葉に「ヤバっ」と思ったときにはもう遅く、舞はムッとした目付きでこちらをじっと見つめていた。冬場の部活では半袖は禁止と舞には約束していたため、私がその約束を破ったと理解したのだろう。
と言うか、半袖を着ていることがバレた時点で、何となく嫌な予感はしていた。願わくは、約束した翌日からずっと何事もなく半袖を着たことがバレていないでほしい。
「お姉ちゃん…。約束したよね…。部活では半袖着ないって。わりと前から着ていたの見たけど、大丈夫だと思って見て見ぬふりしてたんだよ。」
「知ってんなら怒らなくていいじゃん。ほら、私お腹すいたし早く帰りたいなぁ…って。」
話を逸らそうと試みるも、舞の熱い視線(嫌な意味で)が私から離れようとはしなかった。私は諦め「ごめん、明日からちゃんとするっ!」と段ボールを持ったまま誠意を込めたお辞儀をする。
それでも舞の鋭い視線が私に刺さっていたが、「…明日からちゃんとしなかったら、その日の晩御飯は野菜のフルコースだからね。」とため息をつきながら怒りの目を沈めると、横目で私が担ぐ段ボールをしばらく見つめた。
「…ちょっと舞。いきなりどうしたんだよ。」
「…だって、そんなにチョコ貰ってたら、チョコに飽きちゃうでしょ。そしたら、私のチョコなんて受け取ってもらえないからなって。」
舞の目元は笑っていたが、その声に力はなく、舞はそのまま少しだけ顔を伏せてしまった。
舞の言うとおり、私は中学と比べ圧倒的に接する人の数が増えた。私自身がフレンドリー気質であることもだが、入部しているダンス部の人数が多いことが最大の理由だ。そしてそれが、チョコを沢山貰った理由でもある。
寂しそうな舞の姿が愛しく、眺めていたい願望を脳から捨て、段ボールを雪の上に雑(半ば投げ捨てるよう)に置くと、項垂れている舞の頭にポンポンと手で叩いた。
「お姉ちゃん?」
「今、私用のチョコ持ってたりするか?」
冗談で言ったつもりだったが、頭に私の手を乗せたままこくりと頷いた舞は、エプロンの前ポケットから赤いリボンでラッピングされた箱を取り出した。なるほど、チョコの入った箱か、納得納得。
「お姉ちゃん、何一人で頷いているの?」
「あ、いや何でもない。」
いつの間にか顔を上げていた舞に言われ、適当に誤魔化すと、舞が手にする箱を見て「ぷっ」と思わず笑ってしまった。
「え、え、何でお姉ちゃん笑ってるの?」
「だってよ、マジで持っているとか思わなかったからよ。つい…。」
私が急に笑い出したことに本気で心配したのだろう。舞はムッとしかめっ面で私を睨み、ポケットにチョコを仕舞おうとした。何かと理由をつけて全力阻止したのは言うまでもない。
「それで、お姉ちゃん用のチョコ出して何か意味はあるの?」
「いや、特にこれと言った理由はないけど、あった方がその、気分的に良いかなって。」
「?どういうこと?」
キョトンとした眼差しを送ってくる舞を見た途端、何故か胸がどきついた。と言っても、これが初めてではない。年明けからよく起きているが、今はそんなこと気にしてはられない。
未だ幼さ残る目を向ける舞に私は視線を合わせ、微笑んでから口を開いた。
「別にどんだけチョコ貰ってもよ、本命チョコは舞だけだ。貰わないわけないだろ。むしろ、毎年私にだけバレンタインチョコくれて、その、ありがとな。」
舞の頭に置きっぱなしの手を退けると、勢いよく背伸びをし、二ヶ月前に美容院に行ったときよりも伸びた舞の前髪を右手で上げ、隠れていた額に軽くキスをした。冷たくてひんやりしていた舞の肌が、沸騰したかのように一気に体温が高くなるのが唇の先から感じられる。その間、わずか二秒。
「ななな何で、お姉ちゃんキスするの!?それに、本命なんかじゃないからね。…今はだけど。」
「ん?最後聞き取れなかったんだけど。」
「何でもない!お姉ちゃんの馬鹿っ。」
私にそう吐き捨て、舞はチョコを持ったまま一人先に家に入ろうとしたため、私は急いで段ボールを担ぎ、急いで舞と足並みを揃え玄関に向かって歩いた。
「…もし、私以外のチョコの方が美味しいって言った日には、もう渡さないからね。」
そんなことを口にした舞にまたドキッとした私は、「大丈夫、絶対に言わないからな」と自身の頬を舞にペタりと引っ付けた。
外では一時的に治まっていた雪がまた降り始め、窓から見えていた私の足跡はもう埋もれてしまい、地面は白い雪で覆われている。雪があまり降らない琴美たちに写真を送ったところ、今すぐ行きたいと冗談混じりの返事が帰って来た。
そんなメールのやり取りをした後、リビングの方から舞の私を呼ぶ声が聞こえ、私は携帯をジャージのポケットに入れ弾むような足どりでリビングへと向かった。
リビングに入ると廊下の寒さとは一転、温かい空気が私を包み込み、その先にあるテーブルにはグツグツと音をたてる土鍋がコンロにセットしてあった。
「あ、来た来た。お姉ちゃん、今日は豆乳鍋だよ。」
私がリビングに来たのを確認した舞は、スーパーで購入した肉をポンポンとリズムよく入れ始めた。かなり量を入れているが、舞はたんぱく質類をあまり好まないため、その殆どは私の胃に貯蔵される。嬉しいことに。
とは言え、舞は決してたんぱく質類を食さない訳ではない。ただ好き好んで食べないだけで、食べろと命令すれば人並み以下だが食べる。舞曰く、胃がもたれるらしい。何処の年寄だよ。
「匂い的にキムチとか前してくれたトム…何とかみたいなのかと思ってたけど、豆乳鍋かぁ。」
「それ、多分手作りしたからだと思うよ。私もそれ使ってキムチ鍋にしよかなと考えたけど、明日学校だし匂い付くの嫌だから止めたの。豆乳はお姉ちゃん、大丈夫だよね?」
舞が小さく首を傾け尋ねると、「大丈夫大丈夫っ」と私は左手の親指を立てて、舞に向けて突き出した。
「ってか、キムチ作ったんだ。スパイスとかどうしたんだ?」
「あ、それならインターネットで粉唐辛子とかニンニクとかで出来るからって書いてあったから、一つを除いては全部家の物でなんとかなったんだよ。」
私の質問にスラスラと答えてくれる舞。これが私相手じゃなければ嬉しいのだが、本人は未だ私以外の前で敬語なしでの会話は慣れないらしい。数年間も他者に敬語を使ってきたのだ、無理もない。
しかし最近、敬語は治らないものの、舞は前よりもシャキッとした声で他人と話せるようになってきた。きっと琴美たちの行いが、舞を以前の舞にへと変えたのだろう。
姉としては嬉しい限りだが、舞が姉離れしているようにも感じてしまう。いつも私の背中で隠れていた舞が遠くにいってしまうのは、やはり寂しいものである。
ー久しぶりに帰って来た両親の気持ちが、何となくわかる気がするな。ー
「お姉ちゃん、何考えてるの?立ってないでさ、お鍋食べよ。」
煮えた具材が入った取り皿を私のテーブルの定位置にコトンと置いた舞は、不思議そうに私の様子を伺っていた。私が考え事をしているのがそんなにも不思議なモノなのか。
「いや、ちょっと世間の親の気持ちが分かっただけだから、そんな小難しいことを考えているわけじゃないけど…。」
「?変なお姉ちゃん。」
私の唐突な発言に舞はクスクスと笑ったが、それ以降私に追及することはなかった。追及されたところで、返す言葉は同じなのだが。
「それにしてもお姉ちゃん。部屋から出てくるの遅かったね。電話でもしてた?」
「電話、ではないかな。ほら、この前琴美たちの家の辺りはあんま雪積もらないとか言ってたじゃん?それで写真に一言入れて送信してたわけ。」
椅子に腰かけたタイミングでの舞の質問に答えた私は、舞が具材を入れてくれた取り皿の野菜をがっつり箸で掴み、冷ますことなく口へ投入した。熱いことに間違いはないが、別に死にはしない。
「~~っぁあ!やっぱ舞が作る料理は美味しいな。毎日食べても全然飽きないわ。」
「…ありがと、お姉ちゃん。そう言ってもらえると、私も作りがいがあるよ。」
私の男子野球部並みの食べっぷりに指摘しようと私に箸の先を向けようとした舞だったが、私の言葉にご機嫌そうな表情にころっと変わる。
つい三十秒前にも話たが、舞は近頃物事をシャキッと話したりや喜怒哀楽がハッキリとし始めた。嬉しいときも怒ったときもおどおどして困った顔ばかりしていた昔の舞は、私の前ではもう見せない。
舞は「お姉ちゃんのおかげだよ。」と言ってくれるが、私一人の力ではない。高校に入学し今のクラスメートが舞に優しかったからこそ、舞は本来の二葉舞に戻ることが出来ている。
「けどやっぱり、寂しいな…。」
私を頼ってくれていた舞がいなくなるのは、嬉しさ半分寂しさ半分と言ったところだ。私の両親もきっと、私たちに頼られなくなり同じ思いをしたのだろう。そう思うだけで、私の心は両親には悲しい思いをさせたと申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
…両親が共働きを始めたのは、私たちが小学三年生の時。海外へ出張続きの父親が病気で倒れたと連絡が来たのがきっかけだ。父親はいつもヘラヘラしており「大丈夫か?」と心配するほど能天気なのだが、やる時は人の倍以上努力する人だ。私が男っぽい口調なのは、そんな父親に憧れていたからだ。
幸い命に別状はなかったものの、今後も起こりうると母親が付き添いで父親は仕事を再開した。そこから、私と舞との二人生活が始まった。
最初の頃は、舞には詳しい事情を話さないでと母親に頼まれていたこともあり、母親がいないと泣きじゃくる舞をどう泣き止ますか苦労の日々が続いた。その頃は私が家事全般を請け負っており、現舞と競るぐらいだったが、舞が手伝い始めた辺りからピタリと止めてしまい、現在女子力はボロボロである。
舞の成長過程をずっと見てきた私には、舞は妹というよりも娘みたいな存在。それは今も昔も変わらない。
だからそんな舞に、いつしか私はまだ側にいたいと甘えるようになっていた。私が姉らしく出来ない理由は、確実にそれである。
「お姉ちゃん、お箸止まってるよ。もしかして、帰宅中にチョコ食べたりしたの?それで食欲ないって言ったら、お菓子禁止にするからね。」
「…あ、いや、別にそんなじゃないって。ほら、まだ雪降ってんなぁって思ってよ。今年はやけに凄いなぁって。」
勿論、嘘だ。外など、リビングに来てから一度も見ていない。
そんな、私を観察していればわかる無謀過ぎる誤魔化しに、誤魔化していることを理解しているのかしていないのか、舞は「冷める前に食べてよね。」と言い、白菜を息で冷ましてから口に入れた。それでも熱かったらしく、舞は「熱っ」と言いながらも手で口をおさえ、涙ながらに白菜を喉に通した。口元から垂れている少量の豆乳汁が、何故だかイヤらしいことを考えてしまっていた。
「…ほら、垂れてるぞ。」
私は椅子から立ち上がると少し前のめりな姿勢をとり、テーブルに置いてあったティッシュ箱から数枚手にし、舞の口元を拭いてあげた。
「ほら、拭けたぞ。ったく、猫舌だってこと自覚してるなら、何で冷まさなかったんだよ。」
「だって、お鍋は熱いうちに食べないと美味しくない…。」
まだ舞の発言の途中であったが、私は舞が使用している取り皿から短冊切りされた人参を箸で掴むと、それを息を吹いて冷ます。そして発言中の舞の口に放り込んでやった。
「…私と一緒に食べるの、そんなに嫌か?」
思ってもみなかった言葉が勝手に口から出ててしまい、私は思わず自身に驚いていた。冗談だと一言言えば済む話なのだが、何故か今は、その一言が出なかった。
瞬間、私の胸に何かが芽生えたような感覚が襲ってきた。玄関の前のやり取りといい年始からの舞に対する気持ちといい、これはきっと…。
ーいや待て。相手は妹だぞ。んなの、姉妹としてに決まってるだろ。何勘違いしてんだよ私は。ー
「…っはぁ。そんなの、嫌なわけ無いじゃん。お姉ちゃんと一緒に食べるの、凄く嬉しいよ。」
白菜を食べきった舞はそのままキッチンへと向かい、数秒足らずで再び姿を現した。その手には、先程受け取り忘れた舞からのチョコが入った箱ともう一つ別の箱を持っていた。違うとすれば、箱が縦長に大きくなったのと、包装紙にクリスマスツリーなどの柄が入っていることだろうか。
「さっきお姉ちゃんに渡しそびれたのとは別に、もう一つプレゼントがあるんだ。」
私の近くで止まった舞は「はいっ」と二つの箱を私に差し出してきた。箸を置き一度大きく深呼吸をした私は姿勢を正し二つの箱を受け取ると、チョコの入った箱をテーブルに置いてもう一つの謎の箱を開封した。
箱の中から出てきたのは、如何にも高そうなタータンチェックのストールマフラーであった。
「お姉ちゃん、いつも寒そうな格好しているから、防寒具持ってないだろうなって思ったの。本当は、クリスマスに届く予定だったんだけど、手違いでつい二週間前に届いてね。クリスマスプレゼント渡せなかったのはそのせい、ごめんなさい。」
ペコリと頭を下げる舞に気にしていないからと伝えると、食事中にも関わらずその場でマフラーを首に巻いてみる。しかし、お洒落とはほぼ無縁の私はマフラーなど着けたことがなく、一周巻いた後固まってしまった。
それに気付いた舞は私の後ろにまわると、「ちょっと待って」と言い何やら妙なことをし始めた。巻いていることに違いはないけど。
「ほら、出来た。ぐるぐるに巻いただけだけど、お姉ちゃんに似合っているよ。」
何処からともなく手鏡を出した舞は丁寧にも私の方にへと鏡を向けてくれる。全体的にボリュームがありつつ、首元は綺麗に纏まっている。さすがは、女子力の高い舞だ。
とは言え、舞と私は姉妹であり双子である。外見だけで考えれば、どんな服装が似合うか、どんなヘアスタイルが似合うか、どんなマフラーの巻き方が似合うかなど考える必要がない。ただ舞自身が似合うことを同様に私にすれば、何れだけ性格に違いがあれど似合ってしまう。
なのに、「似合う」の一言で心が満たされるのは、きっと私が舞に好意があるから。姉妹としてではなく、多分、そういう意味で。
ーもし、舞がこのことを知ったら、私のこと嫌いになるんだろな。…まぁ、その時は私自身のためにも家出ればその件は何とかなる。けれど…。ー
自信気にニコニコと笑顔を向ける舞を、また一人ぼっちになってしまう。それだけは、何がなんでも避けなければならない。
そのためにも、私の気持ちは心の奥底に仕舞いこみ、私は仲の良い姉妹をこれから演じていく必要がある。そうすれば、ちゃんとした姉妹でいられるのだ。
だから神様…。
「ありがとな、舞っ。」
今この瞬間だけは、舞のことを好きでいさせてください…。
誰もが寝静まった頃、自室の窓を開け静まった雪を景色に、私は一人珈琲をお供にチョコを食べていた。幾つもあった中で印象に残ったのはやはり、舞の手作りチョコだった。
毎年私好みに甘さ控えめでお洒落に、そして一口サイズ作ってくれる舞のチョコ。しかし、何故だか今年は何故か少ししょっぱい。何れだけポンポン口に入れても、しょっぱいままだった。
そして最後の一つは濡れに濡れていて、大分形が変形してあり、空になった箱の底はふやけて穴まで空いていた。
「もうこんなんじゃ、保管も出来ねぇよ。」
それを見つめる私の視界は幾ら目辺りを擦っても少々歪んでおり、最後のチョコを口にした途端、私の視界にはもう何も見えなかった。感じるのは、全身を包む冬の冷気と私の手の平から流れてく滴の温もりぐらいであった。
「舞ぃ…。ごめんな、こんな姉で…。」
そんならしくない姿で吐いた弱音を、舞は私の部屋の扉越しに涙を流しながら聞いていた。




