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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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甘い恋に一言をⅠ

  雑誌やカタログには春物の服が多く載ってあり、モコモコのセーターを着なくなればもう二月である。今年は例年よりも少し温かく、まだ少し寒いものの完全防寒するほどではなかった。

  そう私と同じ事を言った鈴ちゃんは、前から使っていたという指先だけが出ている手袋を付けていた。買った理由はカッコいいからと、とてもシンプルな理由であったが、鈴ちゃんらしさを感じた。

  そんな始まり方をした二月最初の学校内は、少しだけ活気付いているよう見えた。




  放課後、私と鈴ちゃんはいつものように商店街へと足を踏み入れた。自宅から徒歩二十分圏内に大手スーパーがあるものの、商店街の食材の方が安くて美味しい。それでいてフレンドリーのため、帰り道は少しキツいが商店街で買うことにしている。


「琴美。誕生日デートどこ行きたいか決まってるの?そろそろ一ヶ月が過ぎるって言うのにさ、琴美何も言ってくれないじゃん。」


  野菜の品定めをする私に、鈴ちゃんは私が頼んでいた袋詰めされた林檎を抱えてきた。重くて買い物に邪魔な通学鞄とリュックはいつも、ここの八百屋を切り盛りしているおばさんに預けてもらっている。


「鈴ちゃん。もう少し声のボリューム低くならない?それにこの前言ったでしょ。鈴ちゃんもうすぐ誕生日なんだから、二人の誕生日を兼ねてにしようって。」

「私は琴美の誕生日デートをしたいの。私の誕生日デートは後でいいの。」

「することには変わりないんだ。」


  鈴ちゃんの誕生日は私の一ヶ月先である二月十四日とちょうどバレンタインデーである。そのため、私の誕生日も兼ねてのデートにしようと提案したのだ。

  林檎を受け取った私は小さなカゴに入れ、おばさんのいるレジに向かい、折り畳みテーブルの上にカゴを置いた。


「だって誕生日のお祝いは一緒にするもんじゃないよ。一人一人、ちゃんと祝ってあげなきゃね。」

「もし鈴ちゃんが政治家になったら、きっと日本は破綻するだろうな。」

「そんなに私金遣い荒くない!琴美の方が毎日毎日食材買って、破綻しても知らないよ。」

「なら、明日からのお弁当のおかず、一品減らすからね。お肉も減らすね。」


  「それはだめぇ!」と抱きつかれる私は動揺するも、それを表情には出さず逆に笑顔を作った。そして電卓で表示された値段通りのお金を財布から取りだしおばさんに渡した。


「おかずもお肉も減らしちゃやだ。けど、誕生日デートはしたい。」


  キラキラと目を潤す鈴ちゃんのワガママに、私は財布をスカートのポケットに入れ鈴ちゃんの頭を軽くチョップした。徹君直伝のため、辺りどころが悪ければ激痛を与える危険なチョップだが、さすがに手加減はしてある。

  「痛てて」と鈴ちゃんは口にしながら、自身の手で頭を優しく撫でる。どうやら、わりと痛かったらしい。


「鈴ちゃん。いつも言ってることだけど、わがままはメッだよ。」

「子供扱いしないで!それに、わがままじゃないし。琴美の誕生日を祝いたいだけだし。」

「だから一緒でいいよ。遠出するにも、お金いるし買い物にもお金がいる。鈴ちゃん、そんなにお金持ってないでしょ?」


  鈴ちゃんの所持金は毎月鈴ちゃんの両親が仕送りされていると本人から聞いたのだが、それが本当かどうかは本人のみしか知らない。何度か尋ねたことはあるものの、これといった話を耳にしたことはない。

  と鈴ちゃんは不適に笑い始め、私とおばさんは心配そうにその様子を伺った。


「どうしたの鈴ちゃん。遂に頭おかしくなっちゃった?」

「どうして琴美は私にだけはそんなに容赦ないの!正常だよ、情緒も安定しているよ。」


  鈴ちゃんにだけ容赦しないのは、怒る姿も可愛いからだよと怒っている最中の鈴ちゃんに言えば、きっと怒ることを止めてくれるだろう。だが、私は敢えて言わず、鈴ちゃんの怒っている姿をしばらくニヤニヤと見ていた。

  私の誕生日が過ぎもうすぐ一ヶ月。私の口からは嘘を吐く数が圧倒的に少なくなっていた。他者からすればあまり変わりはないが、私本人からすれば違和感で一杯であったが、一ヶ月もすれば案外慣れるものだ。少しだけだが、私にとっては進歩であった。

  おばさんの横に並んで置かれてあるリュックを背負い鞄を手にすると、私はおばさんに感謝を伝え、鈴ちゃんの不適な笑みについて本人に問いただしてみた。


「で、鈴ちゃんは何を笑っていたの?もし理由もなく笑ってたなら、今後の接し方考えるけど大丈夫?」

「どれだけ私のことをいじるの!いい加減話進めさせてよ。」


  「ごめんごめん」と軽い謝罪をした私を睨み付けた鈴ちゃんだったが、再び怪しい笑顔を浮かべるとある小さな紙切れをブレザーのポケットから取り出した。地図らしきメモと言葉が少し書かれてあったが、距離が微妙に足りずよく分からなかった。


「琴美、もしかして見えないの?見えないなら、私が特別に教えてあげてもいいんだよ?」


  目を細める私に煽るように紙をヒラヒラと揺らす鈴ちゃんは、何とも楽しそうな表情であった。それはそれで可愛いのだが、ムカつくと言えばムカつく。そう感じるのも、きっと鈴ちゃんのお陰だと思っている。

 

「…鈴ちゃんに教えてもらうなんて、一生の恥だけど仕方ないね。教えて、鈴ちゃん。」

「変なこと口にしてたけど、まぁいいや。可愛いし。」


  片手を顔の前にやって頼む私の何処に可愛い要素があるのやらと思いつつ、鈴ちゃんの笑みについての説明を聞くことにした。


「実はね私、三学期始まってから琴美に内緒でバイトしているんだ。」


  そう言って紙切れを私にくれた鈴ちゃんは、少し鼻を高くしていた。意外だとは思ったが、偉いねと褒めるほどではない。むしろ怒らなければならないことしか生まれてこなかった。


「だから鈴ちゃん、ここのところ私と一緒に帰りたがらないわけか。帰りも遅いから毎日心配してたのに。」

「そこら辺は私も悪いなと思ってたよ。だから謝る。ごめんなさい。でもね、どうしてもバイトしないといけなかったの。」


  深々と頭を下げて謝った鈴ちゃんは直ぐに頭をあげ、隠れてバイトをしている理由について話してくれた。


「そのね、私だけ食材の買い物でお金使ってないじゃん。琴美は大丈夫って言うけど、同居人としてそれは何だか公平じゃないから、バイトして返そうかなって。」


  おばさんから鞄とリュックを受け取った鈴ちゃんは、鞄の中を何やら手探りし始め、しばらくした後中から茶封筒を取り出した。バイトの話からして、中身はお給料でほぼ確定だろう。


「で、昨日お給料が入ってね。まだお肉とか買ってないし、今日の分はこれで、ね。」


  鈴ちゃんは茶封筒を私の胸に押し付けながらそう口にしたが、私は受け取ることなくふるふると首を横に振った。それでも「遠慮しないで」と鈴ちゃんはぐいぐい押し付けてくるが、負けじと私も受け取らない。

  それがしばらく続いた結果、鈴ちゃんが怒ることによってこの沈黙の戦いは終わりを迎えたのであった。


「何で受け取らないのさ、琴美は。」

「だってそれは鈴ちゃんが頑張って手に入れたお金だよ。そんなの受け取れないし使えないよ。鈴ちゃんの物なんだから、鈴ちゃんが好きなように使わないと。」

「だからだよ。私もちゃんと材料を支払うってのがやりたいから、好きなように使おうとしているの。」


  怒る鈴ちゃんにどうしてもお金を使わせたくなかった私は説得するも、自ら言った言葉を鈴ちゃんに返されればぐぅの音も出ない。口論ではほとんど鈴ちゃんに負けたことがないため、かなり屈辱的である。

  悔しさで私がきゅっと唇を噛んでいる際に、茶封筒をくしゃくしゃにしてまで鈴ちゃんは私の鞄に突っ込んだ。その行いから、鈴ちゃんがよっぽどお金を払いたいのだと感じたが、何もそこまでしなくとも…。

  鈴ちゃんは満足そうな笑みを溢すと、「買い物続き、しよ。」と私の手を繋ぎ幼い子供のような口調で話しかけ、おばさんに一礼して私を連れて八百屋から出た。その様子を見守るかのように、おばさんは私たちが見えなくなるまでずっと私たちの方を向いていた。


「ねぇ琴美ぃ。今晩のメニューって何だったけ?お肉がいることは覚えてたんだけど、あれ見たら忘れちゃってさ。」


  八百屋から離れた距離に並んである精肉店の少し手前で、鈴ちゃんはバレンタインフェアをしている「はんでぃ。」に人差し指を向けた。


「まぁこの時季だし、ああいうのしてるのが普通だよ。でも鈴ちゃん、誕生日がバレンタインだからあまり意味が…。」


  地雷を踏んだような台詞を吐き、思わず私は鈴ちゃんの手を離し口を抑えた。確認でちらりと鈴ちゃんを見るが、やはり目付きが悪くなっていた。やってしまったと、私の脳内で繰り返し流れている。


「…鈴ちゃんごめん。悪気はなかったの。ただ少し疑問に思って…。鈴ちゃんの誕生日を祝った記憶はあるんだけど、バレンタインをしたかまでは覚えて…。」

「あ、ううん。気にしてないよ。むしろバレンタインなんて消えればと思っているし。」


  鈴ちゃんは手を横にパタパタと振りながら笑ってくれたためホッと肩を撫で下ろすが、鈴ちゃんの後半の台詞を聞くなり私からは安心はぶっ飛んでいった。そして空白になった感情に、私は疑問を埋め込んだ。


「そんな物騒なこと口走らない。別にバレンタインが鈴ちゃんに何かしたわけじゃ…。」

「バレンタインは私の敵なの!誕生日のついでにバレンタインを一緒にして祝ってきたり、誕生日プレゼントにバレンタインで皆に配っているチョコを渡してくるし、そもそも殆どチョコだから食べないし。」

「チョコがダメなのは鈴ちゃんが悪いと思うけど…。」

「?何か言った?」

「ううん、何も言ってないよ。」


  油に火を注ぎかけた私は笑顔を作ると、鈴ちゃんの目線先のバレンタインフェアのポスターを眺めた。色とりどりのチョコがポスターに載っているが、そのどれもが昔私が作っていた物と似ていたのは、以前自作のレシピ本をオーナーに渡したから。

  私にとってバレンタインは、特に好きな人や気になる人がいなかったために、ただお菓子が作れる日程度の存在であった。徹君にはよくねだられていたが、私があげたのは失敗作か欠片を固めたチョコの球体のみ。

  それでも喜ぶ徹君の再び見てみたいと思うのは、私にとって彼という存在が大切だからだろう。鈴ちゃんほどの存在ではないが。


「…ってことは鈴ちゃん。バレンタインは要らないってことで…。」

「チョコじゃなければ大丈夫だから。」


  私の話を遮る鈴ちゃんは。物欲しそうに手を伸ばしていた。何もかも欲しがる鈴ちゃんの傲慢さには呆れるも、そこがまた可愛いところである。


「はぁ、わかった。けど、さすがにバレンタイン何だから少しはチョコ使うよ。甘さをあまり感じないように作るから、今はこれで我慢して。」


  はいっと私は野菜の入った袋を鈴ちゃんに渡し、肩にかけていた鞄を空いた手でしっかりと握りしめた。嫌そうにこちらを見る鈴ちゃんだったが、どうせ精肉店で購入した袋を持たなければならないと説明したところ、「なら…。」とめんどくさそうに野菜の入った袋を未だに甘い香りがする鞄の中に突っ込もうとしていたので、私は全力で阻止した。

  後日、とうとう鈴ちゃんはその甘い香りに限界を感じたらしく、鞄を新しく買い直すのだが、それはまた別のお話。

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