北斗くん
M-1最高だった。。。
続きです!ぜひ読んでください!
「私も……北斗くんって呼んでいいですか?」
そう言われた瞬間、俺の中の何かが壊れた。人生で一度は言われたいことランキングTOP5に入っている台詞を本当に言われる日が来るとは。
「えっ……とぉ……それは」
俺は心臓をバクバクさせながら声を絞りだす。
「あっ……その、えーと……私、"さくら"で浅倉さんは"あさくら"じゃないですか?だからその……浅倉さんだと自分の名前呼んでるみたいで……」
「あっ……確かに」
なんか思ったより納得のいく説明出てきてしょんぼりしちゃった。
……でも待てよ。桜ちゃんは俺のことなんて呼ぶって言ってた?
「もちろん……いいよ」
「いいですか……?じゃあ北斗くんって呼びますね」
北斗くん!?さんじゃなくてくん!?
そんな特別な理由はないって分かっているのにその一言が耳の奥に残って離れなかった。
「……変じゃないですか?」
桜ちゃんが少し照れくさそうに笑う。
「ぜ、全然。全然変じゃないよ」
変なのは余裕で俺の方だ。
「そうですか……よかったです」
桜ちゃんは少しだけ胸に手を当ててほっとしたように笑った。その笑顔がどうしようもなく眩しく見えた。
俺は慌てて視線を逸らす。ダメだ。見たら引きずられる。
俺が好きなのは莉子ちゃんで桜ちゃんじゃない。
だけど――。
「北斗くん」
またその声が俺を呼ぶ。
柔らかくて距離の近い響き。名前を呼ばれただけなのに、空気が少し熱を帯びる。
「な、なに?」
「今度は私から誘いますね」
その笑顔を見て心臓が一瞬止まった。冗談みたいに優しい声でまっすぐそう言われた。
「……うん。待ってるよ」
それしか言えなかった。これ以上話したらダメな気がした。
空はすっかり茜色に染まっていた。並んで歩く帰り道に影が二人分、長く伸びている。
沈みかけた太陽が俺たちの距離を曖昧にしていた。
⭐︎
桜ちゃんと猫カフェに行った次の日。
朝の教室はまだ少し眠そうな空気が漂っていた。
窓際の席から差し込む光が机の上のノートを白く照らしている。
外ではグラウンドを走る部活の朝練。いつも通りの朝のはずなのに。
「……はぁ」
思わずため息が漏れた。
別に嫌なことがあったわけじゃない。ただ頭の中が静かにざわついてる。
あぁ……ダメだダメだ!
俺は勢いよく席を立ち上がり、廊下に出た。
廊下に出ると真っ先に水道の元まで走り、髪を上げる。蛇口をひねると冷たい水が勢いよく流れ出た。
「……冷た」
両手ですくって顔に当てるとひんやりとした感覚が一気に広がって、少しだけ頭が冴える。
「……よし」
軽く頬を叩いて気持ちを切り替えようとする。俺が好きなのは――。
「おはよ」
背中越しに聞き慣れた声。思わず振り返るとそこには莉子ちゃんが立っていた。
「おはよ……」
まさかのタイミングで声をかけられて少し恥ずかしい。
「何してたの?」
莉子ちゃんはびしょ濡れの俺を見て、少し笑いながら尋ねる。
「気合い入れてた……」
「ふふっ、何それっ」
目の前で笑う莉子ちゃんを見て胸がときめく。やっぱりこの感情は莉子ちゃんだけのものだ。
「あっ……それ」
俺は莉子ちゃんのカバンを指差した。
「うん。キーホルダーつけた」
莉子ちゃんはそう言って、カバンの端を少し持ち上げて見せてくれた。赤のリボンのペンギンが揺れる。
「かわいいでしょ?」
「うん……天城さんと雰囲気合うね」
そう答えた瞬間、顔が少し熱くなった。自分でも驚くくらい素直に言葉が出た。
しばらく沈黙が続く。
廊下には誰もいなくて遠くの教室から聞こえるざわめきだけが響いている。
時間がゆっくり流れてるみたいだった。
「一緒に教室行こ?」
莉子ちゃんはそう言ってふわっと笑う。
「……うん」
気づけば自然と頷いていた。
並んで歩き出すと朝の光が廊下の窓から差し込んで、莉子ちゃんの髪を透かしていた。
その横顔がまぶしくて目を逸らすのがもったいないくらいだった。
「昨日さ、帰ってからペンギンの写真見返してたんだけど」
「ペンギン相当気に入ったんだね」
「めっちゃかわいかったもん……もう一回行きたいな」
「うん……俺も」
会話は他愛もないのに胸の奥がじんわりと温かくなる。
昨日の桜ちゃんとの出来事が少しずつ遠くに霞んでいくのがわかった。
笑いながら莉子ちゃんは俺の前を軽やかに歩いていく。その背中を見ていると、胸の奥がまた少し熱くなった。
この気持ちだけは誰にも揺らがない。
そう心の中で呟きながら俺は静かに深呼吸をした。
教室の扉を開ける瞬間、朝の光が二人の間に差し込んだ。
今日からまた新しい一日が始まる。
⭐︎
その日はよく晴れていた。
雲ひとつない青空の下、太陽が容赦なく照りつけている。
「……あっつ」
体育の時間、俺は白線の上で思わず空を仰いだ。
二年生も一ヶ月が経って今日から五月が始まった。
「最近の五月はこんなに暑いのか……?」
二年生が一ヶ月と言うことは莉子ちゃんと同じクラスになって一ヶ月でもある。
正直、想定よりだいぶ上をいっている。会話もできるようになったし、困難も乗り越えた。水瀬っていう最強の味方もできたし……上手くいきすぎて怖いくらいだ。
「浅倉、パス行ったぞ!」
その声に反応するより早く、白いボールが俺の方へ転がってくる。
反射的に足が動いた。
「っ……!」
足の甲でボールを受け、そのままワンタッチで前に出す。
次の瞬間、自然と身体が勝手に動いていた。タイミングを見て切り返して、軽く浮かせる。
「ナイス浅倉!」
「おいおいうまいな!」
周りの歓声が飛ぶ。素直に嬉しくて少し鼻が高くなってしまう。
「まぁまぁ……こんなもんよ」
俺はかっこつけて手を掲げる。
「うまいじゃん」
敵チームの藤本が話しかけてくる。
「中学サッカー部だからな」
「あ、そうなの?」
「まぁ俺は遊んでたようなもんだけど」
優馬がうまかったから県大会ベスト8までは行ったんだよな……懐かしい。
「浅倉!もういっちょ!」
その掛け声で俺は前線に上がる。藤本も慌てて追いかけてくる。でかいから怖いな。
「……おっと!」
ギリギリ追いつけた。ボールを足元に収めて、藤本と対面する。
「行かせないよ?」
「止めてみろよ」
挑発的な笑みを浮かべた後、俺は道筋を立てる。いける。このルートで……俺が点を決める!
軽く右にフェイントを入れて左へ抜ける。藤本の重心がずれた瞬間に逆へ抜ける。
「っ……!」
抜けた。グラウンドの空気が一気に変わる。
そのまま一歩、二歩。足に力を込めてグラウンドを駆け抜ける。周りの選手の影がサイドに流れ、ためらうと追いつかれる。迷いはない。重心を低く保ち、ボールを足元に吸いつかせるようにして進む。
ペナルティエリア手前、ディフェンスが二人で詰めてくる。スペースは狭い。だが俺はここで視線を上げ、ゴールキーパーの立ち位置を確認する。キーパーは中央に位置取っている。ゴールの右側、わずかに空きがあるのが見えた。
「ここだ……!」
俺は一瞬ボールを外側に押し、相手の間に体をねじ込むようにして角度を作る。足首を固め腰で体重を預ける。ボールは左足の内側でキレイに収まり、右足にスイッチする。呼吸を一つ整え、狙いを定める。
右足を振り抜いた、その瞬間――。
「――っ!?」
バキッ。俺の左足からダメな音が聞こえた。
「――あ」
次の瞬間、視界がぐるんと回って地面が目の前に迫る。
「うわっ!浅倉!?」
「おい大丈夫か!?」
ドサッ。
見事なまでのスライディング土下座みたいな体勢でストップ。
ボールは……あ、キーパーが普通にキャッチしてる。全然入ってねぇ。
「いったぁぁ……」
足首を押さえながら俺は情けない声を漏らした。
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