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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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You’re my Valentine.Ⅱ

 クッキー作りが終わった頃には、日がかなり落ちており、香奈の得意のオムライスを頂いてからクッキーを食べることにしたが、私以外のクラス用だったらしく、二、三枚ほどしか食べれなかった。

 その後、終電で帰ると香奈には言ったものの、明日学校があるからと、八時を過ぎた頃には大きめの箱が入った紙袋を渡され私は家を半ば強引に退出させられた。包丁を片手に脅されると、さすがの私も恐怖を持つ。

 休日に一緒に居れる時間はあまりなく帰りたくなかったが、香奈からの不意のキスに「今度、続きしよ?」と言わせてしまえば、帰りたく無くても帰らざるをえなかった。勿論、心は下心で埋め尽くされている。

 そんな最低な女優を乗せたタクシーは、香奈の住むマンションから私の自宅まで最短距離で私を運んでくれた。お喋りな中年男性だったため怒濤の質問攻めに若干疲れるも、最短距離で連れて帰ってくれたことはありがたい。

 家の電気は付いており、私が玄関扉に鍵を差し込もうとすると、「お帰りなさいませ、お嬢様。」と使用人の高山さんがメイド服姿で扉を開けてくれた。その早さは、玄関で待機しなければ出来ないほど、かなり迅速なものだった。


「お嬢様。今日も一日お疲れ様です。お荷物があるのであれば、先にお運びになりますよ。」


 と言いつつ、私が靴を脱ぎ終えた頃にはもうすでに、高山さんは私のビジネスバッグと香奈からのプレゼント(?)を手に入れていた。私が断ったとしても、彼女は必ず運ぶだろう。言っても無駄だ。


「ありがと、高山さん。それと、お嬢様は止めて。私はもうお嬢様じゃないんだから。」


 ついでに脱いだコートを高山さんに渡しスリッパを履いた私は、人差し指を高山さんに向けて注意した。いつも注意しているのだが、それでも高山さんは私を「お嬢様」と呼んでいる。一度ビシッと言ったのだが、反省する様子は一切見られなかった。そのため、何故メイドが続けられるかが謎なのである。

 高山さんの本名は高山玲香。私専属として彼女が二十歳の時に星城院家に迎えられ、現在三十二歳。元は都内のカフェでアルバイトをしていたらしく、たまたまそこに寄り道をした父にスカウトされたのがキッカケで、飲み物関しては知らないことはない。

 また噂によれば、彼女の高校時代は女子トップクラスで素行が悪く、目が合えば終わりだと言われたほどらしい。歳を感じさせないほどメイド服が似合う彼女からは、想像出来ない噂だ。


「お嬢様。明日の宿題は終わらせたのですか?一昨日、古典の宿題があるとか嘆いていましたが。」

「あぁ、それは昨日終わらせたから大丈夫。あ、明日のお弁当、少しだけ量減らしてもらえる?多分、友チョコの交換とかするから。」


 リビングに戻ってくると「かしこまりました。」と言って、高山さんはポケットに常備してある用紙にメモを取っていた。先月誕生日だった彼女に買ってあげたメモ用紙だったため、いつの間にか笑みが溢れていた。


「そう言えば、お嬢様。雅様にはチョコ、お渡しになさったのですか?」

「高山さん。嫌味にしか聞こえないよ。まだ出来てないの知ってるでしょ。」


 銀色の髪を一つにまとめあげると、チョコレートの香りが漂うキッチンの方向をちらりと見た。

 毎年、香奈には市販で購入したチョコレートを渡していた。しかし先月、そろそろ私自身が作らなければと思い、空いた時間に高山さんからお菓子の作り方を伝授してもらっていた。

 そして本来であれば、香奈に渡すはずだったのだが、完成間近というところでミスを犯してしまい、失敗となってしまった。


「お嬢様のお作りなられたチョコレートなら、あのスイーツマニアの雅様でも嬉しがると思いますがね。」

「香奈の問題じゃなくて、私の問題なの。やるからには、完璧なチョコレートを渡したいの。高山さんだって、見栄えがよくないとか言って飾り付けに相当時間かけてるじゃん。それと同じってこと。」


 少しムキになって話した私に、高山さんは「まぁまぁ」とテーブルに用意されてあるカップに、私が丁度飲みたかった温かい紅茶を注いでくれた。彼女のモットーは「備えあれば憂いなし」と使用人らしいのだが、その備えは一種の予言に近い。

 しかし、いちいち言っても無駄なので、高山さんが私の目の前にカップを置いたのを確認し「ありがとう」と感謝してから紅茶を口にした。香りがよいこの紅茶は、きっとダージリンだと思われる。


「確かに同じかもしれませんが、雅様にとってお嬢様は恋人。私にとってお嬢様はお嬢様です。お嬢様に対する愛の量が違うんですよ、私と雅様では。」


 私が渡したコートをブラッシングしながら、何故か愛を語り始めた高山さん。遠回しに「だから香奈には失敗作を渡しても大丈夫だ」と言っているのは、長年の付き合いのため嫌でもわかる。

「愛の量…ね。」と独り言にしては少し大きな声を出し、再び紅茶を喉に通す。


「まぁでも、お嬢様に対する私の愛は抱擁や接吻などしたいと、もはや異常な域にまで達てしているのですけどね。」

「…もし私専属じゃなければ、今頃捨てていたのに…。」

「何か言いましたか、お嬢様?」

「いえ、何でも。」


 高山さんの言う通り、彼女の私に対する愛は溺愛を遥かに通り越す尋常ではないレベルだ。一月に一度、元父親宛に私の成長過程を送っているのだが、その際に書き込む身長や体重といった身体的な数値を少数単位までしっかりと書いているのはまだ可愛い方。

 高山さんは私との長年の付き合いのせいか、私に恋をしているらしい。そのため、目覚めのキスや行ってらっしゃいのキス、最悪の場合寝込みを襲うといった使用人らしからぬ行為をほぼ毎日行っている。今朝もそれで一戦交えたばかりだ。

 高山さんの気遣いに素っ気ない反応を見せた私は紅茶を飲み干し、「おかわり」と高山さんにカップを少々押さえつけた。高山さんは嫌な顔を一つせず「喜んで」と言って、カップを手にし甘い香りが漂うキッチンへと歩いていった。

 私はそれを見ることなく、香奈から貰った袋から大きめの箱を取りだし中身を確認ししようとするが、箱の上部に白黒ラインのマスキングテープで貼られてある手紙に気付き、箱を開ける前に読もうと丁寧に引き剥がす。途中ビリっと破けるような音が耳に入り固唾を呑んだのだが、幸いにも箱の方が破れており、つい安堵の息を漏らしてしまった。

 キッチンから聞こえるちょっぴり音痴の高山さんの鼻唄が気になりつつも、私は手紙を開け中身を拝見した。


「アリスへ。バレンタインをあげるだけだと、今年で十年目になるね。正直、十年もアリスといるなんて昔だと考えられなかったな。最初の頃はアリスのこと、あまり好きになれなかったから、精々小学生までだと思ってた。でも、今は恋人としてずっといてくれていること、私はすごく嬉しいよ。めんどくさい女だけど、今後とも私を好きでいてね。大好きだよ、アリス…。」


 高山さんに聞こえない且つ私の耳にハッキリと聞こえる程度の声でひとしきり読み終えた私は、手紙を持ったまま幸せに浸っていた。

 毎年香奈はバレンタインプレゼントに何かと手紙を付けてくるのだが、ほぼ一言しか書いてもらえず、嬉しさ半分寂しさ半分と複雑な心境に私を陥れていた。

 しかし、今年は一言以上書いてもらえおまけに愛の告白付きだ。十年目にしてやっとかとも思ったが、それよりも嬉しさが遥かに上回っている。


 ー手紙の内容を私の目の前で言って欲しいって言うのは、さすがにわがまま過ぎるかな。今は書いてくれたことに感謝しなくちゃね。ー


 大好きだよと心の中で香奈に告げると、手紙を閉じる。が、手紙を裏向けでテーブルに置いた際、追伸と手紙の中身よりも少し汚い文字で書かれていることに気付いた。慌てて書いたのだとすぐ理解するも、何故慌てて書いたのかまではわからなかった。


「追伸、中身は冷蔵庫で保存したとしても今日中に食べきってね。翌日だと最悪、体調を崩すよ。って、どんな危ないもの作ったのよ、香奈(あの子)は。」


 苦笑いを浮かべた私は手紙を置くと、箱の蓋を止めているテープをはずし、高揚を抑えつつ箱を開いた。どうやら今年はザッハトルテらしく、相変わらずそこら辺の店のザッハトルテよりも美味しそうだ。

 にも関わらず、何故料理はオムライスぐらいしか作れないのか不思議である。レトルト食品で済ませているといつも言っているが、健康面を考えるとちゃんと食べなければならない。


 ー同棲すれば、毎日楽しいし何より今後の生活にも役に立つ。それに、恋人の世話とかしてみたいしな。あんなことやら、こんなことやら…。ー


「お嬢様。ヨダレが垂れておりますよ。」


 私の妄想に入り込んだ高山さんは、「はい」とサラサラ生地のティッシュを綺麗に折り畳んだ状態で手渡してくれた。幼き頃は、醜態をさらしたと泣くほど恥ずかしかったのだが、今となっては当たり前だと思ってしまい、特に何も感じていない。

 無言で受け取った私は口端のヨダレを拭き取ると力強い丸め、テレビ近くのゴミ箱にフルスイングで投げ入れた。力強く丸めたことで重量が増したらしく、ギリギリのところだったのだが。

「ナイスピッチングです、お嬢様」とパチパチと拍手を送ってきた高山さんは、ザッハトルテの入った箱を見るなり蓋を閉め、「とりあえず、冷やしておきますね。」と言いながらザッハトルテを冷蔵庫に入れてくれた。


「それにしても、相変わらず凄いですね雅様の手作りは。雑誌から切り取ったような、いえ、それ以上の出来ですよ。きっと将来、素晴らしいパティシエになれますよ。」

「なってくれたら毎日香奈の店に寄るけど、香奈、多分パティシエにはならないよ。」

「それはまた勿体無いですね。雅様には、何か他に夢があるのですか?そのような話はお嬢様からも雅様からも聞いておりませんが。」


 冷蔵庫を閉めた高山さんはカップとティーポットを持ち私の側に立つと、コポコポと私がおかわりと頼んでおいた紅茶を注ぎ始めながら、私に尋ねてきた。


 ー確かに、私や香奈が高山さんがいる場で香奈の将来について話したことは一度もない。「聞いてこなかったから」と一言言えばなんとでもなる話だけど、香奈が心を許せる数少ない人だし、話しても大丈夫よね。ー


 私は高山さんがテーブルの上に置いたカップを手に取り一口戴くと、小さく吐息をついてから口を開いた。


「香奈はさ、英語関係の仕事に就ければいいなって話してるの。いつもそこまでしか話してくれないけど、パティシエになりたいなんて言葉は香奈の口からは聞いたことないな。」


「英語関係…ですか。」と高山さんは言うなり、何かを思い出している表情を浮かべたが、私が見ていることに気付きスッと笑顔に変わった。気になることに変わりはないが、使用人に私情を聞いてはいけないのが元実家の掟が私の心の片隅にまだ残っており、言葉にできなかった。


「…まぁ英語は、勉学が得意な雅様の武器と言って良い程の点数を採っていましたもんね。お嬢様が中学生の頃はいつも、雅様の脳がお嬢様のモノになればと思ってましたし。」

「よく主人の前でそんなこと言えるよね高山さんは。」

「そんなぁ褒められても、キスぐらいしか出来ませんよ。」

「しなくていいし褒めてもないよ。」


 ポットを持ったままキスを強要してくる高山さんの顔をがっちり掴みいく手を阻ませながら、再び紅茶を口にする私は、高山さんとのやり取りに笑顔を見せていた。

 が、それは表の顔。いや、香奈の家から帰宅してきてからだが、私は香奈の言葉を思い出し、何かと考え込み現在、心の顔はぐちゃぐちゃになっている。

 数年も付き合っていれば、香奈が嫉妬深くてめんどくさい女だということは分かってしまう。そんな香奈が「別れたら」なんて話をすることに、私はどうしても疑問に思っていた。

「別れたら」なんて香奈が口にするときは、大抵香奈が私に対して何か悪いことをしたとき。それがクリスマスから続いているが、私には何も悪いことは起きていない。ただ単に、今後の事を考えての発言なのかもしれないが、そこがどうも不思議に感じる。


 ー結局、他人には自身の心境なんて分かりっこないんだから、答えがないことはわかってる。けど、気になるんだよねぇ。ー


 手にしたままのカップの縁にまた唇をつけたと同時に、湯はり完了を知らせる音楽が浴槽の方から聞こえてきた。前に興味本意で調べたところ、「お人形の夢と目覚め」という題名まで付けられた音楽で、実は携帯の着メロに設定してある程気に入ってしまったのだ。

 ちなみに、以前はアルセナールと言われている行進曲であまり着メロさはなかった。


「お嬢様、お風呂に入られてはいかがでしょうか?出終えるぐらいが、丁度雅様特製ザッハトルテが冷えていると思いますし。美味しい紅茶も準備しますので。」


 今日だけで何杯紅茶を飲まされるのだろうと思いつつあるも、香奈特製のザッハトルテを早く食べたい欲望が高く、「分かった」と簡単な返事を送り服を脱ぎながら浴槽へと向かった。


 ー香奈お手製のザッハトルテっ!楽しみだなぁ。私もお返し作らないとね…。ー


 鼻唄を奏でる私に、高山さんは笑顔を絶やさないでいたが、私がお風呂場の扉を閉めた音を耳にした途端顔からは笑みが消え、エプロンのポケットから携帯を取り出した。そこには一通のメールと宛先人の名が表示されていた。


「…お嬢様…。」


 らしくないほど悲しみに包まれた声は浴場でシャワーを浴びる私には当然聞こえず、メールを見ること以外、高山さんに選択肢はなかった。

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