第16話:聖域の門
第16話:聖域の門
1. 牙を抜かれた「第四の権力」
都心にある東西新聞社のロビーは、不気味なほど清潔で、冷淡だった。
受付の向こう側で、数時間前に櫂の顔を「嘘つきの少年」としてテレビで見たばかりの警備員が、露骨な警戒心を露わにする。
「水江櫂です。社会部の吉岡さんに……半年前に取材を受けた吉岡さんに会わせてください」
櫂は、リュックの底にある「SDカード」を、握りつぶさんばかりに握りしめていた。
一時間待たされた末に現れた吉岡という記者は、以前会った時のような情熱的な眼光を失っていた。彼は櫂をロビーの隅にある死角に誘うと、困り果てたように声を潜めた。
「水江君、帰ってくれ。君の言い分は分かっているが、今の君を誌面に出すのは、会社としてリスクが大きすぎるんだ。ガルーダ・ラインはうちの筆頭広告主だ。それに、今の君は『世論』を敵に回している」
2. 鋼の「証拠」
「吉岡さん。あなたはあの日、病院のベッドで僕に言いましたよね。『真実を記録するのが僕らの仕事だ』って」
櫂は、汚れて傷だらけのノートパソコンをテーブルに広げた。
「これが、僕の記録です。あの船と一緒に沈み、地獄から引き揚げてきた真実です」
画面に映し出された、激しいノイズに塗れた一枚。
過積載のコンテナが崩落する瞬間。そして、その様子を高い位置から冷然と見下ろす、高級腕時計の男。
吉岡の息が止まった。記者の本能が、その写真の「熱量」に反応し、彼の身体を硬直させる。
「……これは……。この角度は、車両甲板の監視カメラじゃない。もっと高い……特等客室のバルコニーか?」
「そうです。この男は、事故の瞬間、そこから『すべて』を見ていた」
櫂の言葉に、吉岡の手が震え始める。だが、彼はすぐに苦渋の表情で顔を上げた。
「……素晴らしいスクープだ。だが、出せない。編集長が、いや、役員会が潰す。今のうちの会社に、これを持ってガルーダ・ラインと戦う勇気はない」
3. 少年による「報道」
櫂は静かにパソコンを閉じた。
怒りはなかった。あるのは、この世界を支配する「システム」への深い絶望と、それを超える決意だ。
「分かりました。新聞に頼った僕が間違っていました」
「待て、水江君。……どこへ行くつもりだ」
櫂は立ち上がり、ロビーの自動ドアに向かって歩き出した。その背中は、半年前に救助された時の震える少年のものではなかった。
「自分のやり方でやります。吉岡さん、あなたが書けないなら、僕が世界中にシャッターを切り続けます。……たとえ、今日から僕の居場所がなくなっても」
新聞社を出ると、外には相変わらずスマホのカメラを向けてくる配信者たちがいた。
「おい、嘘つき! 今日は何を捏造しに来たんだ?」
罵声が飛ぶ。だが、櫂は立ち止まり、彼らの方を真っ向から見据えた。
懐から取り出したのは、あの壊れた一眼レフカメラだ。
「撮れよ。僕を撮って、拡散しろ。……この中に何が入っているか、今からお前たちのその画面を使って、世界中に見せてやるから」
逆風を帆に受ける。
水江櫂の、既存のメディアさえも敵に回した、本当の「戦場」が始まった。




