第19話:業火の門
第19話:業火の門
1. 牙を剥く「正義」
あの日、櫂がライブ配信で放った一撃は、ガルーダ・ラインという巨大な虚飾の城を一瞬で炎上させた。
翌朝、ガルーダ社本社ビルの前は、数千人の群衆で埋め尽くされていた。昨日まで櫂の自宅を包囲していたはずの動画配信者や野次馬たちは、今や「真実の守護者」を自称し、ビルのエントランスに向かって怒号を叩きつけている。
「人殺し! 証拠を隠滅した責任を取れ!」
「沈めたのは船じゃない、子供たちの未来だ!」
プラカードが波のように揺れ、投げつけられた生卵や赤い塗料が、美しく磨き上げられたガラス張りの壁を「汚染」していく。皮肉なものだ。ガルーダ社が櫂を黙らせるために使った「世論」という武器が、今や彼ら自身の喉元を焼き切る業火となっていた。
2. 崩壊する防衛線
ビルの中では、代理人の久瀬が、止まらない電話と鳴り響くサイレンの音に、かつての余裕を完全に失っていた。
「……そんなはずはない! あのガキの証拠など捏造だと言い張れ!」
久瀬の叫びは、虚しく廊下に響くだけだった。すでに下請け企業や取引先からは次々と絶縁状が届き、昨日まで「沈黙料」を受け取っていたはずの関係者たちは、保身のために次々とメディアへ「内部告発」を始めていた。
ネット上では、櫂が映し出した「高級腕時計の男」の特定作業が凄まじい速度で進んでいた。
『このバッジ、国土交通省の幹部のものと一致』
『事故当日の特等席の乗船名簿、この名前だけが消されている』
人々はパズルを埋めるように、隠蔽の地図を完成させていく。ガルーダ・ラインがひた隠しにしてきた「特権階級への便宜」と「杜撰な管理」というドス黒いヘドロが、白日の下に引き摺り出された。
3. 少年が見つめる「審判」
群衆の後方、少し離れた歩道橋の上で、櫂は静かに一眼レフを構えていた。
ファインダーに映るのは、怒りに燃える人々。逃げ場を失い、シャッターを下ろしたガルーダ社の入り口。そして、慌ただしく出入りする検察の捜索員たち。
「……すごいな。世界が、本当に変わってる」
隣に立つ陽太が、呆然と呟く。陽太の父親の会社には、今朝早く、かつての取引先から「誤解だった、取引を再開したい」という謝罪の電話が相次いだという。
「変わったんじゃない。俺たちが、無理やりこじ開けたんだ」
櫂はシャッターを切った。
だが、その瞳に喜びはない。どんなにガルーダ社が糾弾されようと、どんなに久瀬が失脚しようと、海の底に沈んだ三百人の命は戻ってこない。
「陽太。……あの『腕時計の男』だけは、まだ逃げてる。ガルーダ社をトカゲの尻尾にして、自分だけは暗闇の中に隠れようとしてる」
櫂はレンズをズームさせ、ビルの最上階を見上げた。
本当の戦いは、ここからだ。会社という組織を叩き潰すことではない。その背後に隠れ、子供たちの命を使い捨てにした「真の黒幕」を、この光の下に引きずり出すこと。
その時、櫂の背後に、一台の車が静かに止まった。
降りてきたのは、かつて櫂を門前払いした新聞記者の吉岡だった。その手には、自らの進退を賭けて書き上げた「特報」のゲラが握られていた。




