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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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それぞれの道Ⅲ

  三学期が始まった教室は暖房なしでは生きていけないような寒さであった。しかし、暖房を付けるとなれば、今度はブレザーを脱がなければ溶けるぐらい暑さであった。しかし、周囲の席を見渡しても、私のような長袖ワイシャツにベストといった格好をする人など誰もいなかった。それが何故かとても心細く、私は孤独を感じていた。いつものことなのだが。

  私の通う高校は、夏は半袖ワイシャツ、冬は長袖ワイシャツに黒か藍色か少し分かりにくいブレザーとなっている。スカートは夏用と冬用があり、そのどちらも紺とブルーのチェック柄となっている。

  また規則として、リボンもしくはネクタイを付ける義務がある。といってもここは私立。夏は暑く、付けていない生徒が大半である。だが冬は寒さ凌ぎで付ける生徒がほとんどで、夏とは逆の光景を見ることができる。

  あと、冬はセーターやカーディガン、ベストなどの着用が許可されてある。色やボタンに若干の規則はあるものの、派手でなければ九割は承諾とかなりゆるゆるな規則である。


「外は寒いからベストの上にブレザー着て登校しているけど、教室に入ったら暑い…。と思ってブレザー脱いだら、周りは普通にブレザーだし…。私の体が悪いのかな…。」


  お昼ご飯を済ませた私は、ひんやりとした机に頬をペタリと当て、アリスちゃんから頂いたカステラ味のスティック菓子をちびちびと食べていた。冬にロケで九州に行ったらしく、その際購入したお土産である。


「琴美は昔から暑がりで寒がりだよね。幼稚園の時の夏だって、一人だけ長袖だったもんね。」

「冷房が効きすぎなの。というか、鈴ちゃん。昔の話を掘り出さなくていいの。恥ずかしいじゃない。」


  同じくスティック菓子を四本手にしている鈴ちゃんに、私はつい怒ってしまう。油断すれば、鈴ちゃんは私の幼い(幼すぎる)過去を暴露する。一体、何処の誰に似たのやら。


「まぁまぁことみん。そんなに怒らない怒らない。香奈だってこの前、暖房効きすぎなのよとか言ってたし、きっと暖房の設定温度が高すぎるのよ。」


  追加で合わせた机にお土産を広げたアリスちゃんは、カステラスティックに夢中の香奈ちゃんの頭をポンポンと優しく撫でた。一方の香奈ちゃんは、カステラスティックを美味しそうに味わっている。無表情なことが多い香奈ちゃんだが、お菓子関係のこととなると別人のように変わってしまう。その姿は小動物そのものである。


「私と舞は暑さにも寒さにも抵抗があるけど、舞は人工の風とか苦手かな。冷房とか暖房とかほとんど付けないし。」

「作られた風は、あまり気分がよくなりません。自然に吹く風が一番いいんですよ。環境にも優しいですし。」


  両手にカステラスティックを持ち貪るように食べる愛ちゃんは、口の中の物を飛ばしてきそうな勢いで話し、その横で私同様、ちびちびと食べる舞ちゃんは、少し気まずそうな顔で愛ちゃんを見ていた。「お姉ちゃん。そんな勢いで話して、口の中の物が飛んじゃうでしょ!」みたいなことでも口にしたいのであろう。


「エアコンが効きすぎなのかもしれないけど、我慢できないほどだもん。…対策として、バケツに雪入れて足を突っ込んだら…。」

「たまにことみんって非現実な発言するよね。ま、そういうところが可愛いんだけどねぇ、りんりん。」

「だ、大胆って、私そん…。」

「いやぁ奥様、目の付け所がいいですなぁ。琴美のその発言は本っ当可愛い限りなんですよぉ。」

「鈴ちゃんもノらないで。そもそも、私そんな非現実過ぎる発言なんてほとんどしない。」


  つい大きな声を出し机から頬を離した私は、口にくわえたスティック菓子がポロリと机に落としてしまう。「あっ。」と声を出した後、何事も無かったかのように口にぽこんと入れた。机の上なので、どこかの誰かさんのように「三秒ルール」などはない。


「何言ってるのさ。冬休みの間だって発言のオンパレードだったってのに。鍋とお風呂が一緒だったら楽なのにぃとか、この世の人間全てが女だったらいいのにぃとか。それから…んがぁ!?」

「鈴ちゃんは少し黙ってて!!」


  まだ私について暴露していくつもりだったため、私は開封してあったカステラスティックを五本ほど鈴ちゃんの口に詰め込んだ。正直、軽い殺人だと感じたが、詰め込まれたスティック菓子を幸せそうに食べる鈴ちゃんを見て、もう少し詰めてやろうかと思った。


「非現実的すぎるぅ。でも、この世の人間が全て女だったらいいのにって発言は、私も同意かな?」


  ペットボトルの蓋を開けたアリスちゃんは、香奈ちゃんから受け取った紙コップに水を注ぎながら、私の非現実な発言に賛同してくれた。私の非現実発言に賛同してくれた人は、これでやっと片手が埋まった。

  全員の視線がアリスちゃんに注目するなか、アリスちゃんはいつも通り笑顔を崩すことなく口を開いた。


「だって、世界中の人間が女の子なんでしょ?女の子同士なら合法的におっぱい揉めるから、揉み放題ってわけでしょ?それに、写真も取り放題だし。最高じゃん、そんな世界。」

「…確かに。部内でよく揉み合いしてるし、それがそこらで出来るってなれば、案外そんな世界もありかもな。私も賛成するわ、その発言。」


  一瞬の静寂はあったものの、愛ちゃんの急な発言に、今度は愛ちゃんに視線が集まった。


「でしょでしょ。男の子がやれば犯罪でも、女の子がやれば許されるのもあるし、私たちのやりたい放題ってことよぉ。」

「セクハラとか痴漢も好き放題ってか。たまんないな、そんな世界!」


  アリスちゃんと愛ちゃんはお互い顔を見合わせたまま、教室全土に響き渡るほどの大声で笑った。だが、彼女たちの付き人である香奈ちゃんと舞ちゃんは、その最低最悪の発言に幻滅した表情を浮かばせていた。香奈ちゃんに限っては、水の入った紙コップを投げる体勢にまで入っている。


「あははは。相変わらず、あの二人の最悪の性格だね。」

「…最悪どころか、最低のクズ。どうせ私にはありませんから、他所の女の子の胸で窒息すればいいのよ。」

「私も、同意見です。私、今週の晩御飯の材料、全てお姉ちゃんの嫌いなものにします。ジャンクフード等は全面的に禁止です。」

「「何でぇ!?」」


  最低最悪の恋人を持つ二方に、その恋人は驚いた顔で互いの恋人に視線を移した。


 ー何でぇって…。逆に言わない方がおかしいってことよ。まぁ私の鈴ちゃんは、そんなこと微塵も思ってなんか…。ー


  期待の眼差しを鈴ちゃんに向けたが、当の鈴ちゃんは口にスティック菓子を詰めたまま、目をキラキラと輝かしていた。その視線の先には、あの最低最悪の二人がいる。


「…鈴ちゃん?何目を輝かしているの?」


  話しかけられた鈴ちゃんは驚きのあまり、一番短かったスティックを飲み込んでしまう。ゴホゴホと咳き込む鈴ちゃんだが、私は助けようとはしなかった。鈴ちゃんも最低最悪の恋人だ。そんな人を助けるなど私はしない。


「あら、みんなで楽しそうな話をして…って、今はそうでもなさそうね。」


  私の背後から担任の小坂唯先生の声が聞こえ、私たちは小坂先生の方へと振り向いた。グレーの縦縞セーターが先生の美しい体つきをさらに強調(エロく)させているが、やはり白衣は欠かさず羽織っている。


「先生ぃ。先生もこれ食べますか?九州からのお土産なんですけど、美味しいですよ。」


  お菓子を三本手にしたアリスちゃんは、それを小坂先生に手渡した。香奈ちゃんの辛辣な視線を浴びているにも関わらず、よくあそこまで笑えるのか不思議で仕方がない。


「ありがたく頂くわ、アリスさん。」


  アリスちゃんからお菓子を受け取った小坂先生は、二本を胸ポケットにしまい一本を開封して口にした。


「そういえば、みんなで何話していたのかしら。後半、少し危険な匂いがしたのだけど。」


  もう食べ終えた小坂先生は、口元についた欠片を舌でペロリと舐め取る。もしここが共学であれば、多くの男の子たちが今の仕草にイチコロだろう。現に女子校ですら、小坂先生のファンは多く存在する。風の噂では、ファンクラブなるものがあるとかないとか。


「別に大した話じゃないです。そこの二人が人間の底辺だって話です。」


  アリスちゃんが入れたはずの紙コップに口づけていた香奈ちゃんは、紙コップを机に置きむすっとした顔でアリスちゃんと愛ちゃんを睨み付けた。

  その二人はというと、何事も無かったかのように「ん?」と首を傾げた。香奈ちゃんの額からは、怒りのマークがハッキリと見えていた。


「そう?ならいいわ。それにしても、貴女たちは本当に仲がいいわね。私の高校時代には、そんな子は一人しかいなかったわ。」


  どこか懐かしそうに話す小坂先生は、窓際の一番後ろの席を見つめていた。そこはきっと、かつてたった一人の友達が座っていた席に違いないだろう。


 ー…それにしても、高校時代友達一人なんて、昔から変人なんだな、先生は。ー


「とか考えていることはお見通しなんだから。」

「先生ぇぃ!止めてください!痛い、痛いですからぁ!!」


  私の考えていることを見通した小坂先生は、私の頭部を握り拳でぐりぐりされた。昔は母親からたまに受けていたが、その際の力の数倍は強いだろう。

  しばらくして、先生は拳を私の頭部か、下ろしてくれた。受けた箇所はまだジンジンとしており、思考が少し停止している。


「ま、青春時代を思いっきり楽しんだ方が、今後のためにも役に立つし、何よりいい思い出になるわ。」


  小坂先生はそう言って眼鏡を少し上げた後、胸ポケットからもう一袋スティック菓子を開封し、パクリと口にする。かなり気に入っている様子だ。


「唯ちゃんごめんな。私ら姉妹は何処にも行ってないからよ、そんなお土産持ってないわ。」

「別にお菓子を貰いに来た訳じゃないわ。」

「で、では。何故、先生は、こ、ここに?」

「んー…。まぁ、用事があるから来たってとこかしら。」


  頭を掻いた先生は、何やらめんどくさそうな顔で一枚の紙切れを取り出した。大きさ的にはA6サイズのメモ帳とほぼ同じ大きさだ。


「用件は私個人のも合わせて四つあるんだけど…。まぁ、まず一つ目ね。明日の十三時、アリスさんは進路相談室に来て。この前のことと、進路のことについて話があるわ。」

「進路は前と変わりませんよ。このまま文化系列に進む予定ですし、話すことはほとんどありませんよ。」

「私が話しているのは高校卒業後。少しは考えといてね。」


  アリスちゃんは「はぁい。」といつもと変わらぬ緩い返事を敬礼つきで行った。


 ー卒業後の進路…。前に確か、話したことあったっけ。ー


  それは文化祭を終えて数週間後だっただろう(三十六部参)。女優業は売れなくなったら厳しいから、安定した生活を送るためにも、のような内容だったはずだ。若干違うと思うけれど…。


「…なら構わないけど。あ、それで二つ目ね。今度推薦入試があるのだけど、手伝いとして三人か四人ほど人手が欲しいのよ。どうせ入試日は休みなのだし、別に構わないよね。」


  先生はそう言ってにこりとこちらに笑顔を向けた。どうやら、人員の二人はもう決まっているらしい。半ば強引だが。


「…はぁ…。わかりました。私と鈴ちゃんが手伝いますよ。それでいいですか。」


  横から「何勝手に決めてるのさ!」と鈴ちゃんが割り込もうとするが、その隙を一切与えないのが小坂先生である。「拒否権はないわ」、そう言ってきそうな先生の背後からは、何やら守護霊的な存在がうっすらと見えていた。この状況で拒否すれば、確実に生きてはいられないだろう。

  それでも、ポカポカと私の肩を叩きながら「そんな雑用やりたくない。」と言う鈴ちゃんに、私は一種の自殺志願のように思えてしまった。


「よし、人員の件は何とかなったわ。…で、最後の用件ってのは、志望調査表の書き直しを伝えに来たのよ。」


  鈴ちゃんの声などきっとシャットアウトしている先生は、メモ書きしてある紙切れを細い目で確認していた。一体、このクラスの何人ほどが書き直しを食らうのやら。


「えぇっと…。まず柊さんと舞さん。系列調査を聞くのは今回が最後だというのに、貴女たちはそこを空白にして提出しいるわ。あと一週間ほど時間あげるから、その期間で考えといて。もし、その期間内に答えが出ないのであれば、強制的に総合コースに入れようかしらね。」

「「総合…コースに」」


  小坂先生の台詞に、私と舞ちゃんは同じ言葉を口にした。

 

「何言ってんだよ唯ちゃん。あんな不良の溜まり場に舞を送ったら、可愛すぎてクラスのマスコット的存在になるだろうが。」

「お姉ちゃんは私を美化しすぎです。私はそんなに可愛くなんかありません。」


  妹想い(シスコン)の愛ちゃんの発言に呆れる私たちとは違い、舞ちゃんはスカートをぎゅっと握りしめながら、らしくない大きな声を出した。

 

「自分の価値を自分で下げるなよ。舞は私の唯一の妹だぞ。可愛くないわけがないだろ。もし舞のことを可愛くないなんて言う奴がいれば、私がそいつをぶん殴ってやる。」

「…お姉ちゃん。」


  先程まで姉を最悪扱いしていた舞ちゃんだが、今は人に恋をしているかのようなとろんとした表情で愛ちゃんを見つめて…。


  って何この空気。私たち、絶対にお邪魔じゃない。


  二葉姉妹の周りには白色の花のようなものが浮いており、空気が読めないことで有名な鈴ちゃんですら、二人の世界に入ろうとしなかった。むしろ羨ましそうに眺めている。確かに鈴ちゃんは可愛いが、残念ながらぶん殴るような勇気を私は持ち合わせていない。そもそも、そんな勇気があっても殴らない。


「…まぁ柊さんと舞さんは、一週間以内に決めておくこと。…で多田さん、貴女が一番問題だってことは言わなくてもわかるわよね。」


  困った顔をしていた先生だったが、鈴ちゃんの名前を呼ぶなり笑顔になるが、しっかりと怒りのオーラが感じ取れている。どうやら、鈴ちゃんは先生を怒らせるほど適当なことを書いたらしい。どんなことを書いたのやら。


「純白ドレスを着てバージンロードを歩き、待っている恋人と指輪を交換してキスをする。世の女の子が望む最高クラスの夢を、先生は問題だって言うんですか。」


  あくびしかけた私の耳に入った鈴ちゃんの声に、私は思わずあくびが止めてしまった。確かに、世の女性のトップレベルの願いだが、それを将来就きたい仕事欄に書くとは…。


「ねぇ琴美ぃ。純白のドレスだよぉ。似合う?」


  だが頭を抱えた私の頭の中には、純白のドレスを着た鈴ちゃんの姿が浮かんでいた。妄想ではあるが、その妄想内にいるドレス姿の鈴ちゃんは、私が今までテレビや雑誌で見てきたどの人物よりも似合っていて、思わず顔がにやけそうであった。


 ーいや待てよ。鈴ちゃんがドレス着たら、私はタキシード姿で結婚式受けないといけない。ってことは、私はドレス着れないってこと?ー


「鈴ちゃんズルい。私だって、純白ドレス着て結婚式したい。」


  顔を上げた私の口からは「私たち、実は付き合ってますよ」と言っているような言葉が出ていた。幸いアリスちゃんたちには聞こえていないらしいが、自身の大胆な発言に羞恥で耳の辺りまで赤く染まっていた。


「大丈夫。互いがドレスでも結婚式挙げれるって、この前買ったブライダル雑誌に載ってたよ。」

「そういう問題じゃなくてぇ~っ!あぁもう、知らないっ!」

「ちょっと琴美。どこ行くの。もう昼休みほとんどないんだよ。」

「お手洗いです。鈴ちゃんはそれ直すまではついてくるの禁止。」


  鈴ちゃんにそう強く警告した私は、席から立ち上がり教室の扉へと向かっていった。

  後ろからは「そんなぁ…。」と鈴ちゃんはすっかりしょんぼりとうなだれている。八つ当たりであることはわかっており、鈴ちゃんには謝罪したい気持ちでいっぱいである。ただ、今は話すどころか、顔を合わせることすら気まずい。


「柊さんの言うとおり、そういう問題ではありません。世の女性たちが望む願いはまだまだ先の話ですが、仕事は早ければ二年後には就くのよ。もう少し夢に欲望を持っても…。」

「欲望ならちゃんとありますし、もし就活出来なければ琴美に養ってもらいますし。」

「働かない同居人など、私は頑固拒否です。」


  平然と「養ってもらう」などと言う鈴ちゃんに、私はついキツい口調で断ってしまい、また鈴ちゃんを落ち込ませてしまった。本当は鈴ちゃんとずっと過ごせるのなら、養ってでも暮らしたいと思っている。けれどそれを口にすることが中々出来ない私はモヤモヤとしていた。


「…柊さんもあぁ言っているみたいだから、少し考え直してみたら?ほら、趣味とか特技とかを使える職業を探してみるのがいいかもね。」


  鈴ちゃんに何故だか同情している小坂先生は、鈴ちゃんに色々とアドバイスをし始めた。一方的にダメ出しをされているのだ。もし私が先生の立場であれば、多分同じ事をしているだろう。

  扉に触れた私だが、罪の重さに限界を感じ、鈴ちゃんたちがいる席の方向に振り返った。目が輝いているのは、泣いているからだろうか。


 ーでも、鈴ちゃんがそうそう泣くなんてことはないし、きっとあくびだよ。昨日も夜遅くまでゲームしていたみたいだし。そうよね、うん。ー


  罪の意識を削ろうと色々と言い訳を並べるも、やはり鈴ちゃんの潤った目を見れば、どれだけ言い訳を見つけても罪など消えるわけがなかった。


「あ、そうそう。言い忘れていたわ。柊さん、ちょっとこっちに。」


  「おいで」とジェスチャーをする小坂先生に向かって、鈴ちゃんと目を合わせないよう歩いた。視線が気になるものの、どんな顔で目を合わせれば良いか、私には分からない。


「どうしたんです先生、私情って?」


  先生との距離一腕分の位置で止まると、先生はズボンのポケットからお菓子を取り出した。それは私が最近ハマっている一口チョコのビター味であった。だが先生にしては珍しく、まだ開封すらしていない状態であった。


「はい、これ。誕生日プレゼント。立場上、こんなものしか渡せないけど。」

「いえいえ。そんなこと気にしなくて…。」


  …ん?


「先生、これ誰の誕生日プレゼントですか?」

「…柊さん。まさか貴女、自分の誕生日を忘れている、なんてことないでしょうね。」


  …。


「…あぁぁぁ!!そうだ。私、三日前誕生日だったんだ!」


  教室中に響き渡ったその言葉は常識的には忘れるはずもないもので、周囲は「ありえない」と言わんばかりの表情で私を見ていた。

  三日前、つまり一月六日。それは私の生誕十六年目の日であった。

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