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『沈黙の翼(ブルーガルーダ)』 ~その海で、僕たちは大人を信じられなくなった~  作者: 水前寺鯉太郎
ブルーガルーダ号沈没編

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第8話:白きカーテンの向こう側

第8話:白きカーテンの向こう側

1. 暴かれた腐蝕

 その瞬間は、祈りよりも唐突に訪れた。

 船体を執拗に蹂躙していた乳白色のカーテンが、死神の吐息のような風に煽られ、急速に透けていく。視界を遮断していた「白い壁」が崩壊し、朝の陽光が残酷なまでに鮮明に、変わり果てた『ブルーガルーダ号』の死に体を照らし出した。

「……あ」

 陽太が、浸水に洗われるデッキの上で、魂の抜けた声を漏らした。

 霧が晴れた紺碧の海原。そこには、俺たちの空想を遥かに超えた地獄が顕現していた。右舷側に50度近く傾ぎ、内臓を曝け出すようにして沈みゆく黄金の客船。その数百メートル先には、船首を蛇腹のようにひしゃげさせた貨物船が、力尽きた獣のように黒い煙を吐いて漂っている。

 だが、何よりも俺たちの網膜を灼いたのは、水平線の彼方からこちらを目指してくる「白と赤の閃光」だった。

「海保だ……。巡視船が、来てる!」

 鏡のような海面を切り裂き、白い飛沫を上げて疾走する巡視船『あきづき』。そこから放たれた数隻のゴムボートが、水面を飛ぶようにして、こちらへ猛スピードで肉薄してくる。

2. 希望という名の劇薬

 視界の回復と、救助の到来。その事実は、絶望という麻酔にかかっていた生徒たちに、暴力的なまでの活力を注入した。

「こっちだ! 助けてくれ! 生きてるぞ!」

「ここだよ! お願い、見捨てないで!」

 地獄の淵から這い上がってきたクラスメイトたちが、血と油に汚れた制服を千切れんばかりに振り回し、喉を潰して叫び声を上げる。

 だが、俺は一眼レフの望遠レンズ越しに、極低温の現実を直視していた。

 ゴムボートは確かに速い。だが、三万トンの鉄塊が海水を飲み込み、海底へと引きずり込まれる「物理的な落差」は、それを遥かに凌駕している。

 船体からは、鋼鉄の骨組みが次々と破断する「銃声」のような音が絶え間なく響き、傾斜は一秒ごとに角度を増していく。今、この巨体が完全に横転すれば、周囲のすべてを飲み込む巨大なボルテックスが発生し、近づくボートもろとも、俺たちを深淵へと引きずり下ろすだろう。

「陽太、喜ぶな! 救助が着くのが先か、俺たちが渦に呑まれるのが先か……心臓が百回打つ間に、勝負は決まるぞ!」

 俺の咆哮に、陽太が弾かれたように表情を強張らせた。

3. 黄金の墜落

 ゴムボートが、エンジンの咆哮とともに目前まで迫る。オレンジ色の救命胴衣を纏った保安官が、メガホン越しに、張り裂けんばかりの声を飛ばした。

「近づけない! 渦に巻き込まれる! 全員、一人ずつ海へ飛び込め! 泳げ、ボートまで泳ぐんだ!」

 非情な通告だった。

 船内にはまだ、足のすくんだ者や、崩落した什器の下敷きになって動けない仲間が数多く残されている。海水はすでに、俺たちが立っているメインデッキの端を噛み砕き、黄金のガルーダの紋章を、汚れた泡とともに飲み込んでいた。

「行くぞ、陽太。泳げない奴を担ぎ出す。……俺たちの『修学旅行』を、こんな汚れた海の底で終わらせてたまるか」

 俺は一眼レフを手に取り、最後の一枚――沈みゆく黄金の翼と、その先に広がる無慈悲な青空をフレームに収めた。そして、その「記録の塊」を防水バッグに叩き込むと、カメラマンとしての指ではなく、一人の生存者としての腕を仲間に向けて伸ばした。

 燦々と降り注ぐ朝の光の中で、沈みゆく鉄の城。

 その美しすぎるコントラストの中で、命の糸を繋ぎ止めるための、血を吐くようなデッドヒートが幕を開けた。

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