試合開始
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グラウンドに近づくにつれて空気が一段とうるさくなっていく。俺たちの試合は三十分後。今は俺たちの一個前の試合が開催されている頃だ。
「すげー!!」
「今の見た!?」
「あいつマジでうますぎだろ!」
グラウンドがやけに騒がしい。木南や水瀬がいるわけでもないのに。
「……なんだ?」
俺が首をかしげると前を歩いていた生徒が興奮気味に声を上げた。
「もう二得点だって!あの10番のビブスのやつ!」
「……10番?」
視線をピッチに向けると、ちょうど中央でボールを受けた優馬の姿が目に入った。
「えっ……」
優馬の着ているビブスの背番号は10番だった。
中央で受けたボールを必要以上に抱え込まずに周りを見渡す。ワンタッチで相手の寄せを外し、空いたスペースへ身体を滑り込ませる。
「速っ……」
優馬はうまい。中学の頃から一人だけレベルが違った。でも……優馬の強みは個人技ではなかった。
右から味方が走り出すのを一瞬で確認して優馬は外へ預ける。
受けた選手がそのまま縦へ運ぶと、今度は左サイドが一気に押し上がる。
ボールが回る。テンポよく無駄なく。
「ちゃんと連動してる……」
柴田が感心したように呟いた。優馬の強みは周りを生かしたプレーができるということ。あいつを中心に周りの力は最大限引き出される。
相手ディフェンスが横にずれたその一瞬。優馬はもう一度、中央の空いたスペースへ入り直していた。
「……戻ってきた」
まるで最初からそこにいるのが決まっていたみたいに。左からの折り返し。少し強め。それでも来ると信じたパス。
優馬は迷わない。軽くトラップ。身体を半身にしてディフェンスを背負いながらボールを足元に収める。
次の瞬間、振り抜いた。乾いた音。ボールは低く、速く、ゴール右下へ吸い込まれていく。
「うおおおお!!」
「まただ!!」
「10番やべえ!!」
ネットが揺れ歓声が弾けた。優馬は小さく拳を握るとすぐに味方の方へ振り返った。派手なアピールはしない。ただ軽く手を上げる。
それに応えるように周りの選手たちも笑って駆け寄る。
「かっこいいな……」
俺はそう呟いた。優馬がカッコよく見えるのはサッカーしてる時くらいか。
「あれできるか?」
「無茶言うな……」
冗談みたいに笑って返す。でも心の中では思うところもあった。
「……でもさ」
俺は視線をピッチから外さないままぽつりと口を開いた。
「今日は……なんか違う気がする」
「え?」
柴田が胡散臭そうな顔でこっちを見る。
「いや……優馬みたいなプレーは無理だけどさ」
あんな技術もセンスも真似できるわけがない。
「でも……繋ぐところは繋いで最後は――」
言葉を探して少しだけ間を置いた。
「最後は俺を信じてボール出してくれればなんとかするよ」
自分でも驚くくらい俺は落ち着いていた。柴田が一拍置いてから吹き出す。
「……なにそれ。かっけえじゃん」
「うるせえな……」
誤魔化すように顔を背けるけど胸の奥は熱かった。
優馬みたいにはできない。でも今日の俺ならヒーローにだってなれる。そんな自信がどこかから湧いてくるのを感じていた。
⭐︎
アップを終えた俺たちは息を整えながらグラウンドへ向かう。
靴が土を踏む感触がやけに響いて、心臓の音もはっきり聞こえた。
ちょうどピッチを出てくる相手チームとすれ違う。その先頭に優馬がいた。汗で前髪を濡らしながらもどこか余裕そうな顔。ハットトリックを決めたとは思えないほどいつも通りの優馬だ。
すれ違いざまに肩越しにニッと笑って言う。
「場はあっためておいたぜ」
「……やりすぎだバカ」
そう返すと、優馬は楽しそうに肩をすくめた。
短いやり取り。でもそれだけで十分だった。
優馬が去っていく背中を一瞬だけ見送ってから俺はピッチ中央へ歩き出す。さっきまで観客だった場所がこれからは俺たちの舞台になる。
⭐︎
試合開始三分前。ピッチ中央に集まると空気が一段と重くなった。
さっきまでざわついていた観客の声が波のようにうねって押し寄せてくる。グラウンドの外周には人が何重にも並び、熱気が直接ピッチ内の俺たちに伝わってくる。
「人多すぎだろ……」
誰かが喉を鳴らす。
「来たぞ。あいつら」
視線を上げると、反対側から相手チームが歩いてきた。先頭にいるのはもちろんシュガ男。
明るい色の髪が陽に反射してまるで自分が主役だとでも言わんばかりの歩き方だ。その後ろに取り巻きみたいに並ぶメンバーたち。
「……よっしゃ」
誰かが小さく呟く。シュガ男は俺たちの前に並ぶと、わざとらしく口角を上げた。
「逃げずに来たじゃん。偉い偉い」
シュガ男の軽い声に周囲の空気が一瞬ピリついた。完全に余裕の顔だ。
「うるせえ」
古川が低く吐き捨てる。
「勝つのは俺らだぞ!」
誰かが続けて言うと、相手チームの何人かが鼻で笑った。
「へぇ」
シュガ男は俺たちを一人ずつ値踏みするみたいに見回して、最後に俺の前で視線を止めた。
「楽しませてよ」
そう言いながら、わざと俺の胸元を軽く指で叩く。
「つまんねえかもな。圧倒しすぎて」
「おもしろいじゃん。嫌いじゃないよ」
シュガ男はそう言って一歩下がり、軽く手を振った。まるで余興でも待つみたいな仕草だ。
ピッと主審の笛が短く鳴り、全員が持ち場へ散る前に俺たちはもう一度集まった。
「円陣しよーぜ」
柴田の声。自然と輪になる。肩が触れ合い息遣いが近い。さっきまで外から浴びていた視線が今は全部背中にある気がした。
「お前ら……有栖ちゃんと鈴香ちゃんをあいつらに渡していいのか?」
柴田がみんなの顔を見ながら言う。こいつらのやる気の上がるセリフが分かっている。
「いいわけねえだろ!」
「俺のゴールで二人を守る!」
「よし。その調子だ。二人も見てるぞ」
そう言って柴田は視線を円陣の外にやった。そこには木南と水瀬――そして莉子ちゃんが三人で俺たちを見つめていた。
「しゃあ!行くぞ!」
古川のやる気が入る。
「……よし」
柴田が小さく頷いて、拳を中央に突き出した。それに続いてみんなも中央に拳を突き出す。
「絶対勝つぞ!」
「「「おおおおっ!!」」」
拳が重なり声が爆発する。観客席からも呼応するみたいにどっと歓声が湧き上がった。円陣が弾けるように解け、俺たちは一斉に走り出す。
「頼むぞ!」
「最初から飛ばすぞ!」
声を掛け合いながらそれぞれのポジションへ散らばっていく。
俺は一歩下がってベンチの方へ向かった。
靴が土を蹴る音、心臓の鼓動、歓声。全部が混ざって頭が冴えていく。
ベンチに腰を下ろし、ピッチを見る。
ポジションにつく両チーム。シュガ男が前線で軽くジャンプしながら余裕そうに首を回している。
主審が中央に立ち、ホイッスルを口元へ運ぶ。
ピーッ!!。試合開始の笛がグラウンドに鳴り響いた。
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