第17話:ノイズの中の真実(ライブ・エビデンス)
第17話:ノイズの中の真実
1. 10万人の監視者
場所は、かつて通った放課後の溜まり場、今は誰もいない廃校の教室だ。
櫂はノートパソコンの前に座り、震える指でライブ配信の開始ボタンをクリックした。
タイトルは――『ブルーガルーダ号、300人の最期。そして、大人が隠した証拠』。
開始からわずか数分。ネット上で「嘘つきの少年」として有名になっていた櫂の配信には、野次馬、中傷目的のアンチ、そして奇跡を信じたい遺族たちが雪崩れ込み、視聴者数は瞬く間に10万人を超えた。
チャット欄には、視認できないほどの速度で罵詈雑言が流れていく。
『また売名かよ』『偽造写真を見せる準備はできたか?』『早く謝罪して消えろ』
櫂は、その荒れ狂う言葉の海を、冷徹な目で見つめ返した。
2. 剥き出しの「記録」
「……僕は、謝りません」
櫂の声が、マイクを通じて世界中に響く。
「僕が今日見せるのは、僕の言葉ではありません。あの海が、そして僕のカメラが、命と引き換えに記録した『事実』です」
櫂が画面を共有した。
モニターに映し出されたのは、新聞社ですら拒絶した、あのノイズだらけの写真だ。
傾斜するデッキ。崩落するコンテナ。そして、その阿鼻叫喚を特等席から見下ろす、高級腕時計をはめた男。
「見てください。この男は、船が沈み始めた時、真っ先に逃げた救命ボートに乗っていました。ガルーダ・ラインの役員名簿には載っていない『特別客』です。……吉岡さん、あなたが言えなかった名前を、僕がここで言います」
櫂は、その男の背後に写り込んでいた、ある「徽章」を拡大した。
それは、運輸行政を司る政府高官のものだった。
チャット欄の動きが、一瞬、完全に止まった。
3. 壊れた防波堤
写真は一枚ではなかった。櫂は、修復に成功した数秒間の動画ファイルを再生した。
そこには、浸水に気づいた生徒たちが「助けて」と窓を叩く向こう側で、救助を待たずに走り去る船長のボートと、それを見送る「腕時計の男」の姿が、残酷なまでに鮮明に記録されていた。
「これが、皆さんが『不可抗力』と信じ込まされていた真実です。……僕を叩いてもいい。家族を呪ってもいい。でも、この写真だけは、死んだ彼らの代わりに見てください」
櫂の瞳から、一筋の涙がこぼれ、机に落ちた。
配信画面の向こう側で、何かが崩壊する音がした。アンチの罵倒が消え、代わりに『……これは、嘘じゃない』『ごめん』『何でこんなことが』という言葉が、激流となってチャット欄を白く埋め尽くしていく。
その時、教室の外で激しいブレーキ音が響いた。黒塗りの車が数台、校門を強行突破してくる。
「櫂、逃げろ!」
画面外で監視をしていた陽太が叫ぶ。
だが、櫂は逃げなかった。カメラをまっすぐに見据えたまま、彼は最後の一枚――あの日、自分を救ってくれたオレンジ色の機動救難隊の背中を画面に映した。
「記録は、もう世界中に散らばった。……消せると思うなよ」
ドアが蹴破られる寸前、櫂は静かに配信終了ボタンを押した。




