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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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甘い恋に一言を Ⅳ

  フリーパスが見つかったのは、琴美が行ってから一分後のことだった。肩掛け鞄の内ポケットに入っていたフリーパスは、少々ぐじゃぐじゃになっていたが特に支障はないとパスを提示したスタッフに言われ、小さくお辞儀をし琴美の元へと駆け足で向かった。

  暗くて冷たい通路は水滴が地面に跳ねる音と私の足音以外は聞こえてこず、実は本物の洞窟の中に入っているのかと疑うほどだった。

  大きなカーブに入りかかろうとした時、その先からチカチカとブルーライトが光っているのが確認できた。そこには琴美がいると確信した私は少し走る速度を上げた。


 ーあっ!ー


  カーブの終わりに差し掛かろうとした時、カーブが終わった辺りに琴美がイヤホンを耳にししゃがんでいる姿が見えると、「琴美ぃ」と声をかける前に何故かカーブで身を隠してしまった。


 ー何してるのさ私は。早く行かないと琴美が…。ー


  自身に言い聞かせ、ちらりと琴美の方を見る。琴美は未だにしゃがんだまま、携帯の画面に視線をやっていた。どんな表情かはよく分からないが、笑顔で無いことだけは確かだ。

 

 ー画面と顔との距離が近い…。いつも私がやって怒られていることを、今は琴美が…。ー


  暗い場所に弱い琴美は、携帯をいじることで気を紛らわそうとしているのかもしれない。けれど、携帯を使っている様子はここからでは確認できていない。


 ーかなり弱ってる…。もう少し見てたいけど、琴美のためにも行ってあげよっかな。ー


  若干心残りはあるものの、私は琴美に向かって足を踏み出そうとしたその時だった。

  うっすらと見えた琴美の表情が笑顔であったことに、私はとてつもない恐怖を感じ、踏み出そうとした足が地面に着地する前に空中で止まってしまった。

  琴美の笑顔が決して気味が悪いというわけではない。むしろ幸せそうな笑みをしている。だからこそ、私は寒気を感じてしまっていた。


「…あんな笑顔、見たことない…。」


  そう呟いた瞬間、私の脳内ではある言葉が再生された。


 ーいつも一緒にいた友達が、ある日見たことのない表情で私を待っていた。まるでプロポーズを受けた直後かのような、目を輝かせ幸せそうに笑っていた。ー


  琴美に勧められて鑑賞した恋愛映画に、主人公の親友がそんな事を語っていた。私には関係ないと思っていたあのシーン。けれど、今はその状況が目の前にある。


 ー何で琴美は笑ってるの?ー

 ーあぁ、琴美可愛いなぁ。ー

 ー画面には何が映ってるの?ー

 ー可愛い過ぎて死にそう。ー

 ー今、どんな気持ちなの?ー

 ーその笑顔、もっと私に見せて。ー

 ー私はどうなるの?ー

 ーまた笑った。可愛いな。ー

 ー違う。あれは幻覚。琴美が笑ってるのは夢なのよ。ー

 ー可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い…。ー

 ーでも…琴美は…。ー


  琴美の見たことのない笑顔に対する嬉しさと同じぐらい、心細さを感じた私は、浮いていた足が地面に着地したことなど気付く余裕はなかった。

  とつい油断してしまい、肩にかけていた鞄の外ポケットから落としてしまった携帯電話が、次の瞬間、洞窟内に鳴り響いてしまった。拾おうとしたときには手遅れで、顔を上げたときには呆けた表情をした琴美がこちらを見ていた。こうなってしまえば嘘は付けない。

  私は正直に話そうと琴美に近づこうと歩み寄ろうとすると、琴美はいじっていた携帯をすぐにポケットに入れ、私に向かって走ってきた。と思えば、私を全身で包むかのようにぎゅっと抱きしめた。


「うわぁ!?琴美、急に抱きついたりなんてしないで。びっくりしたじゃん。」


  いつも急に抱きしめる私の言葉に説得力は無いものの、琴美がいつも驚く理由が何となく分かった気がした。


「…琴美?」


  直ぐにでも琴美から「急に抱きつくのは鈴ちゃんでしょ?」の一言と軽いチョップが与えられると身構えてたため、それを行わない琴美が少々不思議であった。


「怖かった…。私あのまま、一人で死ぬのかと思ってた。」

「幾らなんでもアトラクション内は止めてっ!」

「死ぬのはいいの!?」

「なわけないじゃん!勝手に先に死なないでよね。」


  琴美の発言の答え方が少々悪かったみたいで、そのせいで私はとんでもないことを口走りそうになり、思わず口に手を当てた。


「…琴美。その…ごめんね。私がフリーパス入れた場所、覚えてなくて…。」


  話をそらす…訳でなく、手を優しく握り落ち着かせようとする私に、琴美は小さく首を振る。


「大丈夫。鈴ちゃんのことだから、何となく想像出来たし…。それに、私が先に突っ走ったのが悪いんだから。」

「でも、もし私がちゃんとパス持ってれば、琴美は…。」


  「こんな思いしなくてよかったじゃん。」と伝える前に、私が握りしめていた手から離れた琴美の人差し指によって口を封じられた。


「暗い顔しない。今日は初デートなんだから、嫌な思い出なんていらないでしょ。ほら、笑って笑って。」


  そうにこりと笑みを浮かべた琴美だが、数ヵ月も共にすれば無理していることぐらい丸わかりだ。口を封じている指の振動が感じるのが証拠だ。

  琴美が嘘を付くのは日常茶飯事。けれどそれは、決して他人を傷付けるような嘘ではなく、他人を不愉快にしない優しい嘘だ。だがそこには自己犠牲が存在し、決して美しく嘘だとは言えない。いつか溜まった感情が、自我を崩壊させるほどの爆発を起こしてしまうかもしれない。

  それでも、今目の前にいる柊琴美という人間は、嘘を付き続けるだろう。他人さえよければ良い。自身のことは二の次。そんな考えが出来るの人間を、私は一度見たことがある。いや、今も見ている。

  だからこそ、私は一刻も早く琴美が嘘を付かない人間になってほしい。それは友達としてでなく恋人としてだ。

  琴美は私の口から指を退けると、上の空の私の手を握ると、「ほら、行くよ」と口角を少しだけ上げた。それにつられ、私も小さく微笑んだ。


 ******


「琴美、まだ二つ目何だからしっかりしてよね。」


  二つ目のアトラクションを乗り終えた私たちは、出口付近の休憩所にて休息を取っていた。まだまだ元気そうな鈴ちゃんに比べ、私はくたくたであった。

  最初に乗った洞窟仕様のジェットコースターは、どちらかと言えば探検感覚だったため怖くはなかったものの、最後の急降下だけは死にそうな思いをした。途中で登り始めた時には、もう手遅れだと感じ乗ったことに後悔してしまった。

  その後の二つ目は、一番人気の絶叫マシーンは、全長約二千メートル、最高時速百五十キロという化け物じみたアトラクションであった。拒みに拒んだ結果、じゃんけんで決めることなり、じゃんけんに負けてしまった私は嫌々乗るはめとなったのだ。まさか、一発目で負けるとは思いもしてなかった。

 

「絶叫系の乗り物を連続して乗るなんて、かなりの変人だよ。」


  浅く笑った私は、先程自動販売機で購入したお茶を口にする。百二十円の温もりが、私の体を温めてくれる。


「遊園地は絶叫系を乗らなければいけないの。そういう原則なの。」

「一体どこの原則よ、それ。」


  入り口付近で貰える場内マップをテーブルに広げている鈴ちゃんは、何やらマップに記入しながら頭を悩ましていた。大まかの予想は立っているので、聞こうとは思わないが。

  大きく伸びをした私は携帯を取り出すと、無音カメラのアプリを開き、油断している鈴ちゃんを一枚撮影した。アリスちゃんのような可愛い女の子を撮りまくるという変態な趣味を私は兼ね備えていないが、思い出を残すという点では一緒かもしれない。

  とは言え、自宅のパソコンには鈴ちゃん専用フォルダが二つほど作られてあり、アリスちゃんを悪いようには言えない。

  携帯画面を見ながら苦笑いした私は、ふと画面の右上に目を向けた。二つとも人気のアトラクションだったため待ち時間は長く、現在十三時を回った頃であった。お昼過ぎになればお腹空いたと近寄ってくる鈴ちゃんだが、今日は一言も言っていない。


 ー何かを食べているわけでもないし、食べたわけでもない。調子悪いのかな、鈴ちゃん。ー


  体調が悪そうな感じではないが、私みたいに体調が悪くても表には出さないようにしているのだろうか。それとも、ただお腹が空いていないだけだろうか。問いかけようにも、絶賛集中のため話しかければ痛い目見ることはわかっている。

  そのため私は、料理アプリを開き適当に検索しながら、良さげな物にお気に入りマークをポチポチと押していった。

  その作業を行うこと五分。「出来たぁ!」と迷惑なほどの大きな声でペンを置いた鈴ちゃんは、直ぐに鞄の中をごそごそとし始めた。何が出てくるのかと気になった私は、携帯を閉じ立ち上がる。


「お、あったあった。はいこれ、琴美の分。」


  そう言って手渡されたのは、某コンビニで売られてある「コロッケパン」と書かれた如何にもボリューム大げなコロッケが入ったパンであった。


「はいこれって言われても…。」

「あ、それお昼だから。ちゃちゃっと食べて、次、行ってみよぉ!」


  唐突にコロッケパンを渡され私に追い討ちをかけるかのように、鈴ちゃんがさも平然に焼きそばパンとチョココロネの袋を開けるとむしゃむしゃと食べ始めた。


「え、いやその…。普通にお昼、食べないの?」


  もはや何から手をつければ良いかわからなかった私は、とりあえず一番最初に悩んでいたことを口にした。それに鈴ちゃんは「待って」と手で合図を送ると、気合でごくりと飲み込んだ。女の子としてやってはいけない行為に、私は少々抵抗してしまった。


「だって、アトラクション全部乗りたいじゃん。だったら、お昼食べる時間なんて勿体無いから、こうして軽いものにしているの。」

「全部って、パーク内!?」


  当たり前のように鈴ちゃんは頷くが、パーク内には約四十のアトラクションが存在し、待ち時間が長いもので一時間になるものもある。そして現在、十三時を越している時点で制覇まで九割ほどとかなり難しいーと言うか無理な話だ。


「そんなに本気にならなくても…。大体、今から決行しても無理。鈴ちゃんはともかく、私の体力の無さは知っているでしょ?」

「ほれぇへもひぃけりゅ(それでも行ける)!」

「食べながら話さない。」


  鈴ちゃんの口からそばの欠片がテーブルに飛び散っていく。小学生か、鈴ちゃんは。

  再びパンを飲み込んだ鈴ちゃんは、「それに…。」と言ったままプイッと顔を逸らした。暖房がさほど効いていない休憩所にも関わらず、鈴ちゃんは顔を赤くしている。


「それに、今日は琴美には楽しんでもらいたかったから、その…。制覇すればいいんじゃないかって。」


  考えが安直すぎるよと心の中で叫びつつ、私は少し立ち上がり、照れている鈴ちゃんの頭を優しく撫でてあげた。


「確かに、一日で制覇すれば凄く良い思い出になるかもしれないけど、私は少しずつ制覇していきたいな。」

「…なら琴美は、何回も来るって言うの?」


  口を尖らせる鈴ちゃんに「そうだよ」と一言告げると、食べかけの焼きそばパンを持っていた鈴ちゃんの右手を両手で包み込んだ。


「私たちが今の関係でいられるためにも、楽しみは取っておいたほうがいいでしょ?だから…。」


  次の言葉を口にしようとした瞬間、さらに顔を険しくした鈴ちゃんがぐいっと顔を近づけ、私の鼻にキス…と思ったが、がりっと一噛み。

  私は「ひにゃ!?」と出したことがない声を上げ、痛さのあまり、私はベンチに横たわってしまった。


「ちょっと鈴ちゃん!急に鼻なんて噛まないでよ。傷物になったらどうするつもりなの!」


  涙を堪えつつ、私はむくりと身体を起こし鈴ちゃんに問いただした。…が、何故か鈴ちゃんが涙を流していた。泣きたいのはこっちだというのに…。

 

「鈴ちゃんが泣いてどうするの。泣きたいのはこっち。私何か変な…。」

「私たちの関係は永遠だもん。永久だもん。未来永劫変わること無い決定事項だもん。それを別れる前提みたいな話し方して…。琴美にとって、私はその程度の価値なの?」


  涙を腕で拭った鈴ちゃんは、「馬鹿っ」と大きな声で叫ぶと、荷物を全て持って走り去ってしまった。

  私がその場の状況を理解した頃には鈴ちゃんの姿は何処にもなかった。


「…あぁもう、私の馬鹿っ。何で直ぐに追いかけないのよ。」


  私は自身の行いを反省した後、鈴ちゃんが走り去った方向に向けて走り始めた。また同じ過ちを繰り返さないためにも。

  休憩所を出た頃には、もう噛まれた鼻の痛みなど忘れていたが、そんなことを考えている暇など私にはなかった。

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