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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
36/97

変わらない過去、変える今 Ⅰ

  文化祭が終わり数週間。つい最近まで生い茂っていた木は、もうほとんど葉っぱが残っていない。その残りの葉っぱですら飛んでいきそうなほど、ゆらゆらと揺れている。頑張れと葉っぱに念を送った途端、私が見ていた葉が風に拐われていき、私は「ごめんなさい」と独り言を声にし、再び机に置いてあるシャープペンシルを握った。

  本格的に冬に入ると同時に、私たちの期末考査は無事全科目終了した。今回のテストは乗り切ると鈴ちゃんが宣言したため、私は全力で鈴ちゃんのサポートをしていた。そのかいあってか、以前のテストよりも手応えを感じている。肝心の数学も、時間ギリギリまで解答欄があっているかを確認したため大丈夫であろう。私はだが…。

  気が抜けたのも束の間、小坂先生に第一回系列調査の紙を配られ、現在、私は絶賛お悩み中である。この高校に入ったきっかけから考えたら良いと小坂先生は言っていたが、実際、この高校に入学した動機が勉強関連でない。進路の決まらない私は頭を悩まさせているのだ。

  しかしそれは私だけでなく、クラスメートの大半がたかが紙一枚ごときで頭を悩まさせていた。進路調査用紙は三学期始めに配ると伝えられていたため、進路を具体的に決めていない生徒たちは、大学の案内書や職業についてな参考書などを使って終わらせていた。

  ちなみに、この紙を貰ったのは三時間目で現在五時間目前。その間の授業内容など、私の頭には残っていなかった。

  だが進路調査よりも、私の頭の中はそれ以外のことでいっぱいいっぱいであった。




 ーあなたは第二学年でどの系列を選択しますか。一


  最初のたった一行で詰まる生徒は少なくない。ここを通過できればあとは適当に書けばなんとかなるのだが、通過できないのが現実である。適当に書いても良いのだが、この欄だけは動機を聞かれるため適当には書けない。私は脳をフル活動させどれだけ本物じみた内容にしようか考え始めた。しかし、良い案など思い付くわけがなく、私の脳は焼失寸前であった。


「大変そうだね、ことみん。そんなのパパッと書いてササッと提出しちゃえばいいんだよ。」


  私の燃え尽きかけの脳に水をかけるように、斜め後ろの席にいるアリスちゃんがその綺麗な声で話かけてきた。四日ぶりの登校のアリスちゃんは、連日の仕事疲れが若干肌に見えている。しかし、そんなアリスちゃんは今日の放課後に後日受験を受けるそうだ。前回は四科目ほどしか受けていなかったのだが期末もそれだと成績が付けれないらしく、今も机にノートを二冊ほど開いている。

  ちなみに、アリスちゃんは四時間目前に進路調査用紙を提出している。


「アリスちゃんはいいね。私は仕事に専念するため、総合コースにおりますとか書いていれば、先生たちも納得するし…。」


  私はペン先の動きを止め、アリスちゃんの机に少し椅子を寄せノートを見る。どうやら今日は数学二科目受けるらしく、それぞれ確率と三角関数の内容が書かれてある。ただ、一つずつ手をつけたほうが良い気がする。


「仕事は勿論だけど、学生の本業は勉学。このまま進学コースの文科系列に進む予定だよ。」


  そう話すアリスちゃんは、解いていない問題の答えがわかったようで、カリカリとシャープペンシルを動かしていく。ノートに公式を書くことは良いことである。だがアリスちゃんはそれを一切使用していない。文科系列に行くにしても、公式ぐらいは覚えてほしいものだ。


「文科系列か…。女優業以外に気になる仕事でも?それと、ここの問題は余弦定理を使えば解けるよ。」


  質問に添えるかのように、アリスちゃんのノートに書かれてある余弦定理の公式に指を指す。考え始めたアリスちゃんはしばらくすると、理解したような表情で「ありがと」と私にお礼を言うと、再びノートに書き始めた。鈴ちゃんと違い、物わかりが早いのが嬉しい限りである。


「気になるっていうよりも、将来的に就こうかなって感じかな。女優業なんて、話題がなくなったら厳しい世界だし、安定した生活を送るなら、ね。」


  アリスちゃんの台詞に似たような言葉を、私は昔母親から聞いたことがある。そして母親は、私たち姉妹には同じ道を歩んでほしくないとも言っていた。まぁあの件があったにしろなかったにしろ、私は女優になどなることはない。むしろなりたくない。

  公式を教えたこともあり、その後の少し難しい問題も難なく解き終えたアリスちゃんは、机の横にかけてある指定鞄の中からほとんど飲んでいないペットボトルを取り出し口する。と言っても、ほとんど水分補給しないアリスちゃんは潤す程度しか飲まない。それでよく夏場を過ごせるものだと前に愛ちゃんが感心していた。


「就きたいってことは、女優は引退するってこと?」


  私の問いに少し眉をひそめたアリスちゃんは、ペットボトルをしまうと人指し指を額にあて視線を上にすると、「んー。」と声を出して悩んでいた。こういう子供っぽい動作をするときのアリスちゃんはテレビで見るアリスちゃんとは違い、私はなんだか微笑ましい気持ちになる。


「元々私の両親は、この世界に入ることを反対していたし、これを期にってことでもいいかな…なんて。」


  アリスちゃんはそう言い、ペンケースの中から赤ペンを取り出すと、先程解いていた問題に丸をつけ始めた。私が教える前の問題までは五分五分の正答率だったが、私が教えてからは最後の問題以外は全て丸がつかれていった。


「アリスちゃんの両親ってどんな人なの?今聞いた感じだと、とても厳しい人みたいだけど。」


  私はアリスちゃんが解き終えたノートを貸してもらい、アリスちゃんが間違っていた問題を訂正しつつアドバイスも添えておく。香奈ちゃん曰く、アリスちゃんは間違った問題を何故間違ったのかを追求しないらしい。そのため、香奈ちゃんの代役で私が教える際には、訂正とアドバイスをつけてほしい、とかなんとか。


「母親は優しさの度合いを越しているけど、父親なんて鬼みたいなもの。いや、鬼より怖いかも…。」


  訂正するペンを止め、私はアリスちゃんの表情を伺う。アリスちゃんは私の訂正を見ながら苦笑いをしていた。それが父親のことなのか赤文字だらけのノートのことなのかはわからない。まぁどちらもだと思うが。

  そんな表情を観察する私に気づいたアリスちゃんは、「あはは」と笑ったが、明らかに声が素で小さくなっている。それにどう反応して良いかわからない私も、とりあえず笑顔を返すことにした。


「あ、両立するって考えたことはあるの?女優の仕事と就きたい仕事で。」

「ちょっと無理かな。何なら、私が女優できない間、ことみんに代役を…。」

「気持ちだけで結構です。」

「またキッパリと…。」


  明るく振る舞うアリスちゃんだが、その顔は何だが寂しそうであった。ハッキリと断ったことにほんの少し後悔するわたしだった。

  ノートを手渡しで返した私は、自身の机から進路調査の紙を手にし、申し訳程度にあるアリスちゃんの机の空きスペースにそれを置く。まだ記名しかしていない紙を目にしたアリスちゃんは、「お?」と反応するのだが、それがどういった心境なのか私がわかるはずがない。


「優等生のことみんなら、有名大学なんて夢じゃないじゃん。迷う必要なんてないよぉ。」


  いつもの軽いキャラに戻るアリスちゃんは、数学の道具と古典の道具を入れ替え、古典の文法シートに目をやった。大まかな文法は前回のテストまでに覚えていたので、文法シートを見るのはかなり久しぶりである。…とはアリスちゃんに言えない私だった。

  自分で言うのはあれなのだが、確かに私は優等生の部類に入っている。しかし、優等生だとしても有名大学に行かなければならないという規則はない。というより、有名大学に合格したとしても、良い職につける保証など何処にもない。

  とは言え、偏差値の低い大学に行けば、良い職に就くのはかなり厳しくなる。あと、桜咲ここですら入学を阻止しようとした両親だ。偏差値の低い大学など絶対に行かせてくれないだろう。

  現実と両親の希望の結果、私は迷いに迷っているわけだ。勿論、私個人としての要望もいくつかあるのだが、大学に入ってまで親に迷惑をかけるわけにはいけないため、大学の要望は誰にも話しておらず、今後とも話すことはないだろう。

  文法シートを一通り見た様子のアリスちゃんは、文法シートを机に置く。そして席から立ち上がり、大きくのびをする。これが水着姿ならばどれほど美しいのか、などといった男子高校生の妄想世界に私はついつい入り込んでしまう。おまけに海で見た本物が頭を駆け巡っている。抜け道など何処にもない状態だった。

 

「オーバーヒートしたことみんには、なお人気上昇中の星城院アリスが癒しを差し上げようではないか。」


  変な口調のアリスちゃんにツッコもうもした瞬間、のびをしていたはずのアリスちゃんが私をぎゅっと抱きしめきた。憧れの人物の突然の行動ーーついでに私の顔がアリスちゃんの胸に直撃しているこの状況に、私は動揺をするも三対七で喜びが勝っており、このまま死んでしまってもよいと本気で思ってしまった。

  しかし、そんな癒しが長く続くわけがなく、お手洗いから帰って来た香奈ちゃんがアリスちゃんの制服の襟を握り、私からアリスちゃんを引き離した。暗闇から出て始めてみた香奈ちゃんの顔は、いつもの仏頂面ではなかったものの、怒りに満ちたような表情であった。


「あ、香奈ぁ。朝からお腹痛そうにしていたけど、トイレ行って楽になった?」

「勿論。この状況見て瞬時に痛くなくなった。」


  アリスちゃんの問いに笑顔で答えた香奈ちゃんは、襟を握る手にさらに力をいれる。多分、香奈ちゃんの全力を注いでいるだろう。その証拠に顔が少し赤くなっている。


「それは良かった。あと二分で授業始まるし、早く席に着いたら?」

「私はアリスの席に近いから大丈夫。それに二分もあれば、お説教二割は終わるから。」

「そこを一割に…。」

「出来ません。」


  アリスちゃんには容赦ない香奈ちゃんは、アリスちゃんを席に座らせ、まるでアリスちゃんの親であるかのようにしつけ始めた。その様子を、私はただただ空笑いするしかなかった。

 

「こーとみ。」


  と空笑いしていた私に後ろから、香奈ちゃんとトイレから戻ってきたお疲れ気味の鈴ちゃんが抱きつくように体を寄せ、頭を私の頭の上に乗せた。顎が当たり少々痛いが、特に気にすることない。

  私は鈴ちゃんが視界に入らないことをわかっていたのにも関わらず、目線をあげる。


「どうしたの鈴ちゃん。少ししんどそうだけど。市販の頭痛薬と腹痛薬ならあるけど飲んどく?」


  私の心配に頭を横に振る鈴ちゃん。気にすることなかった顎が頭を振る度、グリグリと私の頭を抉られればさすがに痛い。


「お腹は大丈夫。だけど、頭は使いすぎて割れそう。」

「多分割れないし風邪ぽくもなさそうだから大丈夫。…でも確かに連日徹夜だったし…。帰りにケーキ屋さんに寄ってく?」


  私の提案を聞くなり、再び頭を横に振った。何時もならば嬉しそうに顔を緩めるので、風邪でないと知った今、私はさらに心配になる。


「どうしたの?鈴ちゃんらしくないけど、何か悩み事?」


  その質問にピクリと反応した鈴ちゃんは、私から離れると顔をソッと私の耳元に近づけてきた。鈴ちゃんの鼻息が耳に当たる度、私の心拍数が上がっている。私とアリスちゃんの席は教室の真ん中のため、公開処刑ともいえるような状況であった。だが幸い、私たちを見るクラスメートは一人もいなかった。


「しばらくキスしてないから…。その、欲しい。」

「んな…。」


  鈴ちゃんの不意の一言に、私の頭の何かが沸点に到達しその勢いのまま爆発し、鈴ちゃんとは違う意味で頭に痛みが駆け巡る。さらに囁く程度のトーンだったため、痛みが倍増。アリスちゃんの癒しなど、もうほとんど覚えていない。


「今じゃなくていいから。家に帰ったときに、ね。」


  また耳元でそう付け足すと、鈴ちゃんはアリスちゃんに鋭い視線をやり、席に戻っていった。その行動はまさしく「嫉妬」である。そして何故、鈴ちゃんが嫉妬しているのか何となく、私にはわかっていた。

  文化祭以降、私と鈴ちゃんの間には、外では極力スキンシップは禁止、キスは週に一回などといった契約が出来た。小坂先生は私たちの関係について黙ってくれているが、これ以上バレてしまえばたちまち噂になると思い、鈴ちゃんと二人で契約これを作り上げた。…という形で作ったが、恋愛経験がない私にがっつかれないようにする策でもある。

  契約の効果は絶大で、小坂先生にすら別れたのかと問われたことがある。ただ、制約で鈴ちゃんが私から離れたことにより、鈴ちゃん以外からのスキンシップ(特に愛ちゃんやアリスちゃん)が増えていた。愛する人が他人に獲られるのを目の当たりにすれば、鈴ちゃんだとしても嫉妬の一つや二つはするだろう。

  それは鈴ちゃんに限ったことではない。制約で離れたことにより、鈴ちゃんに対してもクラスメートからのスキンシップが増えているーーというよりは、クラスメートのマスコットキャラとして可愛がられている。頭を撫でられたり餌付けされたりと様々。それを見る度、私はやきもちを焼いていた。

  何度か制約を改めようかと思ったことがあったが、それでは元も子もないため、お互いがお互いにやきもちを焼くような状態になっていた。


  …そろそろ手ぐらいなら、外でも繋いであげようかな。


  契約を作って一ヶ月。鈴ちゃんは家では私に甘えるが、外ではかなり大人しくなった。そろそろ恋人らしく手を繋いで外出しても良いだろう。


  けど、キスから始まった恋愛に、恋人らしいなんて言葉あるのかな。


  などと考えながら、一番後ろの席に座る鈴ちゃんを私は目で追っていく。が、すぐに六時間目の始まりを伝えるチャイムが教室に鳴り響くと、私は椅子を自身の机に戻す。お説教をしていた香奈ちゃんも「まだ終わっていないから」とアリスちゃんに言い捨て、窓際の一番前の席に戻っていった。お説教を受けたにも関わらず、アリスちゃんの顔はつやつやとしていた。もう相変わらずとしか言いようがない。

  そんなアリスちゃんに微笑みかけた私だったが、遠くから鈴ちゃんの目線を感じ、軽く咳払いをして席についた。やはり制約を少し改めるべきだと私は心底思った。

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