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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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それぞれの道Ⅰ

  目覚めたと同時に感じるのは毛布の温もり。カーテンの隙間から見えるのはチラチラと降る雪。私の横で眠っているのは、昨晩泣きついてきた琴葉と案の定ベッドに入り込んでいる鈴ちゃん。両手に花とはまさにこの事である。

  新年になってから約一週間。私柊琴美は今日から始まる新学期に心が弾んでいた…と言いたいのだが、実際問題、明日から新学期となりそうなのだ。

  前日からの豪雪により、昨日は公共交通機関のほとんどが麻痺状態。今はさほど雪が降っておらず大丈夫なはずだが、昨晩のニュースによれば過去最高レベルの雪らしく、まだ心配は残ってある。

  また学校ホームページでは、安全でなければ登校しなくて良いと昨晩更新されており、始業式に行けない説が濃厚となっていた。

  だが、もしやと思い夜な夜な目覚めては運転情報を確認していたのだが、変わることのない赤表示が私の睡魔を度々書き消した。おかげでまだ少し眠い。

  左腕に引っ付いている琴葉を剥ぎ取り、ベッドのちょっとした物置台から携帯電話を手に取る。相変わらず運転は麻痺しており、今日の登校は諦めることにした。


 ーまだゆっくりしたいけど、もしものために起きないと。いつもより一時間以上も長く寝ているんだし。ー


  いつもより寝ているといっても、昨晩泣きついてきた琴葉がいたため、いつもより早めに眠っただけだが。まぁ正確に言えば、一時間以上も長く横になっていただけで、実際眠った時間はいつもより少ないだろう。

  今度は右腕に引っ付いている鈴ちゃんを剥ぎ、むくりと上半身を起こす。いつもより長い間ベッドで横たわっていたため、体が少々ダルい。


  あと、ひたすらに寒い。


  布団から出た私に冷気が襲いかかり、私は身震いをしてしまう。ふと鈴ちゃんの寝顔を見てしまい、まだ布団で温まりたい気持ちが浮上する。こんなことなら、暖房の予約をしておけばと後悔するも、人工の風が嫌いな私はその事を思い出してしまい、また後悔した。

  小さくため息をついた私は、二人を起こさぬようベッドから出ると、忍び足で部屋から出る。音をたてずに扉を閉めた途端、再び一階からドタドタと足音が響いてきた。

  階段を降りリビングに入った途端、目の前を母親が猛スピードで横切っていった。急な出来事に、眠気は完全に吹っ飛んでいった。


「あっ、ことみんか。おはよう。電車止まっているんだから、もう少しゆっくり眠っていても良かったのに。」


  足を止めた母琴音が、トレンチコートを羽織ながら笑顔で手を振ってきた。それを見た私も、ヒラヒラと手を振った。

  柊琴音。私と琴葉の母親にして、今一番人気の女優だ。クールな役から可愛い役まで、どんな役でもこなせる凄い女優である。また仕事以外にも、食レポやクイズ番組なとにも出演しており、完璧の二文字が似合う女優なのだ。

  …のいうのは表の顔である。家での彼女は基本ゴロゴロと昼間からお酒を飲んでおり、私と琴葉にベタベタである。子供離れをしてほしいものだと毎度思っているが、有名女優の以外な一面が見れると思えば、そう悪くないものだ。


「電車が止まったからって、ゆっくりはしてられないし。…それと、ことみんって言うの止めて。アリスちゃんに言われるならまだしも、お母さんは親なんだから。」


  私は冷蔵庫に向かうと中から牛乳パックを取りだし、テーブルに置かれてあるコップに七分目ほど注ぎ、口にした。


「そう言ったって…。琴美よりことみん♪って方が可愛らしいじゃない。アリスちゃんもいいあだ名付けてくれたわ。」


  母親はトレンチコートを羽織終えると、携帯を取りだし電話をかけ始めた。話の内容は、やはり電車が止まっているから少し遅れる、とのこと。「少し遅れる」と言ったところが疑問だが、何を考えているかさっぱりの母親だ。きっと、何かしらの打開策でも持っているのだろう。

  先ほども話したが、母親の職業は女優である。そのため、アリスちゃんと共に出演することも大いにありえる。そのため、個人的には二人が同じドラマや映画で出演してほしくなかった。

  だがその願いが叶うことはなく、現在撮影している映画で共演してしまったのだ。母親がことみんと呼ぶようになったのはそのせいである。


「それに、アリスちゃんから聞いたわよ。毎日楽しそうにしているみたいね。中学生の時、あんなことがあったから少し心配してたの。」


  母はそう言って私からコップを取り上げると、半分ほど残ってあった牛乳を一気に飲み干し、空のコップを私に渡した。私が飲みたくて準備したものを飲み干し、それを笑顔で私に渡す。もはや嫌がらせでしかない。


「心配って…。もう終わったことだし、クラスの人たちは知らないみたい。大丈夫だよ、お母さん。」


  私の言葉ににこりと微笑む母。しかし、その言葉は嘘である。

  確かに、私の周囲の人たちはきっと知らない。けれど、終わったわけではない。むしろまだ、私は中間地点にすら辿り着けていない状況だ。

  先日、私の幼なじみである飯塚徹からメールが届いた。本題に入るまでの近況報告を読むだけで、実に二分以上の時間をかけ、本題を見る気など失せていた。

  しかし、本題に入った途端、その内容に驚愕した私は彼に電話をかけたのだ。


「あの人が…転校するって本当なの?」


  彼曰く、噂で耳にした程度のため事実かどうかは定かではない。ただ、当の本人がほとんど登校してこないため、その噂はかなり濃厚なものらしい、とのことだった。

  彼は独自のルートを使って得たあの人のメールアドレスにいくつもメールを送るも、未だ一通の返事も来ないらしい。私もそのメールアドレス宛にいくつもメールを送るも同じ結果であった。

  あの人が何を根拠に転校しようとしているかわからない。それはきっと、長い年月を共にした彼にもわからないだろう。


 ーあの人、一人で色々と決める癖があるから、何か考えでもあるのかな。でも、留年しているとしても現在高校二年。転校する理由がほとんど見つからない…。ー


  一滴も牛乳が残っていないコップをテーブルに置いた私は、お腹が空いたため食パンを二枚トースターに入れた。

  しばらくすると、芳ばしい香りが鼻をくすぐり、その香りにつられて琴葉が二階から降りてきた。眠そうに目を擦る琴葉だが、トースターに入れている食パンを見るなり、目を輝かせていた。

  パンが好きな琴葉は、特に食パンを好んで食べている。ただひとつ問題があるとすれば、食パンにつける物が毎度毎度ありえないものばかりつけることだ。確か、先日はお好み焼きソースとマヨネーズ、それに鰹節だったはずだ。あ、紅しょうがものっていたはず。


「おねぇちゃん、おかぁさん、おはよう。」


  空っぽのコップに再び牛乳を注ぐ私と髪を束ねる母に小さく頭を下げた琴葉は、トコトコとトースターの前まで歩くと、笑みを浮かべながらトーストが出来上がるのを待っていた。こちらとしては、今日はどんな創作料理が出来るか不安である。


「あ、琴葉。私と鈴ちゃんは電車停まっているから登校出来ないけど、琴葉はちゃんと学校行くんだよ。何せ一時限目、ほとんど受けていないって、この前懇談で聞いたよ。」


  この前と言っても、琴葉の学校の終業式翌日である。母が仕事の都合で懇談に出ることができず、唯一の保護者が私しかいなかったため、致し方なく出席した。

  その際、「成績が上り坂なのは良いですか、出席日数がひどいんですよ。義務教育のため卒業は出来ますが、改善するよう厳しく言っといてください」とのこと。

 

「琴葉が歩く速度遅いのはわかってるよ。けど、あと二十分ぐらい早く家出れば充分間に合うでしょ。どうして早く家出ないの?」


  琴葉は私の可愛い一人の妹だ。厳しくすることも多々あったが、それ以上に琴葉を甘やかしていた。それが原因の一つかもしれない。普段琴葉には怒らない(鈴ちゃんにはかなり怒っている…。)私だが、今回は厳しくしなくてはならない。


「今年は受験生でしょ。改善しないと、受験会場にすら着かないよ。」


  トースターから焼き上がった音がすると、食パンを入れた私よりも先に、琴葉は二枚とも食パンを奪っていった。鈴ちゃんならきっと怒っていたが、やはりこういうところで怒らないのは甘やかしすぎたせいだろう。


「まぁまぁことみん。そんなに怒らないの。琴葉はやれば出来るから大丈夫なんだよねぇ。」


  私の言葉など無視して食パンにテーブルに置いてあったスルメを乗せる琴葉に、母はよしよしと頭を撫でた。

  母は温厚な性格の持ち主で、相手が誰であろうとほとんど怒らない人物。父親も怒鳴ることがさほどなく、柊家の次女が怒られることは皆無に等しいだろう。私自身も両親からかなりの甘ちゃん待遇を受けているが、やはり「姉」なので厳しい時も少しばかりはある。本当に少しなんだが。


「お母さん。琴葉が可愛いのはわかるけど、そんなに甘やかしていたらどうするの?琴葉が将来、何も職に就けなくなって引きこもってもいいの?」


  少し荒れた口調で母に告げると、母は天井に目をやって少々考えこんだ。その間に、琴葉は母の手から逃れ、食品庫から袋に入った唐辛子フレークとお弁当マヨネーズ、それに加え醤油さしを抱えて戻ってきた。

  パンさえなければまともだが、戻ってきた琴葉はスルメを乗せた食パンに躊躇なく、唐辛子フレーク、マヨネーズ、醤油の順にかけていった。琴葉にとって食パンなど、ただの土台か何かに過ぎないのだろう。


「…そうだっ!もし琴葉が引きこもったら、ことみんが一生世話してあげたらいいわ。そしたら困らないわ。」

「味覚がおかしい琴葉の手料理を毎日食べるの?あんなもの食べるぐらいなら、餓死した方が何倍もマシ!」


  さすがに言い過ぎよと母にツッコまれるが、紛れもなく事実で、現にその状況が目の前に存在している。これを見て言い過ぎる、なんてことは普通はありえない。母が異常な味覚の持ち主みたいな言い方になってしまっているが、母まだ大丈夫だろう。


「琴葉が美味しいって言ってるのだから、きっと大丈夫…っと、もう時間切れみたいね。」


  腕時計に目を通した母は琴葉の髪に鼻を近づけ、大きく息を吸い込んだ。母が言うには「娘たちには、やる気がアップする香りがする」とか何とか。もしやる気が上がったとしても、やる気の前に欲が上がるだろう。


「お母さん。時間切れだって言うけど…。」

「あぁ、そうよ。だから、お迎えに来てもらっているの。ちょうど彼女が家を出たときに、私がタイミングよく電話してね。」


  母は一度琴葉の髪から鼻を出すと、私にそう話してからまた琴葉の髪を嗅ぎ始めた。かなり一方的に見えるのは、琴葉が夢中で食パンを食べているからであろう。もう既に一枚は食べきっている。


「マネージャーさんを使うのは構わないけど、マネージャーさんにだって用事ってものがあるんだから、そこら辺ちゃんと考えないと。」

「お姉ちゃんは厳しいな。私以上に母親なんじゃない?」


  ケラケラと笑う母親に、私も便乗して小さく笑った。正直なところ、私も母同様、母親以上に母親だと確信している。しかし、それを口にすれば母が落ち込むことは知っているため、私は固く口を閉ざした。

 

「「一月八日木曜日の天気をお伝えします。今日は全国的に曇り空で、日本海側以外の地域でも大雪が降る所があるでしょう。」」


  母親が付けっぱなしでいたテレビからは、若い女性の元気な声が聞こえてきた。いつも思うのだが、朝方のニュース番組に出る人たちは、何故こんなに元気なのか不思議である。


 ー新年になってもう八日か…。ん?八日?何かとても大事なことを忘れているようなないような…。ー


  牛乳をちょびちょびと飲みつつ、その大事なことを思い出そうと脳をフル回転させた。脳の片隅には欠片程度の記憶ならあるかもだが、いくら考えようとその欠片すら出てこない。


 ー琴葉関連?お母さん関連?それとも、鈴ちゃん関連?分かんない…。何一つ、微塵も…。ー


「おーいことみん?生きてるなら返事しなさい。」


  目の前で手を振る母親に気がついた私は驚きで牛乳を吹きかけそうになるが、ギリギリのところを手で抑え込む。ホッと肩を撫で下ろした私は牛乳を飲みきろうと喉を動かしたその時だった。

 

「こっとみぃぃぃぃ!!外凄いよ、一面白色でキラキラしてる!雪だるま作ろぉ!」


  無音で階段から降りてきた鈴ちゃんが、リビングの扉を道場破りのような勢いで開け中に入ってきた。安心しきった状態での鈴ちゃんの不意の登場に、我慢していた牛乳を吹き出してしまった。

  「ことみんっ!?」と目の前の光景に目を見開いた母親は、自身が忙しいのにも関わらず洗面所の方へと走っていった。

  その一方、「ほへぇひゃん!?」 と驚いた琴葉は椅子から立ち上がった。口にくわえていた食パンからマヨネーズがたっぷりついたスルメがポトリと床に落ち、蒼白した表情で床を見ていた。

  そして事の発端である鈴ちゃんは、「…ありゃ?」と心配する様子が一切感じとれない声を出した。

  だが、やはり恋人とでも言おうか。鈴ちゃんは応急措置としてテレビ台に置かれてあるティッシュ箱から数枚取ると、私の元へトコトコと近づいてきた。


「大丈夫、琴美?ほら、ティッ…。」


  鈴ちゃんはティッシュを持つ手を伸ばすが、私の手に渡る手前でピタリと手を止めてしまった。まだ口の中には牛乳が残っており、下手なことは言えない。

  目で「頂戴っ」と訴えかけようと鈴ちゃんの顔に視線をやると、鈴ちゃんは少し顔を赤らめていた。


「…琴美、何かエロい。」


  若干涙目の女子高生が、口から漏れている白い液体を手で抑えているーおまけに手で抑えていても、指と指の間から抑えきれなかった液体が流れている状況を見れば、誰でも鈴ちゃんと同じ考えをしてしまうだろう。

  現に、想像した私ですらその姿はえっちぃと思ってしまった。


 ーそんなことより、早くティッシュを…。ー


  ティッシュを受け取ろうと手を伸ばすも指先すら届かない。おまけに口の中に残ってある牛乳が温くなっており気分が悪い。私の好きな牛乳がここまで凶器になるとは思ってもいな…うぅ。


「鈴ちゃん、これをことみんに!」


  母が鈴ちゃんにフェイスタオルを投げ渡し、それを見事にキャッチした鈴ちゃんは受け皿のようにタオルを構えた。


「琴美、ここに!」


  花柄の少し綺麗なタオルだったため抵抗はあったものの、限界だったため口に含んであった牛乳全てを吐き出した。白が基調のタオルだったため目立った跡はないものの、色や柄があるところは少し白くなっている。


「大丈夫、琴美。まだ口に入っているなら、ペッてしよペッ。」

「はぁ。ペッって何ペッって。完全幼児扱いじゃん、私。」


  口元に残っている牛乳を指で拭き取った私は、タオルで拭った。牛乳の香りが好きな私だが、今日だけは香ろうとは思わなかった。


「ごめんことみん。そろそろ彼女が来るからもう出るわ。それと、今日泊まりだから琴葉と家の事よろしくね。」


  扉の向こうに見える母親らしき影はそのまま玄関の方に向かって…と思えば、すぐに引き返してきた。


「そういえばことみん。私、何か大切な事を忘れている気がするんだけど…。」


  私の忘れやすい体質は、母親からの遺伝。そのため母親も物事を忘れやすく、私と二人で約束したことをお互いが忘れてしまっていることも少なくはない。

  近頃は対策として琴葉に伝えているのだが、その本人は落としたスルメの始末をしているため聞こうにも聞けない。

  首を横に振った私に「ごめんなさい」と謝り、玄関に向かっていった。今度こそ行ってしまったらしく、玄関の扉が閉じる音が微かに聞こえた。


「…あ、琴美、大丈夫?いるなら水準備するよ。」


  鈴ちゃんの声は耳に入っているが、それよりも私は私と母が忘れてしまった大事なことを思い出すのが精一杯で、鈴ちゃんの相手をしてやれなかった。

  それを知るのは翌日で、知った私は驚くことはなく、逆に思い出さなくてもと思ってしまった。

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