3 冒険者ダンダ
「ダンダ君、これが初心者組合員証と組合員規定書よ。文字が読めなかったら、組合員規定を読んで上げましょうか?」
「読めるからいらない。これを買ってくれ」
「・・・・・ハイ。こちらへ置いて下さい」
ダンカンは冒険者ギルドに登録していた。人間の姿になって。
黄緑色の髪の毛は目立ちすぎるので金色に変えている。目は金色のままだ。
森に入り魔獣を狩って、数体持ってきたのだ。余り目立つようなことはしたくなかったので、どこにでもいる魔獣だ。大した金額にはならないだろうが、冒険者のレベルをある程度上げておきたかった。
「では、全部で一万五十ラリーです」
「・・・・・」
黙ってお金を受け取り、ギルドを出た。受付をしていた女の人が話しているのが鋭敏なダンカンの耳に聞こえてくる。
「無愛想な子どもね。文字が読めるくらいでいい気になっているんじゃないかしら。数をごまかしてやったわ」
その話が聞こえて、慌てて初心者冒険者証の裏面を見ると納めた魔獣の数が減らされて記入されていた。
受付では、初心者はパーティーを組むように勧められたがそれも断っていた。
ダンカンが魔獣を倒すときは、変身を解いて元の姿になる。レベルを上げるためには仕方ないことだった。
人と親しくするのも無理なので初めからソロでやると決めていたのだ。だが、親切で言ってくれた受付嬢の気分を害して仕舞ったようだ。
サラ達の冒険譚を聞いていたダンカンは、サラと同じように影渡りで、王宮を抜け出した。
ゴードンにあつらえて貰った剣や皮鎧は置いてきた。服も厩の少年が着ていた物を失敬して、平民風の服装だ。ブーツだけはこのままだったが、お金も全く持っていない。本当の平民初心者冒険者ダンダとして一から始めることになった。
ただ、普通の冒険者とは違う部分もある。以前倒したキングは斧を持っていた。ゴブリンキングの死骸は処理されたが、斧は収納から態と出さなかった。さびだらけだがまだ使えそうだ。重さは気にならない。こう見えて力は有るのだ。
十三歳になって身長も伸びた。百七十センチ近くに成長している。森で過ごす内に体力も付いてきた。
今、ダンカンは森に住んでいる。以前レオンと隠れ住んでいたような場所を見付けてそこで寝泊まりし、魔獣を倒しそれを食べているのだから、生活するためのお金は必要無かった。
野草や果物まで森には沢山食べられるものがあった。多少毒があっても、ダンカンには平気だった。
近くには小川が流れていて身体を洗うことも出来た。壊れかけた村。木の柵がまだ残っている村には、ソコソコ大きな小屋が建っていた。そこがダンカンの住まいだった。
この村に入るためには、気分が悪くなる場所を通り抜ける必要がある。これはサラが張った結界だろう。ここには魔獣は沢山いるが人間は滅多に来ない。良い場所だった。
これから魔獣を狩ってお金が貯まったら、革鎧と、剣を新調しようと思っている。そして時空間収納にたくさん入っている魔獣を他所の冒険者ギルドで売る事も出来る様になる。
レベルが上がったら、転移を試してみたい。転移が出来れば、以前行ったことがある場所に自由に行けるようになる。
魔女の家やマルス領しかいったことはないが、自分の足で行ける範囲を増やせば、転移出来る場所が増えていくだろう。
その為にも、お金は必要だ。人里で暮らすにはお金は必要な物だった。冒険者は、今のところ唯一の金が稼げる仕事だ。
始め王宮から出たダンカンは獣の姿でこの場所で暮らしていこうと思っていた。
二ヶ月、ずっと獣だったが何となく空しくなってしまった。いくら自由があったとしても、いくら人と関わり合いになりたくないと思っても、余りにも以前の自分との齟齬がありすぎた。
魔獣の声が聞こえてくる。【食いたい食いたい】【殺す】
【腹が減った】【俺の縄張りだ】魔獣は基本こんな感じだった。だが、話が分かる魔獣は少なかった。ある程度知能が無いと話が分からないようだった。
だから、偶に無性に人間と接触したくなるのだ。そんな、人間にも獣にもなりきれない自分が悲しくなった。
この場所は王都からは東に位置する小さな男爵領だ。ギルドも大きくはなかったが、冒険者証を作る事が出来る。
この国の冒険者規定では、初心者は冒険者としては認められない。一級から七級まであり、七級は初級として記されている。魔獣を倒した数でレベルが上がっていくようだった。初級のレベルが上がる前に他所の領に行けばまた一から登録し直さなければならない。
初心者を抜けると、新たな証明証が渡され、始めて冒険者として認められる。この証明書には特殊な赤いインクでランクが記され、倒した魔獣も記録してくれる。それを換算していって冒険者のレベルが決められていくようだ。赤いインクは秘匿されている技術な為、改ざんすることは難しい。
ランクが上がる度に新たな証明書と交換されるようだ。
他所の地域で倒した魔獣でも換算してくれるため、自由に何処へでも行けるようになるのだ。だからこの証明書は重要だ、無くさないようにしないと。レベルが上がったら、別の場所へ行く予定だ。
今日も森の魔獣を倒しレベルを上げている。魔力が一杯になって溢れ、苦しくなってきた。だが、転移は中々出来ない。レオンが、
『想像してみるんだダンカン。こことは違う時空がある事を。そこに入って飛び越えれば行きたいところへ行ける』
転移は何度かレオンとしていたが、ダンカンには他の時空など、想像することが出来なかった。
「仕方がない。このままでは苦しくて仕方がない。「闇の結界」」
闇の結界が透明になっている。サラが使っていた最上級の闇の結界が出来ていた。
「このままではいつまで経っても転移が出来そうもないな。闇ばかりがレベルが上がっていく。空属性の他の魔法をやってみるか、それとも光のレベルを上げようか・・・・・」
何故か収納は直ぐに出来ていたのに。あの時・・・・・レオンに聞いた時、何を想像していたっけ?
ダンカンの金色の目がキラリと光った。
頭の中に暗い空間がうねうねとしている。「これが異空間か?」身体に残っていた魔力でそこに入ってみる。
目を開くとくと今まで立っていた場所から三メートルほど離れた場所に立っていた。
「出来た! のか?」
魔力が切れたのかそのままダンカンは気を失ってしまった。
気が付き、周りを見まわしホッとする。
「危なかった。こんな場所で気を失ってしまった。今度試すときは 魔力が一杯ある内に試した方が良いな」
サラのようには行かない。ダンカンは全属性で、総てに親和性があるが、思わぬ弊害もあった。一度に一つの属性しか出来ないことだ。
他の複数の属性持ちは2つ以上を複合して使える。サラは闇が常時働いているようで、魔力が直ぐに補充すると言っていた。ダンカンも闇を使うときは魔力が直ぐに一杯になるが、他の属性はそうならないのだ。特に空属性は魔力効率が悪い。レオンにも闇があるから、魔力がゴードンよりも素早く補充されているそうだ。
「僕は転移が使えたとしても、長距離の移動は出来ないかもしれない。もっと魔力を増やしても、一日に一度くらいがせいぜいだろう。全属性だと言っても万能ではなかったんだな」
ここから男爵領都までは三日掛かる。
一週間に一度、獲物を持っていき換金して貰う。村に残っていた大八車を曳きながら森を出る。
領都に入る前に収納から獲物を獲りだして乗せておくのだ。数と金額を照らし合わせるのは最早習慣になっていた。
「済まないが、計算が間違っている」
「あら、間違って等いないわよ」
ダンカンを子どもだと思っているのか、無愛想だから嫌っているのか。どちらにしても受付の対応には反感を持った。
後もう少しで冒険者のレベルが上がり初心者ではなくなる。そうすれば、こことはおさらばだ。
ここでは剣も革鎧も買わない。質が悪すぎ、然も値段が馬鹿高い。
「よく見て頂戴。ワイルドウルフが十体に特色個体が一体。そうだわ。これで貴方、初心者ではなくなるわよ」
え? そうなのか。ダンカンの計算ではもう一回くらい獲物を持ってくる必要があったようだが。
計算書をよく確認すると桁が一桁大きかった。特殊個体の値段がかなり高かったようだ。
「貴方の持ってきた獲物の中に特殊個体が有ったでしょう。これをよく倒せたわね。ハイ、新しい冒険者証よ」
あの受付嬢がにっこり笑って手渡してくれる。
ダンカンは、自分が余りにも警戒しすぎていたのではないかと反省した。これからは、もっと人が大勢いる街に行くのだ。少しは人と馴染むようにしなければ。
「今まで世話になった。ありがとう」
「え?」
狐につままれたような顔をした受付嬢を後に残して、ダンカンは冒険者ギルドを去って行った。




