成し遂げろ
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その日の体育の時間。シュガ男に戦いを申し込まれた俺たちサッカーチームは張り切っていた。
「あいつには負けんなよ!」
「ボコボコにするぞ!」
声が出てる。まるで部活みたいだ。
「……痛いな」
俺はそんなやる気の入った練習を横目に一人でリフティングをしていた。足はまだ痛む。この様子じゃフル出場は到底無理だ。
でも絶対出る。莉子ちゃんとの約束を破るわけにはいかない。
「……もう一回」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて、俺はまた足元にボールを落とす。
トン、トン、トン――。
まだうまく力が入らない。痛みが走るたびに眉が勝手に歪む。それでも止めない。止められない。
絶対出る。約束したんだ。そう気合いを入れた瞬間。コロコロコロ……。
「ん?」
横から突然、サッカーボールが飛んできた。ゆっくり転がってきたボールはくるくる回りながら俺の前にやってくる。
「浅倉くん!ごめん!」
駆けてくる影が一つ。髪を揺らしながら真っ直ぐに走って来るのは女子のサッカー練習をしていた莉子ちゃんだった。ほんのり汗を滲ませながら息を整えつつこちらに近づく。
「ボール強く蹴りすぎちゃって……ここまで来ちゃった」
恥ずかしそうに笑うその瞳にさっきまでの痛みが一瞬でどこかに消える。
「えっ……あー……サッカーむずいからね。しょうがないよ……」
「ありがと〜」
莉子ちゃんは両手でボールを受け取ると、胸の前でそっと抱えた。
「浅倉くんも練習してたんだね」
「まあ軽く。まだ本気では動けないけどさ」
そう言って笑ってみせると、莉子ちゃんはきゅっと唇を噛む。その目が俺の足へとちらりと向いた。
「ていうか……さっきはありがとね」
心配させたくなくて俺は話題を変えた。
「さっき?」
「俺と木南が付き合ってるみたいなやつ……天城さんが否定してくれたから助かったなって」
「あ〜。あれなら全然大丈夫!私も咄嗟に嘘ついちゃった」
莉子ちゃんは悪戯っぽく笑った。その表情に好きが溢れ出しそうで胸の奥がムズムズする。
「…………」
「……どうしたの?」
まずい。ジロジロ見過ぎた。
「ううん……なんでもない。ありがとって……それだけ」
俺がそう言うと、莉子ちゃんは小首をかしげたまま、ボールをぎゅっと抱えた。
「そっか。じゃあ……私、戻るね」
「うん……」
なんか緊張するな……さっき莉子ちゃんに助けてもらったからかな。
「じゃあ浅倉くんも練習頑張ってね」
莉子ちゃんは最後にそう言うと、くるっと振り帰って女子の練習に戻っていった。莉子ちゃんの背中が遠ざかっていく。その後ろ姿に胸の奥の何かがじんわりと締めつけられる。
好きなのに。ちゃんと話したいのに。いざ目の前にすると言葉が全然出てこない。
水瀬がいたときは背中を押されてなんとか会話が続いたけど……二人きりになると俺はこんなに情けない。
「……まだまだだな」
ぽつりと呟いた声は誰にも聞こえないくらい小さかった。
悔しさだけはしっかり残ってた。サッカーも怪我して出れるか怪しい。会話もテンパって全然できない。全部ダメダメだけどでもそれを変えたいと思わせてくれるのはやっぱり莉子ちゃんだ。
「浅倉ー!お前休んでんじゃねーぞ!」
遠くから古川の声が飛ぶ。
「休んでねぇよ!」
そう叫び返し、俺はボールを拾い上げた。
「……よし」
莉子ちゃんのために。このチームのために。そして何より自分のために。俺は痛む足をかばいながらそれでもしっかりとボールを蹴り上げた。
トントントン。さっきより少しだけ上手くいった。
痛みは残ってる。不安もある。でも心だけは不思議なほど前に進もうとしていた。
「絶対勝つ」
俺は静かにそう呟いてまた練習へ戻っていった。
⭐︎
球技大会前日。六月の風が少し湿り気を帯び始めた放課後、グラウンドにはいつも以上の熱気が満ちていた。
「ラスト練習だぞー!気合い入れろー!」
担任の声が響いた瞬間、男子サッカーチームの士気は一気に跳ね上がる。
「よっしゃあああ!」
「絶対勝つぞ!」
「シュガ男たちには負けねぇ……!」
まるで部活の大会前みたいな雰囲気だ。皆が汗を光らせ、声を張り上げそれでも笑ってる。みんなシュガ男を倒したくて仕方がないんだろう。木南と水瀬を取られるわけにもいかないし。負けても取られることはないけど……
「浅倉いけそうか?」
柴田が近づいてきて尋ねてくる。
「やっぱフルはきついわ。後半だけ出るから前半は任せた」
やっぱり俺の足はまだ治っていなかった。でも想定より状態は良く、マックスで走っても耐えられるところまではきていた。
「そうか。じゃあ後半頼むぞ」
そう言って柴田は俺の肩を叩き、グラウンドへ走っていく。
球技大会サッカーは前半後半二十分ずつのルール。シュガ男たちのチームがどれだけのものかは分からないが、二十分あれば莉子ちゃんにいいところを見せられる可能性は高い。
「やるしかねえか……」
覚悟を決めて深呼吸したその瞬間――
「お、やっぱ北斗出るんだ」
「……は?」
隣から聞こえた声に振り向くと、そこには見慣れた顔が立っていた。
「様子見に来たぜ」
「優馬……お前なんでここいんの?」
思わず素の声が出る。
「弟子の正念場だぞ?」
「調子乗んなよ……」
シュガ男のインタビュー事件の当日に優馬を蹴り飛ばしてからの数日間。お詫びとして現役サッカー部のこいつに練習を付き合ってもらっていたんだ。
「調子は?」
「やるしかねえよ」
「いつも通りだな」
優馬はそう言って俺の前に立つとグラウンドを一望する。
「いいじゃん。お前のクラス」
「何目線だよ……」
「サッカー部目線だよ。サッカー部は二人しかいないけど、他がちゃんと動けてるし、全然勝てるんじゃね?」
その言葉に俺は笑って返した。
「サッカー部にそう言われたら勘違いしちゃうなぁ」
「嘘じゃねえって」
そう言って二人で笑う。そして優馬は一拍置いてから言った。
「後半二十分。足がもつかで考えんなよ」
「はぁ?」
俺は優馬の言葉に意味がよく分からなかった。優馬は続ける。
「やり遂げるんじゃなくて成し遂げろ。決めてこいって言ってんだよ」
「…………」
一瞬、足の痛みが頭をよぎる。「無理するな」「逃げるな」相反する二つの言葉が胸の中でぶつかる。
「……簡単に言うけどな」
「簡単じゃねえよ」
優馬は笑わなかった。
「だから言ってんだ。お前にしかできねぇ形がある」
「俺にしか……?」
「そうだ」
グラウンドの中央でボールを回すクラスメイトたちを見ながら続けた。
「北斗は下手クソだったからな」
「そんなこと言われなくても――」
「でも一番いいところで決めてたのも北斗だ。お前は不思議なんだよな。いいとこ取りしてくる感じ」
いいとこ取り。褒め言葉か?
「転がってきたボールを執念で押し込む。それができるのがお前だ」
胸の奥がじんわり熱くなる。
思い返せばそうだった。目立たない時間ばかりででもなぜか大事な場面だけボールが来る。偶然だと思ってた。運がいいだけだって。
「……褒めてんのか?」
俺がそう言うと、優馬は肩をすくめた。
「さぁな。でも事実だろ」
それだけ言ってふっと表情を緩める。
「まあ難しいこと考えんな」
「急に雑だな」
「サッカーはそんなもんだ」
そして優馬は俺の胸に拳を突き立てた。
「莉子ちゃんが見てる」
「じゃあやらねえとな」
優馬の拳が離れ、胸に残ったのは熱だった。
「……俺はここで」
そう言って優馬は一歩下がり、グラウンドを去る。
「おい」
呼び止めると優馬は振り返った。
「ありがとな」
そう言うと優馬はニヤッと笑って何も言わず、片手を軽く上げてグラウンドの外へ歩いていった。
「莉子ちゃんが見てる……か」
莉子ちゃんのことを思い浮かべるだけで拳に力が入って、足の痛みが引いていく。恋ってこんな力もあるんだ。成し遂げる。別にシュガ男なんてどうでもいい。モテたいなんて思っちゃいない。
ただ莉子ちゃんに「かっこいい」って思ってもらえたらそれでいい。
「……よし」
後半二十分。転がってきた一本を俺は逃さない。俺はグラウンドの中に向かいながら静かに決意した。
ありがとうございました!優馬はたまにかっこよくなりますね。次回から球技大会編入ります!
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