4 イースラン伯爵領
ダンカンは、森の中を走っていた。獣の姿で。
――ここを真っ直ぐ進めばイースラン領に着く。
途中で小さな獲物を狩り、腹ごしらえをして、疲れれば洞窟の中で休む。魔獣に囲まれれば元の姿に戻って、雷魔法を放ち、斧でとどめを刺す。
「結構レベルが上がったな」
転移をして見る。目の前、見えているところまでは転移出来るようになった。
二十メートルくらいか。本当はもっと先まで転移出来そうだが、魔力がまだ不安だった。魔力が切れて気絶すれば、ここでは危険だった。
十日程でイースラン領に着くことが出来た。ここの冒険者ギルドで、獲物を売って金に換えなければ。そうして剣と革鎧を誂えるのだ。
ここで冒険者達を観察する。彼等の中で、魔法鞄を持っている者がいた。ダンカンは嬉しくなった。レオンから貰った魔法鞄を出しても良くなったのだ。レオンが売り出している魔法鞄だ。冒険者の間でも、急速に売れ始めているらしい。時空間収納は余りに目立ちすぎで、皆の前では使えない。だが魔法鞄は持っている人が結構いたのだ。
森へ入り直し、元の姿に戻って時空間収納から魔法鞄に獲物を移した。半分も入らなかったがこれくらいあれば、剣や鎧が買えるはずだ。ギルドへ戻って、男の事務員が座っているところへ来て声を掛けた。
「あの、買い取りをして欲しいのだが」
「ん! どれくらい持ってきた?」
ダンカンが魔法鞄持ちだと分かるとそう聞いてきた。
「四十体くらいかな。ムーンベアが五体に、ビックホーンディアー十体とポイズンドードーが二十体くらい、あとは・・・・・」
「分かった、場所を変えよう。こっちへ来てくれ」
男について行くと魔獣解体作業場に案内されてそこに獲物を出すように言われた。
そこでは沢山の男達が肉を捌いたり加工したりしていた。
全部で五十万ラリーになった。これで剣が買えるだろうか? 意外に少ない気がする。
「ああ、この領では、獲物の買い取りが安いんだ。高く買って欲しかったら、マルス領へ行くしかないぞ。これでいいか?」
仕方がないので、この金額を受取ることにした。ここは冒険者が多いそうだ。昔から、魔獣が多く他所からも冒険者がやってくる。だがここで売っても金にならないため、自分達で処理をして素材だけを持って国境を越えて、マルス領まで持っていくようだった。
――隣国へ持っていけば良いのだろうが、時間が掛かりすぎるし、時間が掛かっても腐っていない獲物を出せば可笑しく思われるだろう。魔法鞄には時間遅延効果があったが、それでも半分の時間は経つのだ。第一マルス領は弱い魔獣しかいない。イースラン領の獲物だと直ぐに分かってしまう。処理は出来ないし。このままここで買取って貰うしか無さそうだ。
ダンカンは渋々、買取って貰うことを承諾した。
だが、冒険者レベルが上がった。この間変えて貰ったばかりの証明証が新たに更新されたのだ。ダンカンは驚いて仕舞った。 比較的強い個体ばかりだったお陰だそうだ。
それと魔法鞄を持っているせいもあるかも知れない。
「剣と防具を誂えたいのだが、良いところを教えてくれないか?」
「ここでも取り扱っているぞ。ここは魔獣の買い取りは安いが、剣や防具も安くしている。冒険者への特典だ」
魔獣を率先して倒してもらう為の措置だそうだ。見せて貰ったがそんなに質も悪く無い。暫くはこれで何とかなりそうだ。
三十三万ラリーで剣と防具をそろえ、勧められた宿へ行くことにした。
冒険者ギルドでも宿が併設されていたが、馬を持っている人が優先されるそうだ。空いているのは大部屋だけで、馬を持っていないのなら、ここよりは普通の宿の方が安いと言われたのだ。
宿は、よく初級の冒険者が利用すると言うだけあって、酷いぼろ家だった。だが、個室を取ることが出来た。三メートル × 一メートル五十センチの部屋だ。
凄く狭い。ベッドと後はチェストに洗面器が乗っているだけだ。壁は薄くて隣の音が聞こえてくる。
それでも鍵が掛けられるし自分だけのスペースだ。寝ている間に元の姿に戻っても安心だ。
「ここで三日ほど過ごして、また獲物を卸しに行けば、資金が貯まるか。だが、ここで売れば安いしなぁ・・・・・」
まあ、少し様子見だ。また森へ入ってレベル上げもしないとならないし。
翌朝部屋を出ると隣の部屋からも人が出てきた。十五歳くらいの少年だ。背丈は百六十五センチくらいか。栗色の髪の毛で栗色の目。べべと同じ色で、親近感が湧いた。
彼も初心者だろうか? それとなく見ていたら、
「何だよぉ、文句でもあんのか」
「いや、何も・・・・・」
「ふん!」
そう言って階段を降りて仲間と思われる少年三人と連れ立って宿を出て行った。
この宿では食事が出ないため朝食を買いに行ったのだろう。ダンカンも街の市場へ行って屋台を廻ろうと思った。
こんな事は初めての経験だ。何処に何があるのか分からないので、彼等の後を遠くから付いていくことにした。
ダンカンの目と耳、鼻は鋭敏だ。大分離れているから、彼等には気付かれることなく付いていく事が出来た。
彼等は屋台でパンに何かを選んで挟んで貰って居る。ダンカンも彼等がいなくなってから同じ屋台に行って買ってみた。
「あの、これを挟んでくれ」
ソーセージのような物にソースをタップリ掛けて、葉物を挟んで渡してくる。
「五百ラリーだ」
中央広場へ行って、噴水の近くのベンチに座り食べてみる。そこにはゴードンの石像が建っていた。
――凄いな、実物よりも怖そうだ。
屋台で買ってきたパンに挟み物をした不思議な食べ物を思い切って口に入れてみる。
「う、少ししょっぱいけど美味しい」
久し振りに味の付いたものを食べて満足して、冒険者ギルドへ行った。
あの初心者のパーティーもいて、何やら言い争いをしていた。離れた処から彼等の話に聞き耳をたてた。
「トム、俺達は初心者だぞ。そんなに森の奥まで行けば危険だ」
「何言ってやがる。そうでもしないと、いつまでも初心者から抜けられないじゃないか。怖かったらお前だけ置いていく。薬草でも採っていろ」
トムと呼ばれているのはべべと同じ栗色の奴だ。どうやら気が強い性格のようだ。
喧嘩別れしてトム等三人はギルドを出て行ってしまい、後に気弱な少年が残されてしまった。
ダンカンは彼をじっと観察してみた。彼には緑色の魔力があった。風の属性持ちだ。魔力は少ないがある事はある。本人は気付いているのだろうか?
自分に魔力があっても知らなければ勉強できないし、勉強しなければ使えない。思い切って聞いて見ようか。でも、話し出すきっかけが掴めないない。
近くをうろうろと意味も無く行ったり来たりしていると、あっちから声を掛けてきた。
「さっき宿であったね。君も、初心者?」
「あ、いや、その、初心者ではなくて、五級になったばかりだ」
冒険者の初心者は初級、その次が六級と上がっていく仕組みだ。五級とは中級の一つ手前くらいだ。
「へえ、凄いな。十七歳くらいか?」
「えーと、十五歳?」
「何で疑問形なんだよ。十五歳に見えないな。十三歳で始めたのか? それでも十五歳で五級は凄いよ。背もすっごく高いし。将来有望だな」
「えーっと。僕はダンダ。君の名前は?」
「ああ、まだ言っていなかったっけ。おいらは、ルーク。十五歳だ。初級だけどもう直ぐ六級になれる筈なんだ」
「仲間と喧嘩していたみたいだけど・・・・・何かあったの?」
「方向性の違いって奴さ。おいらパーティーから追い出されるだろうな。何の役にも立ててないし・・・・・臆病だからな」
ルークは十四歳で村を出て、冒険者になったそうだ。初心者同士でパーティーを組んで半年になるらしい。
「じゃあ、一日だけ僕と組まないか?」
「一日だけ? 良いけどおいらは薬草を捕りに行くけどそれでも良い?」
「良いよ、薬草の在処を知っているんだ」
嘘だ。まだ、ここいらの森はよく知らない。だがダンカンは嗅覚で薬草を探せる。見付ける自信があった。
初めて同年代の少年と自分から寄り沿って行くことが出来た。心臓がバクバクしているが無視する。
ルークと森の周りを歩き、薬草の匂いがする方へ誘導していった。そこは森のやや深い場所だったが魔獣は今のところいないようだ。
「凄い! こんなに魔草華が咲いている! 始めて見るよ」
ダンカンには魔草華が何であるか分からなかったが、魔力を多く含んでいるのは分かった。これを薬草に混ぜれば、薬のランクが上がる、凄い物らしい。ルークは夢中になって丁寧に花の部分を摘み取っている。ダンカンは周りを警戒しながら、少しずつルークに習って採っていった。
本当は結界を張っておきたいが、今は魔法は使えない。サラに貰った結界の魔道具も、きっと驚かれてしまうだろう。
「ああ!鞄が一杯になって仕舞う。こんなにあるのにもう持って行けそうにないよ」
「僕の鞄は魔法鞄だから。入れてあげるよ。もっと採っていけば、レベルが上がるんでしょう?」
「え、エーッ! 君、魔法鞄持ちなの? 何処のお金持ちのぼんぼん?」
「違うよ・・・・・おじいちゃんからの遺産さ」
「へー、凄い冒険者だったんだね君のおじいちゃん。それとも商人?」
「まあ、そんな感じさ。さあ、もっと採っていこうよ」
薬草を採り終え、冒険者ギルドに帰ってきて手続をすると、案の定ルークのレベルが六級に上がりルークは無事に本格的に冒険者になれた。
「すっごく嬉しい。ダンダのお陰だな」
「そんなこと無いよ、ルークは魔法が使える?」
「え、使えないけど、何で?」
「実は僕のおじいちゃんは鑑定が使えたんだ。僕も少しだけ教えて貰ったから見えるんだ。ルークには風の属性が有る。勉強してみれば?」
どんどん嘘が上手くなっていくダンカンだ。
「・・・・・本当に? おいらに魔力があるの」
ルークは早速、風の魔法が出来る冒険者に話しに行って教えて貰えるようだ。魔法が使えれば、パーティーに加えて貰えると言った。彼は喜んでくれたし、これでいいかな。
ルークとは一日だけの約束だった。ダンカンはパーティーを組みたくて声を掛けたわけではなかった。彼に魔力があったのと、人が良さそうだったので、声がけの練習をさせて貰ったのだ。ダンカンは、これで少しは自信が付いたのだ。
宿を引き払って森へ行こうかと考えていると、後ろから大声で怒鳴リながら走り寄ってトムが来た。
「お前、ルークになにをした!」
「・・・・・何も。していないけど」
「嘘だ。ルークはパーティーを抜けるって言ったぞ。お前がそそのかしたんだ。魔法なんて彼奴が使えるはず無いんだ。あんな弱虫は・・・・・」
「魔法は使えるようになる。今は勉強して居るはずだ。彼には魔力があるんだから」
「・・・・・お前なんかに分かる物か。じゃあ、オイラを見て見ろよ。オイラはどうだ? 魔力はあるか」
多分トムは、自分もダンカンに見て欲しくて突っかかってきたのだろう。だが彼には魔力は無い。
「君には無いよ」
「・・・・・そうか。お前、本当に見えるのか? 何故冒険者なんかやっている? それだけで食っていけるぞ」
鑑定はそんなに稼げるのだろうか。でも、今のところはレベルを上げるために冒険者をやるしか無い。
どうやらトムは他のメンバーから煙たがられているようだ。何時もルークのお陰で何とかなっていたが、彼の我が儘のせいでパーティーは、解散することになって仕舞った。
「おいら、ソロの冒険者としてやっていくから別に良いけどさ。お前、ダンダって言ったか? 組んでやっても良いぞ」
「・・・・・僕も、ソロでやるから」
「チェ、折角組んでやるって言ったのにさ。まあ、いいや。じゃあな」
トムは寂しそうに帰っていった。ダンカンは少し、悪いことをしたような気になってしまった。だが、組むことは出来ない。組んでしまえばずっと一緒にいなければならず、魔法のレベルを上げられなくなる。
後ろ髪を引かれる思いで森へと入っていった。




