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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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甘い恋に一言を Ⅲ

  暖房の効いたバスから降りれば、冬を呼び戻したかのような寒風が再び私の身体に襲いかかってくる。マフラーを巻き直し使い捨てカイロを握りしめ、私はチケット売り場へと続く列に並んだ。

  休日ともなれば客は多く待ち時間は長く、その間、カイロ一つでは寒さの限界を感じてしまった私は、やむ終えずコートのポケットに手を突っ込む。不良っぽく見えるためいつも控えていたが、カイロよりも断然温かく案外良いものだと思ってしまい、ポケットから手を出そうとする。が一瞬吹き荒れた風に勝つことができずまたポケットに手を入れた。

  だが待ち時間は案外早く、二十分が経った頃には私の番まで残り二組ほどとなっていた。最近付けられたような電子掲示板に載ってある金額表を目に通すと、私はポケットから手を出しフリーパス代である三千六百円を財布から取り出すとカイロの代わりに握りしめた。

  財布をバックにしまった頃にはもう私の番で、少し緊張染みた声でやり取りを行い、フリーパスのチケットを受け取った。前までは赤青黄色の熊三匹が両手を広げているデザインだったが、今は赤と青の二匹となっている。後日変更した理由について調べてみたところ、黄色の熊であるライトくんは熊だけの世界に帰ったと表記されてあり、真相を知ることはなかった。

  チケットを吊り下げ名札に見えるよう入れた私は、入園口で奇抜な格好をした男の人に提示しやっと入園することができた。そしてその勢いのまま、青色の熊の近くまで歩いていく。

  その青色の熊が小さく見えたところで、私は近くにある御手洗いに踏み入れると、少し大きめの鏡で最終チェックを行った。


 ー服装、大丈夫。髪、大丈夫。メイク…はしないからどうでもいい。こんなものかな。ー


  ベージュのロングコートの汚れを落とし、Vネックの黒のニットワンピの位置を調節する。終われば先日散髪にていつも通りに直してもらった前髪を少しいじり、鏡の前で一回転。家を出たときとほぼ同じなことを確認し、「よしっ」と一言発し青色の熊の前に向かっていった。

  青色の熊の前に着くと、すぐ目の前に鈴ちゃんが一人ベンチに座って眠っていた。その無防備な鈴ちゃんに近寄ろうとする輩に冷たい視線を送れば、輩は苦笑いをしながら立ち去って行く。

 

 ー何あの人。鈴ちゃんに手出したら、タダじゃ済まないんだから。ー


  立ち去っていった方向に睨み付けた私は、表情を戻し鈴ちゃんの前に立った。朝早く起きているのだ、眠っていても仕方ない。そもそも、わかりきっていたことだが。

 

 ー…相変わらず、可愛い格好しているな。ー


  フード付きの一サイズ大きい藍のダッフルコートに、そのせいで見えないショートパンツ。足下は明るめの薄茶のムートンブーツに黒のハイソックス。極めつけは安定のツインテール。先程の輩たちが近寄る気持ちも分からなくもない。私が彼らと違うとすれば、下心がないところだろうか。


「鈴ちゃん起きて。私着いたよ。」


  両手で肩をしっかり掴みユサユサと鈴ちゃんを揺らすが、壊れた人形のように首がガクガクと揺れるだけであった。…生きているのかな、鈴ちゃん。


「鈴ちゃん。今日は私との初めての外出デートでしょ。少しは緊張とかないわk…。」


  目を閉じて話す私に、目覚めたらしい鈴ちゃんは私の頬に軽くキスをした。触れていた時間は長くはないが、寒さで冷えきった唇の冷たさは感じ取れた。


「おはよぉ琴美ぃ。今日も可愛いねぇ。」


  目が覚めてすぐの鈴ちゃんは、少しトロンとした目付きで私に甘い声で囁いた。だがまだ寝ぼけているようで。そんな様子の鈴ちゃんにその気がないのは分かっているが、こちらは嫌でもその気になってしまう。


「~~~っ!!鈴ちゃん!いい加減起きなさいっ。」


  高まる胸の鼓動を殺し、私は少し強めに鈴ちゃんの頬を引っ張った。


「ひぃたぃ。ひぃたぃからはにゃしてぇ。」


  ようやく鈴ちゃんが完全に起きた様子を見せ、私はため息をつきながらぱっと両手を離した。

 

「琴美ぃ、朝から酷いじゃん。私が何したっていうのさ。」


  つねられた頬を擦りながら、鈴ちゃんは目をぱちくりさせる。寝ぼけた状態で私の頬にキスしたと言っても、鈴ちゃんは「普通でしょ」と首を傾げるだろう。


「もういいよ。多分言っても無駄だろうし…。」

「無駄ってどういうこと?私がバカみたいな言い方して。」


  みたいじゃなくてそうなんだよとは言わず、「ごめん」と私は鈴ちゃんの頭を一撫でする。膨れっ面をしたいた鈴ちゃんの表情が、気持ちよさげに目を細くすれば、また私はキュンとした。


「…猫みたい。」


  鈴ちゃんの扱いのレパートリーがまた増えた瞬間であった。脳内は鈴ちゃんの猫コス姿で埋め尽くされており…。


「ちょっと琴美?すごい顔してるけど、なに考えているの?」


  鈴ちゃんに言われ現実に戻った私は、自身がどんな顔をしていたのかはわからないが知りたくもない。それよりも、鈴ちゃんに見られたことが何よりも恥ずかしい。


「…ははぁん。さては琴美、私でえっちぃことでも考えて…。」

「いませんし、したこともありません!!」

「してよ!!」

「何でよ!?」


  もちろんしたことがないわけがないが、ついいつもの癖で嘘をついてしまう。その結果、私は鈴ちゃんと馬鹿なやり取りを数分ほど続けた。

  その間、やはり鈴ちゃんの猫コス姿は離れることはなく、下心がないとつい数十秒前に言った私は自信に強い失望を抱いた。




「絶対に鈴ちゃんでエッチなこと考えてやんないんだから。」

「いいさ。私は琴美でえっちぃことメチャクチャ考えてやるんだか…。」

「やめなさい。」


  未だ馬鹿なやり取りを続けながら、私と鈴ちゃんはジェットコースターの順番待ちをしていた。移動の最中には興奮が収まったものの、何故か再び馬鹿なやり取りを始めていた。


「大体、公共の場でえっちぃとか大きな声で言わないの。周りの人の迷惑になるでしょ。」

「そんなの琴美だってエッチだって言ってるし。それって私と同犯じゃん。」

「私は、鈴ちゃんに聞こえる最低限の音量で話してるから迷惑にはなってないんです。」

「声の大きさの問題って言ったら、私の言動のほとんどが罪みたいなものじゃん。それって私に黙ってろってことでしょ!?」

「そう言うことじゃなくて、大きな声でエッチな発言するのがダメだってことなの!」

「なら最初からそう言えばいいじゃん。」

「最初からずっと言ってる!!」


  私たちの低レベルな争いに、周りは見て見ぬふりをしている。それでも言い争いが続くなか、私は「ごめんなさい」と心の底から周りの方々に謝罪した。


「琴美が物事をハッキリと言わないタイプだってことはわかってるし、ばしっと言いたいってこともわかってる。」

「それはまぁ、そうだけど…。」

「でしょ?なら、今度からはちゃんと私に言うこと。わかった?」


  …ん?


「でも私、ちゃんと公共の場でえっちぃとか大きな声で言わないでってハッキリ言ったよ。今回に関しては、鈴ちゃんが悪い気が…。」

「問答無用っ!!」


  そうビシッと人指し指で私を指す鈴ちゃんは、誇らしげに鼻の穴を膨らませた。こうなってしまえば、鈴ちゃんは聞く耳を持たないことは知っており、「はいはい」と私は吐息混じりの返事を返した。


「あ、今琴美めんどくさいとか思ったでしょ。」

「めんどくさいなんて思ってないですよ。」

「すごくめんどくさそうだけど!?」


  棒読みした私に膨れっ面の鈴ちゃんはジリジリと詰め寄ってきた。そしてほんの一瞬、周囲を確認したと思えば、それを凝視していた私の唇を容易く奪い取った。


「んっ!?鈴ちゃん、ここは野外だよ。もしバレたらどうするのよ。」

「大丈夫っ。ちゃんと確認したから。」


  すぐに離れた鈴ちゃんが「ほらっ」と言われ、私は辺りを見渡す。が、何故か近くの人たちは一切こちらを見ていなかった。不思議に思った私だが、鈴ちゃんの言っていた確認の意味が理解できた。


「…一瞬でも、危ないとか考えなかったの?」

「あれだけ喧嘩していたら、私でも視界に入れないなって思ったから大丈夫っ。見ていないよ。」

「そういう問題じゃ…。」

「ならどういう問題?」


  小さく首を傾げる鈴ちゃんは眉間に皺を寄せ私に問うが、問われた私は「何でもない」と吐き捨てるように言い、数歩歩き満面の営業スマイルをした薄い青色のワイシャツのスタッフにフリーパスを見せ一人トコトコ歩いていった。「待って」と後ろから鈴ちゃんの声が聞こえていたが、しばらく歩いていると鈴ちゃんの声が聞こえなくなっていた。


 ーどうしたんだろ。まさか、チケット無くしたってわけじゃ…。ー


  私は引き返そうと振り返るが、通路はほとんど光がなく先が全く見えなかった。

  現在乗ろうとしているジェットコースターは二人で洞窟を探検するとうい設定のアトラクションだ。そしてチケットを提示した入り口からアトラクションの搭乗口まで、暗くて冷たい通路を二人で歩いて行かなければならない。

  行きは何とも思わなかったものの、鈴ちゃんがいないと知った途端、急に私の手が震え始め、背筋から嫌な汗がスーっと流れるのを感じた。


 ーいやいや、落ち着け私。そんなに歩いてないわけだし、来た道から足音が聞こえるはず…。ー


  そう考え耳に神経を集結させるも、聞こえるのは雫がぽつんと地面に落ちる音だけであった。

  血の気が引いた私はその場にしゃがみ込んでしまい、しばらく立ち上がれなくなってしまった。寒さで冷えきった身体を、まだ暖かいカイロで温める。それでも身震いをしてしまうのは、きっと恐怖のせいだと思う。


「あの時ちゃんと話していれば、こんな思いしなかったはずなのに…。」


  潤った目を手の甲で拭い、気を紛らわせようとイヤホンを耳に付けお気に入りの曲を流し始めた。

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