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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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甘い恋に一言を Ⅵ

 自宅の最寄り駅に着いた頃には、空は暗く曇り空となっていた。午後の降水確率は二十パーセントとお天気アプリでは言っていたが、嫌な予感がした私は鈴ちゃんの手を握りしめ、早足気味で帰宅した。

 その選択は間違っておらず、自部屋でコートをハンガーにかけている内に、外からは激しい雨音が聞こえていた。もし、早足で帰っていなければ、今頃大雨の餌食になっていただろう。

 縦ラインの入った一回りサイズの大きい白のセーターに着替えリビングに戻ると、お風呂場から出てきた琴葉がとあるバラエティー番組を見ながら、ごくごくと水を飲んでいた。片手には、多分睡眠薬を持っているだろう。近頃寝つきが悪いと言って飲んでいるらしいが、果たして安全なものなのか、お姉ちゃんは心配である。

 私の視線を感じたのか、くるりと私の方へ振り返ると、「おねぇちゃん、お帰りなさい。」と微笑んだ。特に変わった様子はなく、ほっと一息つく。


「ただいま、琴葉。晩御飯はもう食べたの?」

「あまりお腹空いてなかったから、食品庫にあったカップ麺食べたよ。」


 薬を飲み終えた琴葉がいるリビングのテーブルには、まだ少し残った「チャーシュー大盛こってり豚骨拉麺」と表記されたカップ麺が置かれてあった。湯気が出ていないことから、お風呂に入る前に食べたのだろう。せめて片付けて欲しいものだが。

 

「…あ、そうそう。琴葉にいいものがあるよ。」


 と指を鳴らした私は、リビングの入り口付近の扉にまとめて置いた私と鈴ちゃんの荷物の中から、自身の鞄を手にする。そしてそこから、紙袋と正方形の箱を取り出した。

 それを手にし、ソファーで私を見る琴葉の横に座ると、先程の物をはいっと手渡した。


「紙袋が今日のお土産で、箱の方がバレンタインプレゼント。両方琴葉のだから、好きな方から開けていいよ。」


 そう言うと、琴葉は嬉しそうにまずお土産の方から開封した。まぁお土産は無難に、生産中止になったらしい黄色い熊の光るキーホルダーだ。


「昔琴葉とも遊園地行ったでしょ。その時琴葉、そのキーホルダーが売り切れてて、泣き出したのを思い出して購入したの。」

「…あの頃は幼かったら仕方ないの。おねぇちゃんだって、知らないだけであったかもしれないじゃん。」


 そうだねぇと頭を撫でて落ち着かせる私だが、琴葉の言うとおり、鈴ちゃんと行った際に何かがなく泣きじゃくっていた記憶がある。何が売り切れて泣いていたかはもうわからないが、とにかく、私にもそんな時期があったということだ。


「でもこれ、何処に付けたらいいの?指定鞄は御守り以外禁止だよ。」

「あ、そっか。校則のこと、全然考えてなかった。」


 困った顔つきで琴葉に質問されるも、私からは打開策が思い浮かばなかった。私が通う学校の校則が緩いのが、その原因だろう。

  けれど、頭を悩ます私に救いの手が舞い降りてきた。それはありがたいことだったのだが、救いの手の主が鈴ちゃんなのは、どうにも気に食わない。


「大丈夫。校則は破るためにあるもんだから、ストラップの一つや二つ、何ともないよ。」


 どさくさに紛れて私の横に座った鈴ちゃんがドヤ顔で言えるのは、多分前科があったからだろう。でなければ、その自信は何処から来ているのやら。

 …それにしても、よく元生徒会長の目の前で罪作りなことが言える鈴ちゃんの勇気に、私は感心しかなかった。まぁ「元」なので、特に怒ろうとは思わない。


「にしても、琴美。琴葉ちゃんにはあるのに、私にはバレンタインプレゼントないの?」


 キーホルダーを何処に付けるかの話題から一変、詰め寄る鈴ちゃんは物欲しそうに、私に瞬き一つせず視線を送ってきた。

 だがそれよりも、鈴ちゃんの瞳が何か言いたげな様子だったため、私はそちらに気が向いてしまう。あの頃の私と似た瞳をしているからだろうか。ただの思い込みかもしれないが。

 

「あぁ、勿論鈴ちゃんのもあるよ。けど、今日は疲れていると思うから、お風呂入ったら眠った方がいいと思うよ。だから、見るだけで食べるのは…。」

「やだ。今すぐに食べたい。だって、バレンタインに貰ったものはバレンタインの内に食べないとじゃん。」

「もしそうなら、世のモテモテの男の子は今頃、泣いてチョコを食べていると思うよ。」


 あははと苦笑いをすると、鈴ちゃんは不機嫌そうに私をポカポカと軽く叩き始めた。ほとんど力がこもっていないので、痛みは一切感じない。少しうっとうしいけれど。

 たまに鈴ちゃんが言う規則のようなものに、毎度毎度頭を抱えるが、今はもう慣れっこだ。それどころか、近頃はツッコミを入れている自分がいる。

 しかし、私が明るくなったのは間違いなく、鈴ちゃんのおかげだろう。きっと鈴ちゃんは「私、特に何もしてないよ。」と言って頭を傾げるだろうが、それで構わない。むしろ、意図的にやっているのであれば、私はここまで元には戻っていないだろう。

 

ー若干変な方向に足を踏み込んでいる気がするけど、それで本来の柊琴美に戻れるのなら、私は大歓迎かな。ありがと、鈴ちゃん。ー


「琴美、叩かれているのに何で笑っているの?はっ、まさか…。そういう性癖…。」


 何かおかしなことを言おうとしている鈴ちゃんの額に、私は強力なでこぴんをお見舞いさせた。折角鈴ちゃんに感謝の言葉を伝えているのに(心の中だが)、これでは何だか、私の言い損である。

 「はぅ~っ。」と言いながらソファーの肘掛けに倒れると、そのまま動作をピタリと止めてしまう。まさかと思い身体を起こしてみるが、鈴ちゃんは目を瞑りスヤスヤと眠っていた。身体を揺らすも、口元から垂れているよだれが私の服に散るばかりだ。…お風呂までとは思ったが、洗い物が一つ増えたようだ。


「おねぇちゃん。私そろそろ部屋戻るね。チョコありがと。明日の朝にお返しあげるからね。」


 そう言ってカップ麺の容器を片付た琴葉は私に軽く手を振ると、その足で静かに二階へと上がっていった。

 琴葉の部屋の扉が閉まる音が聞こえる前に、私は再び鈴ちゃんを起こそうと努力する。琴葉が付けていたテレビから流れる高笑いする声が、時間が経つにつれ私の怒りメーターを徐々に上げる。これだから、夜にあるバラエティー番組は好きになれない。アリスちゃんが出る回は別だが。

 もうやけになった私は、よだれが散る覚悟で鈴ちゃんを激しく揺するが、それでも起きないのは鈴ちゃんの意地としか思えない。


「もう、何で鈴ちゃん起きないの!さっきじゃん。絶対に起きているに決まっているじゃん。」


 むっとした顔で鈴ちゃんに痛いほどの視線を送るも、鈴ちゃんは動こうとしない。それどころか、先程からずっと無邪気な笑みを浮かべている。それはある意味、私に喧嘩を売っているようにも思えたが、そんな笑顔を見てしまえば、振りかぶった手を引っ込めざるを得ない。


「…まぁ、今日楽しかったのは鈴ちゃんのおかげだし、少しだけ寝かしてあげよっかな。」


ふぅーっと息を吐いた私はそう独り言のように呟き、窓際にあるマッサージチェアにきっちと畳まれてある水玉模様の毛布を取りに行き、鈴ちゃんをソファーに横たわらせ毛布を掛けて上げた。

 幸せそうな夢を見ているのだろう、時より鈴ちゃんはへへっと寝言を言っている。一体どんな夢を見ているのか、夢の中を覗いてみたいものだ。


「…さて、私はあの荷物をどうにかしないとよね。」


 鈴ちゃんの頬を指先でつんっと触れた私は、再びリビング付近の荷物に視線を向けるが、遊園地で購入した奇抜な帽子やぬいぐるみ、明日クラス内で配布予定のお菓子他、大量の荷物見てしまえば、苦笑いの一つや二つは出る。しかも、鈴ちゃんのも合わせて二人分だ。


「これ、今日中に終わるのかな…。」


 ポリポリと指先で頬を掻くが、言っていても仕方がない。

 

「…よし、片付けるか…。」


 大きく伸びをした私は鈴ちゃんの頭を軽く撫で、大量の荷物の始末を始めることにした。


「まずは、私のと鈴ちゃんのに分けないとね。…別に中身見たって構わないよね。」


 リビングにいる鈴ちゃんに「ごめん」と手を合わせて頭を下げると、割れ物が入っていると仮定して慎重に中を漁った。

 結果的に、鈴ちゃんの荷物からは割れ物は発見されなかった。それはそれでよかったのだが、それよりも気になるものが一つだけ入っていた。

 包装された箱があるなか、ワインレッドに黒のリボンを結んである箱だけは、何故かそのままの状態で入ってあった。これこそ、包装するべきなのではと疑問になるも、その中身が私はとても気になった。何しろ、箱には一切表記が書かれていないのだ。気にならない方が無理なものだ。

 一時片付けを中止した私は、謎めいた箱を手にしたまま鈴ちゃんの様子を伺った。起きそうな雰囲気では無く、抵抗があるものの、私は箱をテーブルに置き、丁寧にリボンをほどいた。

 簡単にほどけたリボンを少し遠い位置に置き、私は箱の蓋を持つ。何が入っているかも分からないが、とりあえず、危ないものではないことを願い、「えいっ」と箱の蓋を開けた。

 

「これって…。」


 謎だらけの箱から出てきたのは、歪な形をしたチョコだった。数にして五つほどあるが、手作り感満載とでも言おう。とにかく形が歪である。

 適当に一つ摘まみ目の前に寄せる。鼻に入る香りは間違いなくチョコレート。しかし、ここまで壊滅的な形だと、元は何の形をしていたかも分からない。

 さすがに食べるのはと思い、私はチョコを戻し蓋をしようとするが、ひっくり返して置いた蓋の裏に、マスキングテープで固定された手紙のようなものが貼られてあることに気付いた。


「宛名は…私?」


 何故鈴ちゃんが私宛のチョコを持っているのかは定かではないが、私のものである以上、手紙を見ようがチョコを食べようが私の自由となった。

 チョコを食べたいものの、それよりも気になる手紙からマスキングテープを綺麗に剥がし、手紙を両手で広げた。


「愛する琴美へ…。これってもしかして、鈴ちゃんからのプレゼント…。ってことは私、かなり駄目なことしてるってこと!?」


 ここに来て私はとんでもない行いをしていたことに気付き、思わず手紙を手から離してしまった

 。もう後戻りは出来ず、眠っている鈴ちゃんには申し訳なく思い、つい言い訳を考えてしまっていた。


ーいやいや、何考えてるの私。もうやっちゃったことなんだから、ちゃんと鈴ちゃんに謝るべきよ。勝手に開けてごめんなさいって。うん、それが良い。ー


 と自らに言い聞かせるも、やはり気になる手紙の中身。良心が私の胸を痛めるが、床に落ちた手紙を拾い、大きく息を吸ってから再び読み始めた。


「愛する琴美へ。ハッピーバレンタイン!かれこれあと一ヶ月ちょっとで同居して一年が経つね。二年生になったら二人でもっとお出掛けしようね。」


 そして、その文章の最後には赤ペンで「大好き」の書かれており、その周りにはハートが散りばめられていた。鈴ちゃんらしいと言えば鈴ちゃんらしいが、つい先日英語の文章題で載っていたこともあり、バレンタインの綴りが違うのだけはやめてほしかった。まぁそれも、鈴ちゃんらしいと言ってしまえば納得できてしまうが。


ー鈴ちゃんと付き合い始めたのは九月からだったけど、出会ったのは四月だもんね。長いもので短いもんだな。ー

 

 手紙を畳み箱の蓋の側に置くと、チョコを摘まみ上げポコンと口に放り込むだ。甘すぎず苦すぎず、ほどよい甘さなのだが、何しろ固い。その固さからチョコレートというよりは、もはやチョコ味の飴を食べているようだった。

 ただ、硬度は飴以上で歯で砕くことは多分不可能。本気で砕こうと試みたが、逆に私の歯が砕かれるのではとすぐに止めた。


ーそう言えば、鈴ちゃんが料理して食べさしてくれるの、初めてだよね。食事作るのもお菓子作るのも大半私だし…。ー


 そう思うと、例え強度の固さを誇るチョコキャンディー(通称)だとしても、私の心は嬉しさでぬくもりで包まれるような感覚を感じた。とても温かく、懐かしい…。

 ソファーで眠る鈴ちゃんに近寄った私は、目にかかっている鈴ちゃんの前髪を払って上げる。この一年近くで、鈴ちゃんの髪は遂に肩よりも下に伸びていた。春休みに一度カットしてもらうと話は聞いたが、邪魔そうな前髪はそれよりも先に切るだろう。


「ありがと、鈴ちゃん。大好き。」


 そう言って私は眠っている鈴ちゃんの唇に自身の唇を三秒ほど重ね、ゆっくりと離れた。小さな膨らみとチョコの甘さが私の理性を飛ばそうとすると同時に、よく分からないモヤモヤ…と言うよりは喉が渇いたような感覚が私を襲ってくる。これは…何?

 ぐるぐると頭の中が渦巻くなか、うっすらと目を開いた鈴ちゃんに、私は「おはよう」と笑みを送った。




 翌日の朝。結局渡しそびれたチョコを鈴ちゃんに渡したところ、鈴ちゃんは当たりくじを引いたように朝からぴょんぴょん跳ねていた。チョコ控えめのバタークッキーに最近ブームだと言っていた栗入りタルトと、あまりバレンタインらしくは無いが、喜んでもらえて作ったかいがあったと私は跳ねる鈴ちゃんを見ながら思った。

 ちなみに、栗入りタルトの栗は前々から作り置きしていたマロングラッセを使用している。マロングラッセに込められた意味、それは「永遠の愛を誓う証。」私たちにぴったりの意味だが、その事を知るのは大分先の話となる。

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