伝えたい想い、募る愛Ⅱ
帰り道に寄ったコンビニで購入した新発売のカスタードプリンを三つ鞄にいれ、私は家に帰宅した。もちろん鈴ちゃんと琴葉、それに私の分だ。母親の分は最近泊まり込みで帰ってきていないため購入していない。二日前に仕事場に顔を出したが、私と見るような暇がないほど演技に集中していた。それほど、今の役に気合いを入れている。そういう姿に私は憧れるのだが、せめて少しは話しかけてほしい。
私はリビングに向かい、鞄に入れてあるプリンのひとつに琴葉の名前を記入して冷蔵庫に並べて入れる。たまに鈴ちゃんか琴葉が食べてしまうことがあるので、その対応策だ。たまに私が食べてしまうこともあるのだが…。
私はリビングに鞄を置きそのまま洗面所に向かい、ボウタイをほどくとワイシャツを脱ぎ、綺麗に畳んで洗濯機に入れる。いつもなら下着も入れるのだが、まだ昼間なのでそのままにした。
私は上半身下着姿のまま洗面所を後にし、急いで階段を駆けあがる。自宅とはいえ、こんな醜態をさらすような姿を見られるのは女性としてあるまじきことだからだ。
幸い、鈴ちゃんが部屋から出るようすはなく、私は鈴ちゃんの部屋をチラリと見た後すぐに視線を戻し自身の部屋に入る。この時、鞄をリビングに置いていたことに気づき、私は少し後悔をしたが今は取りに戻る気はなかったため、クローゼットを開けた。
私はハンガーにかけてあった白の薄めのティーシャツを手に取る。胸の辺りには英語でYou're the most important person to meと黒文字で書かれてある。和訳すると「貴女は私にとって一番大切な人」という意味だ。私はそれを着るか迷ったが、鈴ちゃんなら英文を和訳できないと思いそれを着用した。肌触りがよいため気持ちがいい。
私はスカートも脱ぎクローゼットにかけると、そのすぐそばにあるタンスからデニムのハーフパンツを取りだして履く。これから深刻な話をするにも関わらず非常にラフな格好だ。
去年の誕生日に母親からもらったシルバーのシュシュで髪を一つに束ね、私は自室から出る。そして再びリビングに向かい、私の鞄と鈴ちゃんと私のプリンを手に取り、再び階段を昇り鈴ちゃんの部屋の前で止まった。鈴ちゃんの部屋は、琴葉の部屋の横にある母親の元衣装部屋だ。大きめに設計されていることもあり、私の部屋より少し大きい。
余談だが、その部屋に元々あった母親の衣装の八割は母親自ら古着屋に売却したのだが、レシートにはあり得ないほどの数字が書かれてあった。あの時の衝撃は今でも忘れられない。
私は鈴ちゃんの部屋の前で大きく深呼吸をする。鈴ちゃんとは朝話したが、私と鈴ちゃんの間には目の前にあるドア越しでの会話だった。久しぶりに鈴ちゃんと会話すると思うと、緊張のあまり息苦しさを感じ、鞄を握る右手が小刻みに震えている。どんな顔でどんな話をすれば良いかなど、考えれば考えるほど緊張が高まるばかりだ。
「大丈夫…。大丈夫大丈夫大丈夫…。」
私はぶつぶつと唱えた後覚悟を決め、部屋のドアを二回ノックする。中からは弱々しく「どうぞ。」と声がしので、私は固唾を呑んでからドアノブに触れた。
そういえば、鈴ちゃんの部屋に入るのは初めてだな…。
鈴ちゃんといるときは、基本私の部屋かリビングである。たまにお風呂もあるのだが、そうだとしても鈴ちゃんの部屋には入ったことも入ろうと思ったこともなかった。
「お邪魔します…。」
ゆっくりドアを開け中の様子を伺うと、部屋の真ん中辺りに二人が向かい合わせになるぐらいの大きさの白のテーブルが見えた。視線を少し動かすと、縦長と横長の計二つの木のチェストが置いてある。引き出しの隙間から、わずかに服がはみ出ていた。鈴ちゃんは気にならないかもしれないが、私が気になって仕方がなかった。
「あっ、琴美だぁ。」
私が部屋のなかに入ると、鈴ちゃんがそう言いながらベットから起き上がろうとしていた。昼を過ぎたというのに未だにパジャマであることに不満を持つが、病人のため多目に見ることにした。ただ、乱れきった髪の毛はちゃんとしてほしいものだ。
「そのまま寝てて。起き上がらなくていいから。」
つい冷たく接しながら、私は真ん中にあるテーブルにプリンを置き、ベットでまた横になる鈴ちゃんのそばに歩み寄り、正座で座った。
「…その、体調はどうなの?」
私は鈴ちゃんに尋ねるが、未だに顔を合わせることは出来ない。今鈴ちゃんがどんな顔で私を見ているのかを知りたい。けれど、鈴ちゃんの顔を見たいという感情よりも今の私の顔を鈴ちゃんに見せたくないという感情が強く、私はただただ窓辺でこちらを見ているような小鳥を見ると、すぐに小鳥は大空へ羽ばたいていった。
「大丈夫だよ。ほら、こんなに元気なんだし。」
私が顔を会わせないことを良いことに、鈴ちゃんはベットから出て私の横に寄り添う。元気だというわりには冷房を点けているにも関わらず、額が汗で潤っている。
私は鈴ちゃんに顔を合わせることなく、鞄からハンカチを取りだし鈴ちゃんに「ほらっ。」と言い渡す。鈴ちゃんは「ありがと、琴美。」といつもと同じようなテンションでそう返すと、私のハンカチを手にした。わずかに鈴ちゃんの指先が触れたとき、私は思わず小さく声を出した。
「どしたの、琴美?」
私の横で鈴ちゃんが尋ねるが、私は片方の手で目にかかっている前髪を払い除けながら「別に、何でもない…。」と小さめに返事をする。
「…何か今日変だね、琴美。」
そう言って、鈴ちゃんは私のハンカチを手に取ると、私はそっと手を膝の上に戻した。顔を合わせていないため、今鈴ちゃんが何をしているかはわからない。私がハンカチを渡した理由と同じ事をしているのを信じたい。
しばらくすると、「終わったよ。」と鈴ちゃんが私の前にそっとハンカチを置く。キチンと綺麗に畳んであることに、私は意外だなと思ってしまう。
私が返事をすることなく頷くと、冷房から出ている風の音のみが私の耳に入ってきていた。
話さないと…。
そう私は思っているが、何を話せば分からない。先程から、鈴ちゃんはこちらをチラチラと見ている。何か話したいことがありそうなのだが、この件については私が悪いため私から鈴ちゃんに話しかけたい。けれど、頭が真っ白な状態の私にとって、それは無理難題である。
話さないと…。
私は何度も何度もそう考えるがあと残り一歩が踏み出せず、時間ばかりが過ぎていく。まだお昼は食べていないので、お腹が鳴るのではないかと少し心配していると、横から鈴ちゃんが私の右腕にそっと抱きしめてきた。腕に当たってある小さな膨らみが何処と無く懐かしい、などとつい考えていた。
「…たよね。」
鈴ちゃんの声がほんの少し聞こえるも、何を私に伝えたのかは分からなかった。
「嫌だったよね、琴美。」
私が聞き取れなかったことを悟ったかのように、鈴ちゃんはそう私に告げた。
「嫌って…何のこと?」
私はそう言って鈴ちゃんを見ようとしたが、すぐに止め、また窓辺に視線を戻す。
「何って…。その…女の子に好きだなんて言われること…。それも、恋人としてだなんて…。」
私の右腕を抱きしめる力が少々強くなる。胸を押し付けられた私は、何とかして理性を保つ。
「嫌だなんて…。そんな事、わた…。」
「嘘つかないで。」
私の言葉に割り込むような形で言った鈴ちゃんの声は僅ながらに震えており、その声が私の胸を締め付ける。
「琴美は優しいからね。私が琴美のこと好きって言ったときだって、私に気を使ったんでしょ?」
…違う。
「私に気を使わなくてもいいよ。私は同居人として、これだけは伝えたかったから。私の気持ちが琴美に伝わるだけで構わないよ。」
…違う。
「本気で恋人になれるなんて…思ってなかったから…。」
抱きしめられている私の右腕から、湿ったような感覚がする。鈴ちゃんの額の辺りからだが、額よりも下の辺りから感じる。
私はそれらを否定しようと口を開けるも、言葉が喉で詰まり声にすることができない。
ゆっくりと鈴ちゃんが私の腕から離れると、テーブルの方へ行ったのだろうか。鈴ちゃんは、私から距離を置くようにして離れていく。それが、私と鈴ちゃんとの心の距離が遠退くように感じた私は、熱帯雨林にでも取り残されたかのように心細くなる。
「とりあえずこれ食べようよ。これって新発売なんだよね。この前テレビのシーエムで…。」
私は鈴ちゃんが話している最中にも関わらず、後ろからぎゅっと抱きしめた。まだ半年も一緒に過ごしていないというのに、私から鈴ちゃんが消えてしまうと考えると、私は私を抑えきれなかった。
鈴ちゃんは驚きのあまり、手にしたプリンを落としてしまう。開封していないのが幸いだ。
「…私ね、嬉しかった。」
私の発した言葉に、鈴ちゃんは私の名前を小さく言う。
「中学の頃からいろんな人に好きって言われ続けてきた。でもね、それは私があの人の娘だからって理由や下心しかなかったの。あの日以降も、みんなは私に同情して仲良くしようとしてくれてた。でも、私にとってはただの迷惑でしかなかった。みんなは、私を見てくれなかった。」
私は後ろから鈴ちゃんの耳元に顔を寄せる。鼻に鈴ちゃんの髪の毛がかかりくしゃみをしそうになるが、私は何とかして耐えた。
「恋人にならない、何て言われたのは始めてで…。私、心のそこから嬉しかった。恋人ってフレーズが耳に入ったとき、胸がキュンってしたの。あんな感覚、私は鈴ちゃんといるときぐらいしか感じたことがなかった。けれどあの時、私はあの感情をどう伝えたら良いか分かんなくて…。結局、あんな曖昧な返事しか出来なくて…。」
鈴ちゃんがこちらを振り向こうとしているが、私の頭が邪魔で振り向くことができないため、私は鈴ちゃんから離れる。鈴ちゃんがこちらに振り返ると、未だに抵抗があった私は顔を伏せる。
「私ね、前から鈴ちゃんのこと好きだったの。でも、鈴ちゃんにそれを伝えれば、きっと鈴ちゃんに嫌われると思ってた。だから、この想いを一生隠し続けないといけないと思ってた。だから、告白された時は本当に嬉しかった。だからね鈴ちゃん、あの日の仕切り直し、してもいいかな?」
私がゆっくり顔をあげようとすると、鈴ちゃんのパジャマの太ももの部分にポツポツと滴が落ちているのが見えた。
「…いいの、それで。」
声を震わせながら、鈴ちゃんは私に問いかける。私は「いいの。」と言い顔をあげ、いつもみたいに鈴ちゃんの顔を見る。久しぶりに見る鈴ちゃんの目には大粒の涙が溜っており、唇は痙攣しているかのように震えている。今にも泣き出しそうなそんな顔をしていた。
「まだ鈴ちゃんのことを信頼したという訳じゃないし、まだ理解もできてない。けど…。だからこそ、これから鈴ちゃんと同じ日々を過ごして、少しずつ理解していけばきっと、私は鈴ちゃんのことを信頼することができるから。」
私は晴れやかな顔でそう告げると、鈴ちゃんの「わかった」と小さく頷いた。
「それに、私が伝えたいだけだから。私の気持ちを私自身の言葉で、ね。」
その言葉を聞いた途端、鈴ちゃんの目に溜まっていた涙が流れ始め、雨ように涙がじゅうたんに落ちていく。
「何泣いてるのよ鈴ちゃん…。泣きたいのは、私もだから。」
胸が何だか熱くなり、私の瞳からも自然と涙が出ている。その涙はゆっくりと私の頬に流れ、顎の辺りまで流れると、鈴ちゃんと同じようにじゅうたんに落ちていった。
何だ…。私、ちゃんと話せてる。
嗚咽を出して顔がぐしゃぐしゃになってまで泣いている鈴ちゃんを見ながら、私は指で涙をソッと拭う。泣くほど嬉しいことには何も言うことはないが、いつ話をすれば良いか分からず、私は話せないままでいた。
しばらくして、鈴ちゃんは大分落ち着きた。まだ肩を上げ下げしているものの、声を出すのを堪えている。我慢しなくていいのに、と言葉をかけたくなるが、我慢ばかりしている私が言えるような台詞ではなく、私はそろそろいい?と声をかける。その声に反応し、鈴ちゃんは両手で涙を拭い両手を重ね、膝の上に置く。
私は鈴ちゃんに膝と膝とが当たる位置まで寄り添うと、膝の上に置いてある鈴ちゃんの両手に、私の両手を重ねた。
「鈴ちゃん、心の準備は大丈夫?」
そう告げると、鈴ちゃんは大きく頷いた。鼻は未だに啜っているが瞳からは涙が出ておらず、肩も上げ下げしていない。ほとんど落ち着いた様子だったので、私は小さく安堵の息をつく。
「なら、言うね。」
私は鈴ちゃんの両手に置いてある手にほんの少し、力を加えた。
「他人に嘘ばっかついたり他人を信頼できないような私だけど、こんな私でいいのなら…。」
私は鈴ちゃんに満面の笑みで告げた。
「こんな私でいいのなら、どうか私と恋人になってくださいませんか?」
部屋の壁を一枚越えて、外からは蝉の声がまるでファンファーレを奏でるかのように盛大に鳴り響いている。その盛大に鳴り響いているなか、鈴ちゃんはゆっくりと口を開く。
「…こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いいたします。」
鈴ちゃんの返事を聞くや否や、私は鈴ちゃんに飛びかかり、再び鈴ちゃんを全身を使って抱きしめた。やがて消えゆく蝉の声と共に、鈴ちゃんの啜り泣くような声が私の耳に入ってきた。
私は目を閉じ、ソッと鈴ちゃんの頭を撫でた。




