〜誓い〜
冒険者の街、ガルディア。
大通りから一本入った路地にある酒場から怒鳴り声が聞こえてくる。
「ばっかやろう!これだから困るぜ、お嬢様はよ!」
「なによ!何にも解ってないくせに!」
「ちょ、ちょっと・・・2人ともさ、ね、ケンカやめようよぉ。」
この手の酒場で日常的に行われているような言い争い。
もちろんそれが刃傷沙汰になる場合もあったりする・・・
周りにいる客は全く聞こえないかのようなそぶり。
店の店員もしかり・・・
「ね、ルーツの言いたいことも解るけどさ、今はレファに雇われてるんだからレファの言うこと聞かなくっちゃ。」
大きな斧を腰に下げている大男がその風貌に似合わないほどおろおろしながら隣に座っている男を説得している。
「ぁんだ、こら、ハンス?貴様どっちの味方なんだ?」
「そ、そ、そんなぁ・・・どっちって・・・」
ハンスと呼ばれたその大男はルーツとレファの両方の顔を見ながら困っていた。
「あなたも男ならはっきりしなさいよ!もぅ!」
「ご、ごめんよぉ。そんなに怒らないでくれよ。ね、レファ。」
「大体ねぇ、あなた達それでも用心棒?ただのお使いじゃないんだから!」
レファと呼ばれた女性・・・おそらく魔法使いだろう。衣装が職業を物語っている。
その、レファは腰に手を当て仁王立ちになりながら腰まである金髪を振り乱して激怒していた。
「お使いたぁ、ずいぶんじゃねぇか?こっちは契約分のお仕事はちゃ〜んとこなしてるぜ?」
と、ルーツも切り返す。
腰に細身ではあるが明らかに手入れのされている剣を差し、メタル系の鈍く光った防具を身につけている。
ブロンドの髪に切れ長の目。
顔は整っているがその口から発せられる言葉はお世辞にも綺麗とは言い難い。
「大体俺達に買い物頼むか、普通?それで買ってくるモンが違うとか言うんじゃねぇよ。お門違いも良いとこだ。」
「なによ!ただただ毎日ぼ〜っとしててお金取っていくならそれくらいのことはしなさいよね!」
「んだぁ?じゃぁ、もっとまともな仕事させろよ!冒険に行くでもねぇのに用心棒なんて雇うんじゃねぇ!」
「だからちょっと待ってっていってるでしょ?あと1日2日待てないの?このせっかち!」
「だったらお手伝いのおばさんでも雇うんだな!そんなとこまで面倒見てらんねぇや!」
「・・・くぅ〜・・・」
「こっちはプロなんだぜ?プロは戦いの中に身を置いてなきゃ錆び付いちまうんだ。」
「・・・わ、わかったわよ。じゃぁ、明日の朝出発しましょ。それなら文句無いでしょ?」
「あぁ、ぜんっぜん構わねぇ。そっちの準備が整ってりゃな。」
「あ、あ、明日なのね・・・」
「んだよ、デカイ図体のくせしていざ出陣となったら意気地ねぇなぁおまえは。」
「だ、だって、イムカリ山行くんでしょぉ・・・」
「あなたも用心棒なんだから!しっかり私を守ってよね!」
「おまえ、そこのお嬢様に守っていただいた方が良いんじゃねぇかぁ?」
「イヤよ!こんなの・・・」
「こ、こんなのって・・・そんなぁ・・・。」
まぁ、いつもの出来事である。
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その夜、レファの家の屋根裏部屋・・・
「大体あのお嬢は口の利き方をしらねぇ。たまらんぜ、あんなのに雇われてちゃ。」
「で、でもさ、ほら、最初ルーツも言ってたじゃない。ああいうかわいい雇い主も良いかなって。」
「見た目と中身は別ってこった。あんなのなら願い下げだ。」
「・・・ね、明日・・・」
「あん?」
「明日、イムカリ山だよね。」
「あぁ、なんだビビってんのか?」
「だって、ほら、何だっけ、何とかってやつ。すごく上の方にあるんでしょ?」
「あぁ、秘宝『カマラ』。山の中腹にある洞窟の奥の方だ。大丈夫だって、お前はいつものようにしてりゃいいんだから。」
「だめだよぉ。考えただけで膝がガクガク震えちゃうモン・・・」
「けっ、言ってろ。」
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まだ夜も明けきらない早朝。
朝靄の中の草原を歩いていく3人。
「何かあっても絶対私は守ってよね。」
先頭を歩いていたレファが後ろ向きに歩きながら2人に念を押す。
「あぁ、守ったる。安心しろ。」
鞘に収まった長身の剣を無造作に肩に担ぎ、自らの腕の重さを剣に委ねたままルーツが答える。
「そんなんで安心できるわけ無いじゃない。」
「あ、ね、レファ。ルーツは一度やるって言ったらやる人だよ。大丈夫。」
ルーツの後ろを歩いていたハンスがルーツの頭越しにレファに答える。
「ホンットに守ってよ!」
「あぁ、俺の剣に誓っても守ってやるさ。」
自信に満ちた目線を送りながらルーツが答えた。
その目線に疑いの目線を返しながらレファが立ち止まる。
「その言葉、忘れないでよね。」
「忘れねぇよ。」
「それに今回は『カマラ』を取ってくるのが目的だからね。」
「あぁ、解ってる。お前がドジこかなきゃ全て上手くいくさ。」
「なによ、それじゃ私がお荷物みたいじゃない。」
「あながち間違っちゃいねぇぜ。邪魔しないようにちゃんと案内してくれ。」
これ以上の争いが無意味になると悟ったレファが向き直り、歩き出した。
「ちゃんと付いてきてよ!」
「はいはい。」
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イムカリ山中腹。草も生えない黒と白の世界。
深い霧に閉ざされ、やもすると今進んで来た方向さえ解らなくなりそうだった。
端のすり切れた羊皮紙を覗きながら歩いてきた3人。
先頭のレファが歩数を数えながら歩いている。
「…42、43、44、45…」
「なぁ、ほんとにこっちで合ってるのか?」
「…48、49、50、51…」
「だんだん不気味になってきたね…いたいっ!いったいなぁ、木の枝が顔に当たったよ〜。」
「…57、58、59、60…」
「腹減ったな〜。そろそろ休憩しねぇか?」
「65、66、67、68… ちょっとあんたたちねぇ!少しは静かにしてられないの?!」
「そんなこと言ったってよぉ。こんな山ン中で迷子になっちゃかなわないしなぁ。」
「だったら余計に静かにしてっ!」
「ねぇ、レファ。僕たちのことは気にしなくて良いからね?道に迷わないように…」
「気にしないでいられるわけないでしょっ!後ろでぶつぶつ話されてたら気が散っちゃうじゃないっ…って、あれ?ココ何歩だった?」
「…さぁ?」
首をかしげる2人。
「あんたたちって、ホンット、最低ね。まったく。もう一回あの岩まで戻るわよ。あそこから80歩のトコに入り口があるはずなの。ちゃんと数えてよね!」
「へ〜ぃ」
「はぃ」
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「…79,80、っと…」
「これか。」
「うん。入るよ…」
「な、何が出てくるのかな?」
「かわいい奴がいっぱい。」
「っな訳ないでしょ。いくよ、もぉ。」
洞窟にはいると湿った臭いと足下のぬるっとした感覚だけ。自分の手も見えないほどの暗闇。
「うわぁ。」
「ね、ランプ出して。」
「んぁ?そんなモンもってねぇよ。」
「えぇえ〜。あんたたち、何しにきたのよ。」
「わっわっ!」
「どうしたぁっ!」
シャキンッ と剣を抜く音。
「蜘蛛の巣が顔にくっついたよぉ〜。」
「…っったく。死ぬまでやってろ…」
「ねね、ちょっと、どこにもいかないでよぉ。」
「で、この真っ暗な中でどうする?」
「ちょっとまって。今魔法で明るくするから。」
「おぅ、そうしてくれ。っつ〜か、そんな事できるなら『ランプ』とか言うんじゃねぇよ。」
「うるさいわねぇ。いざって時のために魔力を残しておきたいの!」
「へぃへぃ、ど〜でもいいからさっさと明るくしてくれ。」
「…Light Fleame!」
・・・何も起きない。
「あれ?呪文間違えたかな?」
「おいおい。」
「Lightning Fleame!」
・・・
「Lightning Flame!」
その瞬間、洞窟の天井が白く光り始める。
「おぉ、ありがてぇ。」
だんだんと光が一点に集まり明るさを増してくる。
レファは勝ち誇ったように仁王立ちになる。
「どう?これだって魔法学校の卒業試験じゃ13番目の成績だったのよ!。あなた達と違って…」
と言ってルーツを指さした瞬間、天井がピカッと光り、激しい轟音とともに稲妻がルーツに向かって落ちる。
辺りはまた暗闇へと戻っていった。
唯一ルーツの頭の上に残るかすかな放電と焦げるような臭い。
「てめぇ、思いっきり呪文間違えただろう?」
「…ごめんなさい…」
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「で?『洞窟を明るくする呪文』は解ったのかい?魔法使いの優等生サンよ。」
洞窟の表に一度出て、煤だらけの顔を拭くルーツ。
「うん、もう大丈夫。」
「ったく、アンタの魔力が大したことなかったのと、オレが訓練積んでたおかげでこれだけで済んだけど。」
何も言えずに落ち込むレファ。
手には魔法教本。
その視線の先にはこう記されていた。
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Lightning Flame(難易度:高)
かなり強力な雷属性の攻撃魔法。
熟練術者であれば攻撃対象、攻撃力を任意に制御することもできるかなり有用性の高い魔法。
ただし、低熟練の術者が使うと攻撃力のばらつきが大きく、ネズミ程度も排除できない程度から中型モンスターを確殺できるほどの攻撃力までばらつく。
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運が悪ければルーツを帰らぬ人にしてしまったことに反省していた。
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洞窟内に入る3人。
レファが深呼吸をして呪文を唱える。
「Light Faint!」
洞窟全体の壁がほのかに明るくなっていく。
「…ふぅ…」
「さて。じゃ、いきますか。」
ルーツ、レファ、ハンスの順番で歩き始める。
レファが地図を見ながら道案内をしひたひたと薄明るい洞窟を歩いていく。
「えっと、ここから40歩先を左に曲がると…っ!」
いきなり口を押さえられるレファ。
あわててその手を引きはがし、手の主であるルーツに猛抗議。
「ちょっと!いきなり何するのよ!」
言いかけて見上げたルーツの顔は今まで見たこともないような引き締まった顔だった。
切れ長の目に『静かに!』を意味する口に添えられた長くまっすぐな指。
レファは自分の胸の鼓動が高まるのはルーツのせいじゃないと自分に言い聞かせた。
「ハンス、お姫様を頼んだぜ。」
何か言おうと訳の解らないジェスチャーをするハンス。
どこからとも聞こえてくる足音。
はっ、と地図を見るレファ。
「コッチにいけば遠回りだけど道が続いてる。」
「じゃ、じゃぁ、ぼくたちはそっちに…」
いそいそとレファの背中を押して脇道に逃げるハンス。
ジグザグにできるだけ追っ手から逃げるように奥へと逃げるハンスとレファ。
しばらく進むと横穴にある小さな部屋のようなところにでた。
「ここに隠れてよう。」
背中を押されて中にはいるとペタンと座り込むレファ。
「…ルーツ、大丈夫かな?」
「大丈夫。そんなにヤワじゃないよ。」
「そっか…」
話すことがなく、ただじっと聞き耳を立てている2人。
水のしたたり落ちる音だけが響いている…
しばらくじっとしているとどこからともなく聞こえてくる足音。
ヒタヒタヒタッ、という素足で歩いているような音。
「…何か…いる?」
「わ、わかんないよぉ〜。」
「ちょ、ちょっと。どうするのよ。」
「どうしよ…」
その瞬間、入り口からのぞく緑色のとがった鼻としわしわの顔。
目は血走り、口はだらしなく開いている。
ゴブリンだ。
「何か出た…」
「ハ、ハンス!やっつけて!」
「え、ぼく?」
そんなやりとりをしていると入り口から鈍い音。
ズシュ…
何事かと入り口にいるソレをみると…
喉から剣の先が出ており、目は完全に白目をむいていた。
その後からルーツの声。
「オトリになってくれてありがとよ。」
「ルーツ!」
「おぅ、無事だったか。」
「よかった無事だったんだ。」
「アンタに心配されるほどひ弱じゃねぇ。」
「ね?ルーツは大丈夫だっていったでしょ?」
「なによ!何もしてくれなかったくせに!」
一気に肩の力が抜けて涙があふれてくる。
「バカッ!どうして私を…もう、置いてかないでよ?」
「守るためだ、あきらめろ。」
「そんな、だって、もう、こんな。」
入り口に立って地図を見ているハンス。
ルーツは剣を鞘にしまうとレファの後ろに立つ。
「大丈夫だ。アンタは強ぇえ。また何か出たらサッキの魔法をぶち込んでやれ。」
「だめだよだって…あれは…」
「ぁ?あんなのオレには効かねぇけど、ココのヤツじゃイチコロだぜ?」
「だめだよ、私の魔力じゃ…弱いし…」
そのとき、ハンスが声をかける。
「ルーツ。お宝はこの先にいけばありそうだよ。」
「そうか。じゃ、戴きに行ってくるか。」
「待って、置いていかないで。」
「アンタはここで待ってろ。」
「いやっ!一緒にいて!あんなのがまた出てきたら・・・」
「大丈夫。この辺りをウロウロしてたのは片付けた。最初に出くわしたオーガは逃がしちまったけどな。」
ルーツは腰の剣を抜くとレファと自分の間にその細身で鈍く光る刃をかざした。
「この剣に誓ってもお前を守るって言ったろ。そして、あれを取ってくる。それが誓いだ。」
「そんな・・・そんなの信じられないよ。」
「俺は女には嘘を吐くが、自分の剣には嘘は吐かねぇ。」
口元でにやりと不敵な笑いを浮かべてハンスとルーツは出ていった。
「そんな・・・そんなの・・・・そんなの信じられないよっ。」
レファは1人で居る寂しさに負けそうになりながら、涙をこらえてルーツ達の無事を祈っていた。
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レファをかくまっている横穴からしばらく戻った横穴の入り口からルーツが中をうかがっていた。
「ったく、『カマラ』ってのが秘石だって言われるのが良くわかるぜ。」
ハンスが通路の方を警戒しながらルーツに話しかける。
「巣にいるのは…子供?。親はいるの?」
振り返らずにルーツが答える。
「あぁ、横にべったりだ。」
「しばらくは『待ち』だね。」
「そういうこった。」
しばらく二人はそのまま身を潜めながら中にいる「親」の動向を観察していた。
「ちょ!ちょっと!だめだよ!」
突然ハンスが声を殺しながら通路の奥に向かって手を振り始めた。
その通路の奥には形相を変えながら走ってくるレファがいた。
「そんなに騒いだら気づかれちゃうよ!」
「たっ、助けて!」
「えぇ?」
レファの後ろを見るとよだれを垂らしながら獲物を仕留めようと殺気立っているオーガが追ってきていた。
とっさにルーツが剣を抜きながら振り向く。
「くっそぉ、付いてねぇや。あんにゃろ、回り道してレファん所行ったな。」
息も絶え絶えに走ってきたレファを後ろに匿いながらルーツとハンスが立ちはだかる。
前を見るとオーガは不気味な目を見開き、大口を開け、両手を広げていた。
身長は明らかにルーツの倍。
つまりハンスの1.5倍。
オーガはこちらの隙をうかがうように2等身離れて四つん這いになった。
その目は明らかに血走っており殺気立っていた。
「グゥゥゥゥ・・・」
オーガが低く唸った。
その瞬間、別の方向から低いうなり声とかすかな地響き。
「ちっ、大将のお出ましだ。」
ルーツが後ろを見て舌打ちを打った。
素早く後ろに回り構えるルーツ。
レファを挟んで2人が背中を合わせていた。
「ハンス、そいつを一撃で仕留めてくれ。」
レファが不思議そうな顔でルーツとハンスを見る。
あんなに頼りなく、弱そうではっきりしなかったハンスに、あのオーガを仕留めろ、だなんて。
しかも一撃で・・・
不思議に思いながらハンスの顔を見て驚いた。
今まで見たことのない、明らかに自信に満ちた顔。
味方にいてくれてホントに良かった、言い方を変えれば決して敵に回したくない。
そんな顔をしていた。
そして、ルーツが構えたその先、先ほど2人が中をうかがっていた穴から大きな陰が出てきた・・・
「う・・そ・・・」
レファがうわずった声を上げた。
「嘘じゃねぇ。あんたが欲しがってた『カマラ』ってのはこいつの腹ン中にある石の事だ。あんたが大騒ぎしたおかげで気づかれちまった。」
「そ、そんな・・・」
穴から出てきた巨大な陰。
冒険の経験が少なく、実物を見た事のないレファでも知っている姿。
それは紛れもなくドラゴン。
この大陸で生存が確認されているモンスターの中でもっとも巨大で頂点に君臨する王者。
「ハンス、そっちをさっさと片づけてくれ。」
「任せな。」
今まで聞いたことのないハンスの声だった。
びしっと芯の通ったバリトン。
いつものふぬけなハンスの声ではなかった。
腰に下げている斧にすっと手が伸びた・・・
と思った瞬間、それは回転しながらオーガの頭上まで飛んでいた。
フッと息を吐くと同時にその巨漢に似つかわしくない素早さでジャンプし斧をキャッチ。
「ドゥォリャァ!」
ハンスの怒号が響いた瞬間、宙を舞っていた斧はオーガの頭をかち割り、鮮やかな緑色の体液が辺りに飛び散る。
断末魔を上げる間もなく動かぬ個体と化したオーガから斧を抜き、向き直るハンス。
自分の子供を奪われると本能が察したドラゴンはうっすらと開けた口の間から黒光りした牙を覗かせながらこちらを威嚇していた。
「ルーツ、逃げようよ。」
「こいつから逃げられるかよ?みんなで仲良くおやつになってお終いさ。」
「でも、あんなの・・・」
「殺らなきゃ殺られる。だったら殺るだけさ。」
「だめだよ。みんな死んじゃう!」
「大丈夫。ルーツは一度やるって言ったらやる人だ。」
ルーツの隣で斧を片手に仁王立ちになっているハンスが顔を向けずに話しかける。
「それじゃ、最高の舞台を特等席で見せてやらぁ。ビビって腰抜かすなよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラゴンとの戦いは壮絶な戦いとなった。一進一退の激戦。
お互いにそれぞれ深手の傷を負いながらも決してひるんでいない。
ルーツは額から派手に血を流し、目に入る血を剣を持った手で拭いながら二の腕を左手で支えていた。
ハンスは片足をかばいながら斧を片手に持ち、ふらつく体をもう片方の手で支えていた。
対するドラゴンは片目からは光を失い、片手は地面を向いたまま動こうとしていなかった。
この場で唯一無傷なのはレファ。
あまりの壮絶な戦いに息をするのも忘れて立ちすくんでいた。
「さて、そろそろクライマックスと行きますか。」
ルーツが気を取り直すように剣を構え直す。
ハンスもそれまでかばっていた足が何事もなかったかのように体制を整える。
それを見たドラゴンも低いうなり声を上げながらゆっくりとこちらに向き直る。
「もう、もういいよ、ルーツ。もうやめようよ・・・」
泣きそうな声でレファが後ろから訴える。
「へっ、ここで止めるわけにゃいかねぇだろ。何せ話の通じる相手じゃねぇ。」
「でも、これ以上やったら・・・」
「どっちかがくたばるまで終わらねぇ。もう止められねぇよ。」
「ここまで来たら殺るしか無いよ。さ、危ないから後ろに・・・」
「ハンス、お嬢様と一緒に下がってろ。さっきの横穴まで。」
「・・・ハンス・・・まさか・・・あれ、使うのかい?」
「へっ、ここで使わねぇで何処で使うよ。ドラゴン殺ったとなりゃぁ、孫の代まで自慢できるぜ。」
「・・・解った・・・」
「なに?何やるの?ダメだよ!」
「さぁ、レファ。さっきの穴まで引き返そう。ここはルーツに任せて・・・」
「ルーツ!」
「大丈夫だ。俺のことなら心配すんな。孫の代まで自慢したくてもまだ子供もいねぇんだ。絶対帰るさ。」
「ね、ちょっとまって!」
レファが腰袋からうっすらと緑色に光る玉を取り出す。
それを天にかざすと共に短く、はっきりと唱えた。
「Blessing from Heaven!」
とたんに辺り一面が緑色の光に包まれる。
一瞬にして視界が緑から解放される。
すると、ルーツやハンスの体中の傷が癒され、体の芯が暖まっていくのが解った。
「ありがとう。」
「そういや、あんた、魔法使いだったな。」
「がんばって!」
「あぁ、まかせな。」
うっすらと目に涙を溜め、ハンスに連れられてレファが奥へと退散した。
「さて、これであんたとタイマン張れるぜ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハンスと先程の横穴まで退却。
ハンスは入り口の近くの壁に寄りかかりながら、目をつぶって腕を組んでいる。
レファはハンスに背を向け奥の方で座り込んでいる。
ただ、ルーツの無事だけを祈って。
「・・・ットにあんた達って馬鹿なんだから・・・。こんな事に命張る事無いのに・・・」
「・・・ルーツはこういう人だよ。やると言ったら絶対やるんだ。何があってもね・・・」
「・・・馬鹿・・・」
しばらく沈黙が続いた。
ルーツがどうなったかも解らない。
何の音も聞こえない。
ただ、レファの掛けた魔法によりほのかに洞窟全体が明るいだけ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その瞬間、辺り一面が真っ白になり、洞窟が崩れんばかりの振動と共に、耳には聞こえないほどの大音響が鳴り響いた。
しばらくすると何事もなかったかのように今までの静けさが戻ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「い、今のは・・・何?」
「ルーツさ。」
「え?・・・」
「さぁ、行こう。」
「行こうって・・・」
「もう安心だよ。」
ハンスはニヤッと笑って、穴から出ていってしまった。
レファもあわてて後を追う。
「ねぇ、何があったのよ?」
「行けば解るよ。たぶん成功した。」
これ以上聞いても役に立つ答えは返ってこない。
とにかく自分の目で確かめるほか無い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ルーツとドラゴンが居たであろう辺り。
何か焦げているようなにおいが辺り一面に漂っている。
「ルーツ、何処に行っちゃったんだろう?」
心配そうに辺りを見回すレファ。
「たぶんこっちだよ。」
ハンスはドラゴンの出てきた穴を指さした。
ハンスと2人でその穴の入り口に入ったとたん、ルーツの姿があった。
地面に仰向けになり、全身が煤で真っ黒くなり、あちこちに傷を負っていた。
「ルーツ!」
「大丈夫?」
「・・・・・・ん・・・ぁ・・・ぁあ、何とか生きてら。」
「良かった、心配したんだよ!もぅ!」
当たり散らすかのようにルーツの肩を拳で叩きながら、レファの目からは涙があふれそうになっていた。
「おいおい、泣くなよ。だいじょうぶだって。」
「・・・バカッ!」
ルーツが立ち上がるとレファが抱きついてきた。
とにかくなんだか解らないが、ルーツが無事に生きていたことが何より嬉しかった。
「おいっ!ちょっと待て!」
ルーツが抱きついてきたレファを押しのける。
腰に付けた革袋の中に手を入れ、中をまさぐる。
「お、無事だったか。」
そう言って袋から出したのは、琥珀色の玉。
卵より少し大きめで、その中心からは不思議な光が漏れていた。
「あ・・・カマラ・・・」
「お約束の品だぜ。」
煤で汚れた顔で不適な笑いを浮かべながら目の前にかざす。
「ありがとぅ〜!」
受け取ろうと手を伸ばしたレファ。
とっさに袋にしまうルーツ。
「まだダメだ。帰ったら渡してやる。成功報酬と引き替えだ。」
「え〜、チョットくらい見せてよ。」
「今見せただろ。さぁ、帰るぞ。」
「ケチ!」
「ケチで結構!」
「ドケチ!」
「あぁ、俺はドケチだ。ドケチで大いに結構!」
「っんもう・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はい、約束の報酬。」
「それじゃ、これ。」
ルーツが腰袋から「カマラ」を取り出す。
机の上の金貨の山の横に並べた。
「ね、一つ聞いてもイイ?」
「何だ?くだんねぇ事聞いたら承知しねぇぞ?」
「最後にドラゴンをやったときのすごい音。あれ、何?」
「あん、あれか?サンダーボールって知らねぇか?」
「え、うん。知ってるよ。」
「そう、あれだ。」
「って、あなた、サンダーボール持ってたの?!」
レファの顔が驚きの表情に変わり見る見る疑惑の表情に変わる。
「ちょっと・・・それって・・・」
「あぁ、持ってった。」
「も、持っていたって・・・あんた達ねぇ・・・あれを手に入れるのに人がどれほど苦労したと思ってるのよ!」
「何だよ。どうせ持っていくつもりだったんだろう?」
「ちが〜う!あれはあれで大切なの!バカ!」
「バカとは何だ!あれを俺が持っていってなきゃ今頃みんなで仲良く仏さんだぜ?!」
「サンダーボール使っちゃってどうするのよ!返しなさいよ!」
「そりゃ無理だわ。ありゃ使ったら無くなっちまう。」
「解ってるわよ!だから・・・だから・・・こぉの、バカモノォ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レファが「カマラ」を手に入れてから3回目の収穫祭が終わった翌日。
下町にある酒場の一角。
「ぁんだと、この分からず屋!」
「分からず屋はそっちでしょ!イイ?よく考えなさいよ。」
「よ〜く考えても一緒だ。サンダーボール取りにそんな所まで行ってたら2ヶ月はかかるぜ?」
「元はと言えば誰のせいだと思ってるのよ!」
「あんたがあんなモン取りに行くなんて言い出さなきゃ良かっただけの話だろうが。」
「ちょ、ちょっと・・・2人ともさ、ね、ケンカやめようよぉ。」
酒場で未だに日常的に行われているような言い争い。
周りにいる客は全く聞こえないかのようなそぶり。
店の店員もしかり・・・
「ね、ルーツの言いたいことも解るけどさ、奥様の言うこと聞かなくっちゃ。」
「その、奥様ってのがすごく納得できねぇ・・・」