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第9話「佐久間さんはたぶん、鍵を持ってない」

 朝のコンビニって、空気が冷たい。

 特に今みたいに雨上がりで湿気が残ってる日は、空気だけが妙に澄んでる気がする。


 


 今日は開店準備のシフト。

 私が店のシャッターを開けて、ロッカーに荷物を入れたちょうどそのときだった。


 


「おはようございます、日向さん」


「うわっ、もういる!?」


 


 やっぱり。

 音も気配もなく、佐久間さんはすでにバックヤードに立っていた。

 鍵は――もちろん、開けたのは私だ。じゃあ、どうやって入ったの?


 


「佐久間さん、今来ました?」


「はい。日向さんがシャッターを上げた直後に」


「でも……え? ドアって……鍵、私まだ……」


「すでに開いていたようでしたので」


「……はぁ?」


 


 なんで? 開けた覚え、私しかないはずなんですけど!?

 えっ? なに? この人、すでに店内にいた? 物理的にどうやって!?


 


 頭がぐるぐるしてるうちに、佐久間さんはいつも通りの表情で、検品表を手にしていた。


 あくまで“自然な流れ”のつもりなんだろうけど――不自然すぎて、逆に怖い。




 その日、私の頭はずっと鍵のことでいっぱいだった。


 


 よく考えたら、佐久間さんが「鍵を使ってるところ」を、私は一度も見たことがない。

 店舗の出入り、ロッカー、スタッフ冷蔵庫、書類棚、どこでも自然に開けている。

 けれど、鍵やカードキー、暗証番号の入力――そういった操作は、見た覚えがない。


 


「宮島ちゃん、佐久間さんって、鍵持ってると思う?」


「え? 持ってんじゃないの? さすがに」


「でも、使ってるとこ見たことある?」


「……あ、ないかも……。え、じゃあどうやって出入りしてんの?」


「私が知りたい」


 


 ちなみに他のバイト仲間も、あまり気にしてなかった。

 “いつの間にか中にいる”ことが当たり前になっていて、「佐久間さんだからねぇ」と軽く流される。


 それが余計にこわいんだけど!




 その日の午後、店長がロッカー室でやや焦った声をあげていた。


「え、カギ束がない……?」


 


 ICキーがついたカギ束。ロッカー、事務所、冷凍庫すべてが開けられる重要アイテムだ。


「おかしいな、バックヤードの台の上に置いたと思ったんだけど……」


「見てないですね……」


 私は申し訳なさそうに言いながら、密かに周囲をチェックする。

 たしかに、どこにも見当たらない。


 


「こちらでしょうか」


 


 佐久間さんが、静かにカギ束を差し出していた。

 いつの間に!? というか、持ってた!? どこから出したの!?


「おお、あったあった。助かった〜! 佐久間くん、さすが気が利くねぇ」


「いえ」


 


 まただよ……。気が利いてるっていうか、どうやって探したのよその速さ。

 私が立ち止まって2秒くらいで出してきたじゃん!



 で、もう一件、おかしなことがあった。


 


 業者の納品が来たとき。

 冷凍庫の扉が閉まっていて、ICキーを持ってる店長がまだ来てなかった。


「やば、開けられないじゃん」と思ってた矢先――

 佐久間さんがすっと扉の前に立ち、何の迷いもなく取っ手を引いた。


 


 開いた。

 カチャッという音もせず、何も使ってないのに。


 


「え、今、鍵……?」

「開いていたようですね」


 


 またそれ。毎回それ。

 そもそも、私さっき確認したとき、閉まってたはずなんだけど!?



 もはや我慢できなくなった私は、レジ締めのあと、佐久間さんに聞いてみた。


 


「あの……佐久間さんって、鍵……持ってます?」


「必要に応じて、ですね」


「“必要に応じて”って、持ってるってことですか? 持ってないってことですか?」


「現場に応じて、判断しています」


「なにそれ!? 抽象度高っ!!」


 


 ふわっとかわされた。

 いやもう、それ、明らかに答える気ないやつでしょ。


 


 けど、問い詰めても意味ないのはわかってる。

 だってこの人、絶対にボロを出さない。


 鍵がなければ通れないはずの場所を、いつも“自然に”通っている。

 それが当たり前みたいな顔して。



 バイト終わり、私は店のシャッターを下ろしながら思った。


 


 店の鍵、ロッカーの鍵、冷蔵庫の鍵。

 いろんな扉が、佐久間さんの前では“勝手に”開く。


 しかも、それを誰も疑問に思ってない。

 むしろ、開いてることにすら気づいてない。


 


 佐久間さんはたぶん、鍵を持ってない。

 でも、持ってないことが問題にならない人って……一体なに?


いかがでしたでしょうか?


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