嫉妬
続きです!読んでください!
放課後。
明日からゴールデンウィークということで、クラスはほとんどお祭りみたいな空気だった。
「カラオケ行こーぜ!」
「部活サボれよ〜!遊びに行こうぜ!」
「普通に怒られるから無理〜」
笑い声や叫び声が廊下に吸い込まれていく。
教室の中も人が減っていって黒板に差し込む夕方の光が静かすぎて落ち着かない。
そんな中、俺と水瀬だけが残っていた。
「……さて」
水瀬は自分の机に腰を預け、髪をくるくるしながら俺を真っすぐ見る。
「何で立ってんの?座んなよ」
松葉杖のことを気遣ったんだろう。素直に席へ座ると、水瀬も俺の前の席の椅子をひょいっと引いて向かい合わせに腰かけた。
俺と水瀬の間には机が一つだけ。なんだよこの距離。取り調べかよ。
「……そんなガチでやらなくても」
俺が苦笑いすると、水瀬は肩をすくめた。
「ガチでやるよ。なんかあるんでしょ?」
「そう見えた?」
「うん。“何か抱えてます”って顔。隠してるつもりでも丸見え」
水瀬はじーっと俺を見る。俺は咄嗟に目を逸らした。
「……誰にも言わないでよ」
「もちろん」
水瀬は迷いなく答えた。その言い方が妙に信頼できて俺は小さく息を吐いた。
言えるとしたら水瀬くらいだよな。
しばらく沈黙が落ちる。夕方の光が机の上でゆっくり色を変えていく。俺はゆっくりと顔を上げた。
水瀬は姿勢を正して、真剣な目で続きの言葉を待つ。
そこから俺は息を飲んで、桜ちゃんのこと、今日の朝のこと、莉子ちゃんの様子。
俺が思ってることを全部隠さずに話した。
途中で言葉に詰まるたび、水瀬は「うん」「それで?」と
ちょうどいい距離感で聞いてくれる。
話していくうちに、自分でも気づいてなかったモヤモヤがほどけていくような気がした。
「……って感じで。なんか色々ごちゃごちゃしてて。莉子ちゃんがどう思ってるのかも分かんないし……俺もどうしたらいいか……正直分かんない」
言い終わった瞬間、俺は机に肘をついて深く息を吐いた。
水瀬はしばらく黙っていた。話す量が多かったし、整理してるのかと思ったら――
「……なるほどね」
「なるほど……?」
何か分かったのか……?
「浅倉の話を聞いた私の考察を結論から話すと……」
俺は息を飲んだ。水瀬が導き出した結論は何なんだろう……
「莉子は嫉妬してるね。多分、莉子自身も気づいてないけど」
「……え?」
嫉妬……?
「ないないないない!あるわけないじゃん!」
俺は顔を赤らめて否定する。そんなことあったら……もう……え?ってなるよ?
「あるよ。むしろめっちゃあるね」
水瀬は即答した。俺が否定する隙すら与えないスピードだった。
「なんで?どこをどう聞いて判断したの?」
「どこをどう聞いてもだよ」
水瀬は椅子の背もたれに軽くもたれながら指を一本立てた。
「まず、他の女の子の話をした時に動揺するのは浅倉のことが気になってる証拠」
そう言って水瀬は身を乗り出してきた。机ひとつ分の距離が急に近く感じる。
「でも莉子のやつは自覚がないタイプの嫉妬なんだよ」
「自覚がない?」
嫉妬に自覚って何だよ……?
「そう。あの子は自分が浅倉のこと気になってるとか思ってない」
「え」
「自覚ゼロってところがめんどくさくてかわいいんだよね〜」
水瀬はため息をつきながら、でもどこか楽しそうに続けた。
「何それ……」
「別に落ち込まなくていいよ?着実に進んではいるから」
水瀬は椅子の背にもたれたまま、俺の顔を指差す。
「……でもさ」
俺は眉を寄せる。
「莉子ちゃん、桜ちゃんの話のとき……別に怒ってたわけじゃないし。ただなんか……」
言葉に詰まってしまう。あの時の表情をうまく説明できない。
水瀬はこくりとうなずいた。
「そう。怒ってないのがポイント」
「え?」
「"特別に想ってる自覚がある"子は、分かりやすく嫉妬するの。むすっとしたり、ちょっと意地悪言ったり。浅倉でも気づくレベルね」
「でも莉子の場合は逆。嫉妬してる自分に気づいてない」
水瀬は机の上の夕日を指でなぞるみたいに言った。
「例えば誰かが自分の大切なもの触ってるの見て、なんか落ち着かなくなることあるでしょ?理由は分かんないのにモヤッとするやつ。壊すなよ……とか思ってさ」
「……まぁあるね」
「莉子はそれが浅倉に起きてるの」
一拍置いて、水瀬が俺の目を見る。
「“浅倉のこと気になってるから”じゃなくて、“浅倉のことを気になってる自分に気づいてないから”モヤモヤしてるの。これが自覚なし嫉妬」
「…………」
水瀬にそう言われて、あの時の莉子ちゃんの顔が浮かんだ。
怒ってないし、拗ねてもない。でもどこか苦しそうで、落ち着かなくて……俺のことを気にしてるように見えた。
「じゃあ莉子ちゃんは俺のこと……」
「好き……とは言わないよ。まだね」
「……まだ」
本来なら飛び上がって喜ぶべきなんだろうがなんかその感情が込み上げてこない。水瀬に言われただけで、自分はあんまり理解できていないからだと思う。
そもそも莉子ちゃんは雲の上の存在で話しかけてくれることすら奇跡なのに、俺のことが気になってるなんてこと……あるわけないって思ってしまう。
水瀬は俺のその弱気な心の声を見透かしたみたいに、ふっと笑った。
「浅倉は自分を安く見積もりすぎ。フツメンだけど浅倉はいいやつだと思うよ。正直、このクラスで一番印象いいの浅倉だし」
さらっとそう言う水瀬の言葉に俺は固まる。俺のことそんな風に思ってくれてただなんて……普通にめちゃくちゃ嬉しいんだけど。
「水瀬はそう言ってくれたけど……やっぱり莉子ちゃんは俺にとって特別で……そんな簡単に振り向いてくれるような人じゃ……」
俺は俯きながら消え入るような声で言った。
水瀬は俺が言い終わってから、ゆっくりと口を開いた。
「……浅倉」
その声はさっきまでの軽さが嘘みたいに静かで、夕方の教室の空気がピタッと止まった気がした。
「浅倉のやったことは簡単じゃないでしょ」
その言葉で俺は顔を上げる。
水瀬は真正面から俺を見ていた。冗談も笑いも抜きの、まっすぐな目だった。
「少なくとも私たちは助けられたし、感謝してる」
俺の心臓が跳ねた。
「……そんな大げさな」
「大げさじゃないよ」
水瀬はすっぱりと切り捨てる。
「莉子が浅倉のこと気になってるっていうのが信じられないならさ。莉子が浅倉のことだんだん信頼してきてるって思うのはどう?」
水瀬はまっすぐな瞳で俺を射抜くように見つめながらそう言った。
「……莉子ちゃんが俺のこと」
信頼か。莉子ちゃんが俺のこと好きはありえないって思うけど、確かに信頼なら……あるのかもな。
何だか胸が熱くなった。あの莉子ちゃんが周りと違う感情を俺に抱いてくれている。
後から遅れて喜びの感情が湧いてきた。
「……あっ。でも後輩誑かすような人は信頼できないか」
「誑かしてないから!せっかくいい感じに終わろうとしてたのに!」
水瀬の一言に現実に戻される。
「でも桜ちゃんと北斗くんはもうカップルじゃん」
「だからそれは説明しただろ……!」
足が痛くて立ち上がれないのがもどかしい。
「そうだっけ?」
「そうです!」
座りながら大きな声で返すと、水瀬は少し笑った後、また真剣な表情になった。
「でも……一つだけ引っかかるところがあるんだよね〜」
「引っかかるところ?何それ?」
俺が問いかけると、水瀬は一息置いてから言った。
「……桜ちゃんが浅倉のことどう想ってるか」
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