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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
22/97

嘘に決意を添えてⅠ

 始業式が明けて一週間が経ち、木が生えてある地面にまるで凍結されたように蝉が転がっているなか、クラス内でも凍ったような顔付きで課題テストを返却される人が少なからずいた。範囲が夏期課題からだと気を抜いていたからであろうが、実際出題された問題の中には夏期課題は一つも入っていなかった。私もその一人だ。

  数学以外、他者からすればかなりの高得点を叩き出していたが、それでも期末考査の点数より合計で四十点ほど下がっていた。夏休み気分が抜けていなかったのか、数学の解答欄が一つずつズレていたためである。数学で七割より下回る点数をとったのは初めてであった。

  そして、何故ここまで数学がひどく下がったのか不信に思ったのだろう。その日の昼休み、私は御手洗いから出た直後、担任の小坂先生に呼び止められた。




「怒ってますか、先生。」


  私は小坂先生に言われるがまま、職員室の中にいた。勿論、数学の件である。


「怒ってはないけど、学年首席が急に上位十人よりも下回るなんて学校内でも話題よ。」


  はいっと順位表を渡してくる先生こそ、私たちの担任である小坂唯先生だ。教師歴一年目の二十四歳というこの学校の教師の中では最年少なのだ。黒のワンレンロングに雑誌から切り抜いたような美しい顔、さらに全体的に体つきがスラッとしており白衣がとても似合う。見た目は所謂女医なのだが、先生の担当科目はまさかの日本史である。さらに、先生の趣味はプロレス観戦やホラー映画鑑賞、また噂であるロックバンドのボーカルをしているとかと、謎が多き人物である。

  ちなみに、好きな歴史人物はというと典韋と言うのだが、検索したところ三國志の武将らしい。せめて日本史担当者なので日本人で答えてほしかったのが本音である。

  私は順位表を受け取りじっと眺めるが、無論他のことを考えている。私にとって、他人の順位などどうでもよいからだ。誰が一番で誰が二番など、知ったところで今後に何も影響はない。


  あ、鈴ちゃんの名前だ。


  ふと鈴ちゃんの名前が私の目に入り、私は思考していたことを捨て去る。上や私に近い順位には興味が微塵もない私だが、最下位辺りを見るのには興味がある。性格が悪いと言われてもおかしくはない。

  鈴ちゃんの名前がのってあったのは、下から数えて五番目だった。確か、期末考査は下から二番目だとか言っていたので、そこから少し上がっている。

  ちなみに、チラリと最下位を見ると、そこにはアリスちゃんの本名が載ってあった。始業式が始まってアリスちゃんが登校してきたのは今日が初めてだ。課題テストは受けていないどころか、存在も知りはしないだろう。


「…貴女にしては、順位表(それ)を眺めるわね。やっぱり順位が下がると悔しい?」


  悪戯っぽく笑いかける小坂先生は、デスクの上に置いてある棒つきのキャンディーの袋を綺麗に取り口にくわえる。


「…悔しい、という感情ではないと思うのですが、そういうことにしといてください。」


  私は順位表をデスクの上に丁寧に置く。


「よく分かんないけど、まぁ何かあれば担任だし話しは聞いてあげるわ。」


  小坂先生はデスクからもう一本キャンディーを手にし、食べる?と問いかけるように私に差し出す。私はこちらに視線が来ていないか一通り確認し、サッとキャンディーを受け取りスカートのポケットにしまう。


「食べても構わないのに。私に脅されたって言えば。」

「先生、自分の立ち位置のこと考えてください。まだ教師になって一年なんですよね。」

「一年なんて、この歳になればすぐに経つわよ。」

「先生、本当に二十四歳ですか?」

「失礼ね。まだ二十四歳よ。」


  小坂先生はチェアに深く座り込むと、他の先生のチェアを私の近くまで転がした。どうやら座れという合図だろう、私はチェアを止めるとそれに浅く腰かける。


「予鈴まで時間あるしゆっくりしていけば。教室の冷房壊れているんだし。」


  小坂先生は飲み物が入った紙コップを私に渡すと、眼鏡をかけ髪を一つに結びパソコンとにらめっこをし始めた。小坂先生は見た目とは裏腹に悪戯好きのお姉さんのイメージが強いのだが、こうして見ると出来る女にしか見えない。あと、何気に少しエロく見える。

  私は飲み物を口にしながら、小坂先生のデスクを眺める。ファイルにはたくさんの紙と付箋があるものの、それに折り目ひとつつけず綺麗にボックスに縦に並べられてある。周りの先生方のデスクとは比べ物にならないぐらい綺麗だ。いつも授業に使っているであろうペンケースは、ほとんど中身が入っていないように見える。まだ私たちの学年は日本史はないけれど、確かに先生が筆記用具を使っているところは見たことがない。出席確認する際も名簿を見ているだけだ。愛ちゃんが興味本意で聞いたことがあり、先生曰く「学年の子と日本史選択者の名前と顔は全て覚えている」らしい。その記憶力を分けてほしいと愛ちゃんは言っていたが、愛ちゃんの場合、それ以前の問題だと香奈ちゃんに叱られていたのを覚えている。

  ただ、先生のデスクに問題があるとすれば、デスクに散らかってある大量のお菓子をどうにかしてほしいものだ。何処かで買ったであろう箱に先程のキャンディーや飴玉が入っているのだが、多すぎてデスクに落ちている。また、先生方から貰ったであろうお土産のお菓子もある。どれも一通り袋を開封して何個か食べてあろう、種類によって数がバラバラである。綺麗にしてあるデスクもこれでは台無しだ。もし先生が同居人ならば、一度お菓子を整理したい。


「デスクにあるお菓子、適当に食べていいわよ。何なら、教室にお土産としてもって帰っても構わないわ。」


  私の視線がお菓子に注がれていることに先生は気づいていたらしく、私は「なら、遠慮なく」と苦笑いを返すとポケットに入れれるだけ入れ始める。私が食べたいわけではない。先生のデスクを整理する良い機会だと思ったからである。


「まぁ、お菓子でも食べながら話しを聞いて。」


  そう言って小坂先生はファイルを一つ手にし、パラパラとめくり始める。付箋の意味はあるのかと思いつつも、私は黙ってチョコを口にする。絶妙な甘さに、私は思わずにやけてしまう。


「それ、そこの引き出しに開けてないのが二袋ぐらいあるから一つ持って帰りなさい。」


  小坂先生はさらりと言うが、引き出しは三つあるのでそこと言ってもわからない。

 

「そこと言われましても、私は先生の保護者じゃないんですよ。」

「それもそうね。ごめんなさい。なら、一番下の引き出しと付け加えるわ。」

「下ですね、わかり…下!?」


  私は一番下の引き出しに手をかける前に小坂先生に聞き返す。声が少し大きかったため、周りが一瞬静まり返る。やばいと思ったときには手遅れで、周りの先生方が何だ何だと近づいてくる。私は証拠隠滅するためチョコを飲み込もうと試みるが、まだ喉を通るような大きさではなかったので詰まってしまう。私は急いで手に持っている飲み物を飲み干す。

  私が飲み干した紙コップをデスクに置くと、急に周りの先生方がそそくさと去っていった。紙コップをソッと置いただけなのにと不思議に思った私には、小坂先生が笑顔で圧力をかけていることを知ることはなかった。


「急に大きな声出すからよ。何に驚いたのよ。」


  小坂先生は空になった私の紙コップにまた飲み物を注いで私に渡すと、一番下の引き出しを開けた。普通の教師ならば、一番下の引き出しはデスクの中で一番収納できるので、多くのファイルや資料が隙間なく敷き詰められている。

  けれど、小坂先生の引き出しにはそんなものは一切見当たらず、見えるのは未だに開封していない大量のお菓子だった。小坂先生はその大量のお菓子の中に手を突っ込み、まるでくじ引きでもしているかのように探る。この未知の空間にスナック菓子が無いことを私は願う。


「お、これかな。」


  そう言って未知の空間から手を出す。手にしているのは私が先程いただいたお菓子の袋だった。何故この空間からピンポイントで引き当てることができるのか、私は不思議に思った。


「そういえば、何で大きな声を出したのかしら?」


  不思議にこちらを見つめながら、小坂先生はまた未知の空間に手を入れる。私はハッとすると、先程の驚きがまた甦る。


「いや、普通ならファイルを入れるところじゃないですか。なのに…パーティーでも開くつもりですか?」


  私の言葉に小坂先生は思わず声を出して笑い、未知の空間からポテトチップスを取り出す。私の願いは叶わなかったみたいで、私は肩を下ろした。


「パーティーなんて開くわけないじゃない。こんな変な二十四歳と誰がパーティーなんてしたいのよ。」


  笑いながらそう言うが、変だという自覚はあるんだと私はボソッと呟く。小坂先生は聞こえてるわよと言わんばかりの笑顔を私に見せつけるが、私は目を逸らすようにパソコンの画面を見る。

  そこには、私の数学の解答用紙が載っていた。我ながら、こんな点数を取ったことに驚いてしまう。


「んーまぁ、話しってのは貴方のこと。」


  ポテトチップスの袋を綺麗に開け、中身を一番上の引き出しから取り出したお皿に流し入れる。お菓子といいお皿といい、残る真ん中の引き出しに私は興味をそそられる。


「今回のテストから、前回よりも一教科でも点数が三十点も減った生徒は欠点者同様、明日から一週間、放課後空き教室で補習することになったわ。つまり、貴方も受けなければならないということよ。」


  キャンディーを口から出し、ポテトチップスがあるお皿の側にそれを置く。そして、胸ポケットからお箸を取りだし、ポテトチップスを掴んで口に放り込む。胸ポケットに入っているもはボールペンだと思っていた私は、顔に出すことなく驚く。やはり謎が多き人物だ。


「あっ、でもそれ、アリスちゃんにとっては二回に一度は受けますよね。」

「…っ。他人の心配より貴女自信の心配をするのが先よ。」

「はは…。ですよね。」


  私が苦笑いで返答する。小坂先生はそんな私にため息をつき、食べていたポテトチップスを飲み込んだのか、小坂先生の喉仏が大きく動かした。そんな動作ですら、小坂先生に限ってはエロく見える。


「まぁ通常なら受けないといかないのだけど、貴女の日頃の行いもあるからっていうことで、今日の放課後、追試を受けて七割以上取れたら免除してあげるんだけど、どう。」


  そう言って小坂先生はお箸を置きマウスに手をやると、画面を変え、名簿に載ってある私の名前にカーソルを動かした。


「勝手に免除なんていいんですか?他の先生方に話だけでもした方がいいんじゃないでしょうか?」


  私はちょっとばかり嬉しいと思った感情を胸に閉ざし、心配そうに小坂先生に問いかける。


「ちゃんと学年主任に話通しているから。あの人も琴美さんなら大丈夫って言ってたし。」


  ポテトチップスをお箸で持ったまま言われても、あまり説得力がない。

  私は話を聞きながら貰ったチョコの袋を開封し、二粒ほど口にぽこんと入れる。


「あ、わかってると思うけど、追試以外にも条件はあるわ。」


  小坂先生はそう言って、デスクの上にあるファイルからある一枚の紙を取りだし私に突きつけた。


「文化祭…ですか?」

「そう、文化祭。」


  その紙には文化祭についての大まかな事柄が載ってあった。開催日や模擬店の数、使用してはいけない教室なども書いてある。


「開催日は十月二十五日ですか。今からだいたい一月ほどですね。」

「そうなの。本当なら十一月末なんだけど、修学旅行が入ってね。それでこんな日にちなったの。」

「そうですか…。」


  二年生は中間考査が終わればすぐに修学旅行があるのですが、今年は飛行機が取れなかった結果、十一月中旬となってしまったらしい。そのため、通常十一月末にある文化祭を修学旅行がある十月末に変更したのだ。


「それで、私にこれを見せる意味ってあるんですか?」


  私は紙を膝の上に置き、袋からまたチョコを放り込む。甘いものがあまり好きではない私だが、ほどよい甘さが癖になっていた。


「勿論。貴女にはクラス代表として文化祭実行委員会になってもらうわ。これがもう一つの条件。」


  後これね、と小坂先生はもう一枚、私に紙を押し付ける。


「これを拒否したら、一週間補習ですよね。」


  私の言葉に小坂先生は私に笑顔を向ける。私に拒否権は無いらしく、私は「ははっ」と苦笑いをし紙を受け取った。「よろしい」と小坂先生は先程の笑顔よりもさらににこやかになる。言わせといて何を言うか。

  私はチョコを口のなかで転がしながら、渋々と紙を見る。そこには文化祭実行委員会という字が大きく書かれ、おもな仕事が紙一面にぎっしりと書かれてある。補習するれば良かったと、私は今更ながら思う。


「ゲシュタルト崩壊が起きそうなぐらい仕事がありますね。」

「まぁ、クラス代表だしね。あ、クラス代表だからクラスメートに手伝ってもらっても構わないわ。」

「え、いいんですか?」


  私は紙から視線を上げる。小坂先生はポテトチップスを出しているにも関わらず、私が紙に目がいっている間にお饅頭を開封して口に入れていた。何故ここまで食べているにも関わらず太らないとか、先生の身体を解剖してみたい。


「そもそも、そんな量を一人でこなすなんて無謀よ。」

「無謀ならなんでこんな量を…。」

「貴女の人望の結果よ。まぁ頑張りなさいよ。どうせ私たちのクラスは出し物無いことだし。」

「あぁ、そうです…ん?」


  私は呆れていて聞き逃していたが、出し物がないという部分のみ聞き取れたので踏みとどまることができた。


「クラスの出し物、ないんですか?」


  私は紙を膝に置き小坂先生に尋ねると、言ったらダメなんだというようにハッとした顔つきになった。


「あ、いやぁ…。出し物の案は幾つか出したの。だけど校長に全て却下されて…。それで、怒られちゃって。」


  困った顔で頭をボリボリとかく先生は、白衣のポケットから小さく折り畳んだ用紙を私に広げて見せた。


「いい案だと思ったのだけど…。貴女はどれだったら賛成するかしら?」


  私はとりあえず見渡すが、ほんの数秒でうんざりした顔で顔を上げる。


「先生…。私も校長先生に賛成です。」


  その紙にはプロレス喫茶やゾンビカフェなど、マニアックすぎるものばかりであり、マトモな出し物が一切書かれていなかった。

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