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『沈黙の翼(ブルーガルーダ)』 ~その海で、僕たちは大人を信じられなくなった~  作者: 水前寺鯉太郎
ブルーガルーダ号沈没編

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第11話:黄金の墓標

第11話:黄金の墓標

1. 深淵へ消えた咆哮

 それは、世界そのものがへし折れるような、耳を劈く断末魔だった。

 最後の一人がヘリの吊り上げワイヤーに固定された刹那、ブルーガルーダ号の右舷が完全に海面に没した。

 三万トンの鉄塊が垂直に立ち上がり、重力という名の絞首刑に処されるようにして、夜よりも暗い深淵へと吸い込まれていく。圧縮された空気が爆ぜ、海面を巨大な白い飛沫が覆い尽くした。

 渦が収まった後に残されたのは、無数に漂う救命胴衣と、かつての「日常」を無惨に引き裂いた残骸の群れ。

 ヘリの機内からその光景を見下ろしていた櫂は、叫ぶことすら忘れていた。

 ファインダー越しではない、剥き出しの網膜に焼き付いた最後の光景は、荒れ狂う波間に浮かぶ、数百もの「動かなくなったオレンジ色の点」だった。

2. 死者の重力

 翌朝、収容先の体育館。

 漂白剤の匂いと、小刻みに震える生存者たちの啜り泣き。その冷え切った空間に、ラジオの無機質な音声が「死」を算術的に刻んでいく。

「……乗客乗員五百名のうち、救助されたのは百九十名。現在の死者・行方不明者は計三百名。未だ捜索は続いていますが、船内への浸水状況から生存の可能性は絶望的です」

 その場にいた全員が、呼吸を止めた。

 死者のうち、二百名が自分たちの同級生。十名が、未来を語っていた教師たちだった。

 昨日まで教室で笑い合い、進路に悩み、恋に胸を焦がしていた仲間たちの五分の三が、冷たい鋼鉄の棺とともに、光の届かない底へと取り残されたのだ。

「……嘘だろ。あいつら、あんなに必死に……遺書まで書いたのに。……一文字も、届かなかったのかよ」

 陽太が、乾いた砂を噛むような声で呟き、顔を覆った。

 大人が逃げ出した船の上で、震える手で綴られた少年たちの「最後」は、誰にも読まれることのない、重すぎる海の藻屑へと成り果てていた。

3. 凍りついた記録、燃える眼光

 櫂は、手元に残った防水バッグから、ずぶ濡れの一眼レフを取り出した。

 電源ボタンを押しても、液晶は死んだままだ。レンズの奥には、腐食を誘う海水が濁った層を作っている。

 だが、櫂の脳裏には、いかなる現像液でも消せない「地獄」が定着フィックスされている。

 濁流の中で、最後まで仲間の手を離さなかったあいつの絶叫。

 ボートで霧の向こうへ逃げ去った、偽りの船長の卑しい背中。

 そして、現場に駆けつけながら、システムの欠陥の前に立ち尽くしたオレンジ色の潜水士たちの、血の涙を流すような眼差し。

「……違う」

 櫂は、動かなくなったカメラを、指が白く、骨が浮き出るほど強く握りしめた。

「あいつらを殺したのは、霧でも、海でもない」

 利益のために過積載を命じた経営者。責任を放棄して逃げ出した代行船長。そして、この悲劇を「不可抗力」という言葉で片付けようとしている、安全な陸の上にいる大人たちだ。

「忘れない。……一秒たりとも、忘れてやるもんか」

 櫂は、死んだカメラの底から、生存の証であるメモリーカードを抜き取った。濡れたそれを、シャツの胸ポケットへ、自分の心臓に一番近い場所へと押し込む。

「全部、暴いてやる。この海の下に、何が沈められたのかを。……お前たちの死を、ただの数字にはさせない」

 窓の外では、まだ空しく捜索を続けるヘリの音が響いている。

 黄金のガルーダは沈んだ。だが、生き残ってしまった少年たちの、長く、暗く、そして苛烈な「告発」の旅は、ここから幕を開ける。

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