四話
「うにぃ……」
父様が魔法を教えるために教官を用意する期間の一週間、その間ドレスの着付けとか、立ち振る舞いのマナー講座とか、入浴とかトイレとか色々勉強させられた。
正直、とてもしんどい。ぎゅうぎゅう締め付けられるドレス着て、テーブルマナーの勉強とかで毎日お茶をがぶがぶ飲まされて、尿意を催しまくる。
「うええ……おなか、たぽたぽするぅ」
椅子に座っておほほ、うふふと優雅に振る舞う一方で、必死に我慢しながらスカート捲くってぱんつ下ろして便座に座ってしーしーして紙で拭く生活。
男の頃はなんで大も小も関係無しに拭くのかよくわからなかったが、女になって興味もあったし見てても飽きないので、自分がしてるとこずっと観察してたらすぐにわかった。
そしてトイレが混むのもよくわかった。どちらにしろ座ってしなきゃ出来ないし、着飾ってる服を汚さない様にあれこれするのはとても面倒くさい。
「急いでやったら絶対何処か失敗しそう……いちいちなんでこんな窮屈なんだろ、シャツとズボンだけでいいじゃん……」
ニート時代の普段着はTシャツとパンツだけだった。
冬はその上にスウェットを着る。今思えばとても楽だった。立って用も足せるのもとても楽だった。
クイっとレバーを引いて、トイレから出て手を洗う。
この世界には発達した魔法工学技術があり、その上、代々伝わる水魔法の名門貴族の家。手を翳せば水が出てくる装置なんてお茶の子さいさいのようである。
勿論ここは部屋の近くの女子トイレ。前は尿瓶とかがメインウェポンだったので男子トイレとはあまり縁が無いまま関係が終わった。
少し前まで男だったのになぁ。以前はひ弱で男らしさとか皆無だったのが印象的に功を奏したのだろうか、今はもう皆完全に女の子な扱いで接して来るし、誰かに怒られることも無いので楽に入り放題出し放題である。
すっきりしたので部屋に戻り、椅子に座って今度は魔法の勉強をする。
といってもただ本を読んで、属性の確認を行う程度までしかやってはいけないと言われている。
家にあった魔法入門関連の本はとりあえず三周しておいたし、属性の再確認も行った。また庭師の頭が光り輝いていた。
朝から昼までは着付けや振る舞いの勉強をして、それからは魔法の本を読んでる内に約束の一週間が経った。
◇◇◇
約束の当日。今私は屋敷から出て、敷地内の広い庭にいる。
父さんと教官と私の三人だけだろうと思っていたら、どうやらちょっとした催し物みたいな感じになっていた。
派手な服着て色とりどりの髪の色をしたオッサンやオバサンにちびっ子達が、何か楽しそうに談笑している。
どうしよう、部屋に帰りたい。こんなの聞いてないんですけど。
勿論、言われた通り、出来るだけ完璧な状態に仕上げて来たつもりだった。
所詮付け焼き刃なんだろうが、教官一人だけならどうにかなるだろう。
そう思っていたが、これは万年引きこもりだったニートには荷が重すぎる。
朝から張り切っていたメイドが、やたら気合いの入ったコーディネートをしてきたのはこういうことだったのか。
いつもは動物がプリントされた布地が多めの可愛いやつ渡してくる癖に、きょうはつやつやしたヒラヒラ多めの小さくて派手なのだったから疑問に思ってたけど、まさかこんなことになっているとは。
服もふりっふりだし、髪もつやてかで、ゆるふわロールしてるし、肌ももちもちしててガリガリだったのがえらくバージョンアップしている。
なにか適当な理由をつけて、なるべく隅っこの方でそれとなく隠れておけば乗り切れないだろうか。
おふとんに包まりたい。
「こんな所にいたのかアリス。なぜそんな所にいる」
人ごみに馴れないでいると誰かに呼ばれる。振り向くと、いつもの顔の父様がいた。
魔法を教えてくれるとは聞いていたけど、パーティーに出席しろとは聞いていないんですけど。
「ああ、すまない。今日のこれはあらかじめ決まっていたことなのだ。そこにお前の都合を後から加え込んだのだ」
ああ、私がついでなのか。ってなんでやねーん。
そういえば一週間後に話を聞くのを繰り上げたんだっけ。忘れてた。
こんなのがあるんなら今日まで考えてるフリをすればよかったのかな。いや、魔法の勉強を後回しにする分、立ち振る舞いの勉強をさせられていたかもしれない。
どっちみち嫌なことばかりじゃないかーい。ああ、心が折れそう。
「父様、ところでこの集まりは一体何なのです?」
知らなかったのでとりあえず聞いてみた。
「これは国が管理、運営している、魔法学園への入学に向けての勉強会の様なものだ」
「はあ、勉強会なのですか」
「そうだ、お前への予定を繰り上げたのは、この集まりを見せる為でもある」
「何故そんなことを?」
「無論、アリス、お前にも魔法学園への入学を考えてもらいたいからだ」
はあ、学校かぁ。学校って聞くだけで凄い嫌なんですけども。
今世でも学校に行かなきゃならないのかぁ、うわあ行きたくないなぁ。
学校と聞いて私が嫌な顔をしているのを余所に、父様は話を続ける。
「お前の入学は今までが今までだっただけに、段階を観察して考える予定だったのだが、この間の魔法とお前の様子を見てその必要が無くなった」
「はあ」
「私とこれから会う教官が、基礎の一通りを指南するだけですぐにでも入学の手続きを済ませられると判断している」
「そうなのですか」
「別に今すぐ学園に入学しなさいと強制している訳ではない。ただ、この時期を逃すと次の入学試験は次の年まで待たないといけない」
「学園そのものに入学しないという選択はないのですか?」
「無論それでも構わない、お前の素質なら家庭教師を雇えば最低限の範囲はどうにでもできる。しかし、学園で学んだ方が質が良いことは確かだ」
「うーん……」
「それと、入学しないというのであれば、すぐにでも縁談の話が舞い込んでくるかもしれんぞ。私自身が持っている権限を行使し、大抵の存在なら振り払うことは可能だ。だが私と同等かそれ以上の存在に対しては無理なこともある」
えっ!? そ、それは困る。縁談ってことは、婚約して結婚するってことでしょ。
というかこの幼女ボディにそんなこと求められても困るんですけどぉ!?
世界各地から油ギッシュスタイリッシュなロリコンが押し寄せて来るとか、どんな地獄何ですか父様。
それに父様以上の存在ってなんだ。王様とかかな。ここってロリコンキングダムなのかな?
いや、真面目に考えれば聖女の血が欲しいってことなのか。
どっちみちエロ同人みたいにアリスのアリスがひぎぃしてらめぇされてギシギシアンアンで聖女オブ性女。
いやあ、女の子になっていった三日間の時点で諦めはついたし、今の身体でどんなことが出来るのか興味が無い訳では無いんだけど、せめて後数年は待って欲しいっス。
百歩譲って数年待てる良い紳士ならギリギリ良いんだけども、今すぐぶち込みたいっていう悪い紳士だった場合にはどうしようも無いよ。
一人きりの時にぱんつ脱いで鏡見ながら確認したんだけどね、絶対これ挿入らないって思うよ。童貞の知識の方が間違ってた。
つまりエロ同人みたいなことは無いかもしれないし、あるかもしれない。しかしこの世界にはそんなことが出来る道具があるかもしれないし、無いかもしれない。
教科書がエロ同人しか無かった童貞ニートには、もうこの世界では何が正しいのかがわからないよ。
「だがなアリスよ、今お前が学園に入学すればそのような事態が避けられる可能性があるのだ」
「えっ? ほ、本当に?」
「先に言ったであろう、学園は国が管理し運営していると。入学以前から正式に婚約等の話をしていた場合なら別だが、他国への体裁面や諸々の事情を考慮して、学園に籍を置いている間はそのような話を控える様にするのが貴族間では暗黙の了解なのだ」
「わ、わかりました! 入学! 入学します!」
「よしわかった、では早速教官を呼んでこよう。そこで待っていなさい」
あっぶねー、ギリギリセーフセーフ。辛うじて純潔は守られた。
卒業してからどうなるのかはわからないけど、今は入学することだけを考えよう。
その時はその時だ。卒業してから考えよう。最悪、聖女パワーで世界滅ぼせないかな。
数分今後についてあれこれかんがえてると、父様が帰って来た。
「待たせたなアリス。待っている間、何かを考えていたようだが?」
「これからのことを考えてました」
「何だそれは? まあいい、紹介しよう。彼が今日お前の魔法を指南してくれる教官だ」
父様の後ろに目をやる。するとそこには腹立たしい程にイケメンなイケメンがいた。
「はじめまして、ブルムライト嬢。私はランスロット・シャレンジェルと申します」
「彼は私達同様、六貴族の一家。光のシャレンジェル家の者だ。学園にも在籍しており、極めて優秀な成績を修めている」
端正な顔立ちの金髪碧眼のイケメンで、頭も良くて家柄も良いらしい。けっ。
まだ学生で身長は父様の肩くらいの大きさだが、これから成長期でグングン伸びるんだろうな。
そうなったらもう大抵の男連中は太刀打ち出来ないんだろうな。こんなのと競い合わなくちゃいけないなんて可哀相過ぎる。
「はじめましてシャレンジェル様。アリス・ブルムライトでございます、私のことはアリスで構いませんよ」
「では私の方もランスロットで構いません、アリス嬢」
にこやかにそれっぽく挨拶する。ちゃんと出来てるかなこれ。海産物の奥様もこうやって自己紹介してるしこれで良いだろ。
向こうの方もにこやかな顔を向けている。とりあえず大丈夫っぽい。
一体何のつもりでこんな奴連れて来たのかと思いチラッと父様の方を見る。父様はいつも通りの様に見える、少なくともそういうつもりで呼んだ訳では無さそうだ。
ただただ純粋に、この場にいても特段問題無さそうな奴を適当に選んだっぽい。
「では早速、魔法についての手ほどきの方を行う。アリス、あちらの方を見てみなさい」
父様が左手で指差す方を見てみる。
そこにはちょっと背の高い太っちょな子どもがドヤ顔で火の玉を繰り出しお手玉していた。
周りには少し低い背丈の子ども達が集まっており、凄い凄いと騒いでいる。
「あれは球状程の大きさの火の初級魔法を、複数個発生させて操作している。魔法の質は対したことはないが魔法操作の方は賞賛出来る程の物だ。あれなら入学も容易であろう」
「はい、彼の歳で同時操作を行えるのなら周囲に自慢したくなるのも頷けます、余程練習したのでしょうね」
父様とランスロット、各々意見を述べている。
私は魔法を使う機会が無かったので何がどう凄いのか意見が言えないが、魔法でお手玉すれば入学出来るのか。
魔法で水の球を出してあれを練習すれば良いのかな。
「ではアリス、次はそちらのほうを見てみなさい」
続けて父様が右手で指差す方を見てみる。
そこには服が土でちょっと汚れてしまっている子どもがはぁはぁ言いながら穴から這い出て来た。
周りには人だかりが出来て、大人達が心配している。
家のメイドが応急処置を行い、庭師の爺さんがブツブツ言いながら穴を埋めている。
「あれは土の初級魔法を使おうとしたが、上手く制御出来ずに予想より大穴が出来てしまい自分ごと落ちてしまったようだ。魔法操作の程はまだ練習が必要のようだが、魔力のほうは十分に伸び代ががある様に見受けられる。あれも及第点で入学が出来るだろう」
「そうですね、本人の努力次第ですが、上手く魔法を制御出来る様になれば成績の方も後から挽回するでしょう……って! あれ大丈夫なんですか!?」
今度の子も入学出来るようだ。
制御出来なくても多い魔力で試験会場を水浸しにすれば良いのかな。
「アリス、お前は火の球の子と大穴の子、お前はどちらの子の性質が近いと思う?」
父様が二人の例を出してきて最後に質問をしてくる。
魔法なんて使ったこと無いし、大穴の方かな?
「ええと、大穴の方ですか?」
「いや、違う」
「え? じゃあ火の玉の方ですか? でも魔法使ったこと無いですよ?」
「いやそれも違うのだよ」
「え? ではいったい……」
どっちも違うとなるとじゃあ一体どんな性質だというのか。
頭の中で疑問に思っていると、メイドが先ほどの大穴の子を連れてやって来た。
「大変です旦那様、この少年が発動させた魔法で自身も怪我を負ってしまったようでして、すぐに医者か回復の魔法を行える者を……」
メイドの他に、手の空いていた男の使用人集によって担架で運ばれて来た少年。
よく見ると貴族の子じゃないっぽい。この勉強会、街の子ども達も参加させているようである。
父様が左手で指差した方が貴族グループで、右手で指差した方が街のグループらしい。
「見ろ、平民の子が魔法で事故を起こしたらしいぞ……」
「怪我をしたのは平民か、あのような者、街の者達でどうにかしてしまえよ……」
「これだから平民は……ブルムライト家の当主様も一体何をお考えで学の足りぬ平民達に魔法を……」
「馬鹿……! 不用意なことを吐くな、不敬であるぞ……!」
貴族が集まってボソボソ呟いてる。
前世の学校でクラスメートにひそひそされていたのを思い出してなんだか嫌になった。
父様の後ろの方から、我が家かかりつけの医者が慌ててやって来て少年の診察をしている。
「旦那様、この少年中々に酷い怪我でございます。手足や頭部の出血はどうにか出来ますが、どうやら腕の骨と肋骨の方が折れているようです」
「ふむ、それは大変だな……貴族の皆様も不安がっているようだな、どうやら勉強会の方もこの辺りでお開きにした方がよろしいか。私が皆に伝えるからこの少年は奥の方に連れて行きなさい、ここでは何かと不便だろう」
父様が貴族達に詫びを入れ、メイドが少年の家族を探し、医者と使用人がわっせわっせと少年を屋敷の医務室の方まで連れて行く。
その間、私は庭でぼけーっと庭を埋め続けてる庭師のつるてかな頭を見ながら突っ立っていた。
なんでか隣にはランスロットもいた。ああそうか、コイツにまだ魔法を教わって無かったっけ。
そんなの良いからさっさと帰らないかなコイツ。そう思ってランスロットの方を見たら、どうしたら良いのって不安そうな顔でこっちを見てくる。
そんな顔されても困るんですけど。
「申し訳ないな二人とも、随分待たせてしまった。では早速あの少年の所へ行こうか」
どうしようも無いのでしばらく二人で庭にいたら、ようやく父様がやって来た。
私は向こうの不注意だと思うが、父様は敷地内の出来事なので、責任がどうたらと言いついでに丁度都合が良いことが起きたとも言っている。
そうして三人で医務室に行ったら、ベッドの上で包帯ぐるぐる巻きにされてうーうー唸ってる少年がいた。
なんとも悲惨な状態である。魔法医の方は私の一件が解決したので長期の休みを貰って留守中であった。
「なるだけ出来る限りのことはやりました。後は回復するまで安静にするしかありません」
「そうか、それでこの子の家族の方はどうした?」
「それが、どうやらこの子は孤児のようでして……今日の勉強会で魔法を学んだらその後は冒険者になると言っており、少々錯乱気味のようで……」
「ふふふ……それなら尚更都合が良いな……」
「あ、あの……? 旦那様?」
「ああ、この子のことは私たちがどうにかしよう。だからひとまず部屋から退出してはくれないか?」
医者が部屋から出て部屋にいるのは、私、父様、ランスロット、少年の四人になった。
「さてアリス、ここからはお前の出番だ」
「はい?」
父様が振り返り、私にそう話す。
どういうことなのかよくわからない。
「この少年を治療してみなさい。そうすればお前の性質という物がわかる筈だ」
「治療って、どうすれば良いんです?」
「何、簡単なことだ。この少年にこの間の水魔法をかけてあげれば良い。コップ一杯程度の量の水を念じるだけで十分過ぎる程だろう」
この間のって、失敗して漏らしたみたいになったあれか。
何のことなんだってランスロットが怪訝そうに見ている。コイツまだ居たのか。
まあランスロットのことは無視して、とりあえず見てて痛そうな少年をなんとかしよう。
念じるだけで良いのか。水でろー水でろー。あっ、出た。
手を翳して少しムニャムニャ念じたら本当に水の球が出た。今回はそのまま留まってる。
かけてあげれば良いって言ってたけど、本当にそのままかければ良いのかな。
とりあえず一番具合が悪そうな、冒険者になるとか言ってるその頭にかけてあげよう。おつむも良くなればいいけど。
そう思い頭にバシャっと水をかけた。
すると、かけた水が怪我と共にスーッと消えていった。なんじゃこれ。
少年はたちまち元気になり、びっくりしながらもうっひょーっと、はしゃぎながら包帯をほどき始めた。
残念ながらおつむの方には効かなかった様である。