猛攻
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反撃のキックオフが始まった。シュガ男が静かにボールを後ろへ下げ、さっきまでの勢い任せの展開とは明らかに違う。
「……落ち着いてるな」
誰かがベンチで呟いた。センターバックまで下げ、そこから左右に大きく展開、テンポは速いが無理がない。全員が同じ絵を見て動いている感じがした。
「来るぞ。さっきとは別物だ」
優馬が低く言う。案の定だった。
中盤で一度止めるふりをして、ワンタッチで縦。受けたシュガ男が体をひねりながらヒールで落とし、そこへ三人目が走り込む。
「っ、うま……!」
完全に裏を取られた。ディフェンスが慌ててラインを下げる。だがシュガ男は無理に仕掛けない。ペナルティ手前で一度止まり、外へ散らす。
「振り回されてる……」
俺は歯を食いしばる。右サイドから左へ、左からまた中央へ。ボールが動くたびにうちの守備が一歩ずつズレていく。
「我慢しろ!飛び込むな!」
ベンチから叫ぶが声は歓声にかき消された。シュガ男がボールを持ったまま、わざと一瞬だけスピードを落とす。その間にうちのボランチが釣り出された。
「まずい……!」
次の瞬間、スルッと縦パス。ほんの数メートルだが致命的。
「出た!」
優馬が息を吸う。ゴール前、シュガ男がワンタッチで前を向く。角度はない。だが――
「シュートくるぞ!」
誰かが叫ぶ。振り抜いた右足は低く速い。
「……っ!」
キーパーが反応する。手には触れたが完全には止めきれない。ボールはゴール前にこぼれた。
「クリア!!」
だがそこにいたのは詰めてきたシュガ男。迷いなく左足を振り抜く。
ドンッ。ネットが揺れた。
「うわあああ!!」
「やっぱあいつだ……!」
「うま……」
《1−1》
俺は思わず舌打ちした。でも絶望感はなかった。
「……まだまだ」
ピッチではうちのキーパーが悔しそうに地面を叩いている。ディフェンスがすぐに肩を叩いて声をかけた。
「切り替えろ!」
「まだ行ける!」
古川が両手を叩きながら走ってくる。
「オッケーオッケー!俺がもう一点決めてやるよ!」
さっきのヒーローはもう次の顔をしていた。シュガ男は淡々と自陣へ戻る。ゴール後のパフォーマンスもなく、ただ一度だけこちらのベンチをちらっと見た。
完全に試合を支配しに来てる。
センターサークルにボールが置かれる。今度は俺たちのボールから。
笛が鳴り、ボールが後ろへ転がる。
「来るぞ!」
誰かが叫ぶより早く、4組が一斉に前へ出てきた。完全にギアを上げ、前線から二枚、三枚で連動したプレス。逃げ場を塞ぐように角度を切られる。
「落ち着け!無理すんな!」
俺は叫ぶが選手たちはもう必死だった。後ろで一度回すが、パスコースがない。横に出した瞬間、寄せられて、前を向く暇がない。
「くっ……」
ロングボールで逃げるしかない。蹴り出したボールは中盤で競り合いになるが落下地点には必ずシュガ男がいる。ボールをことごとく拾われ、また押し戻される。
「完全に主導権取られてるな」
優馬が苦々しく言った。ペナルティエリアの少し外。左右に揺さぶられ、縦に刺され、また外。さっきまで耐えていた守備も少しずつズレ始めている。
「集中!声出せ!」
ベンチから飛ぶ声ももう祈りに近かった。シュガ男がミドルを狙う。
ブロックして跳ね返るが処理しきれない。
「また来る……」
俺は無意識に拳を握りしめていた。ゴール前の混戦。全員が身体を投げ出して止める。
「ナイス!」
「いいぞ!」
だがそれでも楽にならない。前半の残りはあと5分。
「このまま耐え切れれば……」
そんな考えが頭をよぎったその瞬間だった。うちのサイドバックがシュガ男の縦突破に体を当て、ぎりぎりでボールを掻き出した。
「よし!」
ベンチが一斉に声を上げる。転がったボールを拾ったのは古川。
「前見ろ!」
俺は叫ぶ。古川は顔を上げ、迷わず縦に蹴った。
「来た!」
柴田が反応する。一瞬だけ、ピッチの空気が変わった。守っていた全員が前を向く。柴田が走り、相手ディフェンスも戻る。スピードは互角。でも数的には俺たちが有利。
「いける……!」
俺は立ち上がっていた。柴田は無理に突っ込まずにワンテンポ溜めて、左に流す。走り込んできた藤本がフリー。
「撃て!!」
ベンチが叫ぶ。藤本は迷わず右足を振り抜いた。
ドンッ。
「……っ!」
ボールはゴールを捉えていた。だが相手キーパーがいい反応を見せる。指先でボールを弾いた。
「嘘だろ……!」
ボールはポストの外側をかすめ、ゴールラインを割った。スタンドから一斉に漏れるため息。ベンチでは頭を抱えるやつもいた。
「今の決めたかった……」
優馬が小さく呟く。その瞬間だった。
「戻れ!!」
誰かが叫んだ。弾かれたボールはすでにシュガ男の足元。迷いのない二人を剥がす縦パス。
「まずい……」
俺の背中に嫌な汗が流れた。今度はうちが数的不利。ディフェンスが必死に下がるが、整う前にシュガ男が前を向いてボールを受け取った。
「止めろ……!」
願うように呟いた。シュガ男はフェイントを一回入れてから右足を迷いなく振り抜いた。
ドンッ!!低く速い。地面を這うようなシュート。
「……!!」
キーパーが飛ぶが届かない。ネットが揺れ、静寂からの爆発。
「うわああああ!!」
「決めた!!」
「やっぱエースだ……!」
《1−2》
俺は言葉を失っていた。ピッチではうちの選手たちが立ち尽くしている。古川が膝に手をついて悔しそうに息を吐いた。シュガ男はゴール後も派手に喜ばない。ただ一度、拳を握り味方と軽くタッチを交わすだけ。
主審が腕時計を見る。
――ピッ。前半終了の笛。
「……前半終わりか」
誰かが呟いた。俺はベンチに座り込み、深く息を吐いた。
「まだ終わってない」
自分に言い聞かせる。ベンチ前に選手たちが一人、また一人と戻ってくる。汗に濡れたユニフォーム、肩で息をする姿、その空気は重いが沈んではいなかった。
俺は立ち上がり、手を叩いた。
「顔上げろ!」
思ったより声が出た。自分でも少し驚く。
「一点差だ。たった一点だぞ」
最初にこちらを見たのはキーパーだった。悔しそうに唇を噛んでいたが俺の声に小さく頷く。
「守備は崩れてない。あいつらが上手いのは分かってただろ?ビビる必要はない」
選手たちの視線が少しずつ集まってくる。
「後半は俺が入る。俺に集めてくれれば2点くらいすぐに決めてやるから」
一瞬の静寂。そして「ははっ」と誰かが吹き出した。
「怪我人に言われたら終わりだなそれ」
「マジでそれ」
小さな笑いがぽつぽつと広がっていく。さっきまで張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
「二点“くらい”って言ったぞ。こいつ」
「欲張りすぎだろ」
優馬が肩をすくめて言う。
「でもまあ……浅倉がそこまで言うなら」
古川がニッと笑う。
「俺たちが情けねえ顔してらんねえな」
柴田も頷いた。ほんの数十秒。だが確実に空気は変わった。
「後半は最初から行く。迷ったら全部俺に集めろ」
アドレナリンが溢れて今はそんなかっこいい言葉が自然に出た。
「おう!任せたぞ!」
「こっからこっから!逆転すんぞ!」
チームの指揮も上がっていく。ピッチを見ると、主審が後半開始を告げる準備をしていて、4組がゾロゾロとベンチから出てくるのが見えた。俺たちも最後に水分を補給してから歩き出す。無意識に足首を確認する。大丈夫。ちゃんと走れる。
「北斗」
優馬が横に来て小声で言った。
「折れても走れよ」
「任せろ」
背中越しにそう呟くと、優馬の笑い声が聞こえた。俺は高ぶった気持ちのまま、みんなと一緒にベンチを離れタッチライン際へ向かう。
ゴール決めてやる。シュガ男に負けたくないし、何より莉子ちゃんが見てる。
俺が覚悟を決めたその時だった。
「浅倉くん!」
ちょうど思い浮かべていた人の声が聞こえた。
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