変わらない過去、変える今 Ⅵ
自宅から一番近い駅に降りれば、あとは大通りに沿って適当に曲がり、十五分程度歩けば自宅である。
しかし、早めに帰るねと鈴ちゃんに伝えた私には、駅前の暗くて細い通りを通る選択肢しかなかった。駅前の細道を通れば、十五分程度で着くところ、五分ほど短縮できる。
ただこの細道、昼間ですら太陽の光がほとんど入ってこないため、夜はほとんど暗闇である。また、変な連中がいることも少なからずいる。普段は極力通らないようにしているが、本当に急がなければならないときは致し方なく通っている。
電車が駅に停車すると、私に続いて彼も降りる。彼は現在、高校近くの寮で生活をしている。しかし、今日は実家に帰るとか何とか言っていたが、私にはわかる。彼はきっと、夜遅く一人で夜道を歩く私のことを心配してくれているのだろう。
「ここの駅に来るのも久しぶりだな。もう何ヵ月も実家に顔だしてなかったしな。」
乗車券を財布から取り出した彼は、そう少し寂しそうに口を開ける。彼の両親は彼が幼い頃に亡くなっており、彼の祖母が女手一つで育ててきた。
そのため、彼の祖母は現在一人で暮らしてある。彼曰く、「もうそれほど長くない」らしく、今後はちょくちょくと顔を見せようかと後付けるように話していた。
「顔見せに行くときは私も呼んで。何だかんだ、君のお祖母さんにはお世話になっていたことだし。」
乗車券を出した彼が私の元に寄ってくると、彼と並んで歩き出した。並んで歩いて状況を、このときは無自覚であった。帰宅後、お風呂場で叫ぶことなど、このときは知りもしないだろう。
「ほら、君のお祖母さんにはよくご飯貰ったり、お菓子頂いたり、畑で作ったお野菜貰ったり…。」
「俺の婆ちゃんとの思い出は食べ物関連だけかよ。…まぁ、会いに来てくれるのは正直嬉しい。もうほとんど家での生活だからよ、俺が行けないときとかも顔出してくれると嬉しい。」
彼はにこりと笑うが、その声は活気がなく弱々しい。お祖母さんのことが嫌いだとか昔は言っていたが、本気でそうは思っていないだろう。
彼の横顔をチラリと見ると、彼は淋しげな顔をして遠くを見ていた。その表情は何だか泣き出しそうで、変に声をかければ砕けそうである。
ーここは話題を変えるべきか…。でも、何か良い話題なんてある?ー
頭の中で自問自答している間に、気がつけば駅の入口に着いていた。 夜九時を過ぎているというにも関わらず、駅周辺には多くの人で群がっている。仕事終わりで帰宅する人や駅前の居酒屋に入っていく人、あまり見たくはないが喧嘩をしている人。色んな人が集まっている駅周辺は五月蝿くてしんどい。
「おい大丈夫か。少し顔色悪いぞ。」
遠く目をしていた彼は、心配そうに私の表情を覗き込んでくる。
「大丈夫。家まで少しだからこのぐら…。」
と言い切る前に、私の意識は一瞬ふらっとしてしまう。一瞬のためすぐに意識は戻るものの、バランスを崩してこけかける。
が、それを察した彼は私を抱き上げるように支えてくれた。
「本当大丈夫なのか。タクシー呼ぼうか。」
「大丈夫、本当大丈夫だから。」
私は彼の腕から離れて立ち上がる。しかし、まだ意識は朦朧としている。視界もゆらゆらとしており、正直に言うと、真っ直ぐ歩くことはできない。タクシーを呼ぶべきだと自分でも思っている。
しかし、彼に弱いところをあまり見せたくない私は、気合で足を一歩前に出す。が…。
すぐにバランスが崩れ、今度は彼の体にもたれ掛かるように倒れる。海水浴や文化祭で人混みは大分慣れたと思っていたが、案外慣れていないものだな、と小さく苦笑い。
「おいおいおいおい。大丈夫なわけねぇじゃないか。人混み苦手何だから無理するなよ。」
彼の言葉にただただ「ごめん」としか言い様のなかった私は、しばらくその状態でじっとしていた。気を失うほどではないものの、気分はとても悪い。帰り際に飲んだカフェオレが出てきそうー何てことはないが、吐き気が少々する。
「さっきより顔色悪くなってないか。タクシー乗り場まで連れて行くけどよ、住所とか言える気力あるか。」
「…大丈夫だから。大分楽になった。一人で帰れるから安心して。」
彼からゆっくりと離れ、閉じていた両目をソッと開く。まだ朦朧としているが、先ほどより楽である。帰宅する分には充分であろう。
「帰れるって…。こちらとしてはよ、道端でぶっ倒れてもらったりしたら困るんだよ。野放しにしたみたいで。」
「私は君のペットじゃないわ。そんなに弱くなんてない。」
彼の台詞に笑顔で反応した私は、「さぁ行きましょ」と再び歩き出した。たまにふらっとはするものの、崩れそうな感じではない。しかし、キツいものはキツい。
「おい、やっぱりタクシー…。」
彼はそう言いかけると、荷物を持っていないほうの私の手をぎゅっと握りしめる。と同時に、正面にいた人物とぶつかってしまった。彼は当たってしまうと思い助けようとしたのだろう。少しタイミングが遅いが。
「スミマセン。その怪我とか大丈ぶ…。」
私は一歩下がり頭を下げようとすると、ぶつかってしまった相手が鈴ちゃんであることに気づいた。瞬間、私の背筋に嫌な汗が流れる。
「り、鈴ちゃん。ど、どうしてここに。」
動揺を隠せない私は固い声で鈴ちゃんに話しかける。けれど鈴ちゃんは、私を見下すかのような冷たい視線を送ってきた。帰りは遅く、来てみたら知らない男と一緒にいる状況は、浮気現場を見ているようなものだ。無理もない。
落胆する私を見ることなく、鈴ちゃんは彼の前に立ちふさがる。彼を見る鈴ちゃんの顔を見る必要がないほど、鈴ちゃんからは殺意のような気迫が感じられる。今話しかければ、私まで殺しかねないだろう。
「元生徒会長ぅ。この子が元生徒会長の言う鈴ちゃんって子か?」
しかし、彼はいつも通りの口調で私に話しかけてくる。私以上に彼には殺意の目が向いているはずだ。彼が鈍感であることはわかっている。だが、ここまでくると演技にしか思えなくなる。
「ねぇ、琴美。いつまで手繋いでいるの。」
トゲのある声で鈴ちゃんに言われた私は、先ほど彼が助けようとして手をまだ握っていたことに気付きすぐに離す。
それを確認するぐらいの間があった後、背後からは何やら鈍い音が聞こえてきたため、私は思わずハッと振り返る。
勿論、嫌な予感は的中。公共の場にも関わらず、鈴ちゃんは彼の頬を叩くーというより殴っていた。彼の頬には握り拳の跡が赤く浮き上がっている。
「ちょっと鈴ちゃん!?」
目を見開いて驚く私とは対照的に、鈴ちゃんの目は殺意しか感じない。
この状況を見て鈴ちゃんが殴りたい気持ちもわからなくもない。ただ、本気で殴ることはない。さらに公衆の面前でこの行為。通報されてもおかしくはないだろう。
鈴ちゃんは片方の手に握り拳を作り、彼に二発目を食らわそうとしていた。と私の視界に警官の姿が入り、私は急いで鈴ちゃんの手を止める。
「琴美、止めないで。今この気持ちを発散しなかったら、今晩琴美を襲いかねないんだから。」
「襲っ…。じゃなくて、いいから止めて。警察官が近くにいるの見えたの。バレちゃったら特別指導を受けることになっちゃうよ。」
鈴ちゃんの危ない発言に一瞬焦ってしまうが、私はちゃんと説明する。ここで動揺して黙り込んでしまえば、鈴ちゃんは再び彼を殴るだろう。そうすれば、警官にバレてしまい特別指導ー下手をすれば停学処分になるかもしれない。
「彼には何もされてないから大丈夫。大丈夫だから手を下ろして。」
私のお願いに「…わかった。」と渋々手を下ろしてくれた鈴ちゃんは、一歩下がり私に近寄る。ほっと息をついた私は、鈴ちゃんの腕を掴んだ手を離す。
「…って君、大丈夫なの。思いっきり殴られたけど。」
私は彼に視線を移す。彼は少し痛そうに頬を抑えているが、大丈夫そうな顔をしている。ひとまず安心するが、彼には色々と謝らなければならなくなった。
「女子に叩かれることは何度もあったけど、ぶん殴ってくる奴はこれで三人目だな。」
彼は頬を擦りながらそんな事を笑顔で話していた。ちなみに、鈴ちゃんを除く残り二人は私とあの人である。確か中学に入って間もない頃だろう。殴った私の手が痛かったことを今でも覚えている。
すると鈴ちゃんは、「痛って…」と言う彼の目の前に立ち、胸ぐらを掴んだ。殴らなければ何でもしていい、そんな考えがきっと鈴ちゃんにはあるのだろう。
「鈴ちゃん。さっき説明したよね。変なことすれば、指導だけじゃ済まされなくなるかもだよ。」
私の警告に聞く耳を持つも、鈴ちゃんは彼の胸ぐらを離すことはない。警官がこちらを見ないことを願うしか、今の私には出来なかった。
「鈴ちゃん。早く胸ぐら離してくれると助かるんだけど。女の子の力ごときで落ちまではしないけどよ。」
「絶対に嫌。そもそも、気安く鈴ちゃんなんて呼ばないでくれます?」
「おぉ、怖い怖い。そんなに怒っていたら、ほうれい線増えるぞ。老けた顔を元生徒会長に見せたいか?」
彼のあまり説得力が高いとも言えない発言に、何故だか鈴ちゃんは舌打ちをしつつ従った。例え鈴ちゃんの顔が老けようともそれで鈴ちゃんを嫌うことはない、なんて言いたかったが、今口を開けば殺られるだろう。彼に従った鈴ちゃんだが、その迫力は残したままである。
「本当に何もしてないんですか。琴美の頬にキスしたり、額にキスしたり、口にキスしたり。」
全部キスじゃない、と心の中でツッコム私自信が少しおかしく、口に手を添えて鈴ちゃん達に聞こえない程度のボリュームでクスリと笑う。
「勿論。元生徒会長に手は出してないよ。どちらかと言えば、元生徒会長の方から手を出したというか何というか。」
彼は何かを誤魔化すかのように曖昧に話す。確かに彼の言葉には嘘偽りはない。しかし、手を出したのは物理的な話である。恋人のように手を繋いだりなどは…。いや、少しした。思い出した。御礼だとか何かで手を繋いでいる。
「ちょっと、変なこと言わないでよ。確かに手は繋いだけど、そういう意味じゃなくてその…。えぇと…。何て言うか…。」
曖昧にする私を横目で睨み付ける鈴ちゃん。背筋がゾクリとし、私は後ずさる。先ほど彼に向いていた殺意が私に移った瞬間だ。
「え、いや、違う鈴ちゃん。そういうことじゃないから。決して疚しいことなんて、その…無いから。うん。」
彼に好意などはなく、勿論疚しい考えも絶対にない。絶対に無いはずなのに、それを完全に否定することがでにない私がいて。
慌てて鈴ちゃんに説明するが、変な感情が入り交じった結果、私自身何を言っているのかわからなくなってきた。
「…そうなんだ…。琴美、そんなことをしたんだ…。」
鈴ちゃんの威勢は極限状態にまで下がり、声は弱々しく少々震えている。泣かせてしまったのだろうか。いや、泣かせただろう。
「あ、違う鈴ちゃん。誤解だよ誤解。だから泣かないでよ、ね。お願いだから。」
私のお願いを聞く鈴ちゃんと私の様子をニコニコと眺める彼。彼にはきっと、先ほどの発言に罪意識はないのだろう。いつも通りの彼だが、それはそれでムカつく。
「わかっていると思うけど君。君の発言で鈴ちゃんが泣いちゃったんでしょ。ちゃんと誠意を込めて謝って。」
「だって事実だろ?元生徒会長がやったことじゃないか。」
「…かもしれないけど、少しオブラートに包むとかなかったの。」
彼と口論になる手前で、鈴ちゃんは無言で私の腕を掴む。まだ彼との会話の途中だというのに、鈴ちゃんはそのまま私は引っ張って歩き出した。
「え、ちょっ…。って君!笑ってないで止めてよ!」
私の願いも儚く、彼は私たちとは反対の方向に向けて歩き出し、ヒラヒラと手を振る。裏切り者が。いや、元から味方ではない。
「ちょっと君。帰らないでよ。戻って助けてよ。」
もう意識など朦朧としておらず、私は全力で声を出すも、彼は人混みの中にスッと入っていき、もう彼の姿は何処にもなかった。
彼の行った先をしばらく見ていると、辺りが急に暗くなったことに気づく。鈴ちゃんが御手洗いか何処かに連れてきたのだろうかと思ったが、私が鈴ちゃんの方へと振り返ると、そこは例の細道であった。今日は悪そうな人たちはいないものの、世界が闇に染まったかのような暗闇に恐怖しかない。
「鈴ちゃん。帰宅するならもう引っ張らないで。腕が取れるから。」
私は無理矢理腕を引き抜こうとすると、鈴ちゃんは私を投げ捨てるように壁に追いやる。私の背中に壁が当たると同時に、鈴ちゃんは私が逃げ出さないように私の両肩をがっつりと掴む。この状況を見ている他人には、ただの脅しか何かだと思われるだろう。
ー鈴ちゃん、かなり怒っている。うつ向いていて顔はわからないけど、さっきのこともあるからね。大泣きしないことを願うけど…。ー
私が固唾を呑んで数秒の間があったあと、鈴ちゃんは顔を上げる。涙目で且つ上目遣いでこちらを見る鈴ちゃんに、ドキッとしないわけがない私は、思わず顔を逸らしてしまう。
「り、鈴ちゃん。その目付きは反則だよ。ドキドキが止まらないから。」
私の顔は次第に熱くなっていき、冬の寒さなど熱さで感じなくなっていた。大通りから僅かに聞こえる声が、私たちの沈黙をよりいっそう際立てる。
「…止まらなくなってよ。彼でドキドキした分以上に、私にドキドキしてよ。私のことをもっと愛して、執着して、堕ちてよ。」
いったい誰の入れ知恵なのかはわからないが、鈴ちゃんらしからぬ言葉に、私は鈴ちゃんに対してかつて無いほど胸がときめいた。
ドキドキで声がほとんど出ない私に、鈴ちゃんは私の頭に腕を回し少し背伸びをすると、その勢いのまま鈴ちゃんの唇は私の唇に吸い付いてきた。急な行動に驚いた私は、手に持っていた袋を手放してしまう。
「ん、…んん…。」
週一でするキスよりも鈴ちゃんはかなり強引で、いつもは止めてと言っている舌を無理矢理交わしてくる。恋人とのキスは気持ちいいと聞いたことがあるが、私はまだ気持ち悪さと恐怖を感じている。
ー鈴ちゃん…。ちょっと、無理。吐きそう…。ー
鈴ちゃんから離れようとするも、頭に回している鈴ちゃんの腕が邪魔で離せない。いつもよりキスは長く舌も挿入しており、私は限界寸前となり大粒の涙を浮かべる。
ーもう…駄目…。ー
吐き気がする手前で、鈴ちゃんはゆっくりと私の唇から離れ、目元の涙をペロリと舐めてくれる。昔近所にいた犬のことを何故だか思い出してしまう。
「私、知ってたんだ。琴美があの人と会うこと。」
「ど、どうして…。」
「文化祭の日、琴美があの人と話しているところ、実は遠いところから見えてたんだ。名前は分からなかったんだけど、前に琴美の携帯の通知に男の人の名前が載ってあって…。」
腕を外した鈴ちゃんは、イケないことをしたようなテンションでそう話すと、私の心臓の辺りに手を当てる。心臓の鼓動が、きっと鈴ちゃんには伝わっているだろう。
「だから、この前琴美が嘘をついたこと、知っているんだ。…あの日から怖かったの。琴美が私のことを嫌いになったんじゃないかって。嘘ついてまで出かけるなんて、そうしか考えられなくて、ね。」
私の胸から手を離し、鈴ちゃんは私の体をぎゅっと抱きしめた。その抱きしめ方から、この数日間、どれだけ鈴ちゃんが考え込んでいたのかが伝わってくる。
ー…鈴ちゃん…。ー
孤独に悩んでいた鈴ちゃんに、私は鈴ちゃんの頭に優しく手を置くと、頭のてっぺんからゆっくりと下げていき、頬にペタッと手を当てた。指先から感じる頬の柔らかさは、もちもちとしており癒される。乾燥肌の私はケアしていかなれば、冬場は綺麗な肌を保てない。それが羨ましいと、近頃思っている。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃって。最悪で最低な女だよ、私は。恋人失格だね。」
虚ろな眼差しを鈴ちゃんに送ると、「大丈夫」と鈴ちゃんは大きく首を振る。
「琴美は優しいから、私に心配かけたくなかったんだよね。ありがと。でもね、今度からその、ちゃんと離してくれると嬉しい。こんな思いをするのは、今日で最後にしたいから。」
満面の笑みを浮かべる鈴ちゃんの姿は安定の可愛さをしているが、その笑みが今は私の心を締め付けている。
鈴ちゃんの愛は利己的で、文化祭準備で忙しい際はうっとうしいと思ったほどである。
しかしそんな利己的な愛を、今の私は飢えたように欲している。私自身、こんな思いをするのは初めてで、何がどうなってこのような思いをしたかわからない。
「琴美。ちゃんと約束できる?私に黙って出掛けないことを。」
鈴ちゃんの問いにすぐに「わかった」と返事を出来なかった私に、「何で返事しないのさ」と私の両頬を強めに引っ張る。ただただ痛いの感想しか言えない。
鈴ちゃんの質問に「わかった」と即答出来なかったのは、今後もこんなことがなくもないから。実際、年を越してから二週間後に会う予定を立てている。まだ鈴ちゃんに本音を話せない今、彼に色々と話したいのだ。気持ちが完全に整理できるまでは。
私は鈴ちゃんの手を払いのけ、痛む頬を指で触れながら返事をした。
「絶対に…とはまでは多分無理。だけど、極力控えるから。」
「…何で。」
「何でって…。その、まだ鈴ちゃんを信頼できない私がいるの。心の奥底に。」
鈴ちゃんは悲しげな表情をするが、決して私はそうしようとしたわけではない。事実、私はまだあの二人と家族を除く人たちを心の中から信用できていない。「貴方のことを信じるから」みたいな台詞を吐いたにも関わらずだ。有言不実行とはまさにこのことである。
「鈴ちゃんが心配してくれているのはわかる。けれどそれが、本心なのか分からなくて…。本当は、そんなことこれっぽっちも思ってなんか…。」
「思っている。思っているよ。琴美が私のことをどれだけ信頼しなくても、私は琴美のことを想っているから。」
私の言葉に鈴ちゃんはそう重ね、再び私の体を抱きしめる。最初の抱きしめ方とは打って変わり、今はとても優しくて、ぬいぐるみを抱きしめているようなハグであった。そしてこの抱擁を、私は知っている。
「…鈴ちゃんって、私の母親みたいだね。私が腐っていると、優しい言葉をかけてくれて優しく抱きしめる。まさしく母親だよ。」
鈴ちゃんの頭を撫でながら、私はうっすらと笑みを浮かべながら独り言のように呟く。聞こえるか聞こえないかのトーンであったが、鈴ちゃんには聞こえていないらしい。抱きしめてからずっと、私に顔を見せてくれない。恥ずかしかった…ってことは無いため、顔を見せてくれない経緯がわからない。
けれど私は、また小さく呟き始めた。
「鈴ちゃん…。私はまだ言い出せないな。私が罪を犯したなんて。聞いたら絶対、私のこと嫌いになっちゃうよね。…でも、いつか話すよ。何がなんでも。」
言い終わると、私も鈴ちゃんの体にソッと腕を巻くと、肩にある鈴ちゃんの頭にコツンと私の頭をぶつけた。
光の入らない小道は今日は誰も通って来なく、五分ほど、私と鈴ちゃんは体を寄せ付けあっていた。チラチラと舞散る雪など知ることなく…。
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クリスマス当日、柊家ではクリスマスパーティーが行われた。あまり乗る気でなかった私だったが、ついつい鈴ちゃんと琴葉のことを考えてしまい、かなり豪勢な料理を振る舞ってしまった。冷蔵庫のチルド室からはお肉が跡形もなく消えてしまい、私は終業式後、買い物をするはめとなってしまった。
しかし、その代償はとても大きく、二人は目を輝かせながらチキンやらローストビーフやらを堪能しており、その美味しそうに食べる姿を見れば「やってよかった」と心の底から思えた。
ちなみに、彼と出掛けたのはクリスマスプレゼントの購入も目的で、琴葉には某キャラクターのクリスマス仕様の人形、鈴ちゃんには小さなシトリン付きのノンホールピアスを購入してあげた。
二人からのプレゼントはなく「今度プレゼントするから」と言っていたが、この日見た二人の笑顔だけで充分なプレゼントであり、二人からのプレゼントは断っておいた。
翌日、終業式が終わり約二週間の冬休みが始まったが、年末は大掃除や年賀状などと多忙な日々が続き、気がつけば三十一日となっており、私を含めて三人は鍋を適当につついたりしながら、のんびりと年が変わるのを待っていた。




