変わらない過去、変える今 Ⅳ
「ってことは、元生徒会長ってクリスマスパーティをしたことがない、と。」
「一度だけならある。それもずっと昔のことだから、無いに等しいかな。」
家族と鈴ちゃん用のクリスマスプレゼントを決めながら、彼と少しクリスマスについて話していた。一度しかクリスマスを経験したことがない私は、クリスマスについてほとんど無知。そのため、彼に相談しながら決めているのだ。
「君、クリスマスにケーキ食べるのは絶対?」
「絶対ってことはない。でも、世間一般の女子高生は食べると思うぞ。」
「それは誕生日前でもなの?」
「あ、元生徒会長は年明けてすぐか。けど、甘いものは別腹なんじゃないか?」
「百歩譲ってそうだとしても、そんなに食べてたら太るじゃない。」
私は棚の前でしゃがみこむと、一番低い場所に置かれてあるペンケースを手にする。しかし、全体がほとんどピンクであったため、すぐに元の場所に戻した。確かに可愛いとは思う。だが、琴葉も鈴ちゃんもピンクは好きではない。
「少しぐらい肉があってもいいだろ、可愛らしいし。」
「それってつまり、私は可愛くないと。」
「別にそういうわけでは…。ってか、その手を下げろ。」
私は彼に言われた通り手を下ろすが、別に彼に指図される立場でない私は、そのまま彼に平手打ちを食らわしてやる。
「ってぇ…。何も悪いことは言っていないぞ、俺は。」
そう言って、彼は叩かれた左頬を擦る。もし相手が鈴ちゃんのような女の子ならば加減はした。しかし、相手は男の子。加減などするはずがない。
「女の子の扱い方を間違えた君には、良いしつけかただと思うな。」
「女子同士でもそんな話の一つや二つはするだろうが。」
「それは同性だから。また変なこと言ったら倍で返すよ。」
今度は握り拳を作り彼に見せつける。もちろん、本気で殴ろうとは思っていない。ただの威圧のため、力は然程込めていない。
彼は頭を掻きながら渋々と私に謝罪をした。めんどくさそうにしている様子から反省の色は見えないが、また揉め事になるのは嫌なので、私は拳を崩した。
「…それでよ。同じ店に入ったり出たりするの止めないか。かれこれ二十分近くはそうしてるぞ。」
彼の言うとおり、先程から私は同じ店を行ったり戻ったりしている。一通り見たのだが、なかなかピンときた物がないためである。彼が言うには「そんなの適当に決めても喜ぶもんだろ」だと。そんな彼の発言に、もちろん私は頬を叩いた。
だが実際、ここまで決まらないとなれば、適当でも良いだろと悪い私がそう囁いてくる。
「これと言った物が無いならよ、少し休まないか。ほら、もう昼時だしよ。」
彼は私にそう告げると、携帯電話のロック画面を見せつけた。彼の発言通り、時刻は十二時を過ぎたところだった。
だがそれよりも、彼のロック画面に貼られてある中学の卒業式の写真が気になって仕方がなかった。
「ん、どうした。」
「…卒業式写真貼るなんて以外だなって。君って男の子の中では浮いている存在だったから。」
私の台詞に苦笑いの彼。しかし、間違ったことは言っていない。
彼はスキンシップが男女問わず多く、女の子には好評であったが、男の子には不評の嵐であった。そのため、彼と仲良くする人間は女の子が大半で男の子などほとんどいないようなものだった。
「特に変える写真が無くてな。別に構わないだろ、まだ数ヵ月しか経っていないのに。」
「もう数ヵ月。変えないにしろ、中学生とのメリハリはつけること。」
「元生徒会長は、俺の母親かよ。」
携帯電話をポケットに雑に突っ込んだ彼はもう片方のポケットに手を入れるが、何かを思いだし手をソッと出す。私の予想なのだが、彼が手にしたポケットには、多分いつもは煙草が入っているだろう。予想なので、言い切ることは出来ないが。
「…そんな子に育てた覚えはないわ。」
「そこはノルのか…。」
「私ぐらいノルことはあります。いいです、もう。早くご飯でも食べに行きますよ。」
「そんなに怒らなくて…。」
「怒ってなんかありません!」
彼といると、いつも調子が狂ってしまう。それはきっと、私と彼との性格の違いだろう。性格以外にも、多分たくさんあるはずだ。
私は彼に荷物を持たせると、早足でフードコートに向かった。しかし、男女の運動能力に差があるため、すぐに彼に追い付かれてしまう。追い付くことができた彼は、私に向けて軽いどや顔を…ムカつく。
「そう言えばよ、元生徒会長。」
彼は私に話しかけるも、まだ若干どや顔のままだ。正直、そんな顔で会話をしてほしくない。ただ、無視をすればするだけ彼の行動を理解できない私は、彼に聞こえない程度でため息を一つ。
「何。今話さなければいけないこと?それとも、今でなくても良い話?」
私は足を止めると、彼の目の前で仁王立ちする。身長が足りないが、止めれるぐらいにはなるだろう。
「歩きながらでも良い話って言えばいいか?」
彼が私を素通りすると、少々急ぎ足で彼に付いて歩いた。その歩く速さからして、そこまでの話ではないのだろう。
「別に良いけど、どうでもいい話だったら無視するから。」
相変わらず、酷いこと言っているなと私自身が思っていたのだが、それ以上の彼の質問に、私が考えていたことが馬鹿みたいに思えてきた。
「あのツインテールの子と、ぶっちゃけ何処までヤっているんだ。」
公衆の面前での彼の質問に、私と周りの数人が揃って足を止めた。周りの人たちはすぐに歩き始めたが、質問された私はまだ動くことができなかった。彼は平然とした顔でこちらを見ているが、私にそんな余裕はない。
「…ーーーっ、この変っ態ぃ!馬鹿ぁ、○んじゃえ!」
さすがに頭にきた私は、公共の場にも関わらず彼に向けてそう叫ぶと、鞄の中からスタンガン(二話参照)を手にし彼に突きつけようとした。
が、私が鞄からスタンガンを出す寸前で、彼は私の腕を力強く掴んだ。現役ボクサーである父親に叩き込まれた彼の力に、非力な乙女の私は勝てるはずもなかった。
「元生徒会長。そんなものこんな所で出したら大問題だぞ。もう高校生だ。下手したら刑務所行きになるぞ。」
耳元で警告する彼の声に、私は何とか心を落ち着かせスタンガンから手を離す。まだ心残りはあるが、ここでは晴らさないことにした。お昼に大量にタバスコでも入れてやる。
私は一息つくと、周りをキョロキョロと見渡す。あれだけ盛大に声を出し、暴言まで吐いたのだ。私を見る目線は少なくないが、私が見渡していることに気付いた彼等は、わざとらしく目を逸らした。
まぁ、それが普通の反応だしね。それ以外の反応があるとすれば、その反応をするのは、目の前にいる彼だろうな。
すると、たまたまある少女と目が合ってしまった。その少女は、以前文化祭で目にした深紅の長髪の女の子であった。今回も合わせ、まだ二度しか目にしていないが、二回以上どこかで出会っているような気がして仕方がなかった。
そのため、あの少女が知り合いだと脳が判断してしまった結果、私はつい視線を逸らしたのだ。
しばらくし、私は再び少女がいた場所に目をやる。既に少女の姿はいなくなっており、私は胸を撫で下ろす。
「…それで、結局の所どうなんだよ。」
私の気持ちなど知るはずがない彼は、お昼前だというのに胸ポケットからガムを取り出しながら私に尋ねてくる。
「…君は他人の気持ちとか考えたことがある?」
冷たい視線を彼に向けるが、彼はきょとんとした顔でガムを噛みだす。周囲に人がいなければ、きっと私は彼の頬を叩くだろう。いや、我慢の限界である。叩こう。
彼の頬を派手な音をたてて叩くと、私は彼に持ってもらっていた荷物を奪い、その場から逃げるようにフードコートまで走って行った。
それほど距離が無かったため、すぐにフードコートに着いた私は、空いている席を見つけ彼が来る前に座っておく。一人で座らせてもいいのだが、それでは今日彼を呼んだ意味がなくなってしまう。致し方がない。
ハットと脱ぎコートを背凭れにかけている終えると、彼がとことこと歩いてやって来た。フードコートまでの距離を知っていたのだろう。
「急に叩いたり走ったり…。俺に対しての扱いは本っ当雑だよな。」
「君にはお似合いの扱い方ですよ。ほら、私が席で待っているから、何か適当に買ってくれば。」
「買いに行くついでに、元生徒会長の食事も買ってきても良いけど、もう何が食べたいとか決めたか?」
彼に聞かれた私は、鞄から財布を取り出すと、中からある店のクーポン券を取り出した。先日、深夜帰りの母親から貰ったものだ。いつか使うときがあるかもしれないと思い、財布の中に入れていたが、まさか本当に使用するときがあるとは…。
「パスタか…。元生徒会長、好きだもんな。」
私からクーポン券を受け取った彼は、何やらクーポン券をくまなく見始めた。それにどんな意味があるかは分からないが、多分意味はないだろう。
「人の好みなんてそれぞれよ。それに、最近パスタ食べていないから…食べたいなって。」
「何かあったのか。」
「鈴ちゃん(あの子)はパスタのようなお洒落なものより、男飯のようなガッツリ系が好きだから。」
「年頃の女の子が肉料理って…。」
「琴葉も食べてくれるけど、日々の食費が、ね。じゃなくて、早く買ってきて。」
私の命令にわかったとガムを噛みながら、彼は手始めに私のお店へと向かっていった。
彼との会話にもあったように、鈴ちゃんは肉メインの料理が好きだ。琴葉も魚と肉とでは後者を選択するため、連日肉料理が続くこともよくある。お二方は嬉しい日々が続くのだが、食費や買い出しと私は苦しい日々が続いている。
でも、二人の幸せそうな姿見るの、嫌いじゃない。
彼が向かっていったのを確認した私は、椅子に深く座り込む。まだ午前のみだったが、私の身体は日頃の疲れを溜め込みすぎたため、かなり疲れきっている。先程から少し頭痛もするが、我慢できる。
長時間男の人と話したの、いつぶりだろ。…彼とも何だかんだ、久しぶりに話したな。
女子校に入学してから、男の人との会話は教師ぐらいでほとんどない。私にとってそれは良いことなのだが、今後のことも考えると、やはり話せるようにならなければならない。
そのためにも、彼には優しく接してあげないと…。
私はふと、携帯を取り出しアルバムのアイコンをタップする。携帯を購入した後、中学生の写真を母親に送られてきた。そのため、私の携帯には中学の頃の写真が保存されてあるのだ。
そのうちの一枚に私は指を当てる。その写真のなかには私と彼、そしてもう一人が半袖姿で木の下でぐっすりと眠っていた。
今更なのだが、私と彼の関係性について少し話しておこう。
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写真の中に載ってあるこの三人は、小学生の頃からの付き合いである。つまり、鈴ちゃんと別れた後の話となるため、鈴ちゃんは彼のことを知らない。
彼ともう一人は、私と鈴ちゃんのような小学生になる前からの幼馴染み。学年が二つ離れているものの、二人の仲はかなり良かった。
そんな二人に出会ったのは、入学式二週間後のことである。それは登校中、私が道路で躓きべそをかいていたときであった。たまたま通りかかった彼の幼馴染みに連れられ、保健室に行ったことが始まりであろう。
あの頃の私は、彼の幼馴染みをお姉ちゃんのイメージが強く、そのイメージは今でも変わらないだろう。
その後、また躓いてはいけないと、彼と彼の幼馴染みと共に登下校することとなった。その時の私は、その好意に甘えていたのだが、それが悲劇を産むとは考えことすらなかった。
そう、あの日の事件である…。
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「…い、起きてるのか。起きねぇとパスタ冷めるぞ。」
どうやら過去を振り返っているうちに眠ってしまったらしく、私はうっすらと目を開いた。私の目の前には先程見ていた悲惨な光景などはなく、美味しそうなペペロンチーノがあった。食べた後のニンニクの臭いが気になるものの、歯磨きセットを常備品してある私にはどうてことない。
「…ごめん、少し思い出してた。少し危ないところだったし、タイミングよかったよ。」
いつの間にか頬に流れてあった涙を拭うと、コップに入った水を一口飲む。
「思い出したって、やっぱりあれか。」
ラーメンを箸で掴んでいた彼だったが、私の台詞を聞いて箸を置いた。この件になると、彼は決してふざけたりしない。その証拠に、彼の眼差しは毎度真剣である。
小さく首を縦に振ると、ペペロンチーノをフォークで頂いた。何処のお店で食べても、ペペロンチーノの味は安定で美味しい。だがやはり、ニンニクが気になる。
「…んぐ。っはぁ。…うん、あの日のこと。今日君を呼んだのも、それについての話なの。」
私は携帯電話を開き、彼にあるメールアドレスを見せた。そのメールアドレスは、彼から貰ったあの人のメールアドレスである。
「あれから何通かメールを送ったのだけど、あの人から返信が来てないの。住所もあったから手紙送ってみたのだけど、全部家に戻ってきたの。」




