入場
よろしくお願いします!
駅を出て歩くこと十五分。
潮の匂いが風に混じってきた頃、水族館の青い建物が見えてきた。
その瞬間、俺たちのテンションは一気に上がる。
「うわ〜!ほんとに大きいね!」
木南が目を輝かせながら走り出す。
「ちょっと有栖!走ると危ないよ!」
莉子ちゃんの忠告も聞かずに木南は楽しそうに走り続けた。
「ここ初めて来たなぁ。浅倉は来たことある?」
柴田はそんな木南の様子を気にも止めず俺に聞いた。
「ん?あー……俺も初めて……」
木南に注意する莉子ちゃん見てて反応遅れた。柴田はそんな俺の様子に気づいたのかにやっと笑った。
「……本番はこっからだぞ〜」
柴田はそう言って俺の肩を叩くと、木南を追って走り出した。
「あぁ……柴田くんも行っちゃった」
莉子ちゃんが少し困ったように笑う。残されたのは俺と莉子ちゃんと水瀬。
意図せず作られたこの三人の状況に俺は少しビビって水瀬を見た。
水瀬は口元をわずかに上げて、莉子ちゃんの死角で俺にだけ分かるようにてウィンクをした。
声にならないその合図に少しドキッとする。
“任せろ”って言ってるみたいで何をするのか怖くなると同時にワクワクもやってくる。
「私たちも行こっか」
莉子ちゃんがそう言って歩き出すと、水瀬はそれを止めた。
「待って莉子。せっかく着いたし……写真でも撮らない?」
「……っ」
写真か……!意外と大胆な協力……
「えっ……でも今は二人を――」
「いーじゃんいーじゃん。ルールに写真を提出することもあるし、撮っとこうよ」
水瀬は半ば強引に写真に持って行こうとする。
「まぁ……それもそっか」
こんな早くに意味のわからないルールに感謝することになるとは……
「はいっ。じゃあ三人で撮ろー。私、撮るから端行くー」
ポケットからスマホを出しながら、水瀬は莉子ちゃんを俺の隣に押す。水瀬、莉子ちゃん、俺の順番で並ぶ。
やばいやばいやばい。水瀬強すぎる。最強の味方すぎる……!
「……俺も入るの?」
一応、俺も演技しておこう……莉子ちゃんは女子二人で撮るもんだと思ってるかもしれないし……
「入って入って〜」
笑顔で迎え入れてくれる莉子ちゃんを見て俺は安心した。
「……分かった」
そう言って俺は莉子ちゃんの横に並ぶ。いつもより近い距離だ。
「ほら浅倉。もうちょい寄って」
水瀬がカメラを構えながら呟く。
「えっ……もうちょい?」
その“もうちょい”がとんでもない。あと少しで肩が触れるくらいの距離だ。
「うん、そのくらい。そのまま動かないでね〜」
水瀬が画面を確認しながら声を弾ませる。
莉子ちゃんの横顔がめちゃくちゃ近い。シャンプーの匂いがして、心臓がまた忙しく動き出した。
「撮るよー。せーのっ……」
カシャッ。スマホのシャッター音が響く。俺は緊張して笑えなかった。
「いい感じ〜。あとで二人にも送るね」
水瀬は撮った写真を見てニヤニヤする。絶対俺の顔見て笑っただろ。
「ありがと鈴香」
莉子ちゃんがそう言って微笑む。
「ありがとう……」
本当にありがとう。
「あははっ、いーよ。別に」
水瀬が肩で笑いながらスマホをしまう。
「じゃあ行こっか。今日は全部回るよ〜」
莉子ちゃんがそう言って、水族館の入り口へと歩き出す。
それを追いながら水瀬が小声で俺に囁いた。
「写真送る。インスタ教えて」
「ありがとう水瀬……」
そう言いながら俺はスマホを取り出した。
「私を味方につけたのは大きかったね〜」
冗談まじりに呟きながら水瀬は俺のアカウントを検索する。
「フォロバしてー」
いつのまにか"すずか"からフォローが来ていた。ここ最近、木南、莉子ちゃん、水瀬ってエグいメンツとインスタ交換してるな……
「おっけ。出来たかな」
フォローを返すとすぐにDMに写真が送られてきた。
「送ったよ。浅倉は緊張しすぎ」
そこに写ってた写真を見て俺は恥ずかしくなった。水瀬は相変わらずクールで控えめな笑み。莉子ちゃんはもう天使。そして俺の顔には魂がなかった。
「……仕方ないっしょ」
「なんでそうなるかなぁ。今みたいに喋ればいいのに」
「それが出来るならやってます……」
「私相手にそれできるの結構すごいんだけどな〜?」
水瀬はわざとらしく髪を靡かせながらいたずらっぽく笑った。
「自分で言うのか……?」
「事実だもん」
水瀬レベルならそう言っても許されるか……
「おーい!二人とも何してるのー?」
気づけば莉子ちゃんはだいぶ前にいて、そこからこっちに手を振っていた。
「今行くよ〜。莉子ちゃーん」
水瀬はすぐに莉子ちゃんの方へ走っていく。俺の莉子ちゃん呼びを確実にバカにしてる。
その後ろ姿を見ながら俺はため息混じりに呟いた。
「味方につけたっていうより……完全に手のひらで転がされてるな」
でも悪くない。むしろ水瀬の悪戯があるからこそ、こうして自然に話せてる気もする。写真なんて俺一人じゃ絶対に出来なかった。
入場口に近づくと元気な二人の姿が見えた。
柴田と木南が並んで立っていて、手にはチケットを数枚持っている。
「遅いよー!なにしてたの!」
木南が頬をぷくっと膨らませながらこっちに駆け寄ってくる。
その表情が怒ってるというより待ちくたびれた子どもっぽくて、思わず笑ってしまった。
「ごめんごめん。有栖と柴田の足が早くて……」
水瀬がすぐさま軽くフォローを入れる。
「うっ……だって早く入りたかったんだもん!」
木南は恥ずかしそうに頬を掻きながら反論した。
「まぁまぁ。チケットはもう買っといたからすぐ入れるよ」
柴田がそう言って手に持ったチケットを掲げる。
どうやら俺たちが合流するまでの間に、受付で全員分をまとめて買っておいてくれたらしい。
俺たち三人は柴田からチケットを受け取る。
「ありがと」
「こういうのは俺に任せろって」
柴田は軽く肩をすくめながら笑った。柴田も頼もしいな……
「じゃあいこっか!」
木南が元気よくそう言うとチケットを改札機に通し、ゲートを抜けた。
俺たち四人もそれに着いていく。
その瞬間、涼しい空気と水族館独特の匂い。
水槽のガラス越しに青い光が天井を揺らしている。
「わぁぁ……!」
木南の声が反射して広い館内に響いた。
最初の大水槽が視界いっぱいに広がる。ゆっくりと泳ぐエイの影、群れになって光を反射する小魚たち。
「すご……」
莉子ちゃんが小さく呟いた声も少し震えてた。
ガラスに手を当てて、じっと水の中を見つめている。
その姿が照明の青をまとっていてほんと、絵みたいだった。
「ねぇねぇ!この魚かわいい!」
木南がガラスの前でしゃがみ込み、下から覗き込むようにして笑う。
「ほんとだ〜」
莉子ちゃんもつられて笑い、二人で写真を撮り始める。
「でかぁ……」
大きな魚がゆっくりと横切り、光を切り裂くように泳いでいく。
「水族館とか久しぶりに来たな」
「俺は最近、桜と行ったな。ここじゃないけど」
「やっぱ仲良いな」
「普通だろ」
俺たち男組は何気ない会話をしながらただ魚を眺めていた。
少し離れた場所では木南と莉子ちゃんがまだ写真を撮っていて、水瀬はそんな二人を撮ってやりながらときどきこっちを振り返って笑っていた。
このメンツでここにいるのがなんか不思議だ。数ヶ月前ならこんな光景想像もしてなかった。
青い光に包まれたこの空間でみんなの笑い声が静かに溶けていく。
俺は期待を膨らませながら、水族館の奥に進んでいくのだった。
ありがとうございました!
北斗と鈴香の絡みは書いてて楽しいですね!
評価、感想、ブックマークをぜひお願いします!




