超がんばる
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「戻れ戻れ!」
味方の声が遠くで反響する。戻らなきゃいけないと分かってるのに、左足がまるで他人のものみたいに言うことを聞かない。
「っ……!」
痛みが脳天まで突き抜ける。視界がぐらりと揺れて、地面がやけに近く感じた。それでも倒れないように歯を食いしばって体を前に運ぶ。
4組はもうボールを前線へ運んでいる。味方が必死に戻っている。俺だけがワンテンポもツーテンポも遅れている。フラフラで自分でも分かるくらい情けない走り方をしている。観客の声が耳に入ってきた。
「あの人どうした?」
「バテたんじゃね?」
他人の声がやけにはっきり聞こえる。
「クソっ……!」
悔しくて走ろうと気合いを入れるも、やっぱり左足は動いてくれない。みんなは前半から走っているのに、古川は自分の顔にボールをぶつけてまでシュートを防いだのに俺だけが何も出来ていない。
「……はは」
喉の奥で乾いた笑いが漏れた。
何やってんだ俺。必死に走って、必死に勝とうとして、必死に誰かに見せようとしてる。めんどくさいから、勝ち負けとかどうでもいいから。そうやって中学でサッカーを辞めたのは他でもない俺だ。
痛い思いしてまでやる意味なんて……本当にあるのか?
「柄じゃない……」
こんな怪我抱えてまで、痛みに耐えてまで、必死に戦うとか俺には向いてないんだ。
やめるか?
ふとそんな考えが頭をよぎり、フラフラな足が止まりそうになった。
今ここで立ち止まってもいい。足を押さえて座り込んで、「無理でした」って言えばいい。誰も俺を責めたりはしない。むしろ「よくやった」って言ってくれるはず。
もういいじゃないか。視界の端でボールが転がり、仲間の叫び声が聞こえる。でもその全部が遠い。
「俺、何やってんだろ……」
俺の足が止まる直前――
「がんばれ!!北斗くん!!」
グラウンドのざわめきをまっすぐに突き破る声が聞こえた。
「……っ」
胸を鷲掴みにされたみたいに呼吸が止まる。顔を上げるとスタンドの端、両手を口元に添えて、身体を乗り出して必死にこっちを見ている莉子ちゃんがいた。
小さな身体で周りなんて気にせず、恥ずかしがることもなく、ただ俺の名前を何度も呼んでいる。
「北斗くん!!がんばれーーー!!」
その声がまっすぐ俺に届く。さっきまで頭の中を占めていたやめる理由が音を立てて崩れていく。
「あぁ……そうだ」
俺はヒーローになりたいわけじゃない。シュガ男に勝って目立ちたいわけでもない。サッカーがめちゃくちゃ好きなわけでもない。
ただ――莉子ちゃんと約束したんだ。
「ちゃんと最後まで走る」って。「かっこいいとこ見せる」って。
そして今、その莉子ちゃんが俺の名前を呼んで応援している。
走る理由なんて……それだけで十分だ。
「もちろん……」
左足にぐっと力を込める。ズキッと痛むが、さっきとは違う。痛みよりも胸の奥の熱の方が強い。
「超がんばるよ……莉子ちゃん」
息を吐き、顔を上げる。遠くでボールが味方の足元に転がるのが見えた。まだ間に合う。情けない走り方でもいいから、ただ最後まで走り続けたい……!
「まだ終わらねえぞ!!」
自分でも驚くくらい声が出た。残り時間はあと1分。この60秒に俺は全てを賭ける。
走り出しながらほんの一瞬だけスタンドを見る。莉子ちゃんと目が合った。両手をぎゅっと握って、祈るみたいに、必死に俺を見ている。
その光景が胸の奥に火をつける。ボールが味方の足元からこぼれ、ルーズボールになって中盤へ転がってきた。
「浅倉!!」
誰かの声。そのボールに一番近いのは俺とシュガ男。
「やっぱり来るか……!」
シュガ男がニヤリと笑いながら踏み込んでくる。
ドンッ!!肩と肩がぶつかる。体が弾かれそうになるのを歯を食いしばって耐え、左足がぐらりと揺れる。けどもう気にならなかった。
「うおおおお!!」
先に足を伸ばしたのは俺だった。ボールの上をかすめるように触れて、シュガ男の足元から引き剥がす。
「なっ……!」
シュガ男の驚いた声。ボールが俺の足元に転がる。
「浅倉!!行けぇ!!」
「そのまま上がれ!!」
仲間の声が背中を押す。俺はそのまま前へボールを運ぶ。ドリブルと言えるほど上手くない。綺麗なタッチなんて出来ない。ただ前に蹴り出して、必死に追いかけるだけ。
4組の選手が慌てて戻る。センターバックが俺の前に立ちはだかる。
「止めろ!!」
右にフェイントを入れる。身体だけ倒して、ボールは左へ。強引すぎる切り返しで足首が悲鳴を上げる。
「しゃあ……!」
それでも気合いで抜けた。
「マジかよ……!」
相手の声が聞こえる。視界が狭い、呼吸が荒い。足はもう限界に近い。でも莉子ちゃんがまだ俺を見ている。
「浅倉ぁぁ!!」
古川の声が後ろから飛ぶ。
「右いるぞ!!パス出せる!!」
右サイドに古川が並走しているのが見えた。出せばチャンスになる。
分かってる。分かってるのに――
「……っ!」
俺は出さなかった。もう一度、前にボールを蹴る。目の前には最後のディフェンダー。その向こうにゴールがある。
「来いよ……!」
俺は身体をぶつけるみたいに突っ込んでいく。ディフェンダーが足を出し、ボールがこぼれる。そのこぼれ球に俺は倒れ込みながら足を伸ばした。
トンッ。ボールがディフェンダーの足の間を抜ける。
「抜けた!!」
誰かの叫び。俺はほとんど倒れかけながらそのボールを追う。
GKが前に出てくる。視界の端で長い腕が見えた。距離はあと数メートル。呼吸が焼けるみたいに熱く、足はもう感覚が曖昧で、どこをどう動かしているのか分からない。それでもボールだけははっきり見えている。
「浅倉決めろ!!」
声が渦みたいに背中にぶつかる。
ドンッ!!横から強烈な衝撃。
「ぐっ……!」
身体が大きく揺れ、視界がぶれる。ボールとの距離がわずかにズレる。
「行かせないぞ……!」
低く食いしばる声を吐くシュガ男。いつの間に追いついたのか分からない。全力で戻ってきて、俺の肩に体をぶつけ、進路をねじ曲げにきている。
「まだ来るかよ……!」
息が漏れる。グニャッと嫌な感覚が走る。痛みが遅れて追いかけてくる。
でももう止まらない。止まれない。
「うおおおおおお!!」
俺はシュガ男の身体を押し返すみたいに無理やり前に出た。ただ気合いだけで押す。シュガ男も踏ん張る。
「浅倉あああ!!」
「行けええええ!!」
仲間の叫びが耳を打つ。GKは一歩、二歩、前に出て、間合いを詰めてくる。時間がゆっくりになる。
シュガ男の肩がまだ俺に食い込んでいる。完全には振り切れていない。
でもゴールが見えた。GKが体を広げた中で、右隅がわずかに空いている。ほんのボール一個分。
「あそこだ……!」
左足を踏み込む。
ズキッッ!!これまでで一番の痛みが突き抜ける。思わず声が出そうになる。
でもその踏み込みで身体が安定した。右足を振りかぶる。シュガ男の手が体操服を掴む感触があるが、それでも振り抜く。
「うああああああああああああ!!!」
ドシュッ!!鈍く重い音。
誰も触れない。シュガ男もGKもただそのボールを見ている。そしてそのボールは――
サイドネットに吸い込まれた。
バサッ。その音だけがやけに大きく聞こえた。
一瞬、世界から音が消え、次の瞬間――
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
グラウンドが爆発した。スタンドが揺れ、歓声が津波みたいに押し寄せる。
俺はその場で膝から崩れ落ちた。もう立っていられない。呼吸がうまく出来ない。でも足の痛みも息苦しさも全部どうでもよくなるくらい、胸の奥が熱い。
視線を上げ、まず見たのはベンチの方向。
莉子ちゃんが泣きながら笑っていた。両手を口元に当てて、何度も何度も俺の名前を呼んでいる。その姿がぼやけて見えた。
「……はは」
笑いながら土に手をつく。シュガ男が俺の横に立っていた。息を切らしながら、笑みを浮かべている。
「ふっ……最高じゃないか」
「お前もな……」
俺は空を見上げた。青くてやけに広かった。
ホイッスルが鳴る。試合終了の音がグラウンドに響いた。
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