プロローグ
「また獣の王子が生れたそうよ」
「直ぐに始末されるだろうさ」
「これで九人目の異形の王子だ。王家は呪われている。恐ろしい呪いだ。彼等を排除しなければ、ヤーガイ国は、その内国民まで異形になるのではないのか」
――口々に私が産んだ子どもを殺す算段をしている。そんなことはさせないわ。この子は私が守ってみせる。
五番目の側室、王家の血を継いだ侯爵家の姫、ユーレンシアは我が子を抱いて決して離そうとはしなかった為、王子を始末することは出来なかった。
そのダンカン王子の母親は、まもなくこの世を旅立ったが、周りは生後一歳を過ぎた王子の始末をどう付けようかと悩んでいた。
只一人まともに生れたとされるレオパルド王子は、ダンカンを自室に囲い何とか殺されないようにかばったのだ。
身体を洗い食事をさせ一緒に遊んでやる。勉強を教えてもやった。ダンカンは、姿は獣のようだが頭脳は普通だ。どちらかと言えば飲み込みはいい方だ。言葉は理解している。只、皆の前では言葉を発しなかった。
外には出さず、皆の目を避けてレオパルドは、ダンカンとお互いの淋しさを補い合った。
メイドは、最低限の世話をするだけだ。だから、ダンカンは世の中の王族はこの様なものだと考えていた。王である父とは半月に一度会えればいい方だ。一言二言交わして居なくなってしまう存在でしかなかった。
そんな折、レオパルドがマーガレットに拉致されていなくなってしまった。
それからのダンカンの生活は悲惨なものだった。食事は滅多に与えられず、コッソリ王宮内を探し歩いて食べ物を探す日々。そんな時、メイドや騎士達が話している言葉を聞くこともある。
「中々死なないものね。食事を抜いても獣は生きていけるのね。気味が悪いわ」
「魔獣と同じだな。生れて直ぐに殺しておけば良かったものを」
――僕は死んだ方がいいの?
彼等は偶にダンカンを折檻することもある。寝ているダンカンを蹴り上げたり、つねったりするのだ。態と冷たい水を張ったバスタブに押し込められることもあった。
そうして過ごす内にレオパルドが戻ってきてくれた。レオパルドのお陰で生き延びることが出来たが、ダンカンはすっかり人間恐怖症になってしまっていた。レオパルド以外には声を掛けられても答えない。目も合わせない。ただ影に引っ込んでじっとしているだけだった。
周りの者はダンカンのことを知恵遅れだと考えているようだ。
「犬っころだもんな。王の次はこいつを先に始末するか?」
コッソリ言っているつもりでも、聴覚が異常に発達しているダンカンには聞こえてしまうのだ。そうして、益々ダンカンは人見知りになっていく。
暫くすると、王が自死したと知らせを受けて、レオパルドはダンカンを連れて森へ逃げ込んだ。闇の影に隠れて旨く逃げおおせた二人は、森の東側に残っていた村の跡地を見付け、そこに一年以上隠れて過ごしたのだ。
ダンカンにとって森は天国だった。
怖い人間がいない。魔獣は沢山居たが、それでも自由があった。偶にレオパルドが食料を仕入れに、出かけていくことがある。一週間は帰ってこない。そんな時ダンカンは獣に変身する。
――こっちの方が走りやすい。牙も爪もある。僕は狩りをすることが出来る。
魔獣には危険な毒があったが、ダンカンは平気だ。獣の肉を食べても全く問題なかった。怪我をしても直ぐに回復してしまう。
何事もなかったように隠れ家に帰ってレオパルドの帰りを待つのだ。
「ダンカン、今日はパンとミルクが手に入った。あれ? 置いておいた食料に手を付けなかったのか。食べても良いんだぞ」
「ウン・・・・・」
本当はお腹いっぱいだけれど、レオンが折角苦労して持ってきてくれた物だ、頑張って食べた。
ダンカンがもう直ぐ四歳になる頃、
「ダンカン、マスレード国のマルス領へいこう。あそこにはサラが居る。サラに匿って貰おう」
そしてダンカンは、始めて他国へ行くことになった。三ヶ月掛かってマルス領にやっと付いたのだ。
――僕は本当は、人がいない森で生活したかった。でも、レオンは嫌だろうな・・・・。
「まあ、何て可愛い!」
サラという女の人は、ダンカンの耳や尻尾を触りまくる変な人だった。怖くてじっとしていると、今度はサラのママがダンカンを抱き上げて、頭に顔を埋める。
――ここの女の人達はおかしな人ばかりだ。
だけど、サラのママの臭いは良い匂いだ。おっぱいの匂いがする。それに包まれている内に眠くなってしまった。
レオンはサラと結婚して森へ行くという。
ダンカンも森へ行きたかった。だけどレオンはレベルを上げたいと言っていた。レベルを上げるには危険な魔獣を倒さなければならない。ダンカンがいれば、足手纏いになるのだろう。
だから、ダンカンは我慢してここで待つことにしたのだ。
「ダンカンちゃん、お食事ですよ」
サラのママはダンカンを抱き上げて食べさせようとする。
――僕は赤ん坊じゃない。一人で食べる事が出来るのに!
でも、ダンカンは黙ってされるがままになるしかなかった。人間はまだ怖かった。
ここには女の赤ん坊がいる。サラのパパは凄く可愛がっている。サラママがダンカンにするように匂いをかんだり、頬ずりをしたりして泣かれてしまう。そうすると、マンナが来て赤ん坊を取り上げるのだ。サラパパはかなしそうな顔をしてしょんぼりする。
サラパパには金色の魔力がある。ダンカンはいつの間にか、魔力の色が分かるようになっていた。赤ん坊とサラママには魔力が無かった。
サラとレオンの魔力にも色んな色があるのに、自分の魔力は無色だった。
――やはり、僕は気味の悪い魔獣なんだ。
皆と違いすぎるダンカンは益々落ち込んでしまった。どうせ自分は獣。半獣なんだ。だったら森へ行こう。そう考えて夜中に屋敷を抜け出して領の小さな森を獣の姿で走り抜ける。気持ちの良い森だ。弱い魔獣しかいない。それらを狩りまくって、スッキリして朝方、コッソリ屋敷に戻ってくるのだ。
「マルス領の森に新種の魔獣が現れたという報告があった。冒険者達が騒いでいる。君たちも気を付けるように」
――サラパパが、言っているのは僕のことだろうか? 誰かに見られていたようだ。気を付けなければ。
それからは、森へ行くのを辞めた。サラママが、ダンカンに文字を教えるために家庭教師を雇うと言っている。ダンカンはもう文字は読めるし書けるのだ。レオンが教えてくれたのだから。ここは言って置いた方がいいだろう。思い切ってサラママにダンカンは言った。
「僕は文字は読めるし書けるよ。家庭教師は必要無いと思う」
突然言葉を発したダンカンを見て、サラママやマンナはビックリしてしまった。彼女達もダンカンのことを知恵遅れだと思っていたようだ。
「ま、まあ。ダンカン坊ちゃま。言葉が話せるのね。文字も書けるのですか?」
「うん、レオンに教えて貰った。僕どうせなら、レオンみたいに剣術を習いたい」
「そうか、分かった。剣術でも何でも好きな物をやってみなさい」
サラパパは、面白いと思ったのか、勢い込んで武術の先生を付けてくれた。
片足のおじいちゃんだったが、凄い眼力だ。ルルスという先生には、魔力とは違う力を感じる。
それからは毎日剣術を習うことでダンカンは、段々みんなと打ち解けることが出来る様になった。
「ダンカン坊ちゃまは身体能力が優れている。剣術も良いが体術を習った方がいいかも知れない」
剣術の才能がないと言っているのだろうか? だが教師が二人に増えただけで剣術も一緒に習うことになった。
「文字が読めるのなら、書庫の出入りを許す。書庫で好きな本を読めば良い」
サラパパの許しが出たので、それからは書庫にも入って本を読むようになった。ダンカンの日々は忙しくなった。剣術や体術、読書。一日があっという間に過ぎていく。
家族が出来たような錯覚を覚えるようになった。ダンカンは自分の見た目を気にするようになった。ここにいる中で自分だけが異質な見目形だ。同じになりたい。そう思ってある日、人間に変身することが出来たのだ。
「まあアーーー。凄いわダンカン。こんな事も出来るのね!」
サラママは喜んでくれたが、この姿になるのはほんの少しの間だけだった。ビックリしたりすると元に戻ってしまうのだ。でもサラママは
「何時ものダンカンが良いわ。可愛いもの」
そう言ってくれる。ダンカンは嬉しくなった。「ここに僕はいても良いんだ」そう思えるようになったのだ。
この頃サラの妹、ベッティーが歩き始めた。ダンカンはべべと遊ぶようになった。べべとはベッティーの愛称だ。
べべはサラとは似ていない。サラママにそっくりだ。茶色の髪に茶色の目。そばかすがある丸い顔だ。いっつもニコニコしているが、機嫌を損ねると泣き止まず、かなり頑固な性格だった。
ダンカンの後をついて回り、剣術の稽古の時は邪魔になった。でも、ダンカンはべべのことを可愛いと思う。本当の妹のように思っている。
二歳が近づく頃には話せるようになったべべだ。女の子は話せるようになるのが早いな。
「ダンダ、遊ぼ」
「良いよ。何して遊ぶ?」
「おままごちょ、おまがごと、おま・・・」
中々口が回らないのも可愛い。
「おままごと、だね。じゃあ、べべがママになってダンダがパパになる?」
「ダーメ! べべがニャンニャンで、ダンダはワンワンよ」
――犬の役か・・・・・納得しがたいが相手をしてやる。見た目が犬だからな僕は。
そうしてこの家に馴染んだ頃レオンが帰ってきた。サラが会いたがっているという。僕はサラはそんなに気にならないが、森へ入ってみたかった。レオンは転移という凄い魔法が使えるようになっていた。僕もこんな魔法を使ってみたい。憧れを持ってレオンを見た。森へ転移するとゴンと言う男が、
「サラ様が森の見回りから帰ってこない」と言った。金竜が森の方で啼いている。しきりにレオンに何か訴えている。ダンカンには金竜が言いたいことが分かった。
「金竜が、サラは騎士達に連れて行かれたって言っている」
「何だと! 本当かダンカン!」
レオンはダンカンが竜と話せることに気が廻らないようだ。サラのことが心配すぎてそれどころではないのだろう。
レオンと一緒にイースランと言う街に転移したがサラはいなかった。騎士を捕まえてレオンが聞き出したところ、ゴードン王という人とマルス領へ帰ったと分かった。レオンは急いでマルス領へ転移した。
そこにゴードンというヤーガイ国の王様がいた。ダンカンは始めて見たが、ゴードンは赤ん坊の頃のダンカンに会ったという。
ダンカン達はヤーガイ国の王都へ行くことになった。
「ダンカンが私の跡継ぎになれば、サラ達を罰することはしない」
ダンカンは今まで家族として接してくれた人達が自分のせいで不幸な目に遭うのを恐れた。仕方なくゴードンと一緒に、王宮へ帰ることにしたのだ。あそこには嫌な思い出しかない。
ダンカンはまた堅く自分の殻に閉じこもるようになった。話す相手はサラとレオン、ゴードンだけになった。




