きやんぷ
こんにちは
今日は、何もしないことをしに来ました
ゆっくり、静かに、すごせたらと思っています
よろしくお願いします
きやんぷ、に来て、アズマノジュウナナフシが、まず、はじめにすることは、自然に対しての挨拶です、そう、いまみたいに
でも、それは、偉大なる自然に対しての礼であるとか、強大なる自然を前にしての慎みなどといったものではありません、自然界に存在する様々な事物に霊的なものが宿っているのだと、そのことはアズマノジュウナナフシも、重々、承知していますし、そういった霊的なものらに無用な心配を与えないような配慮を、もちろん、アズマノジュウナナフシとしては、十分、考慮に入れています、それはそうなのですが、こと、この、きやんぷ、における最初の挨拶のそれは、自身の目的によるもの、ゆっくり、静かに、すごす、そのことに重きを置いています、だから、よろしくお願いします、というのは、どうかそのあたり、ちょっと考えていただけると、こちらとしてはたいへん助かるのですが、と、そういった意味合いがたいへん大きいと言えます
大きなミズノタマリダマリよりもさらに大きな大きなミズーミミのほとりに来ているアズマノジュウナナフシ、このところ、たいへん仕事が忙しかった様子、慣れないニンゲン社会での生活による疲れも相まっているようです、そうはいっても、ニンゲン社会での生活に、アズマノジュウナナフシが慣れるなんてこと、きっと、ないのでしょう、今日は、今日だけは、ゆっくりさせてくれないだろうか、わずらわしい仕事のことなんて、すっかり忘れて、すごさせてくれないだろうか、そんなことを願いつつ、家から持ち込んできたオンボロガラクタ市で購入したやけに年季の入ったゆりイスに、自身の細くて長い体をあずけていきました
しばらくすると、アズマノジュウナナフシが、こくりりん、こくりりん、やりはじめました、ときおり、大きな大きなミズーミミが、ばしゃしゃん、と音を上げて波を立てます、その音が、うっつら、うっつら、やるアズマノジュウナナフシを、はっ、とさせて引き戻すのです、アズマノジュウナナフシを、眠りの世界に行かせまいと、わざと、ばしゃしゃん、と音を立てているようにも思えてしまいます
と、近くのオオケワリの幹にとまっているツキツキが、こここんこん、こここんこん、と自分の足元を口で叩きはじめました、アズマノジュウナナフシに向かって、寝るなよ、寝ちゃあいけないよ、と、意地悪く伝えてでもいるようです
すると、ツキツキが口で叩いているオオケワリの中から、ヨロイエボシが顔を出してきて、抗議の意をツキツキに向かって示しました、うるさいぞ、と、そういうことなのでしょう
そのヨロイエボシの抗議に対して、ツキツキは、すまなそうに頭を下げ、となりのオオケワリにうつっていきました、そして、やはり、足元を口で叩きはじめました
しかし、今度は、クワノカタガタが顔を出してきて、抗議の意をツキツキに向かって示したのです
そのクワノカタガタの抗議に対して、ツキツキは、またしても、すまなそうに頭を下げると、どこか遠くへ飛んでいってしまいました
現実と夢世界とのハザマで、ゆらららん、ゆらららん、していたアズマノジュウナナフシも、ヨロイエボシやクワノカタガタ同様、抗議の意を表明したかったのです、しかし、穏やかで、あらそいごとを好まない性格のアズマノジュウナナフシは、その抗議の意を、ぐぐぐっ、と、その身に呑み込んでいたのでした
訪問してきたものたちの思わぬ騒ぎに、寝るのをあきらめたアズマノジュウナナフシ、少し早いのですが、料理をすることにしたようです
しかし、料理をしていると、再び、訪問してくるものたちがありました、ナツメウサギとシルバーハムハムです、どうやら、美味しそうな匂いに誘われて来たようです、それを理解したアズマノジュウナナフシは、料理を分けてやることにしました
ナツメウサギは、物おじせず、その料理に関心を見せているのですが、シルバーハムハムの方はというと、遠慮がちに、やや距離をとって、ナツメウサギの様子を見ています、ナツメウサギにとってシルバーハムハムは、親でも兄弟でもないのですが、天性の世話焼きを発揮してということなのでしょう、こわごわやっているシルバーハムハムを気にかけ、料理の匂いをかいでみるよう促しています
普段、クルクルミやドドドングリリといった木の実、アカシロクロツメクサやナナイロタンポポといった植物、そして、ほんのときどき、キミドリオレンヂといった果物を食べているナツメウサギとシルバーハムハム、アズマノジュウナナフシがつくったニンゲン社会の食べものにふれるのは、このときが初めてでした
安全と判断したナツメウサギとシルバーハムハムは、出された料理をおいしそうに、そして、きれいに食べ終えました
すると、お礼にということなのでしょう、ナツメウサギがたいへん貴重で、ニンゲン社会では、まず手に入らない七つ葉のクロクロウバアを取り出し、シルバーハムハムは、頬のポケットからアオヒマワリのタネを取り出し、それぞれ、アズマノジュウナナフシに差し出しました、アズマノジュウナナフシは、それらを受け取り、さらりと気持ちのいい笑みを見せました
その笑顔を合図に、ナツメウサギは、ぴぴょぴょん、ぴぴょぴょん、と、シルバーハムハムは、ぴきょ、ぴきょ、と、互いに飛び跳ねながら行ってしまいました
ナツメウサギとシルバーハムハムが行ってしまって、あたりは静かになりました、アズマノジュウナナフシも食事をすることにしました
すると、またしても、訪問してくるものたちの気配がありました、何やら遠くの方で騒がしくやっている声が聞こえてくるのです、その声は、だんだんと大きくなっていき、アズマノジュウナナフシのいる方へと近づいてくるのです
どうやら、メガネワオワオ、マウンテンワオワオ、そして、ファストロリスのようです、どういったことがあったのか、それを推し量ることは、まったくできないのですが、とにかく、何か言いあらそいをしています、とても激しいやり取り、メガネワオワオも、マウンテンワオワオも、そして、ファストロリスも、興奮しきりといった状態です
きききう、きききう、きききう
ほっほほう、ほっほほう、ほっほほう
きゃっきょきょ、きゃっきょきょ、きゃっきょきょ
そういった声にもならないような声を、音以外のものとは認識できないようなものを、ひたすら吐き出しているのです
しかし、そのやり取りをよく観察してみると、確かに、激しい言いあらそいをしているのですが、そこには、敬意に近いようなものを感じられもしますし、また、心からの侮蔑に似たようなものを感じられたりもしました
そのような言いあらそいを続けながら、メガネワオワオ、マウンテンワオワオ、ファストロリスは、行ってしまいました
メガネワオワオ、マウンテンワオワオ、ファストロリスが去っていくと、あたりは、すっかり暗くなっていました、食事を終えたアズマノジュウナナフシの頭の上の枝に、ミクロススサクラコウモリが逆さになり、アズマノジュウナナフシのことを、じじじーっ、黙って見つめています、暗闇にさくら色のその耳だけが、やけに鮮やかで、また、不気味でもあります
ミクロススサクラコウモリの横では、クローシラズクが、ほうほほう、ほうほほう、と誰に伝えるともなしにひとり言をささやいています、ただでさえ気持ちが心細く感じられる宵闇に、クローシラズクのささやきが追い打ちをかける形にもなっています
オソラサンには、モクモクがひとつもいなくて、ヤミノアカリが、ぽかりりり、きれいにその姿を見せています、そして、大きな大きなミズーミミを鏡のようにでも見立てているのでしょう、その身を、ぱしゃしゃ、とはっきり映し、あたりに向けて自慢しています
オソラサンを見上げるのなんて、ヤミノアカリを見つめるのなんて、いったい、いつぶりだろう、アズマノジュウナナフシは考えてみました、いやいや、見上げたところで、ニンゲンのくらしているあたりは、さえぎるものが多すぎて、オソラサンも、ヤミノアカリも、満足に見えやしないか、それにしても、静かに、のんびりしようと思っていたんだけど、いろんな訪問客が、次々、来てしまって、まったく静かにすごせなかった、今回は、ぜんぜん、ゆっくりできなかったなあ、せっかくの、きやんぷ、だったんだけど、アズマノジュウナナフシは、一日をふり返りそんなことを思いました
けれど、そういったことを思っていたわりに、ずいぶんと幸せそうな顔をして、眠りについたのでした