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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
42/97

Thinking of you with love at Christmas.

七時前にもなると、駅前には多くの人で賑わっている。帰宅する人やレストランに入っていく人。中には、私のように誰かを待っている人もいる。きっと来るであろう人を、長い間ずっと待つのだろう。

十二月二十四日、クリスマスイブ。ちらほらと雪が振るなか、私雅香奈はマフラーを口元に上げながら恋人である星城院アリスを待っていた。先日から気温が下がり、片耳から聞こえるラジオの天気予報からは現在九度と手袋なしでは少し辛い気温となっている。

マフラーを口元に上げると、万引きするかのようにサッと手をロングダッフルコートのポケットに入れる。たった数秒ですら手を出したくない私の行いに、周囲の視線は少々キツい。

立ちっぱなしも通行の邪魔だと感じた私は、人混みを掻き分けながら、銅像前のベンチに向かう。

しかし人が座っており、私は渋々御手洗いに向かった。特に御手洗いには用はないが、人の多さに酔いそうな私には、人の少ない御手洗いが打ってつけなのだ。またアリスが来るまでの時間は寒さ凌ぎにもなる。

アリスは今日もいつも通り仕事で、十六時過ぎに終わると言っており、合流予定はこの駅に十八時と約束してあった。が、十八時以降にメールを送るも返信が一件も来ていない。何らかのトラブルが起きたことは明白だが、メールの一つぐらい送ってきてもいいんじゃないと怒りマークを大量添付して送信してやった。勿論、返信はない。

御手洗いについた私は鏡の前に立つと、鞄が置けるぐらいのスペースに鞄を置き、身だしなみを確認した。今日は約二ヶ月ぶりのデートであり、四回目のクリスマスデートでもある。久しぶりでクリスマスのため、今日の服装や髪型にはかなりこだわってきた。

ベージュのロングダッフルコートに白のネック。下はデニムとローファーを履けば、私っぽくない格好へと変わる。しかし、せめてワンポイントはとマフラーだけは赤くしてある。いつもは眼鏡が赤色なのだが、あいにく前日壊してしまい現在コンタクトとなっている。眼鏡を上げるのが癖になっているため、コンタクトの時ですら眼鏡を上げる動作をしてしまう。何だかな。


ーアリス遅いな。もう一度メールでも送…。いや、迷惑だろう。私だって、忙しいときにメールが来たらイラッってする。…もう少し待ってみるのも悪くないな。ー


脳内で自問自答しながら、カールをかけた髪先を指でいじる。二ヶ月ぶりとはいえ、私自身「これはないな」と思うほど気合を入れすぎている。

アリスとのデートは一ヶ月に一度あるかないかで行われている。そのデートも、後の仕事の量によっては一時間で終わる場合もある。一度四ヶ月ぶりにデートをしたことがあり、その際、泣きながらアリスに抱きついたことがある。アリスの中では良い思い出らしいが、私にとっては黒歴史のひとつであり、思い出すだけで恥ずかしくなる。


現に顔は熱い。


一ヶ月おきのデートは、私の学生生活で一番の楽しみであるが、わがままを言うなら、二週間に一度のペースでデートをしたい。

学校で会っていて何をいうか、と言われるかもしれないが、実際、アリスは毎日学校に通うことなどなく、一週間丸々登校しない時もある。毎日顔を会わせれない状況での一ヶ月に一度のデートは、少し間隔がありすぎるように感じる。五年も付き合っているため、アリスは何ともないかもしれないが、私はアリスに会えない日はとても心細い。


ー何て、アリス本人には言えない。今の仕事、かなり難しい役しているとか言っていたから、私の私情で演技に影響が出れば困る。それはアリスにとっても、私にとっても嫌なことだから。ー


鏡の前で大きく息を吐くと、片耳から聞こえるラジオがニュースに変わっていた。七時を過ぎたのであろう。

ニュース番組はよく聞くが今はそんな気分ではなく、私はラジオを切ろうと携帯を片手にする。電源を入れようとしたのだが、タイミングよく通知が来たため、画面が点灯した。油断していた私は驚きのあまり、携帯を落としかけてしまう。ギリギリでキャッチをするも、指が地面に触れたような感覚がした。


ーあ、アリスからだ。ー


立ち上がった私はメールボックスを開け、今送られてきたアリスからのメールを開いた。そこには、もう少しで着くからと簡素な文に自撮り写真を添付していた。自撮りする暇があるなら早く来てほしいのだが、幸せそうな顔写真を見れば、そんな考えなど頭の中から吹っ飛んでいく。


ー…相変わらずだな、アリス。私が寂しいとわかって写真送って来たんだろな。ー


小さな笑みを浮かべた私は、わかったと簡潔なメールを送りつける。アリスのように自撮りして送っても良かったのだが、急いで向かってきているアリスに迷惑だと思い送らないことにした。

メールを送るとすぐに既読がつき、その数秒後にはハートのスタンプを大量に送信してきた。する暇あるなら早く来てと冷たいメールを送ると、スタンプの嵐は止まり了解とニコニコマーク付きで送られてきた。


ー…そろそろ私も行こうかな。もう少しがどのぐらいかわからないけど。ー


私は携帯をポケットに入れ、先ほど通った銅像の前に再び向かった。

御手洗いを後にし駅ホームから出ると、冷たい風が顔に当たる。マフラーを緩くしていたせいで首もとからすぅーっと風が服の中に入り、身震いをしたため、咄嗟にマフラーを固く巻き、コートの袖を少し伸ばす。

御手洗いに行っていた短時間の間に、冬の夜空からは無数の雪が舞い降りており、制服を着た学生たちが雪だ雪だとはしゃいでいた。元々実家は山の麓にあるため、冬になれば必ず雪は降る。

そのため、何故雪ごときで学生たちははしゃいではいるのか、私は不思議でしかなかった。


ー確かアリスも、中三の時初めて見たとか言ってたな。あの時のはしゃぎっぷりは幼児みたいで可愛かったな。今も充分可愛いけど。ー


といつの間にか顔に喜色が表れており、私は思わず両手で顔を隠す。誰かに見られているわけでないが、公共の場で感情を表に出したことが恥ずかしいかったからだ。


ーうぅ…。アリス、早く私の元にやって来て。恥ずかしくて帰りたくなる…。ー


そう思った矢先、私の後ろから「わぁー」とアリスが抱きついてきた。するとすぐに、抱きついた手を私の目に当て「だぁれだ。」と明るい声で私に質問してきた。声ですぐにわかっており、私は「アリスでしょ。邪魔だから早く手退けて。」とついつい冷たく対応してしまう。

自分に素直に慣れない私は、例え相手がアリスだろうと、こうして冷たく反応してしまう。さういう癖なのだと思っているが、いつかはちゃんとしないとと、現在対策を練っている。


「ごめんごめん。すぐに離れるからさ。」


そう言って、アリスは私の顔から手を外す。冬の風が私の目を半強制的に開かせると、私はいつも通りの仏頂面でアリスの方へと振り返る。

時の人だというにも関わらず、アリスは変装なしの素の姿で立っており、周りの視線は少しどころではない。また、写真を撮る者もちらほらとおり、駅は更に人で群がってきた。

顔を合わせての第一声が「遅い。」のたった一単語のみで、我ながら酷いとは思っているが、アリスは何事もなくニコニコと私を見つめていた。


「…何。言いたいことあるの?」


視線を逸らした私は胸の辺りで腕を組む。逸らした先にも、知らない人が見ているのだが、


ー今あの人たちにとって、私ってどんな存在なのかわからない。ただのクラスメートとして見てくれたら嬉しいけど。ー


とりあえず、私はアリスにバレないよう、彼らに向けてどや顔を一つ見せつけた。


「え、まぁ。今日も香奈は可愛いなって思ったの。可愛すぎて死んじゃいそうだよ。」

「…ーっ!!…別に死んでも構わないわよ。何なら、この場で私が殺してあげてもいいわよ。」

「いやぁ~ん。香奈に殺されるなら大歓迎だよ。めった刺しでも拷問でも全然オーケーだよぉ。」


可愛いなどと平然と言われ、私は照れ隠しをしたが、見事に失敗する。さらに返されてしまい、もうアリスと合わせる顔がない。

というより、アリスはよく公の場でめった刺しなど言えると呆れ気味の吐息が出そうであった。


「え、何?顔伏せちゃって。泣いてるの?怒ってるの?どっち?」


アリスの表情が揺らぐことはないが、私を心配してくれているのは明確。ただ、もう少し話しかけ方を意識してほしいと思う。そういうところが、やはりムカつく。


ー人の気持ちを考えず、何故アリスはヘラヘラと出来るのよ。もう、ムカつく。ムカつき過ぎて本当に殺してしまいそう。ー


アリスは傍若無人で身勝手で、いつもヘラヘラと楽しそうにしている。そして私よりも忙しいにも関わらず、愚痴一つ溢したことがない。夏以来、我慢することはほとんど無くなったのだが、それでもまだ我慢しているときはある。自分の命令は聞けとうるさいのに、私の命令はほとんど聞いてくれない。

私はアリスに会うたび、いつも彼女に対してストレスが溜まって溜まって仕方がない。仕方がない…。


けれど…。


そんなどうしよもないアリスが…私は好きだ。


無言で私はアリスに顔を近付け、少し背伸びをして頬にキスをする。夏に二人でホテルに泊まった際以来のキスだろう。仕事はずっと外でしていたのだろう、私以上に肌の体温が冷たく唇がひんやりとする。


アリスも大概だけど、私はもっとだな。


目を開けると、周囲は私たちの状況にまるで雷が落ちたかのような衝撃を受けていた。私が見える範囲内で、悔し涙を流す人もちらほらといる。まだしばらくこうしていたい気持ちがあるものの、写真を撮られ拡散されたら困るため、私はアリスの頬を惜しみつつ唇を離した。

唇が頬から離れる瞬間、アリスの額から流れた汗が唇に触れる。それを舌で拾い上げると、ついごくりと飲んでしまった。喉を通る汗は温かくて塩っぽく、喉に残る変な感触が、私の胸をさらに高鳴らせる。

と、そんなことしている時間はなく、私はアリスから一人分ほど距離を置く。

アリスは顔を真っ赤にして笑顔のまま硬直していた。数ヵ月ぶりのキスに戸惑っているのか、はてまた、ただ単に私の突拍子の行いに驚いてるのだろうか。

と思っている内に、アリスは「香っ奈ぁぁぁぁぁぁ!」と耳が裂けるぐらいの声を出しながら、私の小柄な体を粉砕するかのごとく締め付ける。


「アリスっ!急に抱きつくのやめて。痛い、痛いから!」


骨を砕くかのようなアリスのハグは、丁度五日前に買ったゲームのことを思い出させる。チュートリアル後の最初のボス戦で勝負に負けた際、ボスに抱き締められて殺されるのだ。

瞬間、私はあのゲームの操作キャラに心の底から謝罪した。今なら操作キャラの気持ちも理解できそうだ。


ただ、八回も締め付けられ殺られのだけは勘弁だ。


「ねぇアリス。早く離れて。私の骨、そろそろ折れる…。」

「だって、香奈からのキス久しぶりで嬉しいんだもん。もっとやってもっと。ねぇねぇ。」


私の骨の事情などお構いなしに、アリスは高まった感情を放出している。抱きつかれるのは勿論嬉しい。けれどこれ以上抱きつかれれば、私の全身の骨はズタボロになること間違いない。


「わかった、わかったから。キスでも何でもしてあげる。だから今すぐ離れて。お願いだから!」


私の必死の叫びに、ようやくアリスは腕をほどいてくれる。骨は折れていないものの、所々痛みが走る。


「…本当に?何でもなの?」


痛む骨の辺りを擦りながらふとアリスを見る。言い方が悪いのだが、そこにいたアリスはいつも平然としているアリスではなく、女の顔をしたアリスだった。何を想像しているかは知りたくない。


「…何でもしてあげる。だからその…。」

「…その?」

「……ご飯食べたいなって。」


今日の予定は基本的にはお泊まりとなっている。適当に綺麗な夜景でも見えるような店で食事をし、私の住むマンションで夜を越す、至って普通のクリスマスのデートである。

しかし、私は楽しみすぎるがゆえに朝昼と食事をとっていない。この事を後でアリスに話したところ、何で食べなかったのと怒られた。ごめんなさい、反省しています。

私がお腹に手を当てると、アリスははにかむ。そして私の手を優しく握り、「たっくさん美味しいもの食べようね、香奈」と今度はアリスの方から軽いキスをされる。周囲はまた荒れに荒れる。

それと同じく、カメラを持った人たちが私たちの元に向かってきたため、「走るよ」とアリスは私の手を握ったまま、その場から逃げた。

全力で走るアリスだったが、私の手を握る力は強まることは決してなかった。

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