変わらない過去、変える今Ⅱ
雪が舞う夜はかなり寒く、コートやマフラーなどでは寒さ対策は出来なくなっていた。これから年末にかけて生きていけるかが、私にとってはかなり重要なことになってきた。
そんなときにこそ食べる鍋は格別である。
「テストお疲れさまですってことで作ったけど、さすがに多すぎかな。」
下校時刻ギリギリに進路調査用紙を書き終えた解放感はこれまで感じたことないようなもので、言葉にすることのできなかった私は、料理でその感覚を表現していた。そのため、翌日もまだ学校だというのに、ボウル三つ分の量の野菜を切ってしまったのだ。ヘルシーでお腹に優しいかもしれないが、さすがに食べ過ぎては意味がない。
「全然大丈夫ぅ!琴美が作ったものなら幾らでも食べれる。例えそれが毒物でもね。」
「それは褒めてるの、褒めてないの?」
「ほぉへてぇるほぉへてぇる(褒めてる褒めてる)。」
「食べながら話さない。行儀悪いよ。」
鈴ちゃんと暮らし始めて九ヶ月。生活にほとんど困ることが無くなり、たまに鈴ちゃんが本当に同じ血なのではないかと思うほど楽になっていた。以前までは食事、掃除、洗濯といった家事はよっぽどのことがない限り、ほとんど私が行っていた。
しかし、手伝うことを宣言した鈴ちゃんのおかげで、今では食器洗いと洗濯とアイロンがけは行っていない。最初は心配で様子を伺っていたが、今ではそれほど心配していない。
エプロンを折り畳み、リビング用の洗濯籠に入れ、私は食事の席につく。美味しそうに食べる鈴ちゃんとは逆に、私の横に座っている琴葉は静かに食べていた。ただ、静かにしているとはいえ、お皿に入っている野菜は鈴ちゃんに負けてはいない。食べることは良いことだが、お腹を壊すのだけはやめて欲しい。
「琴葉。ちゃんとお肉も食べてる?」
私の質問に首をたてに振った琴葉は、私に見せつけるようにお肉を箸で掴み口にいれる。何をそこまでしなくても。
「ほら、琴美の分も分けてるからさ。」
「あぁ…。そうだね。」
私はお箸を手にすると、鈴ちゃんはテーブルの端に置いてあったテレビのリモコンを取り上げ、ニュース番組を付ける。食事中は基本、テレビを付けることは禁止している。但し、ニュース番組であれば多目にみることにしている。
鈴ちゃんがいつも付けているニュースは若者寄りのニュース番組で、ニュース以外にも流行調査や食レポ、ゲストを招いてのトークといったコーナーもある。それがあまり気に入らないのだが、そのおかげで若者言葉がわかりつつある。
「「十二月に入り、周辺ではイルミネーションといったクリスマスに向けて着々と準備が行われてますね。ちなみに水木さんは、クリスマスに向け、何か準備したのですか。」」
「「私はクリスマス当日、高校時代の同級生とパーティーを行うので、これといった準備はしていませんね。倉本さんは何かなさったのですか。」」
「「僕はクリスマス記念の公開収録と仕事があるので、クリスマスはゆっくりできそうにもありません。でも仕事というクリスマスプレゼントを貰えたことが、僕にとっては嬉しい限りですよ。」」
私がよく聞いているラジオの司会者である倉本ハリスさんが画面に写ると、思わず私は吹き出しそうになった。倉本さんはお面コレクターとしても有名で、顔が出る仕事ではいつもお面を被っている。そして、今日はひょっと子のお面である。こんなマイペースなニュース番組なのだが、何故視聴率が良いのが不思議である。
「もうクリスマスなんだ。楽しみだなぁ、クリスマス。チキンとかケーキとか、美味しいもの沢山食べれるんだろうなぁ。」
「柊家ではクリスマスなんてしませんよ、鈴さん。」
琴葉の場を読まずに口にした言葉に、鈴ちゃんは箸で摘まんでいたお肉をお皿の上に落としてしまう。
「え、何で?あの神聖な儀式をこの家庭では行わないの!?」
「神聖って鈴ちゃん…。この日本でキリストを敬う人なんて、キリスト信者でない限り、そう多くないと思うな。」
白菜とネギを箸で取り、息を吹きかけ口にいれる。熱々の野菜が私の体全体に熱を拡げ、体はもう熱くなる。セーターの袖を捲りあげると、だいぶ熱が飛んでいった。
「そういうことじゃなくて、クリスマスは皆でケーキ食べたりお話ししたりする行事じゃん。何でそんな楽しい行事をこの家庭では行わないの。」
ただ、こちら側の熱はしばらく抑えられないだろう。
鈴ちゃんはお箸をテーブルに置き、クリスマスの始まりや語源について熱く語り始めた。無駄な知識は沢山持ってある鈴ちゃん。正直、その知識を他のことに使って欲しいものだ。
「ほら鈴ちゃん。そんなに熱く語っていたら、私と琴葉にお肉食べられるよ。」
とりあえず警告をした私は、鍋用のお箸でお肉と野菜を均等ぐらいにお皿にいれる。そしてそのお箸を横にいる琴葉に渡し、冷ますことなく白菜でお肉を包み口にいれてしまった。当然、口のなかは火傷したように熱い。
私は急いでコップに入ってある冷たいお茶を飲み干し、口内を急激に冷やし何とかした。まだヒリヒリとするが食べる動作に支障はない。
「私に変なこと言うからいけないのさ。当然の報いだよ。」
「鈴ちゃん?ちょっとそれは言いすぎなんじゃないかな?」
「だって本当のことだもん。嘘なんて付くからいけないの。」
「嘘なんかついてない。この家ではクリスマスなんて言葉は存在しません。いい加減にしないと、明日のお弁当のおかず、一品減らすよ。」
「それでもいいもん。クリスマスができないなんて嘘に決まってる!」
「だから嘘なんかじゃないって…。」
私と鈴ちゃんの言い争いがヒートアップしそうになったが、派手にお皿を置いた琴葉の強い眼差しが私たちの口を封じ込める。
「おねぇちゃん。あんまり怒っていると、シワができるよ。鈴さんも冷静になってください。」
年下にはめっぽう弱い私と鈴ちゃんは渋々と返事をすると、琴葉は再びお箸を手にし食事し始める。それに連れられ、私と鈴ちゃんもお箸を手にした。
「鈴さん。クリスマスをしたい気持ちは私にも少しばかりあります。ですが、クリスマスを削るしかいけないんですよ。」
お皿に置いてあった大量の野菜を食べ終えた琴葉は、鈴ちゃんに話しかけながら鍋箸でまた野菜を沢山をお皿に入れる。今日はかなり厳しい練習だったと話していたが、ここまでお腹を空かせているとは思っていなかった。
「私たちの家庭は冬休み期間は忙しいんです。その度に美味しいものを食べていれば、三学期に入る頃には激太りします。太らないためにも、クリスマスはしないと決めているのです。」
琴葉の言うとおり、確かに冬休みの間は色々なことが重なりすぎている。クリスマスや年末年始、私と母親の誕生日などといった予定が入っており、そのどれもが美味しい物を食べるような予定ばかりである。冬休み期間で体重を増やすことなど朝飯前である。
そのため、キリスト教を信仰していないことを理由に、私たちの家庭ではクリスマスを行わないことにしたのだ。
余談だが、私の誕生日は一月六日で母親の誕生日はその翌日である。と言っても、私と母親の誕生日パーティーは毎年、その週の週末にまとめて行っている。ほとんど母親は仕事で不在のため、琴葉に祝ってもらっているだけだが。
それに、誕生日は嫌い。歳を取るんだし、まだ若いままで生きていたい。
十五年しか生きていない人間が何を言うか、といった台詞だ。お年寄りが聞けば何と私に言ってくるのだろうか。
ただ以外だったのが、琴葉がクリスマスをしたいと言ったことだ。サンタという存在を幼い頃に知ってしまった琴葉には、クリスマスを楽しみたいという感情は無いものだと思っていた。毎年クリスマスプレゼントを贈っていなかったが、もしかすると、琴葉は毎年楽しみにしていたかもしれない。
そう考え始めると、ほんの僅かながら私にもクリスマスを楽しみたいという気持ちが芽生えていた。ほんの僅かというのは、私が物心ついた頃に一度だけ、柊家でクリスマスが行われたことがあるからだ。琴葉も一緒だったが、当の本人はまだ幼かっため覚えてはいない。
私自身、あの日何をしてクリスマスをしたかはハッキリと覚えていない。しかし、ケーキを食べたことは何故だが鮮明に覚えていた。
私の目線はいつの間にか、白菜を美味しそうに食べる琴葉に向いていた。琴葉は今まで、家族の前では決してワガママや願望を話したことがなかった。
琴葉の初めてのワガママだし、今年はクリスマス、何かしてあげようかな…。料理は出来るから、クリスマスプレゼントとかあげたら喜ぶかな。鈴ちゃんも。
私の脳がクリスマスを行うことを前提で回り始めたとき、ポケットに入れてある携帯電話に一本のメールが着信された。しかし、鈴ちゃんやアリスちゃん達からのものとは違う着信音であった。普通なら恐いと感じるのだが、そんな感情は今の私には微塵もなかった。
「琴美。食事中は携帯使ったらいけないよ。いつも琴美が言っているんだから…。」
どうやら鈴ちゃんの辺りまで音が鳴っていたらしく、私は視線を鈴ちゃんに変え苦笑するも、ポケットから携帯電話を取り出しメールボックスを開けた。鈴ちゃんからのお怒りの言葉が私に降ってくるが、今はそれどころではなかった。
やっぱり…。
メールを確認した私は、手慣れた手つきでメール文を書いていく。文化祭の連絡することもよくあったため、前まで出来ていなかった片手での扱いまでも習得した。機械音痴な私にとって、片手で携帯電話を使用するなど夢のまた夢であった。それが出来たあの瞬間を、私は未だに覚えている。
短い文を送り続けるのは迷惑だと思っている私は、少し長文になるも見直しをして送信する。すると、すぐに既読がついた。暇人なのだろうか、あの人は。
顔を綻ばせ、相手からの返信にさらにメールを返すと、またすぐに既読の二文字が画面に小さく表示される。「返信早いな」と思うよりも早く、相手から了解と顔文字つきでメールが返ってきた。もう何も言うことはない。
「ねぇ琴美ぃ。一体誰からのメールなの?」
クリスマスの話題などもう頭に残っていないだろう鈴ちゃんが、少々不安そうに聞いてくる。メールの量が文化祭前よりも格段と増えており、あんな制約までも作ったのだ。不安になるのも仕方がない。心配しなくとも、鈴ちゃんのことは大好きです。
「文化祭実行委員でお世話になった先輩。今週の土曜、実行委員の数人とお出掛けに行くからその話。あの先輩、バイトが八時すぎまであるから、それまでは連絡がなかったの。」
了解の顔文字メールを何故だがスクリーンショットすると、私は携帯をポケットにしまう。スクリーンショットに特に意味はない。
「いいなぁ、お出掛け。私も一緒に行きたいよぉ。」
そう言って頬を膨らます鈴ちゃんは、何処からどう見ても、小動物が頬袋に何かを溜めているようにしか見えなかった。きっと、鈴ちゃんは私だけであることに怒っているのだろう。
「なら私が実行委員一緒にしないかって頼んだとき、快く引き受けたら良かったのに。鈴ちゃんが受けてくれたら、私の働く分が減っていたのに…。」
小坂先生に実行委員を頼まれた際、先生は適当にクラスメートでも誘えと言われ、私はいつものメンバーにどうかと誘った。結果、誰も挙手することなく、私一人ですることとなったのだ。二葉姉妹とアリスちゃんは拒否理由が理解できたのだが、鈴ちゃんと香奈ちゃんは「めんどくさい」とシンプルに一文での拒否。だとしても、手伝ってほしかったものだ。
「ただの雑用係を承諾するなんて、そんなのお人好しだけだよ。私はお人好しじゃないから承諾しなかっただけ。」
「…じゃぁお人好しじゃない鈴ちゃんには、このお肉は没収かな。」
鈴ちゃんの目の前にある大きめのお肉をお箸で掴み、それを取り皿に入れてあるポン酢に一度当て口にやる。美味しいことには間違いないが、今はもうお肉は食べたくない。今日は朝から頭痛が止まっていない。お肉を食べたくないのもそのせいだと私は思い込んでいた。
「あぁ!それ、私が狙おうとしていたやつぅ!」
鈴ちゃんは怒り気味の声で席から立ち、私に近寄ってきた。そして私の後ろに回ると、鈴ちゃんは私の両頬を指で挟み、伸ばしたり縮ましたりと頬を動かしてきた。まだ噛んでいるお肉が口から出そうで心配である。
この状況を打開してくれたのもやはり琴葉で、鈴ちゃんを私から無理矢理剥がすと、その場に鈴ちゃんを正座させ長々とお説教を始めた。年上と年下の立場が逆転した瞬間であった。
鈴ちゃんと同居し始め、鈴ちゃんはもうほとんど柊家の一員みたいなものになっていた。だからこそ、私は少し不安であった。
この想いが、家族としての好きなのではないか…。
それ以外のことも踏まえて、私は話す必要があった。私が本音をかなり言える人物に。




