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ゴールデンウィーク最終日は雨が降っていた。
「……もう終わり?」
ベッドに寝転びながら天井を見上げて、思わず呟いた。
初日、奇跡みたいな偶然があった。でもあの日が俺のゴールデンウィークのピークだった。
あの日以降は全部いつも通り。いや。いつもよりちょっとひどいか。
松葉杖のせいで外に出られず、兄ちゃんと姉ちゃんも予定があっていない日が多かった。結局ほとんど自分の部屋で漫画読んで、ゲームして、寝て、食って、また寝て。
優馬が一回だけ来たけど、あいつはあいつで漫画読んでポテチ食って帰っていっただけだ。
「終わるの早すぎだろ……」
期待してた。なんかあると思ってた。莉子ちゃんと連絡取れるかもとか、あの日の続きが来るんじゃないかとか。
でも現実って残酷だ。スマホは鳴らないし、足は痛いし。
俺のゴールデンウィークは結局特別なことなんて起きやしない。期待した俺がバカみたいじゃないか。
「はぁ……」
カレンダーを見てため息をついた。
「……まあこんなもんだよな」
そう言いながらベッドから起き上がろうとした時。
ピコン。通知音が鳴った。
「優馬か……?」
俺はスマホを手に取る。画面に表示された名前を見た瞬間、心臓が一拍だけ強く跳ねた。
そこには"さくら"からのメッセージが届いていた。
「……桜ちゃん?」
あれ?連絡先交換したっけ?俺は少し困惑しながらも通知をタップした。
『おはようございます。勝手に追加してごめんなさい。お兄ちゃんに教えてもらいました。北斗くん、今時間ありますか?』
桜ちゃんらしい丁寧でお淑やかな文だった。
「柴田か……」
柴田に連絡先聞いてまである用が俺にあるのかな?俺は返信を打ち込む。
『大丈夫だよ〜。どうかした?』
圧がないように……後輩を怖がらせないように。送信ボタンを押すと同時に胸の奥がざわついた。
すぐに既読がついた。そこから少しして返事が届いた。
『お兄ちゃんの彼女の件で動きがあったんです。そのことで今すぐにでも話がしたくて』
「柴田の彼女の話……」
羽衣さんだっけ?すっかり抜けてたけど桜ちゃんはずっと気になってんだな。
『いいよ。電話でもしよっか?松葉杖で家出れないし』
送信。またすぐに既読がついて、数秒後。
『大丈夫です。家まで行きます』
短い文なのに強い意志がにじみ出ていた。
「は?」
急すぎて心臓が跳ね上がる。さらっと言ってるけど俺の家まで来んの……?
『待って待って……!雨降ってるし危ないよ?ていうか俺の家知らないでしょ?』
俺は慌てて送る。流石に家に来られるのは想定外がすぎるぞ……!送って数秒。もう返ってきた。
『大丈夫です。お兄ちゃんに住所も聞きました。今、近くまで来ています』
「いやいやいやいや……」
思わず声に出た。心臓がさっきからうるさいぐらい鳴ってる。
桜ちゃんが来る?このタイミングで?雨の中を?スマホを握ったまま窓の外を見る。グレーの空。ぽつ、ぽつ、とガラスを叩く雨粒。
『着きました。家の前にいます』
通知を見た瞬間、息が止まった。そして大きな声が出た。
「はぁ!?」
慌ててベッドから体を起こす。松葉杖を手探りで探し、なんとか立ち上がった。俺はカーテンを少しだけ開けた。
「……いた」
白い傘を差し、お嬢様みたいなロングスカートと控えめな色のカーディガン。小柄な体で道路の真ん中で俺の家を見上げていた。
「行動力やばくないか……!?」
あの控えめで古川に怯えてた桜ちゃんどこ行ったんだよ!?
松葉杖をつきながら慌てて階段を降りる。兄ちゃんと姉ちゃんがいないのがせめてもの救い。でも家に女の子なんて入れたことないし……めちゃくちゃ部屋着だし……髪もボサボサだし、俺のコンディションは最悪。
「桜ちゃんってちょっと変わってるよな……」
そう呟きながら階段を降りる。
時間をかけて玄関までやってきた。少し雨に濡れてるだろうから早く入れてあげないと。そう思うのに玄関のドアノブに手をかける指先が少し震えていた。
呼吸をゆっくり整えて、俺は玄関のドアを引いた。
「桜ちゃん……」
開いた視界の中に桜ちゃんがいた。白い傘の先から雨の雫がぽたぽたと落ちて、靴先が少し濡れている。
「……すみません突然」
いつもの静かな声。けれど目は緊張していて俺をまっすぐ射抜いていた。
「ほんとに突然だね……まあとりあえず入って。雨降ってるし」
そう言って俺は桜ちゃんを家に招き入れる。
「ごめんなさい……ありがとうございます」
靴を脱ぐ仕草はやっぱり丁寧でちょっと気の張った感じ。
靴を揃える桜ちゃんの手元を俺は妙に意識して見てしまった。
白くて細い指先。所作が綺麗でなんか育ちを感じる。
「上がって。俺以外誰もいないから気にしなくていいよ」
俺がそう言うと、桜ちゃんは小さく頷いた。
「お邪魔します……」
声はやっぱり小さかった。でもその足取りは迷いがなかった。
リビングに来た俺はとりあえずソファを指差す。
「そこ座って〜。何か飲む?お茶かコーラしかないけど」
「いえいえ……!お構いなく。松葉杖ですし……」
桜ちゃんは慌てて首を振る。
「大丈夫だよ。もう慣れてきてるし」
「そうですか……?じゃあ……お茶でお願いします」
「了解」
台所で麦茶を注ぐ音が静かな部屋に響く。なんか変な緊張感あるんだけど。
戻ると桜ちゃんは座っていた。膝の上で指を絡めて、少しだけ背筋を伸ばしている。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして」
コップを置いて、俺も向かいに座る。少しの沈黙。時計の針の音がやたら耳につく。
「びっくりしたよ……まさか家に来るなんて」
松葉杖を置いた俺はソファの横にある椅子に腰をかけた。
「ごめんなさい……」
「あー……えっと。責めてるわけじゃなくて」
申し訳なさそうに俯く桜ちゃんに声をかける。
「でも流石に急すぎましたよね……今になって反省してます……」
「まあびっくりしたけどさ。急だったから逆に良かったよ」
事前に知ってたらバチバチ決めてただろうからな……
そう言ってみると、桜ちゃんは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「……それで柴田の話だよね?」
俺がそう尋ねると、桜ちゃんは背筋を伸ばして俺を見た。
「はい。緊急事態です」
桜ちゃんが言った瞬間、空気が変わった。
「これを見てください」
桜ちゃんはポケットからスマホを取り出して、画面を俺の方へ向けた。明るい画面に映るのは、黒いスマホに来る通知の写真。
「……ん?」
「これはお兄ちゃんのスマホに来た通知を私のスマホで撮ったやつです」
桜ちゃんは淡々と説明するが、俺は状況をあまり飲み込めていなかった。
「また見たの?今回は撮ってもいるし……」
「見ようとしたんじゃないんです……!たまたまで」
桜ちゃんは慌てる。たまたまは嘘だろうな。
「それより……この通知読んでください」
そう言われ、俺は再び桜ちゃんのスマホを覗いた。
『月曜の放課後は迎えに来てくれるんだよね?』
「あー……」
送り主はもちろん"羽衣"。ただの待ち合わせとも取れるが、デート以外で男女が放課後に待ち合わせることなんてあるのか?
「やっぱり彼女いますよね。お兄ちゃん」
桜ちゃんはテーブルにスマホを置いた。
「いるのかなぁ……」
俺は曖昧な返事をする。
「羽衣さんがどんな人か気になりませんか?」
「それは気になるね」
俺がそう返すと、桜ちゃんはソファの座る位置をずらして少し俺に近づいてきた。
「だから……確かめに行こうと思ってます」
桜ちゃんは真剣な目でそう言った。
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