第8話「佐久間さんはたぶん、寝てない」
人間には、限界がある。
どんなに根性があっても、カフェインを摂っても、無理なものは無理だ。
そして今、私はその限界を感じていた。
「眠……」
深夜二時。店内は無音。客ゼロ。冷蔵庫のモーター音すら眠気の子守唄。
座ったら終わる気がして、私はあえて立ったまま陳列棚をぼーっと見ていた。
「日向さん」
「ひぃっ!?」
またしても背後から気配ゼロで声をかけられ、心臓が10年分くらい縮んだ。
もうほんとにやめて。私の寿命、毎回減ってるんだから。
「よろしければ、交代で休憩を」
「……いや、今休んだら、たぶん起きないので……」
「それはおつらいですね」
「……佐久間さんは、眠くならないんですか?」
「基本的には」
「基本的に!?」
何そのアンドロイドみたいな回答。
というか、よく考えたら――
私、この人が“眠そうにしてる”の、見たことない。
というわけで、またしても私は観察モードに入った。
深夜のシフト。明け方。朝日が差し込み始める時間帯――
普通の人なら、目がトロンとして、あくびのひとつも出るはずだ。
でも、佐久間さんは違う。
背筋は伸びてる。歩き方にブレがない。
声も変わらず落ち着いてて、動きも一切乱れがない。
そして、瞬きの回数が――やけに少ない。
(これ、寝てる人間の動きじゃなくない?)
疑念が湧いてくると、どんどん確信めいてくる。
佐久間さんの動きは、時間帯に左右されない。朝も夜も、昼も同じテンション。
いや、むしろこの人、いつ寝てるの?
「宮島ちゃん、佐久間さんって、寝てると思う?」
「え? いやさすがに寝てるでしょ、人間だろうし。たぶん?」
「その“たぶん”が怪しいんだよ……」
「でもさー、バックルームで仮眠取ってるとこ、見たことないよね」
「そう、それ! あと、目が赤いとか、あくびするとか、ないじゃん」
「え、じゃあ何? 佐久間さんって“活動体”なの?」
「それなんてSF設定!?」
でも、その線も否定できない。
彼が寝ている証拠、ひとつも見たことがないのだ。
その日の早朝。私はついに聞いてみた。
「佐久間さん、昨日って何時に寝ました?」
「昨日は……日向さんと同じくらいに帰宅して、すぐ次の準備に入りましたので」
「えっ、じゃあ……」
「そのまま、こちらへ来ました」
「寝てないんですか!?」
「仮眠は十五分ほどとりましたので、大丈夫です」
「それは“寝た”って言いませんよ!?」
しかも、それをサラッと言ってくるのが怖い。
眠気ゼロ。疲労ゼロ。どこまで行っても“淡々”としている。
「疲れとか、溜まったりしません?」
「溜めないように工夫しています」
「どうやって!?」
「呼吸法などを」
「それ完全に忍者じゃん!!!」
また言ってしまった。思っていたことが、口に出た。
でも、佐久間さんは微笑むこともなく、ただ静かにうなずいた。
「なるほど。それは、便利な例えですね」
「“例え”なんだ……やっぱ否定はしないんですね……」
勤務明け。外は朝日と雨の境界線。
コンビニの扉を出た私に、佐久間さんが一言。
「日向さん、お気をつけて」
その声が、朝の空気にやけに馴染んでいて――
私は思わずつぶやいた。
佐久間さんはたぶん、寝てない。
そして私はたぶん、今日こそ爆睡する。
いかがでしたでしょうか?
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