第15話:泥の十字架
第15話:泥の十字架
1. 液晶の中の処刑場
法廷での宣戦布告から数日。櫂のスマホは、もはや情報端末ではなく、彼を四方八方から刺し続けるための「針の山」と化していた。
SNSを開けば、匿名の悪意が奔流となって溢れ出す。
『正義の味方ごっこで、遺族の補償金を邪魔するガキ』
『こいつも実は裏で相手側の会社から金をもらってるんじゃないか?』
櫂が証言を曲げなかったという事実は、歪んだ情報として拡散され、いつの間にか彼は「遺族全員を敵に回した利己主義者」へと仕立て上げられていた。
家の前には、報道陣に混じって「正義」を自称する動画配信者たちが屯し、玄関に生卵を投げつける。
「出てこいよ、嘘つきカメラマン! 仲間の命を売って有名になりたいのか!」
カーテンを閉め切った暗い部屋で、櫂は震える母の背中を抱きしめるしかなかった。真実を語った報いが、なぜ自分ではなく、家族に向けられるのか。
2. 壊された平穏、折れたエース
陽太の状況は、さらに悲惨だった。
ガルーダ・ラインの系列企業が取引停止を宣言したことで、父親の経営する工場は資金繰りが行き詰まり、倒産が現実味を帯びていた。
櫂が陽太の家を訪ねたとき、かつての輝かしいエースの姿はどこにもなかった。
「……櫂、もう、限界だよ」
陽太の頬はこけ、玄関先で力なく首を振った。
「さっき、同級生の親から電話が来たんだ。『お前の家が意地を張るせいで、うちが受け取れるはずの賠償金が減る。責任を取れ』って……。俺たちはあの日、一緒に水を飲んで、一緒に震えた仲間じゃなかったのかよ」
陽太の父親は、倒産を回避するために土下座をして回っているという。櫂を見つめる陽太の瞳には、かつての友情ではなく、隠しきれない「怨嗟」が滲んでいた。
「櫂……お前の正義は、俺の家族を殺しても守る価値があるものなのか?」
その言葉は、あの日浴びた冷たい海水よりも深く、櫂の心臓を凍りつかせた。
3. 闇に浮かぶ「真実」
逃げるように向かったのは、街の場末にある、カビとオイルの匂いが染み付いた雑居ビルの一室――『偏屈な修理屋』の工房だった。
店主の老人は、拡大鏡を覗き込んだまま、入ってきた櫂に振り向きもしなかった。
「外は随分と賑やかだな。……小僧、お前を地獄から救うか、あるいは地獄の底へ突き落とす画が、ようやく現像できたぞ」
老人が古いモニターを指し示す。
そこには、ノイズと激しい色の欠損にまみれながらも、はっきりと映し出された「事実」があった。
傾斜が始まる直前、車両甲板でワイヤーが弾け、過積載のコンテナが雪崩のように崩れ落ちる瞬間。そして、その影で——高級な腕時計をはめた「誰か」が、その光景を冷然と見下ろしている姿。
「……これだ」
櫂の声が、絶望の中で鋭く震えた。
「この一枚があれば……」
「ああ、奴らの嘘は壊れる。だがな、小僧」
老人が初めて櫂を真正面から見た。その瞳には、かつて同じように「真実」を追って敗北した者だけが持つ、深い憐憫があった。
「この画を世に出した瞬間、お前の日常は二度と戻らない。それでも、シャッターを切るか?」




