八話
「こ、こらっ! アリスお嬢様に何たる口の利き方だ!」
ジョンの近くにいた使用人のオッサンが、慌ててジョンの肩を掴み掛る。
「えっ? でも男なんだろ! 男なのになんであんな格好して、しかも何でお嬢様って呼ばれてんだよ!?」
残念ながら今はもう女の子です。
よって私は決して変態ではなく、この格好が正装なんです。
入浴時とかトイレとかの時に未だに自分の身体見てニヤニヤするけど、多分何の問題も無い。
知的好奇心からの未知への探求だから。私の日常はジョンよりよっぽど冒険者してる。
「確かにお嬢様は少し前までは男だったが、色々あって性別が変わり今はもうお嬢様なんだよ! それとお前はもうこの家に使える立場なんだから態度を改めろ!」
説明を終えたと同時に、オッサンの拳骨がジョンの頭に飛ぶ。
ガツンと一発鈍い音を響かせたと同時に、オッサンは手を、ジョンは頭を押さえて唸りだした。
よっぽどの石頭だったのだろうか、両者痛み分けである。
そんな二人に慌ててメイドが駆け寄って来て、水で濡らしたおしぼりを患部に当てている。
「いってぇ……アリスがここのお、お嬢様って言ったって……ここの領主様に娘がいるなんて話、全然聞いたことが無いんだぜぇ……? そのお嬢様が男だったっていうのも、もう訳が分からないって……」
よく知ってるなそんなこと。
いや、凄い貴族の家なんだから、家族の情報くらいなら誰でも知ってるってレベルの常識なのかな。
でも今のブルムライト家の当主には三人の息子がいるっていうことは知っていても、病弱なうんこ製造機のニート予備軍だった三男が、実は男なのに史上最高峰クラスの聖女の素質を持ってて、その素質のせいで魔力的な何とかがおおいに乱れ病弱になり、これをどうにかする為に父親がヤバい薬飲ませて性転換させ、無事アヘアヘウへへしながら女の子としての生活を始めたということは、ごくごく一部の人間しか知らない。
あれだな、頭の中で改めて字に起こしてみると、誠にもって大変意味不明である。
多分私自らが身体の事情を語ってみても、大多数の人間は絶対に信じてくれないと思う。
するとあれだな、学園に入学するって訳でこうして勉強に励んでたわけだけど、今の私の身元の証明は一体どうするのか。
悩んでも仕方ないので、そこの所を直接父様に質問してみた。
すると、父様は明らかに『あっ、しまった』という顔をしていた。おい。
「うーむ、アリスは間違いなく私の実の子であるのだが、世間一般の認識では私の子供は息子が三人だけということか……聖女への対応に追われていてそのことをあまり考えていなかったな」
「どうしたら良いのでしょう父様、本当のことを話してみてもこんな話信じて貰えるどころか、余計に酷いことにしかならないように思いますが」
この位の年齢の子って時に非常に残酷なこと平気でするからな。
クラスのやんちゃなガキ大将にスカート捲られて掃除用の箒とかで突っつかれたり、みんなの前で本当に男じゃないのか服脱がされて裸にされたりとか、ヤバい残酷すぎる。
これでもし変な性癖とかに目覚めちゃったら、どう責任取ってくれるんだろうか。
いや、それよりも、本当のこと言ったせいでクラスで浮いた存在になってはぶられたりとかしないだろうか、卒業までボッチ確定とかかなり辛い。
残念ながら、私のコミュニケーションスキルは前世のころよりあまり芳しくない。
今世は人並み以上に容姿に優れているっぽいから、第一印象の時点から幾分補正されているけど何時それでもカバーしきれなくなるかわかったものじゃない。
はぁ、マジ辛い。始まる前からこんな問題抱えて大丈夫じゃないよ。全く。
普通の子供は魔法の練習と読み書きの勉強程度の問題しか抱えてないっての。
「ではこうしよう、アリス、表向きの身分としてお前は我が家に養子として迎え入れられたということにしておこう。出自は不明の聖女の素質を持った孤児で、死んだ私の妻にもよく似ており娘がいたらこんな感じなのだろうという理由で拾われた、でどうだろう。勿論これは尋ねられた時の為の設定であり、家では今まで通り変わりは無い」
あれこれ悩んでいると、父様が案を出してきた。
養子ね、もうどうにかなるんならこの際どうでもいいか。
この際、聖女関連もどうにか無かったことにしておきたいけど、それはもう父様の方がなんか偉い人たちに報告しちゃったみたいだし、どうにもならないか。
「なるほど、養子ですか……でも母様っていうのはどうなのでしょうか。もうここはいっそ男の私を死んだということにしませんか?」
「ほう、良いのかアリス?」
「はい、もう戻れませんし、私は一人二役をやれる程器用じゃないですし」
アリック時代を忘れる訳じゃないけど、今はもう別の存在になっちゃったしなあ。
しかし、これで二回死んだことになるぞ。アリスは二度死ぬ。
「では、学園の方にはこれで話を通しておこう。だがこうなると貴族用の寮が使えないが……」
「貴族用の寮が使えないと何か違うんですか?」
そもそも貴族用の寮って何ですか? 部屋が広くてベッドとかふかふかしてそう。
そんでもって勉強以外やることないから、毎日部屋会開いて紅茶ばっか飲んでそう。世のご令嬢は膀胱パンパンで大変そうだなあ。拷問じゃないか。
「まあ、名前の通り貴族だけを集めた貴族専用の寮だが。学園には全国各地から様々な者たちが集まってくるので余計な騒ぎを起こさない為に用意されたいわゆる隔離用の施設の一つだ」
「はあ……」
隔離施設って、貴族の中でもトップクラスに貴族のあんたがそれを言うんかい。
でもまあ貴族しかいないんだったら、ベッドはふかふかしてそうだな。空気はギスギスしてそうだけど。
「と言っても、我が一族は貴族寮など一度も使用したことなど無いがな」
「はい? じゃあ何処に?」
「我が家は代々、身分を偽り一般の寮に行くことになっている。そこでは様々な種族を観察し視野を広げ、誰隔てなく接することが出来る柔軟な対応と話術を学び、そして我々と同じ様に身分を偽り、一般寮で過ごしている物好きがいないかを見極めるのだ」
「はあ」
物好きってそんなにいらっしゃるんでしょうか。いったいどんな物好きがいるんだろ、勇者とか、魔王とか、ドラゴンとかかな。
まあいいや、どのみち学園行ったら一般寮で過ごすんだし、そんなのがいるならその内出会えるでしょ。保証はないけど。
そうこうしている内に夕方になり、その後は私は魔法と諸々のマナーの練習を、ジョンはひたすら穴埋めをするということで、学園の入学試験が始まる日まで各々の日々を過ごすことになった。
父様は各方面に報告に出向いたり、学園にいる兄様に手紙を書いて私の事情を知らせたり色々していた。
ランスロットは魔法の指導に来たその日は家に泊まり、翌日の朝早くには家を出て自分の家に報告へ向かい、そのまま学園の方に行くそうだ。
そして月日は流れて入学試験の日が訪れた。
◇◇◇
「お嬢様ー、そろそろ出発の時間ですよ」
「はいはい今行くよ」
最後の確認を終え、準備を済ませた私はゆっくりと部屋を出る。
ようやく入学試験の日が訪れた。
全国各地に用意された試験会場にて試験は行われる。
私の向かう会場は馬車で十分程の近場にある街の中にあり、街の入り口まで馬車で行ったらそこからは徒歩で数分程で着く。
試験と言っても軽い面接を行い各々の得意な魔法を見せて、その魔法の特性に応じた一定の基準を満たせば良いだけなのだとか。
そこで試験官から即座に合否の判定を貰えるようになっていて、合格を貰えた者は、それから半月後にある学園の入学式に向かえば晴れて学生になれるらしい。
「あー、ようやくこの日がやってきたのかー」
長いようで短かった。この日までずっと、魔法の練習をやってきた成果は出るのだろうか。
練習はというと、とりあえずひたすら水の玉を出し続けた。そしてそこから少しずつアレンジを加えていった。
その結果、能力を発動せずに扱える魔法は水の魔法で五種類、光の魔法で三種類になった。
その魔法の数々を紹介しよう。
水の魔法その一、水の玉 一度に金盥一杯分の量まで出せる!
水の魔法その二、水質浄化 三分でバケツ一杯の水を綺麗に出来る!
水の魔法その三、保湿 肌とか髪の毛とかしっとりつやつやに出来る!
水の魔法その四、水流操作 紅茶に砂糖混ぜるのに超便利!
水の魔法その五、水温操作 これでいつでも温かいお風呂に入れる!
光の魔法その一、光の玉 一時間くらい持つ、夜トイレ行くのに超便利!
光の魔法その二、光源化 ただ物を光らせるだけ! 人にも使える!
光の魔法その三、光量反射 鏡のように反射出来る! 使い道よくわからん!
攻撃性を与えると即座に能力が反応するという結果、ここら辺がだいたいの限界になった。
どういう基準でそうなるのかまるでわからないが、これが総意なのだとすると私としてはそれに従わざるを得ない。
使っても使っても魔力が全然減ってるという感じはしないので、出そうと思ったら幾らでもドバドバ出してしまいそうな気もする。アリスダムフルスロットルでお漏らし大洪水止まらない止められない。
特に水魔法に関しては注意しなければいけない、一度ドバーッと出してしまうと溺れながら回復し続け、苦しみながら生き続けるという永久コンボが即座に発動してしまうかもしれない。この地獄から抜け出すには呼吸を止めて死ぬか、エラ呼吸できるようになるしかないという。
誰だよこんな怖いこと出来る奴聖女って言いだしたのは。
聖女って何なんだよ。