三題噺
林の中を駆けて行く男達が、目の前を走り抜けていく。
彼等は皆一様に瞳をギラつかせ、血走った眼で只一点だけを見つめていた。
「待ちやがれ!!」
「回り込め、囲むんだ!!」
必死な男達は叫んだ。それでも木々の間を縫うように駆ける様子は、獣の様な身軽さを思わせた。
慣れている様だった。
獲物を逃がしまいと、切迫した声調がその意気込みを物語っていた。
「……」
黒い外套だけを羽織った様な男は横から、何をするでもなくぼんやりと、その事の成り行きを眺めていた。
まるっきり他人事である。
(人一人を追うのに随分必死なのな……)
五人組の男の先には、ぼろきれの様な服を纏った女性とおぼしき人物がいた。
目深に被った帽子から絹糸にも似た、艶やかな金髪がここからでも確認出来る。
とうとう女性は素っ頓狂な声を上げて転倒した。それを見るや、先頭を走っていた男が飛び付く。
「やっ……やめて!!」
女性特有の甲高い声が辺りに響く。
しかし、それも虚しく空に吸い込まれる。
昼下がりの林は、必死な女性を覆い隠す様な薄暗さを湛えていた。
ただ、何となく付いてきた外套男はそれを黙って見ていた。
──が、その女と不意に目が合う。
「助けて」と潤んだ瞳は痛切に訴えていた。
「──ッ!?」
男は息を呑んだ。
そこに唯一の肉親の死が重なって見えた。
髪や瞳の色は勿論、顔すらも違っていた。それでも彼には、最期を看取る事の叶わなかった妹に重なった。
強いて言うなら、若干の面影が有るほどだ。
気が付けば、剣帯に提げられた長剣の柄に手を掛けていた。
身の丈程の剣を片手持ちにし、刀身で男の首筋に叩き付けた。
「ガッ!?」
短い悲鳴を上げて一人が昏倒した。
「あんたらとは短い仲だった。……ではな」
「てめ──」
「……寝てろ」
言うが早いか、男は鞘と剣の腹を駆使し、あっと言う間に三人を叩き伏せる。残る一人へと矛先を向ける。
「テメェ……こいつがどうなっても良いのか!?」
すがるように女を盾にする男。
僅かに錆の浮いた剣を、その喉元へ突き付けた。
しかし、外套の男は動じる素振りすら無い。
それどころか、
「……それがどうした。殺れるってんなら、殺ってみろ」
相手方の恫喝と言う暴挙に出る。
「「──っ!?」」
両名が息を呑む。
片や山賊紛い、こちらは元騎士。気迫と言うべき物の違いはそこからだった。
(やべぇ、殺される……!?)
「チッ、分かった!!消えるさ!?」
そう言うと気絶した仲間を引きずり、林の中へと消えていった。
「……ぁ!?」
顔だけ女へ向けると、思わず顔を覆う。それはあられもない姿だった。
山賊は粗方の服を引き裂いた後だったのか、白い肌が露出している。
それどころか、男にはない双丘は自己主張を大きくしていた。
身体を隠すようにはしているが、悲しいかな殆んど隠れていない。そこでもうひとつ思い至る。
(あ、剣もヤバいな……)
失態に気が付き、得物を鞘へ戻す。
女は気の毒に思うほど、耳まで真っ赤にして羞恥に震えていた。
「〜〜〜〜!?」
「大丈夫だ、何もしねぇよ」
(信頼されないだろうが、よ)
自嘲気味に付け加えると、外套をひっつかみ女へと渡した。
呆けた様な顔をされた。
「へ……?」
「それ着て街にでも行きな。騎士に頼めば手厚く保護してくれる筈さ」
「どうして私を──」
遮って背中越しに答える。
「さぁね、ただの気まぐれさ」
肩を竦めると、気疲れした身体を引きずって行った。
暫く歩くと川に行き当たった。
(さて、これからどうしたものか……)
諸手で水をすくい、一口呑むと思索にふける。
生活費を稼ぐために山賊をしてはいたが、最早山賊にも戻れない。騎士に戻ろうにも、その誇りは今や錆びていて見る陰もない。
(盗人、か……)
そして、捕まった挙げ句に殺されてしまうのも、あながち悪い道ではないかも知れない。
「……で、アンタは何時までくっついてくるご予定で?」
「…………ベヴ!?」
横で水を飲んでいた女がその一言でむせ返った。
「あぁ、もう。仕方ねぇな……」
「ケヘッ、カハッ!!」
背中を叩いて、少しだけさする。楽にはなるだろう。
妹にしていたことが、まさかこうも役に立つとは、思いもよらなかった事だ。
「あ、有り難うございます」
礼を言われる。
唐突だったので驚いたことも有るのだが、
「礼は良い。だが、ちょっと離れろ……。その、色々と目の毒だ」
「……?…………ッ!?」
どうやら、言われてやっと気が付いたらしい。
鈍いと言うか、無防備極まりない。
ずたぼろの服の上に黒い外套姿だ。
端から見なくても、色んな意味で商売女より質が悪い。気まずくなって視線を逸らす。
彼女は慌てて言った。
「ごめんなさい……」
「謝る事ねぇだろ」
「もっと……見たかった?」
「ンな訳あるか!?」
気が付けば喚いていた。
ビクリと肩を震わせた女に気付き、猛省する。
「すまん……。ところで街には行かないのか?」
「ま、街ですか?」
無言で頷き、続きを促す。
暫く思案していたかと思うと、ようやく口を開いた。
「……えっと、分かりません」
もう一口水を飲もうとして、
「──ブフッ!?」
口の中の物を盛大に吹き出した。
(……もしかして、後を付いてきた理由って……?)
嫌な予感を感じながらも、返事を待った。
そして、その予感は見事的中することになる。
「それで、お願いなのですが……。街まで案内……していただけますか?」
「……分かったよ」
「あっ、ありがとうございます!!」
女の表情は花が咲いたような笑顔になった。
それとは対照的に男は暗い表情だ。
(巡り合わせってヤツかね……しかし──)
それは面倒臭そうな表情だったが、自嘲気味で、何処か寂寥感とも言える物がない交ぜになった様で。
(──どうして、俺はこれが嬉しいのか分からない……)
こっそり、それとは知られない様にただ空を仰いだ。
読んでくださった方、ありがとうございました。
如月 恭二です。
若輩者で、駆け出しですが如何だったでしょうか。
小説情報にも有ります通り、執筆の練習です。
もし「異端の魔剣士」をお楽しみにしている方がいらしたらすいません。
やはり数をこなすのが一番かと思いましたので……。
尚、異端の魔剣士は現在、二話執筆の最中です。
中断ではありませんので、ご安心を!!
じっくり考えながらの製作で、時間も掛かると思いますが宜しくお願いします!!
H27.1.24 如月 恭二
三題噺作製後にて……。