青春の始まり
読んでください!よろしくお願いします!
屋上にはもう風の音しかなかった。西の空はほとんど赤を失い、少しずつ紫に溶けていく。
俺たちは他愛のない話をしていた。本の話、遠足で行く水族館の話。古川たちの話もした。
莉子ちゃんと過ごす時間は一瞬で、でも長かった。
「……そろそろ帰ろっか」
俺はそう言って立ち上がる。女の子を暗くなってから返すのはダメだって誰かが言ってた気がする。
「うん。そうしよっか」
莉子ちゃんも隣で立ち上がる。コンクリートの上には伸びた二人分の影。
階段へ向かおううとしたそのとき、ふと胸の奥がざわついた。
そうだ。SNS。インスタを聴きたいんだ俺は……!
あんなに勇気を出して話しかけたのに気づけば全部違う方向に進んでいた。
でももう帰っちゃう。今聞かなかったらきっと遠足まで聞けない。
「……天城さん」
小さい声が急に出た。
莉子ちゃんは足を止めて少し首を傾ける。
「ん?どうしたの?」
喉が乾く。けれど今度はちゃんと伝えたかった。
「その……天城さんってSNSとか……やってる?」
一瞬、莉子ちゃんの目がぱちっと見開かれた。
変な聞き方だったか――そう思った瞬間。
「ふふっ」
小さく笑う声がした。
「やってるよ。インスタかな?」
「そう……インスタ……もしよかったら交換とか」
そう言って俺はスマホを握りしめた。
莉子ちゃんは少し目を細めて俺の手元のスマホを見た。
風が二人の間を抜けていく。屋上のフェンスがわずかに軋む音がした。
「うん。交換しよ」
その一言が聞こえた瞬間、心臓が跳ねた。あまりにもあっさりで今まで躊躇ってたのが何だがバカみたいに思えてきた。
「え……」
「はいこれ。私のアカウント」
莉子ちゃんはポケットからスマホを取り出して、俺の方へ軽く傾ける。
そこには見覚えのあるプロフィールがあった。やっぱりあのアカウントだった。
「ありがとう……」
俺は震える指でその名前を打ち込み、フォローを送信した。
すぐに画面に「フォローが承認されました」と表示される。
一瞬だけ莉子ちゃんと目が合って、それからすぐにフォローが返ってきた。
「よし。それで相互かな」
「う、うん……!ありがとう」
言葉にならない嬉しさが胸の奥で弾けた。
「あっ。有栖とも相互なんだ」
莉子ちゃんは画面を見つめながら呟いた。
「そうそう……スタマ行った時に交換した……」
「へぇ、そうなんだ」
莉子ちゃんは軽く頷いて小さく笑った。
その笑顔はどこか穏やかで風に揺れる髪の隙間からちらりと見える横顔がやけに眩しかった。
「……またストーリーとかで見かけるかもね」
「う、うん……俺も、見ると思う」
言ってから少し照れくさくなってスマホをポケットにしまった。
「じゃ。行こっか」
莉子ちゃんがそう言って階段の方へ向かう。俺はその少し後ろをついていった。
ドアを開ける直前、莉子ちゃんは俺の方を振り返った。
「今日はありがとね。なんか楽しかった」
「いやいや……!俺が急に誘ってこんな時間まで……ありがとうはこっちの台詞だよ……」
「ううん。浅倉くんについていくのも、この時間までいるって決めたのも私だから。無理矢理とかじゃなくて私が選んだんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
「私が選んだ」たったそれだけの言葉なのに頭の中で何度も反芻してしまう。
「……そっか」
それしか言えなかったけれど喉の奥が少し震えた。莉子ちゃんはふわっと笑って少しだけ視線を逸らす。
風がまた吹いて屋上のフェンスが小さく鳴った。俺はその音を背に少しだけ空を見上げた。
紫に溶けきる前の空の下、遠くでカラスの鳴き声がした。
⭐︎
家についた頃にはもうすっかり夜になっていた。
莉子ちゃんとは校門で別れた。お互い小さく手を振って、「また明日」と約束をした。古川たちはいなかった。勝手に"浅倉改造計画"というLINEグループが作られていて、そこに「先に帰ってる。頑張れよ!」という柴田からのLINEが結構前に入っていた。
玄関を開けた瞬間、温かい空気がふわっと頬を包む。
いつもの匂いといつもの静けさ。だけど、今日だけはそのどれもが少し違って感じた。
「ただいま〜」
靴を脱いでリビングに上がる。すると――
「おっ、遅かったじゃん」
聞き慣れた声がした。
リビングの方から顔を出したのは優馬だった。
コンビニ袋を片手に持って、やけにくつろいだ顔をしている。
「……は?なんでお前がいるんだよ!!」
「はぁ?なにその反応。普通にお前んちの親が上がってって言ったんだけど〜?」
「家の中にいる理由じゃなくて、なんで来たのかを聞いてんだよ」
「部活早く終わったから気まぐれで。いると思ったのに遅かったな。どこ行ってたん?」
「……別に」
急に心臓が跳ねた。優馬は純粋な表情でで俺をじっと見てくる。
「別にって顔じゃねぇなぁ。なんかあったろ?」
「なんもねぇよ!」
「ほぉ〜?顔赤いけど、まさか莉子ちゃんとか……!?」
「うるせぇな……!」
俺は鞄を乱暴にソファに置いた。優馬に莉子ちゃん関係はすぐバレる。
優馬は慌てる俺を見て、ニヤニヤしながらコンビニ袋を漁る。
「プリン買ってきたけど食う?」
「……食う」
「じゃあ言え」
「それはずるいだろ!」
「じゃあ一人で二個食う」
優馬は口の端を吊り上げたまま、スプーンを取り出してプリンの蓋をペリッと剥がした。甘い匂いがふわっと漂う。
「プリン……」
生憎、プリンは俺の大好物だ。こいつもそれを知って買ってきてる。
「いいから言えよ〜。お前、顔で全部バレてんの」
「うっせ……」
「もしかしてマジで莉子ちゃんなの〜?チキンの北斗が?」
図星。けどそんな簡単に認めたくなくて、俺はリビングの隅に視線を逸らした。
「……もうチキンじゃねえから」
「はぁ!?まじで莉子ちゃんなの!?」
優馬はテンションを上げて詰め寄ってくる。
「いや別にそんな……」
「で、何話してたの?」
プリンをスプーンですくって口に入れながら優馬はニヤニヤする。
もう逃げられないと悟って俺はため息をついた。
「うるせぇな……ちょっと話してただけだよ」
「ちょっとって何!?全部話せ!一言一句!」
「話したらプリンくれるんだよな?」
「当たり前だよ!もう一個買ってきてやる!」
そう言われたら言っちゃうよ。俺はため息をひとつついてから語り出した。
「はぁ……最初は古川ってやつの――」
そこから俺は今日の放課後の出来事について話し始めた。話し始めたら俺は饒舌になった。多分、優馬に自慢したかったんだと思う。
「――で今に至る……」
話し終えたあと俺は息をついていた。喋ってるうちに胸の奥が少し熱くなって変な照れも全部混ざっていた。
優馬はプリンのカップを持ったまま、ぽかんと口を開けていた。
「はぁ!?お前……いろいろ飛ばしすぎじゃね?急に仲良くなってんじゃん……」
「別に……普通の会話だったよ」
と、言いながらも少し顔が赤くなる。
「いや〜北斗、ついに青春来たな……!」
優馬は両手を組んで天井を仰いだ。
「青春って……まだスタートラインくらいだろ」
「なんでお前が冷静なんだよ?もっと騒げよ。あの莉子ちゃんと話してたんだぞ?」
「あの莉子ちゃんと……?」
そうか。俺は莉子ちゃんと話してたのか。屋上の姿が鮮明に思い出される。
「……流石にかわいすぎたな」
「だろ?」
優馬は勝ち誇ったようにスプーンをくるくる回す。その顔がやたらムカつくのにどこかくすぐったい。
「完璧だな……」
「完璧って?」
「脈ありってことだよ」
「それはねぇだろ……あってほしいけどさ」
俺が呆れて言うと、優馬はにやにや笑いながらプリンを最後の一口で平らげた。
「俺は結構あると思うけどな〜」
そう言われると、俺も期待してしまう。
一瞬、勇気を出しただけで距離がめっちゃ縮まった。今、脈なしだろうが、脈ありだろうが、これからの行動で決まるってことは流石の俺でも分かっていた。
屋上の風と莉子ちゃんの笑顔がまだ頭の中に残っている。
きっと今日が俺の“青春”の始まりなんだと思う。
ありがとうございました!
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