放課後の二人
ぜひ読んでください!
「……天城さん」
呼びかける声が自分でも驚くくらい震えていた。莉子ちゃんは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふわっと笑った。
「うん。どうしたの?」
たったそれだけの言葉で頭が真っ白になった。話すのは初めてじゃないのに、今までとは全く違うようなものに感じた。これは恐らく偶然かそうじゃないかの違いだ。
柴田と藤本は古川と合流し、俺だけが見えている遠い場所で俺たちを見守ってくれていた。
「えっと……その……」
言葉が喉の奥で引っかかったまま出てこない。やっぱり莉子ちゃんを見ていると頭が働かなくなる。
「ねぇ。さっきのトレーニングみたいなやつって何?」
「あーえっと……それは」
俺が言い淀んでいると、莉子ちゃんは言葉を重ねてきた。
「浅倉くん。別に女の子と話せるよね?私とも普通に話してくれるし」
「えっ……」
俺は莉子ちゃんと普通に話せていたのか?
そう言われた途端、体に入る無駄な力がどんどん抜けていくのを感じた。莉子ちゃんだから意識しすぎちゃダメだ。
好きだけど普通に。ちゃんと……目を見て話さなきゃ。
「天城さん……もしよかったら屋上まで散歩でもしない?」
「さんぽ……?」
急な提案に莉子ちゃんは目を見開いて、俺を見つめた。
「うん。少しだけでも……どうかな」
自分でも驚くほど静かな声だった。変な提案をしているのは分かっていた。
けどその言葉の奥には「もう逃げたくない」という想いが詰まっていた。
莉子ちゃんは一瞬、考えるように視線を泳がせたあと――
「……いいよ。散歩しよっか」
と、小さく笑って頷いた。
「いいの?」
「うん。帰っても暇だし」
その自然な返しに胸の奥が一気に温かくなる。
緊張で体が固まっていると、遠くの方で物陰に隠れていた古川たちがごそごそと動いた。
「見ろよあれ!俺の言葉が響いたんだ!」
古川は興奮気味に拳を握っていた。
「うるせぇって……聞こえるから!」
柴田が小声で制した。藤本は相変わらずおおらかに笑っていた。
「じゃあ……行こっか」
そんな三人の騒がしい気配を背中で感じながら俺はなんとか平静を装って莉子ちゃんと並んで歩き出した。
「放課後の学校ってなんか静かだね」
歩き始めてすぐ、莉子ちゃんがぽつりと呟いた。
「うん……みんな帰った後だし、ちょっと不思議な感じ」
「なんか映画みたいだね」
そう言って笑う莉子ちゃんの横顔がオレンジに染まる。
「……そうだね」
はぁぁあ……!!やっばい!まじでかわいいんだけど!
「そういえば天城さんはここにいたの?忘れ物とか?」
「ううん。図書委員が終わって帰ろうとしてたところだよ」
「そっか……図書委員か」
そうだ……本。本なら話せるかも……
「図書委員で思い出したけど……天城さんにおすすめしたい本いくつか見つかったよ」
「えっ。ほんと?」
莉子ちゃんは嬉しそうな顔をして俺を見た。そのワクワクした表情があまりにもかわいくて俺はおすすめの本の記憶が飛びそうになる。
「なになに?教えてっ!」
「教える教える……えっとまずは――」
そこから俺は考えてきたおすすめの本を三冊説明した。飛び飛びの記憶を何とか繋ぎ合わせて、必死に言葉を紡いだ。
「――へぇ……そんな本があるんだね!」
莉子ちゃんは楽しそうに俺の話を聞いてくれた。
「うん……よかったら読んでみて」
「絶対読むよ〜。ありがとう」
「…………」
何だろうこの感覚は。胸の奥がじわじわと熱くなって、まるで好きが熱になって溢れ出してきている様な感覚だった。
俺たちはそこから少し無言だった。二人の間には屋上に向かう足音がだけが響く。
ここで俺が喋らなくてどうする……!俺は拳を握りしめてから、少しだけ莉子ちゃんの方に体を向けた。
「え、遠足……楽しみだね」
「あっ。そうだそうだ。同じ班よろしくね」
俺のぎこちない振りにも莉子ちゃんは微笑みながら返してくれた。
「よろしく……」
「でもごめんね。やっぱり古川くんと藤本くんと組みたかったよね……?」
「いやいや……!それは全然大丈夫!古川も笑顔で送り出してくれたよ……」
嘘も大事だよな……?
「そっか……ならよかった」
莉子ちゃんが安心した表情を見せてくれて、俺も安心する。
「昼休みに有栖と鈴香とどこ行くかで話し合いしたんだよね」
「話し合い……?」
「知らなかった?遠足って集合時間に帰って来れるならどこいってもいいんだって」
「全然知らなかった……」
決められた場所行くって思ってたよ……?
「それで……私たちが行きたい場所と男子二人が行きたい場所が合うかな?って話になってさ」
「それは全然!こっちが合わせるよ……!」
柴田も合わせてくれるはず……。
「ほんと?優しいね」
莉子ちゃんはそう言ってふっと笑った。
夕陽の色がその頬を柔らかく照らしていて胸の鼓動が痛いくらいに跳ねた。
「そんなことないよ……三人はどこ行きたいの?」
なんとか気持ちを落ち着かせて尋ねる。
「私たちは水族館かなってなってる。でも……あー。これはいっか」
「……ん?」
「ううん。なんでもない。水族館だよ」
莉子ちゃんが何かを隠したのは流石の俺にでも分かった。でも何を隠したのかが全くわからない。それを追求してもいいのかも分からなかった。
「水族館か……柴田にも言っとくよ」
「ありがとう。詳しいことはまた言うと思う」
「うん……」
そこで俺はSNSのことを思い出した。連絡手段のことを思い浮かべたからだ。
そうだ……遠足前にはフォローしたいって思ってたんだった。
チャンスだ。ここで言わなきゃ。
「…………」
喉まで上がってきてるのに言葉にならない。言ったら意識してるんじゃないかとか……俺のこの想いがバレてしまう気がして怖かった。気にしすぎなのは分かっていた。でも俺はどうしようもなく怖かったんだ。
莉子ちゃんが階段の最後の一段を上がって屋上の扉の前で立ち止まったからだ。
「……着いたね」
俺を見上げるその笑顔に、俺の言葉は完全に吹き飛んだ。
「う、うん……」
声が裏返りそうになるのを必死に抑えながら頷く。
俺が金属のドアノブを回すと、ギィ……と音を立てて重い扉が開いた。
放課後の風がふわっと二人の間を抜けていく。
オレンジと群青の中間みたいな空。
遠くでカラスが鳴いていて、校庭の端では部活の掛け声が小さく響いていた。
「わぁ……風、気持ちいいね」
莉子ちゃんが柵の方へ歩いていく。その後ろ姿を見ながら俺も一歩、また一歩とついて行った。
屋上のコンクリートに二人の足音が響く。この静けさが今は少しだけ怖い。
莉子ちゃんがふと、空を見上げた。
「屋上っていいね。こんなにいい場所だったんだ」
「そうだね……」
かろうじて返す。もう全身が震えていて、全く落ち着かなかった。
「……どうしたの?なんか元気ない?」
「全然元気だよ……!ちょっと緊張してるだけ……」
「緊張?なんで?」
「……なんでだろ。多分、天城さんといるから」
言ってしまった。一瞬、風が止まったような気がした。
「あっ……全然悪い意味とか天城さんが怖いとかそういうことじゃなくて……!」
莉子ちゃんは驚いたように目を瞬かせた後――ふっと笑った。
「……そっか。じゃあ私も少し緊張しとくね」
その言葉に息が止まる。
やっぱり俺は莉子ちゃんが好きだ。
今言え。今言わなきゃいつ言うんだ。
でも口を開くたびに喉が乾いて、言葉が出ない。
「ねぇ」って莉子ちゃんが少し俺を見上げた。
「ん?」
「さっき言いかけてたよね。なんか言いたそうだった」
「えっ……あ、いや、その……」
「うん?」
莉子ちゃんが少しだけ体を寄せてくる。目が合う。もう俺は逃げられなかった。
ありがとうございました!熱くなってきてます!




