二話
その後は足下まである寝間着を着せられ、いつの間にかシーツやら枕やら布団やらが新品に交換されたベッドの上で軽い食事をとった。
病弱であまり入らなかった食事も、何故か多く食べられるようになっていたのでメイド達がやたらと喜んでおり、終始優しい表情をしていた。
食べたら眠くなったので、横になって寝て起きたら朝になっていた。
「うわぁ……半日以上寝ていたのか……」
ぼんやりしながら目元を擦り、起き上がろうとすると肘で糸状の何かを押さえつけてしまい、後頭部が痛くなる。
痛みに驚いてベッドを見ると自分の伸びた髪の毛だった。
「ああそうか、女になったんだっけ……」
髪の毛に注意しながら起き上がり、自分の身体をまじまじと見る。
昨日は大騒ぎしたが、落ち着いてみるといまいち実感が湧かないのでおもむろに股間を触ってみた。
「おお……やっぱり無い……聖剣も宝玉も巾着袋も綺麗さっぱり無くなってる……」
へその下辺りから足の付け根の辺りまで何度触っても何の出っ張りも無い、あるのはなだらかな丘だけだった。今度はフリフリした寝間着を捲ってみる。
ふくらはぎ、太もも、慎重に寝間着を上げ最後には綺麗な三角形を描くおぱんつが出て来た。
「ホントに女の子なんだな……やっぱり昨日見たアレは本物なんだよなぁ」
思わずごくりと息をのむ。正直に言って今のこの事案な状況にドキドキしている。
しかし、童貞のニートだった頃なら確実に反応していたであろう器官は綺麗さっぱり喪失しているため、見た目では何も変わらないように見える。
傍目ではわからないのはちょっと得なようにも思えるし、なんか物足りないような気もした。
「お嬢様ー、お目覚めでしょうかー? 朝ですよー?」
ワクワクしながら服を脱ごうとすると、部屋の外からメイドの声がしてドアをノックする音が聞こえた。
慌てて寝間着を着直し、今起きたばかりだと返事をしたら『失礼します』と声がし、ガチャリとドアが開く。
ゾロゾロとメイドが数人入って来て、最後におっかない服装でおっかない顔をした父様が入って来た。
「数日ぶりだな、アリック。まるで見違えたな」
「と、父様……!?」
「うむ、見た所調子の程は順調に良くなっているようだな」
確かに身体の調子は非常に良くなっているのは自分でもわかるが、他の人が見ただけでもわかるの?
と、疑問に思っていたら父様の手の甲がほんのり光っているのが見えた。
「ああ、すまないが軽く感知魔法を使用させて貰った。それでお前の周囲に流れる魔力の波が正常になっているのを確認していたのだ」
そう言って軽く右手を上げると光はスッと消えた。
魔法で私の魔力の波がどうたらこうたらって、一体何のことなのさ。
「あの、魔力の波が正常とはどういうことなのです? あと、さりげなく自分自身のことを呼ぶ時に『私』になっているのは……?」
「安心しなさい。そのことについて説明をする為にここへきたのだ。まずは魔力の波について話をしようではないか」
そう言って父様は話し始めた。
「アリック、お前は『奇跡の聖女』の伝説は知っているか?」
「はい、おとぎ話の本で読んだことがありますよ」
私の第二の人生として生まれ育ったブルムライト家は、由緒代々続く貴族の名門と同時に魔法の名門である。
始まりは数百年程昔に遡る。当時名を馳せた六人の魔導士がいて、その中の一人の水魔法を得意とする魔導士が先祖にあたり、国に仕える一魔導士から、どんどんと成り上がり後に貴族にまで上り詰めたとか。
かなりのやり手だったらしく、水魔法についての研究論を残し、子ども達にも実践的な教育を施し、安泰な地盤を固めその地位を不動の物にした。
その後も順調に世代を重ねて行き、そして数世代経った時にある一人の女の子が産まれる。
女の子は類い稀な水魔法の素質の他に光魔法の素質も持ち合わせていたという。
非常に聡明かつ、朗らかで人当たりの良い心優しい少女であり、社交の場に披露する頃には大変美しく育っていた。
その頃に、突如として世界各地に魔物が大量に溢れ出し世界が大いに乱れていく。
木々は枯れ、大地は割け、村々は焼け落ち、人々は傷つき倒れ泣き叫び、あちこちでヒャッハーする魔物達に怯えるばかりであった。
少女は心を痛め、悲しみ、考え、そして立ち上がる。
あちこちを駆け回り、手当たり次第に水魔法の力でなんでも癒し、光魔法の力で魔物達を追い払い始めた。
そんな彼女に人々は感謝し、勇気を貰い、一丸になって立ち向かうようになっていく。
そうした結果、人類が盛り返せるようになっていき、とりあえずは安定した状況を作れるようになる。
そしていつしか彼女は『奇跡の聖女』と呼ばれるようになったという。
彼女が産まれてから『奇跡の聖女』と呼ばれるまでの話を一冊の本に纏めたものを前に暇つぶしで読んだ事がある。
家から出たことが無いので良く知らないが、この国では結構有名なおとぎ話であるらしい。
因みに出版元はブルムライト家が管轄しているとか。
「それでその話と私の病気は一体何の関係があるのですか?」
「このおとぎ話には続きがあってだな、聖女が没した後に世界の各地で同様の素質を持って産まれてくる者が現れはじめたのだ」
「類い稀な水と光の魔法の素質を持って、産まれてくるというのですか?」
「その通りだ……だがな、その素質を持って産まれてきた者達は皆、女性だったのだ。お前を除いてな」
ん? どういうこと?
訳が分からないんですが。
「聖女の素質を持った男の例など今の今まで無かったのだからな。根本的な性質が合わずお前自身の魔力の波が乱れ、正しく流れなかったのが原因だった」
「えーっと……つまり、私の身体が病弱だったのは私自身の身体が原因だったという訳ですか……?」
なにそれ。私が男に産まれたからこの十年ずっと病弱だったってことかよ。
あのハゲジジイ、一体何の恨みがあってこんなことしてくれてやがる。
そんなにニートにチートを与えるのが嫌だったって訳か。ならそのまま成仏させてくれれば良かったのにふざけんなよハゲ。
そこの所をちゃんとやらないから何処かの誰かに恨まれて禿げ上がるんだよ、ハゲ。
ああもうなんか疲れた。これから先どうしよ……どっか適当な貴族の坊ちゃんのヒモになれないかな。
「そういう訳だアリック、お前には申し訳ないことだが、これからは女性として生きてもらう。野暮な話になるが聖女の力というのはそれだけで目をつけられる、少しもしない内にどうしても縁談等の話がやって来てしまう。それまでに今の内にでも多少なりに振る舞いや機微に気をつけて貰いたい」
「はあ」
「そう落ち込む事は無い。ご先祖には悪いが、ここまで来ると最早呪いの類いと何ら変わりはない。私個人としては、誉れ高き先祖の功績の影響が子孫の人生を大きく変えた事件になったということは誠に遺憾でしかない」
「そうですか」
「当然私からもお前の今後については出来る限りの配慮をするさ、薬についても精神が上手く順応するように工夫をしてみた」
精神がちょっとおかしくなったのはそのせいですか。
今後もっと変わって行く可能性があるのか。
縁談なんかも来ちゃうのかあ、いくら聖女パワーがあっても性転換した元男の妻って欲しがるものだろうか。
余程の物好きか、縁に恵まれなくてヤケになった奴か、政略的ななんとかか。
うわあ不安だわー。子どもとか産むんだろうか。寝ている隙にスポイトで採取したのをチューっと流し込まれるんだろうか。
「最後に、アリック……お前の名前なのだが……何か思う名前があるなら今の内に言っておきなさい」
うーうー唸りながら考えていると、とても重要そうなことを言われた。
ああそうか名前か、女だからアリックじゃ駄目なんだとか。
別に聖女もどきの名前なんてどうでも良いと思うが。むしろ名を捨ててひっそりと暮らしたい。
これから色々やらなければならなくなるとか、そんなの嫌なんだが。
ニートはゴロゴロ過ごしたいよ。
そういう訳なので特に思いつかないと答えると、父様は何処か少し物悲しそうな顔をしながら考えている。
「そうだなあ……では、あまり大層に変えてしまうのも面倒なので、ここはアリスとしておこうか」
アリスかあ。安直すぎるなと思うけど、そう言うとじゃあお前が考えなさいって言われそうだから止めておこう。
ちゃんと覚えていられるだろうか、ぶっちゃけ前世の名前とか使わないからもう覚えてないんだよね。
名前が決まったら、父様はこれから色々とやらなければならないことが山ほど出来たと言って部屋を出て行った。
◇◇◇
「あー……これからどうなるんだろうか……」
二度寝したいなあと思いながら、ふかふかのベッドの上に座ったままでいると、今度はさっきまで部屋の隅っこで私と父様の話を聞いていたであろうメイド達がテキパキと動き始める。
あれやらこれやら色々な家具や小物なんかを取っ替え引っ替えながらテキパキと掃除をし始めたので、寝間着のまま部屋の外へ連れ出された。
訳もわからず連れてこられた部屋に入ると、何処から取り寄せて来たのか色とりどりのドレスが大量に置いてある。
「なにこれ」
「さあ、アリスお嬢様、いつまでも寝間着のままではいけませんよ。まずはどのお召し物が似合うのか色々着てみて確かめましょう」
こういうのってまずサイズとか計ってから何かするんじゃないの?
って訪ねたらとりあえずの間に合わせ用ですと答えられた。
「ええー……嫌だよ……まだ寝足りないし二度寝したいんだけど」
「申し訳ありませんお嬢様、我々はお嬢様をより良い淑女に教育するようにと旦那様から託かっておりますゆえ」
「うわー! やめろぉー! 子ども相手に大人数人で卑怯だぞぉ!」
抵抗空しくメイド達に寝間着をサッと脱がされた。
下着も穿き変えましょうと言われ、おぱんつもササッと脱がされてあっという間に一糸纏わぬロリータが完成した。
するとほかほかした温もりが一気に失われ、スーッとした空気に全身を襲われて背筋がブルッと来た。
ちょっと寒いんだけど。
そういえば昨日寝てからトイレ行ってないわ。
あ、ヤバいなんかトイレ行きたくなって来た。
「あ、あの、ちょっと……」
「はい、何でしょうかお嬢様? 着替えの下着ならすてに用意してますが」
「いや……おしっこが……漏れそう……」
「ええっ!?」
ああヤバい、さっきから内股になったりして頑張ってはいるが、どこをどうおさえればおしっこを我慢できるのかさっぱりわからない。
急にようすがおかしくなったわたしを見て、メイド達も慌てている。
「あ……う……もれる……」
「おっ、お嬢様! 今トイレに!」
「だめ……うごけない……」
慌ててないでどうにかして欲しいのだがこればかりはこっちのつごうが悪いので、どうにも出来ないのだろう。
もしかして、これはがまんしようと思っても、まったくがまんできないこうぞうなのか。
なるほど。またひとつべんきょうになりました。
「あ……も……」
「いけません! お嬢様ー! だ、誰か早く空の桶かなにかを!」
だめだ、もうがまんできない。
ひとが、いっぱい、いるまえでやってしまうのか。
うわあああああもれるもれるもれるああああああああ。
ぅぁ。
「ぅうわぁあああぁぁぁ……! ぁっ……あああぁぁ……ぁあぁ……」
「いやあああお嬢様あああ!」
もうどうしようも無くなったので諦めて水門を開いたら、男だった頃より勢い良く出ました。
勢い三割増量、大放出サービスな感じでいっぱいサービスしました。
もう世の中三割増しって言っておけば上手く行くんじゃねって。大体そんな感じ。
一度出したら最後まで止められないので、頑張って精一杯やりきりました。
多分、今まで生きて来た人生の中で初めて主役になれた気がしました。
全身開放的になり、尿道も開放的になりましたが、心は開放的になれませんでした。
開放したつもりはありませんでしたが、代わりに涙腺が開放的になりました。
頭の中がスーッと冷えて行くのに、お股はほっかほかでした。
いまはただただおふろにはいりたいです。
だれかわたしをおふろにつれてって。