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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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嘘に決意を添えて EXⅡ

 私が人を掻き分け、琴美のいるベンチへと走って戻ったときには、唐揚げの容器を握りしめ遠くをじっと見ている、少し涙目の琴美がいた。その視線の先に何が見えるのか定かではないが、一人だけこの場から去るように正門の方へと向かう人物がいた。どんな人物かまでは分からないが、男の子だということはハッキリと理解した。


  …誰なんだろ、あの人。


  少しモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、私は琴美に近づいた。けれど私が近づいてきたことに、琴美はまだ気づいていない。

  ふと、私は唐揚げの容器に目がいく。つい十分ぐらい目を離したというのに、容器の中には一つも唐揚げがなく、私は「あぁ!」と大きな声を琴美の耳元で発した。案の定、琴美はびくりと驚く。けれど、「ひゃぁ!」と声にすることまではわからなかった。手から離れた容器は音もなく地面に落ちる。


「琴美、何で勝手に全部食べるの?あの唐揚げ、すっごく好きなんだけど!」


  私が目の前で怒っているというのに、琴美は私の話を聞き流す程度でまだ視線をこちらにやらない。それだけ、今の私は琴美にとってどうでも良い存在だった。

  しばらくその状況だったのだが、彼の姿が見えなくなったのか、いつの間にか琴美の視線は私に向いていた。


「…ごめんね。美味しくてつい全部食べたの。」

 

  そう言って琴美は笑っているが、明らかに嘘である。口元には唐揚げの欠片が付いていおらず、唐揚げらしき香りもあまりしないが証拠だ。唐揚げは、立ち去っていった彼の胃袋の中だろう。

  琴美は多分、琴美が彼といたという事実を私が勘づいていることに気づいている。だからこそ、出来るだけ私に心配をかけないようこうしていつも、私に嘘をついている。例え私と琴美が恋人という赤い糸に結ばれた関係だとしても、琴美は私に嘘をつき続けている。

  けれど、琴美が知っていることを私が知っていることに琴美は気づいていない。そして、琴美が嘘をついているを知っている私も、琴美は気づいていないだろう。だから、私が知っていることに気づく前に、出来るだけ多くの嘘のパターンを知ろうとする私がいた。唐揚げの欠片や香りを確認したのもこのためである。

  けれど、私は後悔している。何しろ、本心を話すパターンが統一しすぎているせいで、残りの全てが嘘だということに、私は気づいてしまった。


「唐揚げなら私が買ってあげるから、怒らないでよ。」


  手を合わせて真剣に謝る姿、これは嘘ではない。けれどそんなことさえ嘘だと思ってしまう私がいるのが現実。琴美が本心を口にすることに恐怖を抱いているのと同様に、私も私自身の抱く気持ちに恐怖を持っている。黒くてどろどろとした何かが、私の心臓を染めるように…。

 

「唐揚げだけで物足りないなら、他のも買ってあげるから。焼きそばでもポテトでもいいから。」


  だから、たまに思う。琴美に告白されたあの日、琴美は本当に私のことを愛してくれているか、と。私に悲しい思いをさせないために、ああして告白してきたのではないか、と。

  そう考えているうちに、私は…。少しだけ、琴美のことが信じられなくなって…。

  だからといって、別れる、なんてこれっぽっちも考えていない。むしろ信じられなくなったからこそ、琴美に対する好意は今まで以上に高まっている。本当の気持ちを私に伝えてほしい、もっと私に夢中になってほしい。もっと私を…。私を愛してほしい。

  もう歯車は止まることも、止めることもできない。だから、歯車が滅茶苦茶に壊れる前に、出来るだけ早く琴美を私のものにしたい。そして、壊れるまで時間を共にしたい。それが、私の知らない柊琴美だとしても、所用物になればそれで…。

 

  良くなるわけ…ない。


  琴美を私の所持物にしたいわがままな気持ちがある一方、同じぐらいに琴美を傷つけたくない気持ちが私にはある。どちらかを棄てなければいけないものの、どちらかを棄てても、私には後悔が残る。


  ならいっそ、二つとも…。


  出来るわけがない。こんな矛盾している気持ち、叶えようにも叶えられない。どちらかが叶えば、片方は確実に叶えられない。

  だから…私は…。


  今すぐ、こんな状況を作った歯車を壊してやりたい。


「…鈴ちゃん、聞いてる?」


  琴美の心配そうな声を聞き、私は聞いていると返答する。それでも心配そうに私を眺める琴美に、空いている手を握りしめる。


「なら、たっくさん食べ物買ってもらおっかな。お昼食べたばかりだけど。」


  言うまでもなく、付け加えの台詞は琴美には聞こえない程度のボリュームだ。聞こえていれば、絶対に買ってくれない。


「私まだ摂ってないから、そのついでによ。けど、食べ過ぎは厳禁。」

「まるで私が太っているような言い方…。」

「今は太ってないけど、そのうちブクブクになるよ。そしたら、私と琴葉で食べちゃおっかなぁ。」

「琴美に食べられるなら本望だよ!」

「…。目を輝かせながら言う台詞じゃないよ、それ。」


  呆れた声でそう言うが、琴美の顔はにっこりとしている。それが本心かどうかはわからない。どちらにせよ、その笑顔はいつもと同様、控えめなものだった。

  そうだねと私がえへへと微笑むと、琴美は一瞬固まりすぐに視線を逸らした。最近になって分かったことだが、私が微笑むと琴美はこうして硬直し目を背ける癖がある。この場合、高確率で照れているのだが、あくまでも推測である。顔を見せてくれないためハッキリとは分かっていない。それはやはり、性格の問題なのだろう。

 

「は、早く行くよ。売り切れたら、だ、ダメなんだし。」


  琴美は顔を逸らしたままそう告げると、きょろきょろと辺りを見渡す。おそらく食品を売っている店を探しているのだと思うが心配ない。この日のために、四日前から場所や設置場所については暗記してある。もちろん、授業はまともに聞いていない。

  しかし琴美は、見渡し終えるとすぐ私の手を掴むように握りしめてきた。


「…人多いから、今日は特別。」


  握られたことに対し動揺していた私に追い討ちをかけるように放たれた言葉に、私はますます体が熱くなった。握られている手から感じる汗がその証拠。

 

「…お化け屋敷であんなに繋いどいて。」

「鈴ちゃん。今何か言った?」

「何も言ってない!」

 

  私がふくれても不思議そうにこちらを見る琴美。お化け屋敷何て行ってないよと言われたときには、正直泣き出しそうだったが、人格が変わっていたことを思いだし何とか涙を堪えた。どうやら、人格が変わっている間の記憶はないらしい。

 

「ほら行くんでしょ?早く連れていってよね。」

「そんなに怒らなく…。」

「怒ってなんかないもん!」

「…怒ってるよ、それ。」


  最後の一言でさらに怒り高まる私だが、今日は琴美とは喧嘩しないと決めていたことを思い出す。私は気持ちを抑えるため大きく深呼吸をし、そっぽを向いて「ごめん。」と小さく謝ると不安気味に視線を戻した。

  鈴ちゃんが謝るなんて、と言わんばかりの顔で琴美は目を丸くする。そんなに珍しいかとツッコムのも無理がない。私から謝るなんてほとんどないからだ。

  不思議そうな目で見つめる琴美に耐えきれなくなり、恥ずかしさを紛らすように握られた手を力をいれ早足で歩き始めた。「鈴ちゃん、ちょっと早い!」と後ろから聞こえてくるが、足が早くなっている琴美は普通についてきている。これも私のおかげだろう。迷惑しかかけてないが…。

 

  …ねぇ琴美。私、嬉しいんだ。


  心の奥底でそう琴美に話しかけるが、今の琴美から聞こえてくるのは私を罵倒する声のみ。無理もない。

  それでも、私は琴美に話しかけた。


  もし琴美と再会できなければ、きっと腐り続けていたと思う。まぁ、今でも腐っているんだけど。


  早足で進みつつ、琴美の方に視線をやる。危ないから前見て歩いて、と相変わらず私に対して怒っている。だが、事実であることは間違いなく否定はしない。もう四五人ほどと肩をぶつけている。その度に、私が謝るよりも先に琴美が謝っていた。

  琴美は基本的に私に厳しくしている。悪行を働かせば怒り、善行を起こしても誉めることはあまりない。けれどそれ以上に、私に優しい。その甘やかしっぷりは愛に対する舞ちゃんと同レベルかそれ以下である。舞ちゃんの甘やかしは、もはや尋常ではない。


  今こうして一緒にいることすら嬉しいのに、さらに付き合うなんて。もう夢を見ているみたい。人生にこんな幸せな時間がある、なんて初めて知ったよ。


  ポテトが売られている屋台に並ぶと「ごめんね」と手を離し、財布を取り出している琴美の横顔を私は眺める。風に揺られる黒髪や白く綺麗な肌、長いまつげに指の長い手など。琴美の性格、顔、そして手足すらもストライクである。あ、小銭に出てきたんだ。その満足そうな表情、たまらなく好き。


  だからもし、もし歯車が壊れないのなら、歯車が止まるまで私は…。私は貴女といてもいい?


  ポテトの塩とコンソメを一つずつ頼む琴美に問いかけるも、帰ってきた言葉は「どっちが食べたい?」だ。迷った末、私はコンソメに塩をかけてくれと頼むと、メモ書きしていた生徒の手が止まる。それと同時に、琴美から力がないが必ず良いところにヒットするチョップを食らう。力がないのに何故これほど痛いのかが不思議だ。

  「変な頼み方しない」と琴美は怒り終えると、生徒に塩のポテトを追加注文した。


「話せないよね…。」

「ん、どうしたの鈴ちゃん?」

「え、あ、いやぁ…。何でもないよ、何でも。」


  つい心の声が漏れたらしく、私は琴美の気を紛らすように琴美が手にしたポテトを二本ほど手に取り口にいれる。「それ、私の!」と大きめ声で怒られることは覚悟している。

  食べ物の恨みは怖いとその場で一分ほど聞かされ、私のポテトを少しあげることで和解した。その恨みは、昔経験済みである。


  いつ止まるか分からないけれど、もし止まったとしても、私は絶対に琴美と過ごした思い出は忘れない。忘れたくない。だから、琴美が傷つかない程度に私の所用物(一部)になって。


「り、鈴ちゃん?どうして泣いてるの?」


  琴美の慌てた声で目頭が熱いことに気づいた私は、「目にごみが入ったの!」と元気よく言うが、その声は震えていた。心配そうな目付きで私を見る琴美には、何故泣いているのかはわからないだろう。もしわかったとしても、知らないふりをしてほしい。琴美の上手な、演技で。

  私はポテトが入ってある紙袋を片手で持ち、反対の手の甲で涙を拭う。幸い、まだ私は私自身を保っている。大丈夫、問題ない。


「ねぇ、本当に大丈夫なの?目にごみが入ったって言ったけど、本当は私のお説教が怖かったとか、そんなことはないよね。」


  あわてふためく琴美の姿、その不安そうな瞳。心配してくれるその表情も、たまらなく好き。こんな感覚、生まれたこの方一度もないよ。

  けれど…。わかっている。


  手離さなければならないことは…。


「大丈夫、琴美の説教なんて私のお母さんより怖くないから。」

「なら、遠慮はいらないってこと?」

「…勘弁してよ。」


  琴美は冗談だよと言っているが、いつもより少し低めの声のトーンは本気で言っている証だ。今後はあまり怒らせないようにと、私は心に刻んでおいた。


「ねぇ早く行こうよ。あの水鉄砲で撃ち合うのとかさ。」

「それと食品店ぐらいしか興味ないでしょ。私はあんまり興味ないけど…いいよ、別に。」


  そんなことを言いながら、替えの制服を持ってきていることは知っている。むしろ見た。朝教室に入ったとき、たまたま琴美の鞄に目が入ったとき、替えの制服の袖が鞄から出ているのを。それを喋っても良かったのだが、言えば怒ることは確実。

  少しツンツンとした態度の琴美に対してニヤリと笑うと、何で笑うのと問われた。答えるわけもなく、私は何でもないよぉと返事をし、ポテト二つを片手に持ったまま、決戦の場へと向かっていった。

  その時、煙草の香りが私の鼻に入ったと思えば、私の目の前を金髪の悪そうな女の人が横切った。瞬間、彼女の瞳に吸い込まれるように目が動き、私の目にはどす黒く染まった彼女の瞳が写っていた。

  その瞳は、たまに見せる琴美のものとそっくりで、私はなんだか、知っていけないものを知った気分になっていた。

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