only dream of you Ⅱ
私が泣くと、お姉ちゃんは突然現れ私を慰めてくれる。例え私が一人で買い物に行き、その道中で迷子になって泣きじゃくっても、何故かお姉ちゃんが現れる。もはやストーカーのようだが、そんな言葉を知らない幼い頃の私にはそれがすごく嬉しかった。
私は昔からよく体を壊してしまい、その度にお姉ちゃんが看病してくれていた。私が若干反抗期で看病を拒否したとしても、学校を早退して看病してくれた。どれだけ私が構わないでよと言っても、お姉ちゃんはそれを無視して看病してくれた。もし、お姉ちゃんが私が反抗期だった頃のことを覚えているのなら、誠心誠意を込めて謝りたい。
私がお姉ちゃんを引き離そうとしても、お姉ちゃんは私の側にやって来る。私が嫌がっても、お姉ちゃんは磁石のように引っ付く。昔の私はそれを特に重く感じていなかったのだが、今となってはそうとは言い切れない。今お姉ちゃんに触れられれば多分、私は色々と堕ちてしまうだろう。もちろん、悪い意味で。もしそうなれば、「仲の良い双子の姉妹」と言われていた関係が崩れてしまう。そうなれば、私よりもお姉ちゃんが傷つくだろう。
お姉ちゃんが入部したダンス部の演技が終わると、ステージ周辺から大きな拍手が聞こえてくる。それに気づき、私もパチパチと手をたたく。
香奈さん、道に迷ったんでしょうか?
あれから十分ほど経っているが、未だ香奈さんが戻ってくる様子はない。ジュースを買うために何処まで行ったか定かでないが、ジュースのためだけにここまで時間がかかるのはおかしい。
ただ考えすぎた結果、拍手の音が小さくなっていることに気づかず、いつの間にか私だけがいつまでも拍手していた。周りの視線で気づいた私は、恥ずかしさのあまり耳まで赤くなった。
「お、いたいた。まぁーい!!」
熱くなった顔を冷やそうと、少々ぬるくなったお茶のペットボトルを頬に当てようとした時、私を呼ぶ声が耳に入ってきた。ペットボトルをベンチに置き声のした方を向けば、お姉ちゃんがダンス衣装のまま私に向かって走っていた。
「お、お姉ちゃん。」
私が思わず立ち上がることを知っていたかのように、立ち上がった私にお姉ちゃんは抱きついてくる。急なことだったため、よろけた私は再びベンチに座る。先程と違うとすれば、少し高さがあったため、お尻が痛むことぐらいだ。
お姉ちゃんに聞こえない程度に「痛っ。」と呟いたのだが、どうやら聞こえていたらしく、大丈夫?と心配してくれる。その気持ちは嬉しいのだが、とりあえず、黒ティーシャツを肩まで上げてほしい。肩にかかっている紐がスポーツブラだとしても、今の私には目に毒だ。
しかし、鈍感なお姉ちゃんはやはり気づくはずもなく、大丈夫だよと言いながらティーシャツを肩まで上げた。それでも下がりそうなるので、私はあまり見ないように心掛けることにした。
「見た、私の踊りは?カッコよかっただろ?」
見た目が私そっくりのため、男っぽい喋り方をされると色々と複雑な気持ちになる。言葉遣いには気を付けるようお姉ちゃんにはいつも言っているが、その度にお姉ちゃんは「それじゃぁ、他の奴等が私か舞か区別つかないだろ?」と私に反論し直そうとしない。だが、お姉ちゃんが言っていることも事実のため、そう言われると反論できなくなる。
それでも、大分ましにはなっている。中学時代は荒っぽい言葉を言葉を知った幼児のように連呼していた時期もある。それを私の横でされたときは、もう泣きたい気分だった。
「カッコよかったよ、お姉ちゃん。カッコよかったから離れてくれると嬉しいな。」
お姉ちゃんの全体重が私にのし掛かっており、座っていることすら限界であった。ついでに、目がそろそろ理性を失いかけていた。
「ごめんっ」と謝罪したお姉ちゃんは、パッと離れて私の目の前に立つ。離れてくれたことに感謝だが、何故か少し心細くなる。
そんな私など知らないお姉ちゃんは、つい十分前まで香奈さんが座っていたところに腰かけ、ティーシャツの首もと辺りを右手の指でつまみ、団扇のようにパタパタの風を作り始めた。かなりきつかったのか、額からは汗が流れている。
私はそれを見た途端、すぐに制服を見たが、ワイシャツでないため濡れている跡はなかった。しかし、若干ブレザーからは汗のような香りがする。
「お姉ちゃん。体はともかく、顔ぐらい洗ったら?」
私の言葉にお姉ちゃんは頷くと、お尻の辺りのポケットからいつも持ち歩いている良い香りのするスプレーを取り出し、無作為に首回りに向けて噴出させた。透明感のある爽やかな香りが鼻を通る度、お姉ちゃんの香りだと思うことが度々ある。私も同じものを持っているが、香りはラベンダーである。同じ香りのものにしてもよかったのだが、それはさすがにと思い違うものにしたのだ。
「それで、こんなに急いでどうしたの?片付けとかもあるはずなのに。」
ぬるくなったペットボトルに口をあて残りを飲み干すと、力をいれて潰そうと試みる。しかし、力のない私がいくら試そうと潰れるはずもなく、結局、ペットボトルはお姉ちゃんが奪いその勢いのままペットボトルを潰した。
「…ーは貸しのある同級生にやってもらってるから大丈夫。」
ペットボトルが潰れる音で冒頭部分がよく聞き取れなかったかだ、後の話で片付けのことだとわかった。
「貸しってお姉ちゃん。その人に何か奢ったの?」
「奢ってなんかないない。この前舞が作ってくれたハチミツレモンあったじゃん?あれを二つほどあげたってだけの貸し。」
お姉ちゃんが言うように、私はお姉ちゃんのために色々と試行錯誤している。失敗することも多々あるが、二週間前ほどから成功率が徐々にだが上がっている。お姉ちゃんが言うハチミツレモンは多分その期間に作ったものだろう。夢中で作った結果、私自身、何をどのくらい作ったのかいまいち検討がつかない。
「気に入ったのなら、また作るよ。部活動の皆さまの分まで。」
「嬉しいけど、まだ冷蔵庫の中に大量に残ってあるから、それを消費してからかな?」
「それって?」
「冷蔵庫一段を約三割ほど。」
こんな風に。
私自身もちゃんと消費することで作って良いとのお姉ちゃんの承諾を得ると、私はお姉ちゃんの飲み物を買いに行こうと立ち上がるが、それを止めるようにお姉ちゃんが腕を掴んでくる。
そしてお姉ちゃんの視線の先には、ペットボトルを三つほど抱えて戻ってくる香奈さんの姿があった。
「香奈ぁ。残りの二本は私と舞のだろ?」
人目を気にすることなく、お姉ちゃんが香奈さんに声をかける。香奈さんもそれに応じたが、やはり私と似ている香奈さんはそんな声を出せるはずがなかった。
私たちに向かってかけてきた香奈さんは息を整え、無言でお姉ちゃんにペットボトルを二本手渡した。お姉ちゃんの好きなレモンの味がする炭酸水と水である。もちろん、水は私のである。
お姉ちゃんから受け取った水はとても冷たく、私は「ひゃっ」と手離してしまう。地面にペットボトルが落ちるも蓋が開いていなかったのが幸いである。
私がペットボトルを拾っている間に、お姉ちゃんがポケットから小銭を取り出し香奈さんに渡していた。私が払うからと他人(香奈さん)の前で敬語以外の言葉を使ったことに気づかなかった私は、そのまましばらく、お姉ちゃんとどちらが払うかでもめてしまった。いわゆる、姉妹喧嘩である。
その結果、香奈さんが提案した分割払いで和解した。
少し感情的なってに話していた熱が冷めない私は、お姉ちゃんと香奈さんが会話している隙に四分の一ほど飲み干した。しかし、一気に飲んだため口元から水が首筋の辺りまで流れ身震いを一つとる。胸元の手前で制服に染み付いたことには感謝であるが。
「…ってことがあって、なぁ舞ぃ?」
お姉ちゃんが急に話をふってくるも、二人の会話に参加していなかった私には何の話だかわかるはずもなく、私は曖昧に返すが、その返事を耳にした香奈さんは引き気味であった。一体、何の話をしてたのやら…。
「ほら、舞もこう言っているだぞ。少しは信頼すれば?」
「そんな話、普通あり得ない。それを愛ちゃんが口にするなんて…。どう信頼すればいいのよ。」
「私がいっつも嘘付いてるみたいな言い方すんな。」
「別に嘘ついているなんて言ってない。変なこと言わないでよ。」
「そういうのが…。」
「お、お姉ちゃんも、か、香奈さんも落ち着いて、ください。な、何の話をしているかは…その…。分からないですが、と、とりあえずその…喧嘩は…。」
「「喧嘩なんかじゃない(ねぇ)!」」
止めに入ろうとした私だが、二人の威圧に圧倒されてしまう。火に油を注いでしまったらしい。
積極的なお姉ちゃんと消極的な香奈さんは元々相性が悪く、よく意見が合わないことかある。そのため、このような口喧嘩を日常のように行っている。
しかし、相性が悪いだけで二人の仲はかなり良い。お互いが持っていない漫画の貸し借りなどをしているらしいが、どのような漫画なのかは私は知らない。むしろ知りたくはない。漫画の話をしているときの二人の目は、たまにすごいことになっているからだ。
…でも、何でお姉ちゃん達はもめているの?
お姉ちゃんと香奈さんがもめる内容は色々とあり、正直、大抵がしょうもないことである。文化祭前日の昨日も、どうでもよいことで喧嘩をしていた。確か、ご飯のお供についてで、お姉ちゃんは梅干し、香奈さんは納豆だったはずだ。
ちなみに、私のお供は松前漬けかタコわさびと酒の肴のような物だ。梅干しは二年ほど前に祖母から作り方を教えてもらい、基本常時家にある。松前漬けやタコわさびも何れは作れるようになりたいものだ。
「なら、それを証明してよ。そしたら、信用してあげる。」
眼鏡レンズを拭きながら香奈さんはそう言うと、それを聞いたお姉ちゃんは「わかったよ!」と香奈さんのスカートのポケットから携帯を取り出すと、何やら黙々と調べ始めた。先程も言ったが、私は携帯を所持していない。ただ、私は持っておらずお姉ちゃんは所持している。ただ、ダンスの邪魔になるので今は手にないということだ。
「ほら、ちゃんと香奈にも写真送っているじゃん。見てよほら。」
お姉ちゃんはそう言って携帯の画面香奈さんに見せつける。すると、香奈さんは悔しそうな顔で携帯の画面を見つめ始め、わかったわよと携帯を奪い取る。一体、何をそんなに悔しがるのか…。
「か、香奈さん?その…何をそんなに、く、悔しがっているのですか?」
勇気を出した私は、お姉ちゃんではなく香奈さんに質問すると、香奈さんはため息を一つつき、私に携帯を差し出した。言うまでもないが、携帯を扱ったことのない私はお姉ちゃんに手伝ってもらった。
「ここの緑色の四角を押して、私の名前のところ押して。」
私はお姉ちゃんに言われるがまま、緑色の四角を押す。数秒ほどのロード時間の末画面が切り替わると、そこにはアリスさんや琴美さんといった名前がずらりと並んであった。
「舞ちゃん。他の人のところは開かないでね。特にアリスのところとか…。」
すごい喧騒で香奈さんがそう言えば、お姉ちゃんはニヤリと笑みを浮かべ、アリスさんの名前のところを押そうと指を伸ばす。しかし、それを阻止するように私はお姉ちゃんの名前に指を伸ばした。それに対して、むすっとした顔で私を見るお姉ちゃん。やめてください、そんなこと。
だが、私が心を許せたのはそこまでで…。
「…?」
お姉ちゃんが香奈さんに見せつけていたもの。それはある画像であった。
「…ぇちゃん…。」
それは先日、私が制服のまま寝てしまった時の写真であった。ヨダレが口元から垂れており、それだけでもかなり恥ずかしい写真だ。
だと言うのに、その写真にはさらに恥ずかしいものが載っており…。
「…お姉ちゃんの…。」
その恥ずかしいものとは、一体どう寝ればそんなことになるのかと思うほどスカートが捲れており、その日の前日に購入した新しい下着が丸見えであるというものであった。
「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この日私は、多分今世紀最大の大声を出した。




