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貧乳ですけどなにか?  作者: 藤宮 蒼
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フラッシュバック

 澪が悟の机に手紙を入れたその日。委員会で遅くなった澪は教室で二人が話をしているのを聞いてしまった。悟に書いたはずの手紙を隣のクラスの子が読んで悟も聞いていた。

「一年前から好きでした。だってよ。でもおまえ胸が大きい子が好きじゃなかったか?」

「まあ、ないよりはあたった方がいいよな」

澪はそれを聞いてこんな人を好きになったの?と憤慨し、自分に腹が立った。手紙なんか書かなければよかった。

ガラッと教室の扉を開け、ずかずかと二人に歩み寄り、手紙を強引に奪った。

「貧乳ですけど何か?」

机からバックをグイッと持ち教室を後にした。

呆然とする二人を残して学校を出てからしばらく公園ですすり泣いた。

あれからずっと好きな人はできなかった。

結局、悟が本当に悪い人ではないのを知っていたし、優しい人なのも知っていた。だからずっと引きずっていたのだ。

「澪ちゃんは悟を知っているのかい?」

おじいちゃんの声に澪ははっとした。

「高校の時の同級生です」

今にも消えそうな声になってしまった。

そうなのかそうなのかとおじいちゃんは何故か嬉しそうだ。

「悟はうちの孫での」

孫?

澪はくらっとした。もうこの喫茶店に出入りできないかもと、俯いた。

「豆の仕入れを悟に任せとるからたまにここにも来ていたが、今まで会わなかったのが不思議だのう」

何故か更にご機嫌なおじいちゃんを澪はもう会えないかなと思って複雑な気持ちになった。

「おじいちゃん。今日はありがとう。今日はもう帰るね」

「あれ。ゆっくり話しでもしていけばどうだい?」

それはちょっと無理なの。

バックを持って出口のドアに手をかけたとき、待ってと声がした。

「川原さん。ちょっと話そう。じいちゃん、奥の部屋使わせて」

悟は強引に澪の腕を掴んで奥に連れ込んだ。

部屋にストーブを付け、座ってと丸椅子を澪に手渡した。倉庫になっているのかとても冷え込んだ部屋に沈黙が続いた。

「ごめん」

長い沈黙のあと悟はいきなり謝罪から言葉を紡いだ。

悟を見つめる瞳が大きくなる。

「あのとき本当に酷いことして。あのとき本当は嬉しかったんだよ。でも手紙は隣のクラスのやつから借りてた教科書から出できたから、勝手に読まれて」

澪はやりきれない気持ちになった。確かに緊張していて適当に手紙を入れた。

「あのとき、隣のクラスだった里中な。川原さんのこといいなって言ってたから、俺に八つ当たりのつもりであんなこと言ったんだろうけど。まさか川原さんに聞かれるとは思ってなかった。川原さんが怒るのはあたりまえだ。でも本当にそう思ってた訳じゃない。川原さん綺麗だったし、今も綺麗だけど俺も少し憧れてたし」

私に憧れてた?

「結局あのあと二人とも失恋したようなもんだったから。身から出た錆だよな」

ごめんともう一度謝られ、深々と頭をさげる。

「そうだったんだ」掠れた声が出た。

最初から手紙でなく直接告白していればうまくいっていたのかと急に力が抜けた。しかしもう昔のことだ。

「川原さんの性格だと、もしかしてもうここに来ないつもりだろ?」

体がびくっと震える。やっぱり、と悟がため息交じりの声で言ってくる。

「あのときのことは完全に俺たちが悪かった。でもじいちゃんには関係ない。川原さんが来ないと寂しがるよ。俺はたまにしかこないしいつも通り来てほしい」

確かにおじいちゃんは何も悪くない。私の気持ちの問題だ。

「じいちゃんよく話してたよ。とてもいい子だって」

川原さんだとは知らなかったけどと、ぼりぼりと頭を掻いた。

「私、嫌われてなかったんだ」

「本当にごめんな。まだ子供だったんだろうな。今はもう後悔はしたくない」

澪ももう後悔はしたくない。おじいちゃんと会わないなんてしない。

「ありがとう。これからも通わせてもらうね」

澪は今までの会社での出来事なんかどうでもよくなった。結局会社は何もしてくれない。

これからは幸せになりたい。

悟に微笑んだ。

「川原さん高校の時より背伸びた?」

「あー。そうだね。二十歳くらいまで伸びてたから。運動もできないくせに百七十まで伸びちゃって」

「羨ましいな。俺結局あれから伸びなかったから」

百六十五センチだと男性ではかなり小柄な方だろう。

「川原さんって呼びにくいでしょ?みおでいいから」

「いきなりだな。急に呼べないよ」

「学生じゃあるまいし」

「これでも憧れてた子だぞ?急にはなあ。じゃあおまえも悟って呼べよ」

「はい。さとるくん」

「おまえなあ。簡単に呼ぶね。どきっとするだろ」悟の顔が真っ赤になって澪は何故か嬉しくなった。今までずっとしこりのように胸にあったものが、すっと溶けてなくなったように清々しい気分だった。



 俺を見て笑っている。悟も昔を思い出していた。

あの日。里中に数学の教科書を返し忘れていたのがすべての始まりだった。

机に入ってるから勝手に取ってと言ったのも全部裏目に出た。まさか川原澪からの手紙が入っているなんて思わないだろう普通。

あっという間に里中に読まれていた。川原のことを気に入っていたから俺に対して八つ当たりをしているだろうと思って、話しを合わせるふりをした。実際俺も川原に憧れていた。すらっとしたモデルのような体格。綺麗な黒髪。笑顔が可愛くて、しかし憧れてしまうと話しができなくなってしまう。そんなとき手紙を貰えるなんて。一人家でゆっくり読みたかった。傷つけることになってしまって本当に後悔した。謝ろうかと後を追って、公園で声も出さずに泣く姿を見て、もう何も言えなかった。言う資格もない。里中と二人、自分たちで好きな女性を失って馬鹿みたいだった。


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