嘘に決意を添えてⅥ
木の茂みの隙間から入る太陽の光とあの唐揚げの香りが鼻を通り、私は目が覚ました。先程までお化け屋敷にいたはずなのだが、何故か私はベンチで横たわっていた。私の側には、唐揚げが入った紙コップとポテトフライが置かれてあるが、鈴ちゃんが買ってきたことはすぐにわかる。
まだボーッとする最中、私は鈴ちゃんがいないことに気づき、私はゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。けれど、鈴ちゃんのチャームポイントである金色のツインテールは見当たらない。せめて金髪でもと見渡すのだが、やはり姿はない。見えるとすれば、多くの人とステージ上で出し物をしている生徒ぐらいだ。探すにしても、人混みのなかには入ろうとは思わない。
…一体、何処に行ったの?
私は立ち上がろうとした瞬間、頭に稲妻が走り出し、私は手を痛みがあるところに当てる。少し膨らんでおり何処かで打ったみたいだが、ボールみたいな物を持ってからの記憶かない。何に触れたのか、今となってはわからない。別に思い出したところでなのだが…。
「金髪の子なら、お昼買ってくるとか言ってどこかに行ったぞ。」
聞き覚えのある男の子の声が聞こえ、私は声の方向に振り返る。ショートヘアにに緩いパーマをかけ、白のワイシャツにダサいグレーのベスト、さらに学校規定のコートを羽織っている。そして、地味にイケメンである男の子が、私の横に座っていた。幸い、スカートの下にはハーフパンツを履いているので問題はない。
男の子は口からストローを外すと、小さく息をついてこちらに視線を動かした。
「久し振りだな、元生徒会長。」
「…徹君。」
私の目の前にいる彼、飯塚徹はそう言って私にペットボトルを差し出す。私は「…ありがと」と小さくお礼を言うと、一口だけ口にする。
飯塚徹。彼は私の元同級生にして、元生徒会執行部の一人だ。イケメンの割には大人しく、めんどくさいことは極力避けたがる性質がある。授業もろくに受けていない割に、成績は上位十位以内でありよく喧嘩を売られていたが、現役ボクサーである父親に叩き込まれた腕前は伊達じゃない。そのため、生徒会執行部にして生徒指導室に通いつめていた。勉強できるが、至って不真面目である。
私はペットボトルの蓋を閉め、横に置く。そして、大きく息を吸い込み、勢いよく吐き出す。
「この前から頻繁に見るけど、何か用なの?残念だけど、君に話すようなことはない。わかったなら帰ってほしいんだけど。」
「やっぱり、話し方変えてたんだな。話し方が違うから、元生徒会長なのかどうか最初はわからなかっ…。」
「そんなこといいから、早く帰って。元同級生になんて、もう会いたくないから。あと、元生徒会長ってのも止めてほしいんだけど?」
私は吐き捨てるようにそう告げ立ち去ろうとするが、「待てよ」と私の腕を掴む。男女問わずスキンシップが多いのも、彼の特徴の一つだ。勿論、私自身その餌食になったことは多々ある。どれだけ私が罵声を浴びさせてでもだ。
「何?君と話すことなんてないよ。」
私は掴まれた手を振り離そうとするが、男女の力差に敵うはずもなく、私は彼を睨み付ける。
「だから、君と話すことなんて一つもない。理解できる?」
「元生徒会長の理由はどうでもいい。元生徒会長が話すことがなかっても、俺は話すことがあるんだ。」
彼の真剣な眼差しは、幾度なく見てきた。喧嘩の時に見るのがほとんどだが、彼の眼差しは何というか、鈴ちゃんでも持っていない何かを持ち込んでいる。それが何かは今でもわからないが、別に知りたいというわけでもない。
睨んでいた目付きスッと戻し、「離して、痛い」と彼に告げる。「ごめん」と素直に謝り、すぐに手を離してくれたことには感謝なのだが、痕がつくほど掴まなくてもと掴まれた痕を見つめながら小さく呟く。
「何か言ったか?」
少し心配そうな顔で私を見ているが、痕をつけた容疑者は紛れもなく彼である。
私は「何も!」と彼の足を思いっきり踏むと、先程座っていた所と同じところに座る。彼も足の痛みに耐えながら、私の側に座り込む。
…近い。
私は彼から二人分ほどの距離をとる。彼は近づこうとするのだが、私が手にする蓋をしていないペットボトルを見てすぐに引き返す。極力、男の子とは距離をとらなければ、鈴ちゃんが戻って来たときにはもう…。
「それで、私に話って何?手短に話してくれる?」
私はペットボトルを下ろし、鈴ちゃんが買ったであろう唐揚げをつまようじに刺して口にいれる。お化け屋敷に入る前と同じ、不味くもなければ美味しくもない。
「最低十分はかかる。」
彼は両手を広げてそう言うと、無言で唐揚げを口にしようとする。そんなことはさせまいと、彼が唐揚げをとる寸前でひょいッと紙コップを取り上げる。
イラッとしただろうな…。
まぁ、彼にあげる気はないのだが。
唐揚げを食べきった私は、口に直しにと一口飲む。私がよく飲むお茶の種類は生徒会で一緒にいただけのことはあり、間違っていない。そこが何処と無くムカつく。
「十分に見合う話?」
私はペットボトルの蓋を閉め、少し距離はあるもののステージ上での出し物を眺める。確か、この時間帯は「愛の告白」見たいなタイトルだったはずだ。ステージ上から好きな人へ告白…なんて共学でなければ需要がない物を何故承諾したか、私は不満だ。他校の人に告白?馬鹿げている。なら何故、最初からその人がいる高校に進学しないのだ。別れてから気づいた、そんなフレーズは聞き飽きた。
私の頭でぼやいていることに気付くはずもない彼は、私が置いた唐揚げを口にしていた。何勝手に食べてるのと言いたくなるが、私自身、鈴ちゃんのものに勝手に食べているので言えるわけもなく、私は険しい顔つきで彼を見つめる。
けれど、それにも気付かない彼は唐揚げをもう一つ口にする。そろそろお昼時でお腹が空いてきた頃だが、さすがにもういただけない。
彼が唐揚げを食べ終えるまで、私は見つめていた。それは、つい数秒前に見つめていた目でではなく、美術品を眺めているような、そんな目を私はしていたと思う。黙っておけばカッコいいと、私はどれだけ中学時代に考えていただろうか。一週間に一度?三日に一度?今では思い出せないぐらいそう考えていたのだろう。彼がもし絵画であれば、私は惜しむことなく即購入するだろう。
無駄にイケメンだった彼は、言うまでもなくモテていた。私が覚えている範囲では、よくクラスの女の子たちの話のネタにされていた。「今日徹君に頭撫でられたの!」、「さっきそこで徹君にハンカチ拾ってもらったの。」、「昨日悪そうな人に絡まれたとき、徹君が助けてくれたの!」などと本当些細なことでも、彼女たちはキャーキャーと話していた。
私にとってはどうでもよい話だと思っていたのだが、彼が生徒会に入ったことにより私と彼が付き合っている、などという熱愛報道が後を経たなかった。彼は何とも思っていなかったのだろうが、過去のこともある私にとって、耐え難い事態だった。
彼が嫌いになった理由を三つあげよと言われれば、最初の項目に「イケメンだから」と書くだろう。「ただしイケメンに限る。」なんて言葉に、私は一度も信用したことがない。
「見合うと言えば見合うだろうけど…。」
いつの間にか唐揚げを完食していた彼は、空の紙コップを小さく小さく丸め、少し距離はあるものの丸めた紙コップを投げ入れた。吸い込まれるように入っていた紙コップを見ていた彼は「よしっ」とガッツポーズをとっていた。とることに関しては言うことはないが、通行の邪魔をしないでほしい。
私は彼が投げた紙コップに驚き立ち止まっていた赤色の髪をした女の子に頭を下げた。真っ赤に染まった髪を下ろしている彼女は見た目とは裏腹に、私を見るなり急に取り乱していた。あれほど赤いのだ。ウィッグか何かを使っているのだろう。
地毛かどうかは定かでないが、その深紅の髪を揺らしながら彼女も頭を下げた。そして、その場から逃げるようにして走り去っていった。何もそこまでと思ってしまったが、彼(徹君)がいる。彼女は、彼と私が付き合っているとでも思ったのだろうか。
まぁ、断じてそんことないんだけどね。
「おい、聞いてるのか?」
彼から注がれる視線に気付くと、私は視線を戻す。少しイライラっとした顔をしていたが、別に謝る気はない。元はと言えば彼がごみを投げ入れ、邪魔になったのにも関わらず謝らなかったからだ。
「はい。全くもって聞いていませんでした。」
とりあえず私の不満を加えた笑顔で、私は彼にそう告げた。やはり、家での習慣は抜けそうにもない。
「ちゃんの話聞いとけよ。十分じゃ終わらなくなるぞ。」
「なら、十分経てば私は退席する。その後はどうぞ、お一人で。」
「…変わんねぇな、昔から。」
「それはいい意味で?悪い意味で?」
「…どっちともだ。」
彼は頭をかきながらめんどくさそうに言うと、ポケットからタバコを取り出した。タバコに良いことなどない、と中学の頃は私に止められていた。まぁ条件付きだったが。
けれど、今は多分、止めてくれるような人物はいないのであろう。数本しか残っていない箱の中身を見ればいやでもわかる。唐揚げの香りが次第に薄れ彼から煙草臭が漂ってくると、私は手を口に重ねて咳き込む。中学の頃はまだ本の僅かに香る程度だったのだが、幾度となく吸ってきたのだろう。その香りはとてもハッキリとしている。
彼は箱から一本取り出し口にくわえ、ワイシャツの胸ポケットか百均ライターを取り出しライターに灯をともした。
この学校、禁煙なのかな。
「…止めないんだ、元生徒会長。」
タバコを吸いながらいう彼に、私は引き気味な顔で彼からまた距離をとる。
「止めるも何も、私にとって今の君はただの元クラスメート。関わりたくもない元クラスメートの健康のことなんて、私はどうだっていいの。」
そう言いつつもいつの間にか、私は彼からタバコを奪い取っており、それをゴミ箱に捨てに行っていた。ゴミ箱に捨てるまで無自覚だったので、ゴミ箱で我に戻った私は何をしたのかわからなかった。
あんなこと、何故と私は不思議に思いつつ彼のところへ戻ると、彼はタバコを口にくわえたまま目を閉じていた。寝ているのかどうかは見た目ではわからないが、とりあえず、私は彼が口にしているタバコを口から除ける。タバコの知識はさほどないが、普通に考えて危険だと思ったからだ。
私は彼のポケットに入ってある灰皿を見つけると、それを取り出しタバコを置く。捨てても良いのだが、捨てたところでまた新しいタバコを取り出すだろう。
「君、起きているなら目を開けて。早く話終えてよ。」
私は彼の額を指先でつつくが目を開ける様子はなく、私は額から頬に目標を変える。触れたことがなかった彼の頬は鈴ちゃんと同じぐらい柔らかいものの、見た目よりも荒れている。タバコは肌に悪いとよく聞くが、やはりその通りなのだろう。
私が頬をつつき始め数秒後に、彼は大きなあくびを一つして目覚める。眠そうだなと眺めていると、目の下にクマがあるのに気付く。彼が徹夜したことはわかるが、一体何をしたのかはわかるはずもなく。
「あぁ、ごめん。ちょっと寝てた。」
彼はそう言うと腕を精一杯伸ばすと「よし、大丈夫」と両頬をバシッと叩く。大丈夫だという彼なのだが、そんな様子は全くしない。
別に彼のことを心配しているのではない。彼がこんな様子では話が進まないからだ。
「…そんな顔すんなよ。今から話してやるから。」
彼にそう言われ、私はかなり険しい顔をしていたことに気付く。
「ーっ!」
私は無駄に笑顔を見せつける彼に向かって、思いっきり平手打ちをした。




