羽衣の正体
続きです!読んでください!
歩き続けて二十五分。
もう学校の周りとは全然違う住宅街にまで入り込み、俺たちは電柱や塀に吸い付くように隠れながらひたすら柴田の背中を追いかけていた。
「……まだ?」
優馬がついにぼやいた。息は切れてないけど飽きている声だ。
「根気強く行きましょう……!」
桜ちゃんが小声で言う。それでもその口元はちょっと疲れた笑いを浮かべている。
「いやでも歩きすぎだろどこ迎えに行ってんだよあいつ……」
優馬がぐちぐち言いながら塀に背中を預ける。
「遠いですね……」
桜ちゃんもそっと額に手を当てる。歩幅も小さいし息も少し上がっている。
「桜大丈夫!?これ飲んで!最近は暑くなってきてるから気をつけないと……!」
冬華ちゃんのとんでもスピードの救護が入る。1番やばいのは松葉杖の俺なんだけど。
その時。柴田がふいにピタッと立ち止まった。俺たちは全員反射的に物陰に飛び込む。
「止まった……!」
桜ちゃんが小声で囁く。
「ついに着いたか……!長かった……!」
優馬は膝に手をついて肩で息をしている。
冬華ちゃんは相変わらず無駄に冷静で、柴田の視線の先をゆっくり辿る。
「ここは……」
俺たちも恐る恐る顔を出す。柴田が見つめていたのは校門。
立て看板にはくっきりと『私立・東栄学園』の文字。
「……高校?」
桜ちゃんがぽかんと呟く。
「え?」
優馬は眉が消えるくらい寄っている。
「柴田の彼女かもしれない人は高校生なのか……」
「なんか……」
「普通だな……」「普通すぎだろ」「普通ですね」「普通……」
四人同時に同じ声が漏れる。ここまで歩かされて到着した場所が普通の高校ですって……なんか拍子抜けだぞ。勝手についてきたのが悪いんだけど。
「違います……!普通なのが当たり前ですよ!」
桜ちゃんの一言で俺たちは我に帰る。
「そうかそうか……そうだな」
「大事なのはきた場所じゃなくて人です。私たちはどんな人かを確かめにきたんですから」
桜ちゃんは息を呑んで柴田を見た。その距離およそ30メートル。まあ目がいい俺なら顔は分かるくらいの距離だ。
柴田は校門の前で足を止めたまま、スマホを握りしめてそわそわしている。
どことなく落ち着かない。周囲をきょろきょろする。
「……なんか緊張してねぇか?」
優馬がひそひそ声で言う。
「お兄ちゃんのあんな顔見たことありません……」
桜ちゃんは、信じられないものを見る目で固まっていた。
「恋を……している顔ですね」
冬華ちゃんの分析は急に文学的だ。
柴田は再びスマホを確認し、もう一度、校門の向こうに視線を向けた。その瞬間。
「――あっ。来た」
桜ちゃんが息を呑むように呟いた。
俺たちも同時に校門の方を見る。そこからひょこっと一人の女子生徒が出てきた。私立ならではのおしゃれな制服にストレートの黒髪で背は桜ちゃんより少し高い。
そして彼女は柴田を見つけるとぱあっと表情が明るくなった。
「陸也くん!」
彼女は柴田の名前を呼んだ。柴田も笑顔で手をあげて迎え入れる。
「「え……」」
その姿を見て、俺と桜ちゃんが声を漏らした。そして俺たちの目は自然と合った。
「桜ちゃん……あの人って」
「ですよね……北斗くん」
そして次の瞬間、柴田は彼女の名前を呼んだ。
「羽衣!遅れてごめん」
柴田が「羽衣!」と呼んだその瞬間――俺と桜ちゃんは同時に口をぱくぱくさせた。声にならない声が喉の奥で跳ね返る。
「えっ……」
「ま、まさか……!」
桜ちゃんの瞳がまん丸になり、俺の心臓も一段階速く跳ねた。
「あれ猫カフェの……」
俺が呟くと、桜ちゃんも震える声で続ける。
「あの店員さんだ……!」
二人で一緒に行った猫カフェ。店内の猫に囲まれて優しげに笑っていたあの店員さん。まさかあの人が羽衣さんだったなんて。
「え? どういうこと?」
優馬が眉間にしわを寄せる。状況にまったくついてこれてない。
冬華ちゃんも「猫……?」と首をかしげて見てくる。
優馬と冬華ちゃんが混乱してる中、俺と桜ちゃんはまだ信じられなくてただ校門の二人を凝視していた。
羽衣さんはあの時と同じ――いや。それ以上に柔らかくて明るい笑顔で柴田の前に立っていた。
柴田と羽衣さんは校門の前で自然と向き合う形になっていた。その距離は近い。けどどこかぎこちなくてでも嬉しさが滲み出てる。
柴田は手に持ったスマホをぎゅっと握りながらどこを見ればいいのか分からないみたいに視線を泳がせている。
普段の落ち着いた柴田しか知らない俺たちは、まるで知らない人を見ている気分だ。
羽衣さんはそんな柴田を見て、ふっと笑った。
「顔赤いね。私に会えて嬉しいの?」
「……そりゃそうだよ」
羽衣さんの頬が一瞬、ほんのり赤くなった。
二人の空気はふわっと甘い。俺たちは塀の陰から顔だけ出して、声も出せないまま見つめるしかない。
「……あいつ許さん」
隣の優馬は殺気が漂っている。羽衣さんが美人だからキレてるんだろう。
「あんな美人の人と……」
冬華ちゃんはどこか感心しているようだった。
「…………」
桜ちゃんは無言で二人を見つめている。羽衣さんは柴田の袖を軽くつまむようにして言う。
「ね、早く行こ?今日は楽しみにしてたんだ〜」
柴田は一瞬驚いたけど、すぐに柔らかい表情になって返す。
「……うん。行こ」
その距離は、手を繋いでもおかしくないくらい近かった。
俺たちはただぽかんと口を開けたまま、少しずつ小さくなっていく二人の背中を見送るしかなかった。
「追いかけましょう……!」
桜ちゃんは二人の背中を追いかけるためにバッと立ち上がった。
「尾行続行?」
冬華ちゃんが淡々と言う。
「もちろん……!」
桜ちゃんは拳を握りしめていた。その目は完全に妹モードだ。
「いやでも……」
「行かざるを得ないじゃないですか……!こんな偶然ないですよ!」
桜ちゃんは興奮して息が震えている。恋愛好き+すごい偶然で感情が昂っているのだろう。
でも――
「桜ちゃん」
俺は松葉杖でふらつきながら、彼女の腕をそっと掴んだ。
「……北斗くん?」
桜ちゃんが振り返る。その目は追いかける気満々だ。だから俺はまっすぐ言った。
「今日は待ち合わせまでって言う約束だよ。その先は二人の時間だ」
桜ちゃんの肩がピタッと止まった。
「……っ」
桜ちゃんは噛みしめるように唇を結んだ。
「約束……しましたけど」
「気持ちは分かるよ。俺もめちゃくちゃ続き気になってるし」
俺はゆっくり続けた。
「でもここから先は……見ちゃいけないところだよ」
しばらく沈黙が落ちた。そして桜ちゃんが口を開く。
「二人がどんな関係かはお兄ちゃんが話してくれる時まで待てばいいじゃん」
俺がそう言うと、桜ちゃんの肩から少しずつ力が抜けていく。
「もうやめにしよう。尾行も金輪際しない。柴田が羽衣さんと付き合ってるかどうかは分からないけどもう二人にしてあげよう」
「……そうですね。ごめんなさい」
桜ちゃんは小さく笑った。その目に不満はなかった。自分の兄が恋をしていると言うことをその目で感じ取ったからだろう。
「いい感じに締めようとしてるけど俺は普通に行きたいぞ」
「いい感じに締めれそうだったのに……!」
空気読めねえなほんとに……!
「まあ陸也さんが誰と付き合おうと私にはどうでもいいけど。私は桜が幸せならそれでいいから」
冬華ちゃんは本当に桜ちゃんにしか興味なさそうだ。
「今日はもう帰ろっか。目的は達成したし」
「そうですね」
そう言う桜ちゃんの顔はどこか満足げだった。
「俺も彼女欲しーなー。有栖ちゃんか鈴香ちゃん希望」
「私も桜くらい大切に思える人が男の人にいてくれたら……」
「結局この二人は何でついてきたの……?」
こうして俺たちの柴田尾行作戦は"一旦"幕を閉じた――。
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