かわいいを超えた存在
遠足スタートです!よろしくお願いします!
遠足当日の朝の空気は少し冷たくてでもどこかワクワクするような匂いがした。
「駅集合って……」
遠足ってそういうものか?流石に自由が過ぎない?
そんなことを思いながらも俺は集合場所の駅に向かって歩く。
今から始まるのは遠足というより、班ごとの校外学習みたいな感じのイベントだ。行き先は自由。
ルールは三つ。一つ目は周りに迷惑をかけないこと。二つ目は十七時までに学校に集合すること。三つ目は楽しげな写真をたくさん撮ること。
三つ目だけはよく分からないが、俺にとってそんなのはどうでもいい。
この三日の間、俺はずっと遠足のことを考えていた。
いや……正確には莉子ちゃんとの遠足のことだ。
授業中も休み時間もふとした瞬間にその笑顔が浮かぶ。
気を抜くと口角が勝手に上がってしまって何度も周りの奴らに「ニヤけてんぞ」とツッコまれた。
当日の作戦を決めようと五人で集まったりもした。古川は血眼になって俺たちを止めたが、藤本のフィジカルには敵わなかった。
作戦会議の途中、木南はいつも通り張り切って、水瀬はクールにそれを眺めている。でもたまに目が合うとほんの少しだけニヤッとするのが意味わからなくて怖かった。
莉子ちゃんと柴田は相変わらずのしっかりもので木南の暴れた計画を抑えてみんなが楽しめる計画を提案してくれた。
俺は――何もしてなかった。
そんな三日を過ごして今日だ。駅前のロータリーにはすでに何人か生徒の姿があった。
「俺たち以外も結構いるな……」
みんなそれぞれの班で集まっていて笑い声があちこちから聞こえてくる。
それを眺めながら俺はベンチの端っこに腰を下ろした。
「……早く来すぎた」
ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。時間はまだ集合の二十分前。
朝の冷たい風が頬を撫でて少しだけ緊張が和らぐ。
けど。それも一瞬だった。
「浅倉くーんっ!」
背後から聞こえた高い声に思わずビクッと肩が跳ねた。
え、今の声……莉子ちゃんか?でも声が違うし……木南?違う。水瀬でもない……!ていうか今の男の高い声だよな!?
期待と緊張が一気に膨らませながら振り返ると――
優馬が俺めがけて走ってきていた。
「……はぁ!?」
思わず声が裏返る。
「浅倉くーんっ!」
優馬はわざと高くした声と苗字呼びで俺を騙そうとしていた。
「よぉ。朝早いな」
俺の元まで走ってくると何事もなかったかのように挨拶をしてきた。
「なんでお前がいるんだよ!」
「なにその反応!ひっど!」
優馬は持っていた缶コーヒー飲み干してわざとらしく笑った。
「いやまじで何で……?」
「俺の班集合場所こっちなんだよ。偶然だな〜」
「いやいやいや。絶対嘘だろ」
「マジだって。ほら」
優馬はポケットからスマホを取り出して所属しているグループのLINEのメッセージを見せてきた。そこには確かに東口ロータリー集合の文字があった。
「マジかよ……」
「な?運命ってやつだ。流石マブ〜」
優馬はケラケラ笑いながら俺の隣に腰を下ろした。
朝日が差し込む駅前、通勤客に混じって私服姿の生徒たちが続々と集まってくる。
そのざわめきの中でもこいつの声だけやたら響く。
「ま。こっからの行き先は違うから安心しろや」
そう言って俺の方に手を置くが、全く信頼ができない。
「なんかついてきそうで怖いんだわ……」
「ははっ。流石にねぇよ。俺もグループ入ってるし」
「……ほんとかよ」
疑いの視線を向けると、優馬はわざとらしく胸に手を当てて言った。
「信じろって。俺だって浅倉と莉子ちゃんの時間を邪魔するほど野暮じゃねぇ」
「なっ……!ちょ!声小さくしろ!」
思わず立ち上がりかけて慌てて周りを見回す。
幸い誰もこっちを気にしていないが心臓が一気に跳ね上がった。
「お〜?動揺してるねぇ〜」
「してねぇ……」
「してるしてる。顔真っ赤だぞ」
「うるせぇなぁ……!」
焦った俺を見て、優馬は肩をすくめて笑い、缶コーヒーをゴミ箱に放り込む。
「そろそろ来るんじゃね?」
「分かってんならどっか行けって……」
呆れながら呟く。
「来たら行くよ。有栖ちゃんと鈴香ちゃんの私服を見たいからな」
「私服って別にそんな……私服!?」
そうだ!私服じゃねぇか!
「あははっ。お前莉子ちゃんの私服見たらどうなるか分かんねえな」
「ぜんっぜん!普通だし……」
バレバレの嘘だ。目が泳ぎまくって汗がダラダラと流れてくる。
優馬は俺を見て腹を抱えて笑う。
「あははっ。お前ってほんと分かりやすいな」
「仕方ねぇだろ……私服ってやばいから」
俺は深呼吸して心を落ち着けようとする。けどそれは無理だった。
頭の中はもう私服の莉子ちゃんでいっぱいになっている。
どんな服装をしてくるんだろうか。木南のハイライトにあったのは浴衣とかクラスTシャツの姿だから、私服を見るのは初めてだ。
めちゃくちゃかわいいんだろうなぁ……
「お、あれじゃね?」
優馬の声に我に返る。
その指の先を辿ると、ロータリーの向こうから見覚えのあるシルエットが三つ。
木南と水瀬。そして莉子ちゃんだ。
俺は慌てて目を逸らす。初めて見るなら間近がいいと体が反射で動いていた。
「じゃ頑張れよ〜。隅で私服見たら俺も行くわ」
優馬にそう言い残すと、駅の構内に走っていった。
優馬が駆けていった後、俺はベンチの端っこに残された。
耳の奥に残る笑い声がしばらく消えない。
「……ほんと余計なことばっか言いやがって」
小さく吐き捨ててから視線を落とす。スマホの画面にはどうでもいい時刻表示。
俺は息を整えるように深呼吸をした。
気づかないふりをする。それしかできなかった。
ロータリーの向こう三人がこっちに近づいてくるのは分かってた。
ポケットの中のスマホを意味もなくいじりながら必死に落ち着いたふりをする。足音がどんどん近づいてくる。
木南の騒がしい話し声が近づいてきてあと少しで目の前に――
「浅倉くんおはよ〜!めっちゃ早いじゃん!」
その木南の声に俺は反射的に顔を上げた。
まず目に入ったのは木南だった。
いつも通り元気いっぱいの笑顔にふわっとした茶色のニットに白のミニスカート、足元はごつめのショートブーツ。
袖口から覗く細い手首にシルバーのブレスレットが光っていて「これがマドンナになる女子か……」なんて思ってしまう。
その隣には水瀬。
髪をゆるくひとつに結んでグレーのロングコートを羽織っていた。
中は白のニットで黒のパンツ。
派手さはないけど全体のバランスが綺麗で大人っぽい。
表情は相変わらず無表情気味だけど、目が合った時、思わず「おぉ……」と声が漏れそうになった。
そしてその二人の少し後ろ。ゆっくりと歩いてきたのが莉子ちゃんだった。
一瞬、息が止まった。
黒いロングスカートが朝の光を受けて柔らかく揺れている。
上は白のカーディガンに淡いベージュのブラウス。
首元には細いリボンが結ばれていてどこかレトロで上品な雰囲気をまとっていた。
ボブの髪はいつもと違って外ハネで、シースルーの前髪からのぞく瞳が今日は特段綺麗だった。
「おはよ。浅倉くん」
そう言う莉子ちゃんと目が合った瞬間、心臓の音が全部聞こえそうなくらい跳ねた。
「……メイク……?」
忘れていた。普段の学校では先生にバレないギリギリしかできない最強の武器が今日は全解放されるということを。
ほんの少しピンクに色づいた頬。唇は淡いピンクで光を受けるたびにきらっと艶めく。
最強の素材に合った完璧なメイク。今の莉子ちゃん以上にかわいい人間なんて存在しないと言い切れる。
「…………」
俺は電池が切れたようにその場に立ち尽くした。
「えっ?浅倉くん!どうしたの!?」
木南が俺の目の前で手を振ったり、肩を揺するが、何も反応できない。
「あっ……お、おは……よ」
ようやく声が出た。けど途切れ途切れで掠れていて、もはや人間の発声とは思えなかった。
「浅倉くん大丈夫?なんか固まってたけど」
莉子ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。近い。近すぎる。
朝の光が頬をなでて淡いピンクがより鮮やかに見えた。
もう無理だ。視界が全部“かわいい”で埋め尽くされてる。いや、これはかわいいを超えている。
「あっ大丈夫!大丈夫だけどちょっとトイレ行ってくるからここで待ってて!!」
流石に一旦離れないと命が危ないと判断した俺は嘘をついてその場を離れた。
やばいやばいやばいやばい。俺……今日耐えられるかな?
まだ遠足は始まってもいないに莉子ちゃんがかわいすぎて不安が募る俺だった。
ありがとうございました!
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