始まりの出会い Ⅰ
入学式の朝。天気は昨日と変わって晴れている。気温も一気に暖かくなり、昨日の天気が嘘のように思える。けれども、道路にはまだ小さな水溜まりがある。それをひょいっと飛び越す猫が一匹いた。見事な着地だ。
私はその猫を見たあと、また自転車をこぎ始めた。自転車は中学の頃からのもので未だに壊れていない。そのためいつ壊れてもおかしくないのだ。壊れてほしくはないけど…
私の名前は柊琴美。どこにでもいる新生JK。中学の頃はテストの順位は十位以上は当たり前で、三年生の時には生徒会長になり、私の名前を知らない人はいないぐらいの知名度を持っていた。けれど、スポーツは苦手…
趣味は料理、楽器演奏、ペットの世話など女子力高めのものばかり。あと、こっそりカフェ巡りをしているが、これは家族すら知らない。
あと、私の母親は元アイドルで今でもとても綺麗。そのため自分で言うのもあれだけど、私もけっこう美人なほうだと思う。校内にいれば告白され、校外にでればナンパされる。基本的には笑顔で「考えときます」と言っておいて保留にしていた。
けれども、そんな生活もついに終わりが…
ワンッと犬の吠えられ現実に戻った。目の前には電柱が建ってあった。私は避けようとするも抵抗虚しく、私は電柱に直撃し自転車から落ちて転んでしまった。学校の鞄は自転車かごから二メートルほど先に飛んでいった。
…痛っ
私はすぐさま立ち上がりスカートについた砂をはたいて落とした。
そして歩こうとした時、膝に激痛が走った。私は思わず「ひぃぃ!!」と叫んでしまった。どうやら、膝をやってしまったのだろう。膝からは血が流れているのか、道路にはポタポタと血が落ちてゆく。
入学式だっていうのに、怪我するなんて…
私は膝の痛みを我慢しながら鞄を取りに行く。しかし、痛みのせいで一歩進むごとにズキズキと痛みが走る。私は涙をこらえ、一歩ずつゆっくり歩いていった。そして、私の脳裏には「遅刻」の文字が浮かび上がっていた。
鞄からあと二、三歩というところで私のバックを拾う人の姿があった。金色の髪を二つに束ねている。少女だ。
「ねぇねぇ、これ貴女の鞄?」
その少女は私の方を向きながらそう言った。髪は肩にかかるかどうかの長さだろう。髪を束ねているゴムには大きめのミカンの花のマークが付いてある。顔立ちはよく、鼻と口は少し小さく、睫毛は少し長い。身長は百五十五前後だろうか。まだ中学生のようで可愛らしい少女だ。
思わず私は見とれてしまう。中学校でこれほど可愛らしい子は入学式当日の新入生ぐらいである。私はその少女に「ほらっ」と鞄を押し付けられるまで彼女に夢中だった。
鞄を押し付けら、私は我に戻った。
「あ、ごめなんさい。少しボーっとしてて…」
私は鞄を受け取りながら言った。私はふと彼女の服を見る。私と同じ制服を着ていた。同じ高校なのだろうか?けれど、まだ駅にもついてない。この近くの地域で私以外、あの高校には行かないはずだ。先輩だとしても、あの高校に誰かが通っているという話しは耳にしていない。
「あの、貴女はいったい…?」
私は視線を彼女の顔に上げ尋ねた。彼女は私の顔を見てニコッと笑った。その顔はやはり幼いといった点で可愛らしい。
しかし、私は彼女に現実を告げられた。
「同じ制服だけど、貴女も私と同じ桜咲高校の人なの?」
彼女は鞄の持ち手を両肩にかけ、バックのように背負った。近くに自転車は私のしかなく、駅までは歩きだということがわかる。
「そうだけど、貴女もさくら…」
桜咲高校なの?と言う間もなく、彼女は私の右手を彼女の左手で握ってきた。彼女の手は私の手よりも少しほど小さい。
私は彼女が握っている手を見ていた。だが、彼女がぐいっとその手を引っ張った。
「走るよ」
そう彼女は言い捨て、走り出した。
「えっ!?ちょ、ちょっと?」
私は彼女に強制的に走らされたが、膝の痛みには耐えれなかった。私は彼女の手を離してしまい、また地面に叩きつけられた。顔からこけてしまい、全身に痛みが走るが、先ほど膝をぶつけたときよりもは痛みはない。
けれど、痛いものは痛い。
「ちょっと、間に合わないよ。」
彼女は少し怒り気味でそう言い、私を見た。その時、膝の怪我を見たのだろう。彼女は驚いた顔をしていた。驚いた顔も可愛らしい。
「もしかして、私のせい?私が無理に引っ張ってこかしてしまったからそんな怪我を?」
彼女は私にたずねた。どうやら、彼女は私が電柱に直撃する時にはそこに居合わせていなかったらしい。居合わせていたなら、私のせい?何てことは言わない。
私は地面から立ち上がり彼女を見た。彼女は心配そうに私を見る。瞳はうるうるしている。彼女は泣きそうで、私も少し心配する。
「大丈夫ですよ。貴女が来る前に自転車から転んでしまったんで。その時の怪我だから心配しないください」
私は彼女を見ながら笑顔で言った。けれども、彼女は、さらに心配そうな顔をする。
けれど、彼女は何かを決心したのか。覚悟を決めたような顔をした。
「ちょっと待ってて」
彼女はそう言い鞄を背中から降ろし、鞄の中を漁った。そして、中から小さめのポーチを出した。そして、またその中を漁り、中から絆創膏を出した。
彼女はしゃがみこみ、私の怪我をしている膝にその絆創膏をつけてくれた。
「これでよしっと。」
彼女はふぅーと息をはき、「よいしょっと」と言い立ち上がった。
私は膝を見た。彼女につけてもらった絆創膏には花模様が付いてある。こちらもミカンの花の模様だ。
「これって…」
私はこの絆創膏を見たとき。ふと昔のことを思い出した。ミカンの花がとても好きな女の子がいたことを。けれども、彼女は小学生になる前に引っ越している。
「まさか…ね」
私は小声で呟いた。まさか、そんな奇跡が起こるはずはない。普通に考えてありえない。
私は絆創膏から目を反らし、彼女にお礼を言おうとしたときだった。
なんと彼女は私を担いだのだ。と言ってもおんぶされただけなのだが、彼女のどこにそんな力があるのかが、私は知りたかった。
「ちょ、ちょっと何してるの?」
私はさすがに焦り、下ろしてもらおうとジタバタと抵抗する。
「もぉ。今走らなくちゃ学校に間に合わないよ。」
彼女は頬っぺたを少し膨らました。可愛いけれど、可愛いけれど…
「私だって走れます。それに自転車だし絶対に間に合いますし!」
私はそう言ったが彼女に「その膝で走れる?」と言われた。無論、走れるはずがない。けれども、担ぐ必要はあるのだろうか。
彼女は私の自転車の鍵を抜き、私と彼女の鞄を片手に一つずつ持った。本当に走る気だ。
「振り落とされないように、しっかり掴まっててね。」
彼女は制服の袖をまくり上げた思えば、即座に走り出した。私と二人分の鞄を持っているのにも関わらず、私が本気で走るときよりも速い。
私は彼女の首と胸を掴まないように肩に手を置くが、バランスが悪く落ちそうになる。いつ落ちてもおかしくはない。
彼女は大通りに出て、信号無視で横断歩道を通る。車からはクラクションを鳴らされているのにも関わらず、彼女は強行突破する。
私は通り際に車に向かって「ごめなんさい。」と小声で言い、ペコリと頭を下げた。
「もうすぐで駅につくよ!」
彼女はかなり呑気な声を出して言った。信号無視に罪の意識はないらしい。
私は正面を向いて一息つく。ひとまず、これで遅刻せずに済みそうだ。
けれど…
ガンっ
横断歩道を渡り終えた時、彼女が何かにぶつかった感じの音がした。とほぼ同時に私は空に浮かんでいた。
私は彼女を見る。彼女は、通りすがりの人の足の先ギリギリのところに彼女の足の先が擦っていた。それにつまずいてバランスを崩し、私が空に浮かんでいるのか、と呑気に考える。
だが、その二秒後、彼女は顔から地面に突っ込み、私は正面にある銅像に後頭部から突っ込んだ。1日に三度もこけるなんて多分、この先一生ないだろう。
この派手なこけ方に、周りの人たちも思わず私たちを見る。その顔はやはり心配そうな顔であった。
「痛ったぁ」
彼女はすでに立ち上がっており、鼻を右手の人差し指で擦っていた。その指にはわずかながら血が付いてある。
私も早く立ち上がろうとした。けれど、しゃがんだ状態になったとき、私はクラっとした。
嫌な予感がしたときには遅く、私はその場に倒れこんだ。意識が朦朧としている。
その異変に気付いた周りの人たちは私のところに集まってきてくれた。
「琴美っ!」
彼女は私の名前を言いながら、私の前に来た。
「どうして、私のなまえ…」
私はそこまで言い、意識がとんだ。時間は八時七分。この時点で私たちの遅刻は確定した。